臨床精神薬理
Volume 23, Issue 6, 2020
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【展望】
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定説に対する疑問を繰り返し検討する意義
23巻6号(2020);View Description Hide Description1つのクリニカル・クエスチョンに対して,多くの関係者において同一の答えが一 定期間以上共有されている状態を定説だと考え,まずは小規模な定説のシステミック・レ ビューを例にとって定説の内実を吟味した。次いで,その小規模な定説における歴史的経 緯から,母集団の斉一性の問題を考えた。次いで,定説の主語となる部分における3つの 異なった母集団(HbA1c,側頭葉てんかん,うつ病)において,同じく「AはBである」 という単純な命題の構造を取っていてもそれぞれが実際には別の知的枠組みを必要とする ことを論考した。定説とは,私たちが臨床を行うために私たちの全キャリアを通して蓄積 してきた臨床判断の骨格をなす原理原則の基本的な様式であるが,常に予断と陳旧化の源 泉でもある以上,私たちは絶えず立ち止まり,それを更新し,検討することを要請されて いる。様々な定説はその取り扱う対象に応じて,異なった知的枠組みを要請するものであ ることに留意することは,医学の他の領域にもまして,精神医学においてはとりわけ強く 意識されなければならない事柄であろう。 臨床精神薬理 23:559-567, 2020 Key words :: RCT, systemic review, evidence, psychiatry, depression
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【特集】 その定説は本当ですか?
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統合失調症治療における抗精神病薬多剤併用治療は単剤治療より有効か?
23巻6号(2020);View Description Hide Description一般的に抗精神病薬併用治療は,主にclozapine以降の治療戦略として位置付けら れ,その是非は比較的重症の統合失調症例を対象とした議論である。それを踏まえた上 で,抗精神病薬単剤治療から併用療法への移行vs.単剤治療の継続を比較した試験,およ び抗精神病薬併用治療から単剤治療への移行vs.併用治療の継続を比較した試験,に関し て考察する。結果は概して抗精神病薬併用治療の効果を否定するものではないものの,質 の高いエビデンスは依然不足している。薬剤組み合わせのオプションは実質無限大であ り,臨床試験で全てを検証することは不可能であると思われる。統合失調症治療の大原則 は抗精神病薬単剤治療であり,多くても抗精神病薬は2剤までとすべきであろう。他の抗 精神病薬追加により主たる抗精神病薬の用量を低下,または副作用を低減させる可能性は ある。併用する際は,それぞれの長所を活かすまたは短所を補うべく,各薬剤の特性を把 握しておくことが肝要である。 臨床精神薬理 23:569-574, 2020 Key words :: antipsychotics, monotherapy, polypharmacy, schizophrenia -
気分安定薬に抗精神病薬を追加した後,抗精神病薬をいつやめるのか
23巻6号(2020);View Description Hide Description双極性障害の薬物療法ではしばしば気分安定薬と抗精神病薬の併用療法が許容され ており,一定のエビデンスならびにガイドラインによる推奨の記述がある。精神科薬物療 法において単剤療法が望ましいのは自明であるが,双極性障害治療において,気分安定薬 に追加された抗精神病薬をいつやめるのかの記述は見当たらない。抗精神病薬を含めて維 持療法の臨床試験は高高その期間は1, 2年であり,より長期の効果,副作用については検 討されていない上,双極性障害に対する抗精神病薬の作用機序については,ほとんどわ かっていない。抗精神病薬を長期間にわたって服用を続けることで,遅発性ジスキネジア やジストニアなどの錐体外路症状が出現する可能性については注意する必要がある。上記 を踏まえた上で双極性障害の再燃再発リスクと抗精神病薬の長期投与による種々のリスク とを天秤にかけ,その決定過程を個々の患者と共有しながら判断を進めていくのが望まし い。 臨床精神薬理 23:575-581, 2020 Key words :: antipsychotic, bipolar disorder, discontinuation, guideline, mood stabilizer -
Bipolarityの把握をうつ病治療でどう生かすか
23巻6号(2020);View Description Hide Description治療抵抗性のうつ病が,その後双極性障害と診断変更されることが稀ならずみられ ることから,うつ病において双極性障害への親和性(bipolarity,躁的因子,双極性因子) を見出すことで,双極性障害を早期診断し適切な治療に繋げることができるようになる。 しかし,うつ病性混合状態や閾値下軽躁症状を重視するあまりbipolarityを行き過ぎて評 価すると,パーソナリティの病理,神経症圏の病理を背景とする気分変調なども,双極性 障害として治療しかねない。家族歴や生活歴,躁うつ混合状態,抗うつ薬に対する反応性 などによるbipolarityの重み付けを治療に生かす姿勢が必要である。 臨床精神薬理 23:583-589, 2020 Key words :: bipolarity, major depression, bipolar disorder, bipolar spectrum -
抗精神病薬の多剤少量療法は単剤療法よりも良くないか?
23巻6号(2020);View Description Hide Description抗精神病薬の使い方として,単剤療法と多剤療法のどちらが優れているか,多くの 研究がなされてきたが,決定的なものはなかった。2019 年にノルウェーの国家データベー スの分析の結果から,2剤併用が効果・安全性の両面にて単剤に比較して有意に優れてい る場合があることが示された。多剤が単剤より優れているというエビデンスがないことか ら統合失調薬物療法ガイドラインなどでは単剤療法が推奨されてきた。しかし,抗精神病 薬の切り替え途中に状態が安定した場合など無理に切り替えずに2剤併用のまま留まるな どのことは許容されるべきだと考えられる。一方,clozapineのスマートな導入のために は,ガイドラインに従い,非定型抗精神病薬の単剤療法から開始していくべきであろう。 「抗精神病薬の多剤少量療法は単剤療法より良くないか」に対する答えは,「個々の患者の 状態により,多剤少量療法も許容されるべきである」だと考えられる。 臨床精神薬理 23:591-595, 2020 Key words :: antipsychotic, polypharmacy, monotherapy, schizophrenia, low-dose -
持効性注射製剤治療のリスクをもう一度考える
23巻6号(2020);View Description Hide Description持効性注射製剤(LAI)という治療方法には,固有のリスクやマイナス要素が存在 する。これを一旦投与したら取り出すことはできないし,中止したとしても何ヵ月も副作 用を生じさせるかもしれない濃度が持続する。この期間はpaliperidone1ヵ月製剤で は 4.5 ヵ月,paliperidone3ヵ月製剤では1年半程度と推定される。したがってもし錐体外 路症状や悪性症候群が出現すると長期間これらが続く可能性がある。しかし抗精神病薬の 血中濃度が維持されていてもこれらの副作用は改善するとの報告もある。いずれにせよ LAI導入前の同種類の経口抗精神病薬などによる十分な期間の検証が欠かせない。薬物血 中濃度の安定性の問題もあり,LAI注射直後の一過性濃度上昇はolanzapineのLAIでは大 きな問題になったが,わが国に導入されている第2世代抗精神病薬のLAIでも一応の注 意が必要であろう。第2世代抗精神病薬のLAIへの切り替えや長期的な投与における薬 物動態の検討(半減期や定常状態までの期間,蓄積の有無)は十分とは言えず,安全性を さらに向上させるために,haloperidolのように薬物濃度の測定が可能となるような保険 制度を導入し,多数例の臨床的な検討を行うことが望まれる。 臨床精神薬理 23:597-607, 2020 Key words :: long-acting injectables, paliperidone palmitate 1-monthly, paliperidone palmitate 3-monthly, neuroleptic malignant syndrome, post-injection delirium/sedation syndrome -
抗うつ薬は承認範囲の最小投与量が最適投与量なのか?
23巻6号(2020);View Description Hide Descriptionほぼすべての抗うつ薬の承認投与量に範囲がある。米国精神医学会のうつ病診療ガ イドラインは「当初の投与量は任用される限りは治療量に達するまで漸増し,(中略)副 作用が許すならば抗うつ薬の投与量は最大量を投与すべきである」と勧めている。ところ が,固定用量の新規抗うつ薬のプラセボ対照試験の用量反応メタアナリシスを行ったとこ ろ(77 試験,19364 人) ,SSRIの有効性はfluoxetine換算20 ~ 40mgという承認範囲でも 低い量でピークに達し,一方,副作用による脱落は承認用量に関係なく直線ないし指数関 数的に増大した。さらに,承認投与量の最低量を投与する場合と,患者の反応を見ながら 承認投与量の範囲で漸増する可変投与を比較した場合,効果も副作用も差がなかった。大 うつ病の抗うつ薬治療においては,急性期治療の投与量のターゲットは各薬剤の承認用量 の最小限とするべきであると言える。 臨床精神薬理 23:609-615, 2020 Key words :: major depression, antidepressive agents, dose-response relationship, efficacy, tolerability, acceptability -
ベンゾジアゼピンはすべての人に依存や嗜癖を起こすのか,短期間でやめなければならないのか?
23巻6号(2020);View Description Hide Descriptionベンゾジアゼピン(以下BZ)系化合物ないし非BZ系化合物などのBZ受容体作 動薬については,世界的に多剤併用や大量投与,乱用や嗜癖などこれまで多くの問題が指 摘されてきた。我が国においては,長期投与と関連して常用量依存という用語がトピック となっているが,概念上の不明確さが臨床場面での混乱を招いている。諸外国において も,治療薬に関する依存や乱用について用語定義の問題点が多く指摘されてきたこともあ り,DSM-5において新たに臨床概念の明確化と症候群の整理がなされた。本稿では,ま ず物質使用に関連する用語についてまとめ,DSM-5における物質使用障害について紹介 し,いわゆる常用量依存の概念を含め,ベンゾジアゼピン及びベンゾジアゼピン受容体作 動薬の問題使用について臨床的観点から整理する。これにより,題名とした質問に対する 回答の材料を提供したい。 臨床精神薬理 23:617-625, 2020 Key words :: benzodiazepine, hypnotics, dependence, addiction, abuse -
児童思春期のうつ病に対する抗うつ薬療法の是非
23巻6号(2020);View Description Hide Description児童思春期のうつ病は,対人関係の困難さや学業不振など深刻な弊害をもたらすだ けではない。慢性化するほど自殺関連行動が増悪し,成人期まで精神面に影響を及ぼしう る。的確な診断評価と治療的介入は喫緊の課題であり,抗うつ薬は精神療法や心理社会的 介入と並んで治療の選択肢の1つである。一方で,児童思春期における抗うつ薬の有効性 が海外で無作為化プラセボ対照試験により本格的に検証されるようになったのは,選択的 セロトニン再取り込み阻害薬の開発以降である。有効性が未確立な上に自殺関連行動への 懸念が大きいことから,各国の添付文書は,児童思春期の抗うつ薬使用は,推奨しない, もしくは使用の是非について臨床的有用性と潜在的危険性のバランスを考慮して慎重な判 断を行うことを求めている。現時点で,わが国の承認薬のうち12~17歳の大うつ病性障 害に対する有効性が海外で示されているのはescitalopramのみである。とは言え,この年 代のうつ病に抗うつ薬の有効性を示唆する報告は複数存在し,有用性が完全に否定されて いるわけではない。抗うつ薬治療を過剰に忌避することへの不利益も考慮して,抗うつ薬 の使用を検討する際には,患者や家族への丁寧な治療導入と頻回の診察による症状経過や 自殺関連行動の注意深い評価が前提になると考えられる。 臨床精神薬理 23:627-632, 2020 Key words :: major depressive disorder in youth, selective serotonin reuptake inhibitors, suicidality, self-harm -
注意欠如多動症の診断と薬物療法は過少か? 過剰か?
23巻6号(2020);View Description Hide DescriptionADHDはDSM-5で神経発達症の1つに組み込まれ,成人期まで問題が続く慢性疾 患と認識されるようになった。ADHDは生物学的基盤と環境が複雑かつ力動的に相互作 用する多因子的な疾患概念である。生活している限り環境との齟齬は生じうるため,小児 期の一時的な介入は必ずしも長期予後を改善しない。ライフコースに沿った継続的な患 者 -治療者関係が必要な疾患である。ADHDの疾患概念の拡がりや疾患啓発は,見過ご されてきた群への適切な診断や介入につながった一方で,鑑別を欠く過剰なADHD診断 と薬物療法を引き起こした。本稿ではADHD概念を臨床でどのように活かすのか,診断 や薬物療法の過剰,過少に影響しうる要因を通じて検討したい。 臨床精神薬理 23:633-641, 2020 Key words :: attention deficit hyperactivity disorder (ADHD), long-term follow-up, common chronic illness
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【シリーズ】
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【総説】
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不眠症治療薬デエビゴ錠(lemborexant)の臨床的有効性と薬物動態的考察
23巻6号(2020);View Description Hide Description近年,不眠症治療薬として,従来のベンゾジアゼピン系薬剤に加え,オレキシン受 容体拮抗薬が上市されており,不眠症の薬物治療は大きく変革している。オレキシン受容 体拮抗薬は,睡眠覚醒サイクルに特異的に作用し,生理的な睡眠を誘導するとされてい る。Lemborexantは,2020 年1月に不眠症の適応で承認を取得した新規オレキシン受容 体拮抗薬である。Lemborexantは,オレキシン受容体に素早く結合・解離し,オレキシ ンと拮抗する。オレキシンの2つの受容体(OX1R,OX2R)に対して結合するが,OX2R に対してより強い阻害作用を示す。臨床試験において,本剤は入眠潜時,中途覚醒,睡眠 効率および総睡眠時間を有意に改善する一方で,翌朝の自動車運転などへの持ち越しリス クが低いことが示されている。本稿では,lemborexantの薬理作用を示すとともに,臨床 での有効性や特徴を薬物動態的な側面から考察する。 臨床精神薬理 23:647-653, 2020 Key words :: insomnia, hypnotics, orexin antagonist, lemborexant, pharmacokinetics
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