がん看護

がん患者の意思決定を支援するには，支援が社会規範に沿って行われることが必要である（たとえば，法的に説明すべき事項を説明しないで，意思決定を支援できない）．社会規範は，法や倫理によって構成されているが，ここでは，主として法を，この分野の先例である判例（最高裁の判決）を掲げて説明することとする．　おおむね，本稿は次のように構成される．

今，わが国は超高齢社会を迎えている．65 歳以上の高齢者人口が3,100 万人を超え，全人口の26％を占めるにいたった（2015 年総務省調べ）．高齢者人口の増加は，「医療を要するものの，比較的自立した生活を営めている高齢者（vulnerable elders）」の増加を意味する．このことはがん医療も無関係ではない．たとえば，65 歳以上のがん死亡率は，全年齢のうちの70％を占めている（国立がん研究センターがん対策情報センターより）ことからも示されるように，がんも高齢者の疾患の1 つでもある．わが国は，高齢がん患者特有の問題を考慮に入れつつ，がん治療のあり方を検討する必要に迫られているといえる．　高齢のがん患者に対する適切な治療を考える上で，原疾患（悪性腫瘍）に加え，加齢に伴う生理的変化や高齢者特有の心理・社会的問題を含んだ適切な評価が望まれる．高齢がん患者の治療方針を決定するためには，以下の点を検討する必要がある．① 標準治療が適応になるか，もしも標準治療が身体的に負担が大きいと予想される場合，どのような治療選択肢があるのか．② 独居の患者など社会的支援が乏しい場合に，治療に合わせてどのような支援を提供する必要があるのか．③ 支援の必要性はどのような基準で判断するのがよいのか．　とくに，高齢者で必ず検討される必要のある加齢性変化の中には，認知症も含まれる．認知症は，意思決定の前提となる治療同意能力（自分で治療の必要性や治療内容を理解し，治療を受けるかどうかを判断し決める力）に直接影響する．それゆえ，高齢者の治療方針を決める前提として，治療同意能力の評価は必須である．もしも治療同意能力が障害されている場合には，その原因を明らかにし可能な限り障害を取り除くとともに，それに応じた支援を提供することが，意思決定支援として併せて求められる．　ここでは，高齢がん患者の意思決定支援について，治療同意能力の評価と障害されている場合に求められるケア・支援を中心に解説をしたい．

抗がん薬や分子標的治療薬などの新規承認，適応拡大によってがん化学療法はめざましく進歩し，がんの再発予防，また再発・転移の治療に欠かせないものになっている．また，全身状態を表すパフォーマンスステータス（PS）が低下しても治療継続ができるようになっており，標準治療が困難となった場合であっても，治験適応があれば治療が継続でき，患者は長期間にわたって治療の継続ができるようになっている．　治療内容を決めるとき，治療の中断もしくは中止を決断するとき，療養場所を決めるときなど，患者・家族は連続的かつ深刻な治療選択を求められている．近年は，入院を中心とした医療から外来を中心とした医療へ変化しており，それに伴って患者の意思決定支援の中心となる場も外来に移行している．しかし，外来看護師が患者と接触できる時間は非常に短く，限定的であるため，その中で患者の状況を把握して看護介入することは容易ではなく，外来でのケアをいかに効率的かつ効果的に行うかは大きな課題である．　本稿では，事例を通して外来化学療法を受ける患者の意思決定支援の実践に必要な知識を整理し，看護師として実践すべき，実践できるケアについて考える．また，超高齢社会に向けた今後の課題についても考えていきたい．

がん疾患を体験する人は，意思決定の局面を繰り返し迎える．どこで検査を受けるか，どの病院で，どのような治療を受けるか，そしてどこでどのように療養していくかなどの意思決定に迫られるからである．　治療法や療養の場などについて，多くの日本人は家族単位で決定しようとする．そのために，家族内で情報共有や意思疎通が十分に図れないと，家族内の意向の相違や葛藤が生じるだけでなく，がんの治療や療養に大きな影響を与える．がんは進行する病気であるために，決定までに猶予できる時間には限りがあり，ゆっくり待つことができない特徴がある．家族内の意向調整は，がん看護に携わる看護師にとって大きな課題の1 つであるといえる．　筆者が勤務するがん相談支援センターでは，多種多様な相談に対応している．さまざまな主訴で相談の過程は始まるが，何か意思決定を迫られている状況での相談は多い．　本稿では，相談支援センターへの相談で対応が始まった，家族が患者への病状説明を拒むケースを例にあげ，意思決定支援の実際について述べる．また，この支援に関連して，超高齢社会に向けた課題について検討したい．

がん患者や家族が在宅療養を行っていく上で，意思決定支援が必要なさまざまな場面に出会うが，どのような状況であれ，どうすればその人らしく住み慣れた地域で過ごすことができるのか，何がその患者・家族にとってよりよいのか，試行錯誤することも多い．筆者が訪問看護を行う中でよく経験する場面を通して，在宅での意思決定支援のポイントについて考察する．

連載の第3 回目は，学生をひきつける講義の工夫として教材の使い方に焦点をあて，筆者が担当している「パリアティブケア（緩和ケア）」の授業を例に紹介する．教材は，学習目標を到達するための，そして授業を効果的かつ効率的に行うための一手段である．すなわち，学習者に合わせて教材の適切性を見極め，学習効果を評価し修正を加えながら教材を選択・作成しなければならない．どのような教材が適当なのか，どのように提示すると学習目標を到達できるのか，筆者も試行錯誤しながら使用しており，よい授業のあり方について日々，探求中である．よって，ここで紹介する教材は，発展途上であることをご理解の上お読みいただきたい．

がん患者は診断から治療へ，そして，その先へと長い道のりを歩む．がんは患者の身体だけでなく，心にも社会生活にも影響も及ぼすため（Markides, 2011），その道のりは無数にあり，1 つではない．各自の道のりは患者と医療者の間で共有され，その歩みの中で看護師は患者をケアし，支えている（Legg, 2011）．　現在の医療は患者を中心とし，患者のニーズ，価値観，意向を重視する傾向にあり（Pelzang et al, 2010; Jaydevappaand Chhatre, 2011），患者は積極的に自分のケアに参加する（Barry and Edgman-Levitan, 2012）．患者の根本的なニーズを理解し，患者ができるだけ生産的に普通の生活を送れるよう看護師の役割が求められている（Henderson,2006）．患者との関係が看護実践の基盤を築き，技術的ではないスキルや精神的なケアは，技術的なスキルや身体的なケアと同じように重要である（Zamanzadeh et al,2010）．パートナーシップは患者中心の医療では必須であり，患者と看護師は日常生活や医療に関する問題に共に取り組む（Kvåle and Bondevik, 2008）．　看護の重要性にもかかわらず，看護の存在感は患者に対してもほかの医療者に対しても薄れている（Yagasaki andKomatsu, 2013）．医療制度が複雑になり，患者と看護師の間の距離が広がっている．さらに，多職種チームの中で看護師が果たす役割の重要性も低下している（Boyle,2010）．医療者の中でお互いの役割の認識に違いがあり，看護師の役割はほかの医療者に対して常に「見えない」のである（ Jenkins et al, 2001）．　日本では，がんの診断と治療に重きが置かれ，心理社会的な支援は通常ケアではほとんど提供されてこなかった．がん診療連携拠点病院（2013 年1 月現在397 施設）は，研修を受けた看護師やソーシャルワーカーによる患者相談が義務付けられている（厚生労働省健康局2008 年）．心理社会的な支援には幅があり，多くは通常ケアとは別に，意思決定や心理社会的な支援，ケアの調整が専門スタッフによって提供されている．　このような支援活動が外来や化学療法室など臨床の場で広がるにつれ，「患者相談をほかの医療者ではなく，看護師が行う意義は何か」という問いが生じている．看護の意義を明確にして，この問いに答えるべく，がん患者の看護相談を実施している看護師を対象に質的研究を行った．

国によるいわゆる子育て支援策は進むものの，経済事情や養育にかかわる課題，夫婦それぞれの価値観の変化などから，晩婚化，晩産化は進んでいる．少子高齢化とあいまってわが国の家族構成は，近年，変化を遂げている．とくにこうした家庭的な役割と治療期が重なってくる女性のがん患者において「結婚」や「妊孕性」が及ぼす影響は，将来の家族構成など社会的な課題にも結びついてくるばかりか，最近では，身体的，医学的な生命予後にまで影響を及ぼすことが研究からわかってきている．　日頃から患者相談を受けていると，独身で独り暮らしをしている患者，シングルマザー，配偶者はいても子どものいない患者などと多く巡り会う．これらの家族構成の違い，中でもとりわけ「おひとりさまのがん」をめぐる課題は，社会的な救済制度などが少なく，ひとりで考え込んでしまう患者が多い．　そこで，本報告では，「がんと婚姻」をメインテーマに2回にわたって患者の実態を報告したいと思う．1 回目は「おひとりさまのがん」，2 回目は「生涯未婚率と妊孕性」を主題に報告を行う．

1960 年代にアルキル化薬系抗がん薬が開発されて以降，がん化学療法は目覚ましい進歩を遂げた．とくに経口抗がん薬の開発が進んだことで，がん治療の選択肢が増えると同時にその対象となる患者も増えてきている．訪問看護の現場においては，患者が高齢者であることも多く，さらに老夫婦だけの世帯や独居などの生活背景の課題もある．　また疾患もさまざまであり，完治を目指すものから症状緩和にいたるまで，その患者と家族が目的とするがん化学療法は異なっている．患者自身や介護者となる家族から服薬の必要性や効果，副作用について理解を得るとともに，病気や治療に対する関心がもてるような看護介入が求められる．

2015 年度のノーベル化学賞は，受賞者が日本人ではなかったため国内ではあまり報道されなかったが，家族性（遺伝性）腫瘍のメカニズムを解明する遺伝子の働きに関する基礎研究を行った3 名の科学者が受賞された．これらの発見のように，家族性（遺伝性）腫瘍の解明が進むことによって，散発性のがんの発生メカニズムの解明やその後の抗がん薬の開発にもつながっている．　本連載第1 回目（2015 年3・4 月号）にて，遺伝性腫瘍の特徴として記載したように，遺伝性腫瘍の発症の原因となる遺伝子変異は，おそらく受精卵の時点ですでに生じており，それが細胞分裂し体を形成するため，全身の細胞がその変異をもっている．したがって，遺伝性腫瘍を発症するリスクが高いことが判明したからといって，がんそのものの発症を予防することはできず，原発のがんを何度も発症するリスクは高い．それゆえ，携わる医療者にとっては，治癒や完治といった結論にいたることはない長いかかわりとなるため，目標がみえにくく戸惑いも生じるかもしれない．　しかしながら，それでもがん看護に携わる看護師は，日々進歩しているがん医療について，遺伝性腫瘍などの稀少がんのことも含めて，広く関心をもち，必要な知識を吸収し，目の前の患者や家族に看護を提供できるように努力し続けることは責務であると思う．　最終回は，現在，遺伝性腫瘍の看護の領域で，研究と臨床実践を実施している代表者たちから，各自が考える「看護師が遺伝の知識をもつことの意義や責務」についてのメッセージを送りたいと思う．

［目的］本研究は，看護師が積極的にがん患者をアセスメントするための方法として，ロイ適応看護モデルに基づいた質問項目が活用できるかを調べることを目的とした．［方法］総合病院で放射線治療を受けているがん患者15 名を対象に，ロイ適応看護モデルに基づいた質問を用いて，1 人1 回約60分の面接を個別に行った．回答の内容は要約し，生理的様式を除いた3 つの様式において，統合レベル，代償レベル，障害レベルに分類した．［結果］【自己概念様式】の質問から，身体的自己の統合レベルとして「良好」などが，代償レベルとして「腰痛をがまんしている」などの内容が示された．人格的自己の統合レベルとして「元の生活がしたい」，「前向きに生きる」などが，代償レベルとして「治療費，再発・転移について不安」などが示された．障害レベルとして「今は先がみえない」などが示された．【役割機能様式】の質問から，統合レベルとして「社会での役割，家庭での役割，地域での役割が遂行できている」ことと，代償レベルとして「家に引きこもっている」などが示された．【相互依存様式】の質問から，統合レベルとして「家族からのサポートを受けている」などが，障害レベルとして「子どもに心配させている気持ちが強い」が示された．［結論］ロイ適応看護モデルに基づいた質問項目によってがん患者からの反応を導くことができ，それらは従来の事例検討から得られたものを支持していたため，質問項目を利用することはアセスメントの1 つの有効な方法と考えられる．