臨床精神薬理
Volume 18, Issue 8, 2015
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【展望】
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大規模データベース研究の歴史,可能性と限界点
18巻8号(2015);View Description Hide Description近年,医学領域においてもデータベースの統合的活用が進められている。これにより,病因の解明や,個人ゲノム解析結果などを診療・治療に取り込んだ個別化医療の実現が目標とされる。精神科領域においてもこれは同様であり,ゲノム解析に限らずデータベースを利用した研究の実臨床への貢献が期待される。現時点では個人情報登録システムやデータベースには,様々な問題点がある。患者の個人情報の保護が最も重要であるが,他にも登録時の患者同意の必要性の有無,データ収集の場所,集積されたデータの疾患代表性,臨床におけるデータ収集の困難さ,データの標準化,情報の抽出技術など,残された問題は多い。しかし,今後これらの問題は徐々に解消され,大規模データベースを利用した研究は精神科領域や臨床薬理領域でもその重要性は増すだろう。研究者はもちろん,臨床家も関心を持つことが望まれる。 Key words : confidentiality, epidemiology, genetic association studies, psychiatry, registries
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特集【国家的大規模研究から分かること,分からないこと】
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スウェーデンにおけるナショナルレジストリを用いた医学研究
18巻8号(2015);View Description Hide Descriptionスウェーデンの住民はパーソナルナンバーが割り当てられており,多岐にわたるデータが,このパーソナルナンバーを用いて連結可能である。保健医療分野ではNational Patient Register,Prescribed Drug Register,Cause of Death Register等の悉皆データを管理するレジストリがある。特定の疾患や治療についてはNational Quality Registriesがあり,精神科関連では,双極性障害や精神病性障害,ECT,依存症等の10の領域があるが,患者の同意の下に登録されるサンプリングデータとなっている。双子についてはSwedish Twin Registerに登録されている。スウェーデンでは,大規模なレジストリが国全体で,なおかつ様々な領域で整備されており,しかも相互に連結可能であることを生かした研究が行われている。 Key words : medical research, national registry, personal number, psychiatry, Sweden -
台湾の国家的データベースを用いた研究
18巻8号(2015);View Description Hide Description臨床研究において統計学的なパワーが必要な研究や希少な疾患に関する研究を行う際に,メタ解析や大規模データベースを用いた試験が有用であるとされている。近年台湾では国家的なデータベースを使った興味深い研究が次々と公表されており,精神科の分野でもそれは例外ではない。本稿では,その国家的研究データベースのもとになった台湾の医療制度の概要とデータベース化への流れ,そしてその臨床研究への応用について概観した。さらには近年公表された臨床精神薬理の分野における台湾の国家的データベースを用いた臨床試験を具体的に列挙しその内容を知るとともに,最後は将来的な展望にもふれた。 Key words : Taiwan, National Health Insurance, NHIRD, clinical studies -
英国のGP(家庭医)における電子カルテのデータベースを用いた研究──世界最速かつ最大の電子カルテ普及国における大規模データベース利用の実情
18巻8号(2015);View Description Hide Description英国居住者の約9割が利用する公的医療NHS(国営保険サービス)では,原則的に救急医療以外の全利用者には,入口でのGP(家庭医)受診が義務付けられている。そして,救急医療や専門医紹介を除いた患者はGPにより診療が行われる。結果的に,全NHS患者の約9割はGPのみの利用となっている。そんな,多くの患者に責任を負うGP診療所は,北米を含む諸外国と比較しても世界最速,かつ最大の普及率(現在は約99%)で知られている。この電子カルテで得られる標準化された情報は,大規模データベースとして世界中の研究者に利用の門戸が開かれている。特に,英国政府の強いイニシアティブで発展したCPRD(臨床実践研究データリンク)サービスは,その前身のGPRDも含めると世界最大の長期縦断的医療情報の1つである。本稿は,そんなCPRDの背景や現状について概説後,実際の精神医学研究の事例を紹介し,その利点と課題,および今後の展望について言及する。 Key words : CPRD, GP, United Kingdom, big data, real world data -
大規模データとしてのメディケイドデータベース:アメリカ公的医療制度データの研究応用
18巻8号(2015);View Description Hide Descriptionメディケイドは,アメリカ合衆国において,民間の医療保険に加入できない低所得者,障害者,高齢者に対して用意された公的医療制度である。メディケイドのデータには,パーソナルデータ,入院患者データ,処方薬データ,長期治療データ,その他の治療データがあり,研究者はそれを利用することができる。受給者が約5000万人に上る大規模なデータであるという強みがある一方,対象者が低所得者,障害者,高齢者に限られておりデータには偏りがある。また,診断や治療にICD-9-CMを利用していることに起因する限界もある。これまでに統合失調症に対する抗精神病薬の多剤併用療法の実態や,自殺者のリスクファクターなど通常の前向き研究ではできない様々な研究が行われている。今後もメディケイドデータベースを使ったさらなる研究が望まれる。わが国でもメディケイドデータベースのような医療情報データベースの二次利用による臨床研究および薬剤疫学研究が発展することが期待される。 Key words : Medicaid, large size database, pharmacoepidemiology -
米国の国家的大規模研究──STAR*DやSTEP-BDを例に
18巻8号(2015);View Description Hide DescriptionSTAR*DやSTEP-BDといった米国の国家的大規模研究を通して,うつ病や双極性障害の臨床的特徴,薬物治療や心理的介入の有用性,転帰予測の因子がデータとして明確になった。両研究において対象の組み入れ基準は非常に広く設定され,多様なテーマが取り扱われてきたが,実臨床における個別化治療への道は未だ道半ばである。既存の治療の有用性には限界があり,病因や回復過程の機序に基づいた治療の開発が求められる。 Key words : depression, bipolar disorder, clinical trial, STAR*D, STEP-BD -
わが国における大規模研究J-CATIAから見えること
18巻8号(2015);View Description Hide Description認知症臨床においては随伴する精神・行動障害(BPSD)が大きな問題となる。このBPSDに対しては抗精神病薬を使用せざるを得ない場合が少なくない。しかし米国食品医薬品局および厚生労働省は死亡率が増加するとした海外の調査結果から,認知症のBPSDに対する抗精神病薬の使用に警告を発した。これにより認知症臨床医は現場での抗精神病薬使用の必要性と,問題が生じた場合にすべての責任を負わなくてはならないリスクとのジレンマに立たされることとなった。こうした背景から,日本人の認知症患者を対象とした抗精神病薬投与による死亡リスクに関する大規模なコホート研究(J-CATIA)が実施された。J-CATIAの結果からは認知症患者への抗精神病薬投与には慎重を要することが示されたが,特に注意すべきリスク因子も同定され,この結果をもとにデザインされたBPSDに対する抗精神病薬の適応拡大治験が実施されることが期待される。 Key words : J-CATIA, BPSD, Alzheimer, dementia, antipsychotics -
日本におけるレセプト情報等を活用した精神疾患の臨床疫学研究:臨床データベース構築に向けて
18巻8号(2015);View Description Hide Descriptionレセプト情報等の活用により,国民の健康増進や医療費適正化が推進することが期待されている。本稿では,①レセプト情報等の活用事例を紹介すること,②レセプト情報の利点と欠点を説明すること,③レセプト情報と患者臨床情報を突合できる臨床データベース構築の必要性を解説することを目的とする。保険医療機関,審査支払機関や保険者が保有するレセプトを活用した,精神疾患の臨床疫学研究は,すでに蓄積されつつある。臨床疫学研究においてレセプト情報を活用する利点は「診療行為情報が通常診療の一環で記録されていること」,一方,欠点は「患者臨床情報が不完全であること」である。この欠点を克服し,利点を享受するためには,臨床データベースの構築が喫緊の課題である。それは精神疾患の臨床疫学研究の基盤となるだけではなく,治療成績の比較や患者の有害事象発生リスクを予測するなど,真に臨床に資することが期待される。 Key words : clinical database, registry, insurance claims, administrative database, real world data
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【シリーズ】
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【特集】 Suvorexantへの期待
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睡眠覚醒制御におけるオレキシンおよびオレキシン受容体の機能
18巻8号(2015);View Description Hide Descriptionオレキシンは,視床下部外側野(lateral hypothalamic area:LHA)に局在するニューロン群によって産生される神経ペプチドであり,オレキシンAとオレキシンBからなるファミリーである。LHAは摂食行動に関与しているとされていること,および,ラットやマウスの脳室内に投与すると摂食量が増えること,そして絶食時に発現が上昇することなどから,当初は摂食行動の制御因子の1つとされた。その後,オレキシンやその受容体遺伝子に関する遺伝子改変動物モデルの表現系,その後の臨床的研究によりオレキシン産生ニューロンの変性・脱落が睡眠障害,ナルコレプシーの病因であることが明らかになり,この物質が覚醒の維持にもきわめて重要な役割を担っていることが明らかにされた。オレキシン産生ニューロンは睡眠・覚醒調節機構の一部であるだけでなく,情動やエネルギーバランスに応じ,睡眠・覚醒や報酬系そして摂食行動を適切に制御する統合的な機能をもっていると考えられている。オレキシンは,内因性の強力な覚醒誘導物質であり,その機能亢進は不眠症の背景にある過覚醒の成立機序にも関わっている可能性がある。オレキシン受容体拮抗薬は新しい作用機序の不眠症治療薬として期待されており,2014年11月にはMSD社の非選択的オレキシン受容体拮抗薬,suvorexantが本邦において上市されている。 Key words : orexin, hypothalamus, narcolepsy, insomnia -
オレキシン受容体を標的とした不眠症の新たな治療アプローチ
18巻8号(2015);View Description Hide Description睡眠薬の歴史は大部分が鎮静系睡眠薬の歴史といっても過言ではない。20世紀以降,バルビツール系,ベンゾジアゼピン系,非ベンゾジアゼピン系といった多くの睡眠薬が開発されてきたが,GABAA受容体を標的とし,広範な中枢神経系に作用するという点で類似しており,その薬物動態に起因する副作用の改善が求められてきた。近年に明らかにされたオレキシン/ヒポクレチン神経系の機能は,脳内の睡眠・覚醒に特異的な神経経路を理解する上で画期的な発見であるとともに,標的を限局した不眠症治療薬の開発に大きな進歩をもたらした。オレキシン神経ペプチドの受容体への結合を特異的に阻害するいくつかの化合物が同定され,そのうちDual Orexin Receptor Antagonist(DORA)であるsuvorexantは前臨床試験,臨床試験の良好な結果を経て世界で初めてのオレキシン受容体拮抗作用を持つ不眠症治療薬として上市されている。オレキシン受容体拮抗薬(ORA)は前臨床,臨床試験の結果からGABAA作動薬と明らかに異なった薬理学的特性をもち,従来問題となっていた睡眠脳波,注意,記憶,運動機能,覚醒能力への影響を軽減することが示唆されている。ORAにより不眠症治療のunmet medical needsを解決する可能性が示されている。 Key words : orexin/hypocretin, orexin receptor antagonist, suvorexant, DORA, insomnia -
Suvorexantの薬物動態
18巻8号(2015);View Description Hide DescriptionSuvorexantは経口投与後,腸管にて速やかに吸収される。空腹時にsuvorexantを単回経口投与すると,約2時間で最高血中濃度に達し,半減期は12時間ほどであった。代謝にはCYP 3Aが主に関与し,ほとんどが不活性体となって便中に排泄される。薬物動態は人種差による影響を受けないが,女性・肥満者でやや曝露量が高くなる。年齢による影響については日米間で見解の相違が生じている。中等度の肝機能障害により半減期が延長するが,腎機能障害による影響はない。CYP3A阻害薬により曝露量が増大するため,併用禁忌薬・併用注意薬には留意すべきである。Suvorexantを中心としたオレキシン受容体拮抗薬は,薬効を発揮するのに比較的高い受容体占有率(約65%以上)を要するため,作用時間の評価にあたっては,半減期を含めた血中動態だけでなく,受容体の結合動態を考慮しなくてはならない。 Key words : suvorexant, pharmacokinetics, orexin, insomnia, hypnotic -
Suvorexantの臨床効果
18巻8号(2015);View Description Hide DescriptionDual orexin receptor antagonistであるsuvorexantは,従来のベンゾジアゼピン系の薬剤と異なり,視床下部のオレキシン神経活動を抑制することにより,睡眠・覚醒の切り替え(flip-flop switch)を促進する薬剤である。本稿では,第3相試験として日本人を含めて行われたsuvorexantの臨床開発治験の成績と,本剤の臨床使用に関連する情報を紹介した。本剤は,速効的かつ長期安定した睡眠改善作用・睡眠維持効果を有すると共に,脳波構造の変化を示さず,服用後の夜間のふらつき,長期連用中の依存・離脱症状形成の可能性の低い薬剤である。若干の翌朝への眠気の残遺,頭痛,悪夢などの副作用発現リスクは考慮すべきだが,ベンゾジアゼピン類やz−ドラッグの偏重と多剤併用という,わが国の不眠診療が抱える問題点からの脱却には極めて有力な武器として強く期待できる存在である。 Key words : suvorexant, orexin, insomnia, REM sleep, respiration
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【原著論文】
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Duloxetineの多施設共同による臨床的有効性・安全性・QOLの検討
18巻8号(2015);View Description Hide DescriptionDuloxetineの実地医療下での有用性を検討する目的で,3施設において12週間の前向きオープン試験を実施した。解析対象は大うつ病性障害患者56例でduloxetine投与開始時に他の抗うつ薬が併用されていた症例は35例であった。HAM-D17合計点では2週目より有意な改善がみられ,CGI-Iにおける中等度以上の改善は36例(64.3%),寛解例は23例(41.1%)であった。有害事象は11例(19.6%)12件認められ,投与中止は8例(14.3%)であった。Duloxetineの投与によってうつ症状のみならずQOLの改善も確認され,とくに寛解群での改善率が高かった。Duloxetine投与終了時になお他の抗うつ薬が併用されていた症例は17例で,ベースラインと比較するとTCAとSSRIの併用が減りduloxetineへの切り替えが進んでいた。本研究から,duloxetineの実地臨床での有用性が確認された。 Key words : duloxetine, MDD, prospective study, Euro-QOL, daily practice
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【総説】
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精神科の患者に起こる薬の“非特異的”副作用と,それに対する治療的な試み──プラセボ効果とノセボ現象の理解を通して
18巻8号(2015);View Description Hide Description筆者は,精神科の患者が向精神薬を服用した場合,本来,その薬には特有ではない,有害な副作用(反応)が時に起こることを経験している。Barskyらは,実薬を服用した患者に起こる,このような有害な副作用を“非特異的副作用”と呼んだ。彼らは,偽薬を服用した患者に有害反応が起こること,すなわち,“ノセボ現象”と同様の作用機序で,これらの副作用が起こるものと想定をした。本論文では,Barskyらの,非特異的副作用の起こる要因やそれに対する対処法について紹介するとともに,精神科患者に起こる非特異的副作用と,それに対する筆者の治療的・予防的な試みについて述べた。 Key words : placebo effect, nocebo phenomenon, nonspecific side effect, therapeutic attempts
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【私が歩んだ向精神薬開発の道——秘話でつづる向精神薬開発の歴史】
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第49回 第二世代抗精神病薬の開発物語──大olanzapineの登場 その3:Olanzapineの緊急安全性情報の教えたこと
18巻8号(2015);View Description Hide Description
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