治療学
Volume 41, Issue 4, 2007
Volumes & issues:
-
扉・目次
-
-
-
序説
-
- 肝不全
-
肝不全の成因と治療の現況
41巻4号(2007);View Description Hide Description肝不全は,重篤な肝機能障害に基づいて,高度の黄疸・肝性脳症をはじめとする肝不全症状をきたす予後不良の症候群である。基礎となる肝疾患の初発症状発現から肝不全症状を呈するまでの期間が 6 ヵ月未満の場合は急性肝不全,6 ヵ月以上の場合は慢性肝不全と定義されている。このような肝不全の概念には国際的に大きな相違はないが,より具体的な肝不全の成因,定義,治療法になると後述するように日本と欧米では多くの点で異なっている。現在,末期肝不全に対して予後を改善するもっとも確実な治療法は肝移植であり,2005 年 4 月より肝硬変,肝細胞癌に対してもその保険適用が拡大された。しかし,脳死肝移植が一般的な欧米に対し,生体部分肝移植が中心のわが国においては,当然その適応は慎重にならざるをえない。肝不全の治療に関しては個々の治療成績のみならず,適応,QOL,医療コストの評価など今後多くの面で解決しなければならない課題が多い。本特集では,急性肝不全,慢性肝不全診療の第一線で活躍されている先生方より,各治療に関する詳細な解説,治療指針,問題点などが述べられている。本書を実地診療の現場で広く活用していただければ幸いである。
-
特集
-
- 急性肝不全
-
1 発症機序
41巻4号(2007);View Description Hide Descriptionわが国における急性肝不全の代表疾患は劇症肝炎である。劇症肝炎は病理組織学的には広汎ないし亜広汎肝壊死を特徴とし,その成因としては肝炎ウイルス感染,自己免疫性肝炎,薬物アレルギーが重要である。これらの成因による肝障害では,壊死はかならずしも広汎でなく,急性増悪を生じた場合も肝再生が生じて致死的経過をとることはまれである。したがって,急性肝不全の成立機序を検討する際には,単に肝細胞死の機構を解明するのでは不十分であり,なぜ一部の肝炎で肝壊死が広汎に進展するのかを明確にすることが求められる。一般に,肝炎ウイルスには肝細胞に対する障害性がない。肝炎はウイルス関連抗原に対するTh1 系免疫応答が作動し,cytotoxic T lymphocyte(CTL)が同抗原を発現した肝細胞を認識し,これを障害することで成立する。したがって,劇症肝炎は Th1 および Th2 系の免疫応答における平衡が破綻し,Th1 系が過剰になることで発症すると推定される。また,肝壊死が広汎に進展する際には,液性因子や微小循環障害が関与している可能性もあり,これを規定しているのが肝局所の要因である。したがって,ウイルス性の劇症肝炎は,生体側要因である Th1 系の免疫応答を中心に,肝炎ウイルスおよび肝局所の要因が密接に関連して成立するとみなすことができる(表 1)1)。また,成因が自己免疫性肝炎や薬物アレルギーの場合も,CTL が肝細胞表面の抗原エピトープを認識する点では共通しており,生体側および肝局所の要因に関してはウイルス性と同様の現象が生じている可能性がある。広汎ないし亜広汎肝壊死が生じても肝再生が円滑に進行すれば肝不全に至ることはない。劇症肝炎,とくに亜急性型の病態としては,肝再生不全も特徴的であり,これも急性肝不全の成立を修飾している。 -
-
-
4 LOHF(遅発性肝不全)の治療戦略
41巻4号(2007);View Description Hide Descriptionわが国における劇症肝炎の定義は,「初発症状出現から 8 週以内に昏睡 II 度以上をきたし,プロトロンビン時間(PT)40%以下を示す」肝炎だが,「さらに肝硬変,肝不全などがなく,II 度以上の脳症を生じるまでの期間が 8~24 週の症例」は遅発性肝不全(LOHF:late onsethepatic failure)と定義され,類縁疾患として扱われている。本来の LOHF の定義では,肝性脳症 I 度以上となっているが1),わが国では便宜的に II 度以上の症例に限っており,亜急性型劇症肝炎同様あるいはそれ以上に予後不良であり確固たる治療方針は確立していない2,3)。本稿ではLOHF につき成因や現状から治療戦略について述べる。 -
5 薬物による急性肝不全
41巻4号(2007);View Description Hide Description劇症肝炎例,遅発性肝不全(LOHF)の成因分類は,厚生労働省「難治性の肝疾患に関する調査研究班」における 1998~2000 年の症例を対象とした検討により,ウイルス性・薬物性・自己免疫性・成因不明とすべきとされた1)。従来の分類では,肝炎ウイルスマーカーがすべて陰性の場合は非 A 非 B 型とされ,薬物性や自己免疫性のものもこれに含まれていたため,ウイルス性以外のものの実態についての把握が困難であった。それゆえ,この改訂は,薬物性などそれぞれの成因ごとの病態・予後を把握するうえで重要なものであったといえる。ただし,同時に,病理組織学的に肝炎像の認められる症例のみを劇症肝炎・LOHF として扱うことも明記された1)。すなわち,薬物性肝障害のうち,中毒性肝障害は除外され,アレルギー性と考えられる症例のみが劇症肝炎・LOHF として扱われることとなった。わが国の現状に沿った定義づけともいえるが,最近の中毒性の機序による薬物性肝障害の増加傾向を考えると,今後の検討が必要な事項といえる。 -
- 慢性肝不全
-
1 肝性脳症の発症機序と治療
41巻4号(2007);View Description Hide Description肝性脳症とは,重篤な急性あるいは慢性肝機能障害に基づいて出現し,可逆性の経過をたどる可能性のある,意識障害を中心とする精神神経症状の総称と定義されている。主に門脈圧亢進症患者に出現することが多いが,一般にはその成因から肝壊死・崩壊によるものと,門脈-体循環短絡路(シャント)形成によるものに大別される。前者は劇症肝炎などの急性肝不全に代表され,肝実質細胞の広範な壊死に基づくものである。後者の代表疾患は Eck 瘻症候群であり,アンモニアをはじめとする腸内有毒物質が肝で代謝を受けることなく直接脳に達するがゆえに種々の症状を呈する病態と理解されている。われわれが日常臨床でもっとも多く経験する進行した肝硬変の非代償期に出現する脳症(肝硬変脳症)は,これら二つの要素が種々の割合で作用し,両者の中間型あるいは混合型と考えられる。 -
-
3 栄養療法
41巻4号(2007);View Description Hide Description肝臓は蛋白質,エネルギー代謝をはじめ,すべての栄養素代謝の中心臓器であることから,慢性肝不全ではさまざまな代謝異常をきたし,蛋白質エネルギー低栄養状態(protein energymalnutrition:PEM)に陥る1)。さらに,病態の進行に伴って出現する肝不全症状から食欲不振となり,食事摂取量自体が減少することも少なくない。一方,食欲はあるにもかかわらず,肝性脳症や耐糖能異常の合併により食事制限,栄養素の制限が加えられることも多く,PEM を増長している。しかも PEM に陥ると,その予後は悪化する2)。本稿では,はじめに慢性肝不全患者の栄養療法を総論的に述べ,その後に肝性脳症,腹水,あるいは糖尿病といった慢性肝不全にしばしば認められる合併症を伴う症例の栄養療法に言及する。 -
4 肝肺症候群
41巻4号(2007);View Description Hide Description進行した慢性肝疾患ではしばしば低酸素血症を主とした肺機能障害を呈する。免疫能低下による易感染性は呼吸器感染症を頻発し,大量の腹水や肝性胸水は機械的に心肺機能を障害する。これら通常の呼吸器合併症と異なり,肺内微小血管の異常が原因で動脈血酸素化異常が起こる肝肺症候群(hepatopulmonary syndrome:HPS)や門脈肺高血圧(portopulmonary hypertension:P-PHT)が近年注目されている1~3)。両者とも低酸素血症を呈するが,前者は肺内血管拡張が,後者は肺内血管収縮による前毛細血管性の肺高血圧がその原因となる。この相反した合併症の根底には共通して門脈圧亢進症が存在する。本稿では頻度の高い HPS について概説する。 -
5 自己骨髄細胞投与療法の開発
41巻4号(2007);View Description Hide Description非代償性肝硬変をはじめとした重症肝疾患の根治療法は肝移植(生体肝移植・脳死肝移植)であるが,ドナー不足や手術侵襲・免疫拒絶といった問題が大きい。そこで肝移植を行うまでのブリッジ的治療法の開発が必要である。血液疾患患者に対する骨髄移植および末梢血幹細胞移植施行例(女性患者<XX>に男性<XY>より移植した症例)の剖検において,慢性炎症環境下にあった肝臓および消化管組織内に Y 染色体の存在が確認され,骨髄細胞中に多分化能を有する幹細胞の存在が示唆された1,2)。そこでわれわれは,新たに自己骨髄細胞を用いることで,肝不全に対する臨床応用を見据えた治療法になりえるのではないかと考え研究を行ってきた3)。最初に骨髄細胞から肝細胞への分化・増殖評価モデル〔green fluorescent protein(GFP)/carbon tetrachloride(CCl4)モデル〕を確立し,本モデルを用いてのさまざまな解析・検討結果を報告してきた4)。慢性炎症という特殊環境下(分化,niche)において,骨髄細胞が肝細胞へと分化し,さらにその過程で肝合成能・肝線維化・生命予後が有意に改善するという動物実験の結果を得た4~6)。これらの基礎研究成果を基盤にして,平成 15 年 11 月より,臨床研究「慢性肝不全に対する自己骨髄細胞投与療法(autologousbone marrow cell infusion therapy)」を開始した7)。さらに平成 17 年度には山口大学で施行した臨床研究のプロトコールを山形大学に導入し,多施設臨床研究「Liver regeneration with celltransplantation study」を開始した8)。 -
6 肝移植
41巻4号(2007);View Description Hide Description1997 年に臓器移植法が施行されてほぼ 10 年経過したが,脳死者からの臓器移植は 2006 年12 月までの時点で 40 例程度にとどまっており,期待されたほど進展していないのが現状である。このような状況で,末期肝疾患患者に対応することは不可能で,その結果生体肝移植の症例数は成人例を中心として年々増加する一方である。本邦では現在まで 3,500 例以上施行されているが,2004 年 1 月に生体肝移植に対して保険適用となる疾患が大幅に拡大された影響も症例数の増加に大きく寄与していると考えられる(表 1)。本邦の生体肝移植は,症例数のみならず,手術技術や術後管理法においても世界的にみて先進的である。一方で 2003 年には,本邦でドナーの死亡が報告されるなど,元来保障されているはずの生体ドナーの安全性に関して,多くの問題点を社会に提示することになった。肝移植医療は多くの問題点を抱えながらも,日進月歩の状態である。その最新情報を把握することは,移植医療にかかわっている移植医のみならず,それ以外の肝臓内科医やプライマリー医にとっても,患者への適切な情報提供という意味で非常に重要である。
-
治療のピットフォール
-
-
自己免疫性肝炎による劇症肝炎
41巻4号(2007);View Description Hide Description自己免疫性肝炎(autoimmune hepatitis:AIH)は潜在性に発症し,黄疸や全身倦怠感などを契機に診断されるものが多くを占め,慢性肝炎,肝硬変の組織像を呈することが多い。一方,急性発症する AIHが 20~30%ほど存在し,病理組織学的にも急性肝炎を呈する AIH が存在する1,2)。そのなかで,ときに劇症肝炎あるいは遅発性肝不全(LOHF)に移行して急性肝不全の病態を呈することがある。
-
-
座談会
-
- 肝不全
-
-
新しい治療
-
-
-
症例
-
-
B 型劇症肝炎の治療例
41巻4号(2007);View Description Hide DescriptionB 型劇症肝炎は大きく 2 つの病態から成り立っている。それらは急性感染とキャリア発症の劇症化という病態であり,この 2 つは別疾患といいうるほど異なっている。簡単にいえば前者は一過性の感染で後者は持続感染である。したがって治療方針も大きく異なるので,劇症肝炎(fulminant hepatic failure:FHF,症候名である点に注意)の治療に当たる医師はこの相違点を十分理解する必要がある。この 2 つの病態のアウトラインを具体的に述べると,一方の B 型肝炎ウイルス(HBV)の急性感染は,基本的には先行疾患のない肝臓に HBV が感染し,急性肝不全状態に陥る病態であり,欧米にも頻度は少ないが存在する。欧米でもっとも広く受け入れられている Trey による定義では,FHF はあくまでも急性疾患とされており,この定義に合致する。他方は HBV キャリア発症の劇症化である。日本および中国,台湾,東南アジアの地域には多数のHBV キャリアが存在し,ときに急性増悪して劇症化することがある。ただし発症時点では急性感染による劇症肝炎と臨床的には区別がつかないことが多く,このような病態の存在を知っていて積極的に急性感染との鑑別を行わなければ,適切な治療上の対応はできない。とくに HBV キャリアの劇症化は欧米にはほとんど存在しないので,欧米ではその病態は理解されないし,Trey の定義上 FHF には包摂されない。また,わが国の犬山シンポジウムの定義においても,それまで無症候であった場合はよいとして,脳症発症前の病態が不明の場合に劇症肝炎と診断してよいかどうか問題が残る。 -
妊娠中に発症した B 型劇症肝炎
41巻4号(2007);View Description Hide Description妊娠中にウイルス性肝炎に罹患する頻度は決して高くなく,急性肝炎として発症してもほとんどの場合良好な経過をたどる。しかしまれではあるが劇症肝炎に移行し,母児ともに致死的となる病態を呈する。今回われわれは,妊娠中に発症し救命しえた B型急性型劇症肝炎の 1 例を経験したので報告する。 -
顆粒球除去療法が有効であった重症アルコール性肝炎症例
41巻4号(2007);View Description Hide Description近年,わが国においては,アルコール消費量の増加とともにアルコール性肝障害の頻度も増加傾向にある。その多くは,アルコール性脂肪肝や肝線維症であり,禁酒により改善する。しかし,このような人が連続多量飲酒を繰り返すとアルコール性肝炎を発症し,このうち肝性脳症,肺炎,急性腎不全,消化管出血などの合併症や,エンドトキシン血症を伴い,禁酒しても肝腫大が持続し,多くが 1 ヵ月以内に死亡する予後不良な疾患が重症アルコール性肝炎である。わが国の全国調査によると生存率は 29%であった1)。重症アルコール性肝炎では,末梢白血球(おもに好中球)が増加し,肝組織には好中球の浸潤と多数のマロリー小体,強い肝細胞の変性,壊死所見がみられる。その発症機序や病態については十分には解明されていないが,アルコールによる腸管の透過性亢進によってエンドトキシン血症をきたし,クッパー細胞をはじめ,マクロファージ,リンパ球,肝細胞などから,各種の炎症性サイトカインが産生され,肝のみならず全身の臓器障害をきたすと考えられている2~4)。治療法として劇症肝炎に準じた血漿交換,持続血液濾過透析,エンドトキシン吸着や顆粒球除去5,6),肝移植などが行われているが,確立された治療法はない。今回,著明な白血球増多を伴った重症アルコール性肝炎に対し,顆粒球除去療法を中心とした治療を施行し,救命しえた症例を経験した。IL-6,IL-8 および好中球エラスターゼの経時的変化を後日,同時測定し,臨床経過および治療効果との関連を認めたので報告した5)。その後,さらに経験した 1 症例をあわせて報告する。
-
-
治療の歴史
-
-
急性肝不全に対する血液浄化療法の変遷
41巻4号(2007);View Description Hide Description急性肝不全に対する血液浄化療法は,その時代の急性肝不全に関する知見の拡大に伴って,浄化する対象や装置が変化してきた。初期には肝毒性物質または昏睡起因物質としてアンモニアや間接ビリルビン,胆汁酸などが浄化の対象となっていた。その後エンドトキシン,ジゴキシン様物質,ベンゾジアゼピン類,中分子物質,短鎖・中鎖脂肪酸,リンフォカイン,トリプトファン,インドール,メルカプタンが肝細胞毒性因子や昏睡起因物質とみなされて浄化の対象となり,一方では肝再生抑制因子なども探究された。最近ではサイトカインが再生に関わっていることが明らかになってきた。血液浄化療法には不足する物質の補充も含まれる。循環動態や脳水分量を考えながらどのように必要なものを補充するかについての考えにも進展のあとがみられる。最近では,重篤な肝障害時の栄養環境や肝細胞内代謝動態についての知見も広まり,用いる置換液に工夫が加えられるようになった。また,敗血症や腎不全を合併した場合の血液浄化のあり方も検討されるようになった。本稿では,血液浄化療法の変遷をたどって,今後の指南としたい。なお昭和 56 年に犬山シンポジウムで新しい劇症肝炎の診断基準が決められたので,主としてそれ以降を振り返ることとした。
-
-
DI 室Q&A
-
-
-
suggestion
-
-