癌と化学療法
Volume 43, Issue 8, 2016
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総説
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がん診療ならびに研究開発のパラダイム変換と臨床試験―ARO の役割と治癒をめざして―
43巻8号(2016);View Description Hide Description人類は今,未曾有の科学・技術の大革命期に生きている。健康・医療分野においてもそれは例外ではない。現在がん領域で進む革命は,がんの研究開発のみならず診断・治療体制を一変しつつある。それは分子医学革命を特徴付けるゲノム医学,分子免疫学,さらに幹細胞研究の成果によるものである。まず,分子標的薬クリゾチニブをはじめとしたドライビング遺伝子の発見と選択的阻害剤の登場によって,ゲノムクリニカルシーケンシングの時代が切り開かれた。モガムリズマブは現在,開発当初の抗CCR4 作用のみならずTreg を抑えてhost 側の抗腫瘍免疫環境を修正する働きを有することがわかり,本格的ながんの免疫療法という新しい創薬の可能性を切り開いた。トラメチニブは腫瘍の存立を維持する分子を制御する分子標的薬であり,クリゾチニブとともにこれまでにないアッセイ系の開発がブレイクスルーをもたらした。そして,チェックポイント阻害薬ニボルマブは,がんにおける腫瘍―ホストの免疫制御メカニズムの本体をとらえ,今まさにがん治療の大革命を推し進めようとしている。これらの研究によって,がんの薬物治療はかつての抗がん剤による確率論的なアプローチから,個人個人の腫瘍形成・進展のメカニスティックスを診断して,最も適切な医薬品を選択して投与する決定論的なアプローチへのパラダイム変換が起こっているのであり,これは臨床試験の在り方の抜本的な変更を要請している。かくして,われわれ人類は新たなフェーズ,precisionmedicine 時代にステップアップしつつある。本稿では,このがん医学革命の現状と日本のアカデミアにおけるがん治療・研究開発基盤の構築について論じる。
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特集
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- 合併症をもつ患者のがん薬物療法
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高齢患者に対するがん薬物療法
43巻8号(2016);View Description Hide Descriptionがんは1981 年にわが国の主要死因の第1 位となった後も上昇を続けているが,年齢構成の変化の影響を取り除いた年齢調整死亡率をみると,男女とも減少傾向が続いている。このことは,わが国におけるがん死亡率の増加には人口構成の変化,すなわち社会の高齢化が大きくかかわっていると考えられる。高齢がん患者は複数の併存疾患を有することや病態の多様性が知られ,その診療方針を決定するに当たり高齢者総合的機能評価(comprehensive geriatric assessment: CGA)が着目されている。 -
循環器合併症をもつ患者のがん治療―Onco-Cardiology: 腫瘍循環器学―
43巻8号(2016);View Description Hide Descriptionわが国では,高齢化と生活習慣の欧米化により循環器疾患を合併するがん症例が増加している。がん治療ならびに支持療法の進歩,特に分子標的薬の出現によりがん患者の寿命が延長する一方で,心筋細胞や血管内皮細胞の機能維持とがん細胞の増殖や生存などに関与する分子メカニズムには共通する部分があることから,従来の殺細胞型抗がん剤とは異なる心血管系副作用(心毒性: cardiotoxicity)を来し得ることが明らかとなっている。分子標的薬により誘発される心毒性として心機能低下,高血圧,血栓塞栓症などがあげられる。これらの病態には不明な点が多く,分子標的薬の作用部位,作用機序に即した分子レベルでの病態理解が臨床と基礎面でアプローチが必要である。腫瘍循環器学によるアプローチは,がん症例における心毒性の検討により,心血管系内科領域における従来にはない新たな知見をもたらす可能性がある。 -
間質性肺炎合併症をもつ患者のがん薬物療法
43巻8号(2016);View Description Hide Description間質性肺炎は治療抵抗性,進行性の慢性呼吸器疾患で,しばしば呼吸不全を伴う。呼吸不全が急激に悪化する間質性肺炎急性増悪は年間5〜15%の頻度でみられ,発症後約80%が致死的である。間質性肺炎に合併した悪性腫瘍は,悪性腫瘍自体の死亡リスクに加えて抗がん薬による間質性肺炎の急性増悪のリスクがあり治療に難渋する。間質性肺炎を合併しない例においても分子標的治療や免疫チェックポイント治療などでは薬剤性肺炎が高頻度でみられ,間質性肺炎を合併している例には治療により得られるベネフィットとリスクのバランスを十分に検討することが重要である。 -
慢性感染症を合併する患者のがん薬物療法
43巻8号(2016);View Description Hide Description慢性感染症を合併する患者における,がん薬物療法の開始の適応やタイミングを判断するのは非常に難しい。がん治療を優先させるか,感染症治療を優先させるか,この判断をする際にはがんと感染症のそれぞれの正確な病勢評価が求められる。限られたエビデンスを参考にし,患者ごとに治療方針を決定する必要がある。がん専門医と感染症専門医が連携をとって治療に当たることが望ましい。
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Current Organ Topics:Thorax/Lungand Mediastinum, Pleura: Cancer 肺癌 肺腺癌のT 因子
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Ⅰ.IASLC Staging and Prognostic Factors Committee が主導するTNM病期分類の改訂作業
43巻8号(2016);View Description Hide Description -
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原著
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Cisplatin分割型多剤併用療法を施行した肺がん患者におけるPalonosetron使用前後の制吐効果の比較
43巻8号(2016);View Description Hide Descriptionpalonosetron(Palo)は,急性期のみならず遅発期の悪心・嘔吐に抑制効果を示す第二世代の5-HT3受容体拮抗薬(5-HT3RA)であり,その制吐効果の報告の多くは,cisplatin(CDDP)の投与量が50 mg/m2以上の間欠投与法の化学療法である。札幌南三条病院ではCDDP(15〜20 mg/m2)とifosfamide(1,500 mg/kg)の4 日間連日投与に加え,1,8,15 日目にirinotecan(50〜60 mg/m2)を投与するCDDP 分割型多剤併用療法(以下,CIC療法)を肺がん患者に施行している。本研究は,2010年10 月〜2012年1 月の期間でCIC 療法を施行しhighly emetogenic chemotherapy(HEC)に準じた制吐療法を行ってもなお制吐コントロールが不十分な症例16 例を対象に,同一症例の同一条件下において1 日目の5-HT3RA のみをramosetron からPalo へ変更した際の制吐効果の評価を後方視的に行った。本研究の結果,Palo 併用前後のgrade 1 以上の悪心発現率はPalo併用前群で87.5%,併用後群で62.5%,grade 3 以上の発現は両群ともにみられなかった。日ごとの悪心発現率は,がん化学療法開始後5 日目において併用後群の発現率は43.8%であり,併用前群の81.3%と比較し有意に減少していた(p<0.05)。また,悪心の発現日数に有意な減少が認められ,発現までの日数は有意な延長が認められた。これらの結果は,Paloが特に悪心の発現率減少と発現までの日数の延長に寄与し,かつ回復を早める効果があると考えられる。以上から,CIC療法症例においてもPalo は優れた制吐効果を示すことが示唆された。 -
当院における終末期がん患者の予後予測―化学療法施行中の患者についての検討―
43巻8号(2016);View Description Hide Description終末期がん患者における化学療法の適応決定において,精度の高い予後予測法があれば大きな助けとなり得る。本研究では化学療法中の終末期がん患者に適した予後予測法を明らかにすることを目的とした。2015 年6 月〜2016 年1 月に緩和医療科を受診し,palliative prognostic index(PPI)を前向きに測定した症例のうち,予後予測日の過去4 週以内あるいは予後予測日以降に化学療法を行った7 例を対象とした。PPI測定日のprognosis in palliative care study(PiPS)を前向きあるいは後ろ向きに計算した。4 日以内の血液検査があればPiPS-B を,なければPiPS-A を用いた。完全一致率(absoluteagreement)はPPI 100%,PiPS 40.0%とPPI のほうが優れていた。PPI測定日以降に化学療法が行われた症例は,いずれも予後予測が42 日以上の症例であった。化学療法中の終末期がん患者の予後予測としてはPPI が適しており,その後の化学療法の適応決定を考える上での参考になった。 -
がん化学療法における味覚障害に対するポラプレジンク製剤の有効性
43巻8号(2016);View Description Hide Descriptionがん化学療法の有害事象である味覚障害は,摂食低下による栄養状態の低下などを引き起こすことがある。味覚障害の多くは亜鉛欠乏に起因すると考えられ,その補充としてポラプレジンクなどの亜鉛含有製剤の投与が行われている。しかし,がん化学療法時の味覚障害におけるポラプレジンクの投与は,十分評価されないまま慣習的に行われている。また,味覚障害を生じやすい患者の背景も十分に検討されていない。そこで,亜鉛含有製剤の有効性と味覚障害の発現因子の検討をレトロスペクティブに調査した。対象は,2011 年4 月〜2014 年9 月の期間にFEC100療法を施行した女性乳がん患者136 例とし,味覚障害発生の有無,ポラプレジンク投与の有無,それらの有効性を評価した。また,味覚障害の発生に及ぼす患者背景因子[年齢,身長,体重,体表面積とヘモグロビン(Hb)値,血清鉄値,アルブミン値,総蛋白値]の関連性を調査した。その結果,味覚障害が発現した58 例中ポラプレジンクを投与した20 例で改善70.0%,不変25.0%,悪化5.0%であり,その有効性を認めた。重回帰分析において味覚障害発現は,体表面積,Hbの低下幅の2 項目が独立した有意な因子として解析された(p=0.003,p=0.021)。これらの結果から,体表面積に応じて抗がん薬の投与量が多い患者,鉄欠乏など貧血になりやすい患者においては,早期から味覚障害対策として亜鉛補充が望まれると考えられた。
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薬事
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Assessment of Injection Site Reactions for Peripheral Intravenous Oxaliplatin Infusion and Potential Remedies
43巻8号(2016);View Description Hide Description2009 年11 月1 日〜2011 年11 月30 日までに昭和大学病院外来腫瘍センターにおいてCapeOX 療法(oxaliplatin+capecitabine)±bevacizumab を施行した切除不能進行再発大腸がん患者19 症例の診療録と看護記録から,輸液加温器の有無による血管痛様症状の発現の違いを調査した。13 症例(68.4%)に血管痛を主とする血管痛様症状が発現した。化学療法の総コース数77 回のうち33 回(42.9%)に血管痛様症状を発現した。輸液加温器の有無で血管痛様症状発現の差は認められなかった。血管痛様症状発現時間はoxaliplatin 投与開始後60〜90 分が最も多く,非ステロイド性抗炎症薬併用時に血管痛様症状が減少していたことが観察された。今回の調査で得た知見を基に血管痛様症状の発症機序を解明し,副作用対策を提案したい。 -
大腸癌化学療法中患者に対する排泄にかかわる意識調査
43巻8号(2016);View Description Hide Description化学療法で使用される抗がん剤の多くは細胞毒性が高く,曝露による催奇形性や変異原性,発がん性が知られている。抗がん剤は投与後,尿や便中に排泄されるため,排泄時に適切な取り扱いをしなければ化学療法中の患者のみならず,同居人も不必要に抗がん剤に曝露する可能性がある。しかしながら,大腸癌化学療法中の患者および同居人に対する排泄指導についての報告は現在のところほとんどない。そこで,今回我々は関西労災病院で大腸癌化学療法中の患者45 名に排泄時の意識調査を行い,36 名から回答を得た。回答者の多くは抗がん剤の排泄に関する知識があまりなく,排泄時に注意すべき点についても意識していなかった。妊孕性のある若い世代の同居人も多く,抗がん剤による不必要な曝露を回避するために,医師,薬剤師,看護師によるチームで患者および家族に対し積極的な排泄指導を行うべきであると考える。
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症例
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S-1による術後補助化学療法を完遂し得たHuman Immunodeficiency Virus感染患者の進行胃癌の1 例
43巻8号(2016);View Description Hide Description症例は64 歳,男性。胸痛を主訴に発見された幽門部の進行胃癌で,術前検査でHIV抗原抗体陽性を指摘された。CD4陽性リンパ球数は491 cell/mL,AIDS指標疾患の合併は認めず,HIV無症候性キャリアの診断となった。進行胃癌に対し幽門側胃切除術,D2郭清,Roux-en-Y法再建術を施行した。病理結果ではT3(SS)N3aM0,Stage ⅢCの診断となった。術後は tenofovir/emtricitabine と raltegravir による抗レトロウイルス療法を併用しながら,S-1 による補助化学療法を行った。S-1 の投与中はCD4 陽性リンパ球数の低下やHIV-RNA の増加を含めた有害事象は出現せず,内服を8 コース完遂した。化学療法と感染症の双方の専門家により治療方針の決定や患者管理を行うことで,HIV感染者の胃癌に対してもS-1 による術後療法が安全に行えた貴重な症例であった。 -
肉眼的・組織学的に異なる形態を呈した胃内分泌細胞癌の2 例
43巻8号(2016);View Description Hide Description症例1: 80 歳台,男性。貧血を主訴に当科を受診した。胃噴門部に約50 mm 大の粘膜下病変を認め,腫瘍切除を行った。術後の病理組織学的検査にてendocrine carcinoma,small cell carcinomaと診断された。術前化学療法としてイリノテカン投与を行うも,術後約16 か月で原疾患の進行により死亡した。症例2: 70 歳台,女性。胃潰瘍にて近医通院中であったが,定期の上部消化管内視鏡にて胃体中部後壁に約40 mm大の3 型進行癌を認めた。胃全摘術を行い,術後の病理組織学的検査でendocrine carcinoma,poorly differentiated neuroendocrine carcinomaの診断であった。術後補助化学療法としてS-1内服を行ったが,術後約12 か月で原疾患の進行により死亡した。 -
mFOLFOX6+Cetuximab併用療法によりPathological Complete Responseが得られた大腸癌肝転移の1 例
43巻8号(2016);View Description Hide Description症例は68 歳,男性。約半年前からの下血を主訴に近医を受診し大腸内視鏡検査を受けた結果,直腸(Rb)癌と診断された。精査加療目的に当院を紹介受診した。当院で施行した腹部CT 検査では肝S5/6 に径 2 cm 大の転移を指摘された。直腸癌に対して低位前方切除術を施行され,最終診断はA,N1,H1,P0,M0,fStage Ⅳであった。肝転移に対してmFOLFOX6+cetuximab 併用療法を6 コース施行した。化学療法施行後の腹部CT 検査では肝転移巣は8 mm 大に縮小し,治療効果partial response(PR)が得られた。肝部分切除を施行され,病理組織診断の結果pathological complete response(pCR)が得られた。肝切除後mFOLFOX6+cetuximab 併用療法を6 コース施行し,現在無再発である。われわれは,肝切除前にmFOLFOX6+cetuximab併用療法を施行しpCR が得られた1 例を経験したので報告する。 -
異時性多発肝転移を有する直腸神経内分泌癌に対し集学的治療を施行した1 例
43巻8号(2016);View Description Hide Description症例は62 歳,女性。2011年3 月に下血を主訴に当科受診,精査により直腸癌が指摘され,4 月に低位前方切除術,D3郭清が施行された。病理結果はRa,Circ,type 2,55×45 mm,por1,pSS,ly3,v1,pN2,pStage Ⅲb,KRAS 遺伝子は野生型であった。6月上旬よりpolysaccharide K(PSK)併用UFT/UZEL 療法を開始したが,3コース施行後の9 月の CTで多発の肝転移を認め,病理の再検査で内分泌細胞癌と診断された。CBDCA/CPT-11 併用療法を開始したが,骨髄抑制により4 コースで終了。その後,2012年1 月よりFOLFOX4+panitumumab(Pmab)療法を10 コース行った。SDで維持していたが,神経障害などにより2012年6 月からFOLFIRI+bevacizumab(Bmab)療法に変更した。途中TACE を行いつつ2013年9 月までに計28 コースまで終了したが,その後全身状態が悪化し,化学療法開始から2年3か月で原癌死した。 -
当院における成人発症Ewing 肉腫5 例の治療経験
43巻8号(2016);View Description Hide Description当院における成人発症Ewing 肉腫5 例の治療経験を報告する。対象は2011〜2014 年の間に追跡調査可能であったEwing肉腫5 例。Ewing肉腫における予後不良因子としてこれまでに報告されている原発部位,腫瘍径,転移の有無および血清LDH 値について検討した。結果,原発腫瘍部位は四肢発症1 例,体幹4 例であり,予後不良な体幹部が多かった。腫瘍径8 cm 以上は1 例のみであり,同症例にのみ転移および高LDH 血症を認めた。治療として全例にvincristine,doxorubicin,cyclophosphamide(VDC)とifosfamide,etoposide(IE)の交替療法を施行した。局所治療として手術を4 例に施行し,放射線療法は1 例であった。全例の経過観察期間中央値は31.6 か月であり,2 年全生存率および無増悪生存率はともに80.0%であった。結語:成人発症Ewing 肉腫は予後不良とされているが,VDC-IE の交替療法を含む集学的治療を行うことで良好な成績が得られた。しかし,既報のごとく腫瘍径が8 cm 以上で,転移と高LDH 血症を認める症例は1 年後に再発を来し,予後不良であった。成人例においても予後因子を明らかにし,予後不良群に対する有効な治療法を開発することが急務であると考えられた。
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