医学のあゆみ
Volume 217, Issue 5, 2006
Volumes & issues:
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4月第5土曜特集【再生医学 臨床と研究の最前線】
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4月第5土曜特集【再生医学 臨床と研究の最前線】臨床編
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- 【脳・神経】
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脊髄損傷に対する再生医療
217巻5号(2006);View Description Hide Description脊髄損傷などの中枢神経系の損傷後における軸索の再生は末梢神経系に比べてはるかに乏しい.脊髄損傷に対する,より有効な治療法の開発をめざして,現在さまざまな研究がなされているが,そのなかで移植療法1 11)に関する研究は,もっとも盛んに研究がなされてきたアプローチのひとつである.移植療法は,基本的には足りないものを補う,あるいはよりよいものに取り替えるという考えに基づくものである.それでは,再生能がより高い末梢神経にはあるもの(細胞・組織)が中枢神経系にはない,あるいは足りないのかというと,かならずしもそうと -
骨髄間質細胞を用いた急性期脊髄損傷の治療──臨床応用に向けて
217巻5号(2006);View Description Hide Description脊髄損傷は患者にとって非常に大きな障害を与えるものであるにもかかわらず,これまで根本的な治療法はなかった.従来,再生不可能とされてきた脊髄などの中枢神経も,至適な環境の下では再生可能であることがわかってきた.現在,治療法の開発をめざして細胞・組織移植,人工細胞外マトリックス移植,液性因子の投与など世界中でさまざまな研究が行われている.著者らの施設では,骨髄間質細胞を用いて研究を行っている.ラットの脊髄に圧挫損傷を加え,直後に第㈿脳室より脳脊髄液中に骨髄間質細胞を移植する.移植したラットは移植しなかったラットに比べて運動機能の回復が有意によく,脊髄内に形成された空洞の大きさが有意に小さかった.これは,骨髄間質細胞が産生・放出する何らかの液性因子の作用で損傷された脊髄組織を保護し,細胞死を防ぐことが原因のひとつと考えられた.この方法は自家組織が使用できるので病原体の感染はなく,倫理的にも問題のない臨床応用可能な治療法であると考えている. -
ES細胞によるParkinson病の移植治療──臨床応用への課題
217巻5号(2006);View Description Hide DescriptionParkinson病では中絶胎児の中脳細胞を線条体に移植する治療が欧米においてすでに臨床応用されており,著しい改善効果が得られた症例が報告されている.一方,二重盲検試験の結果では,胎児細胞の移植効果は当初期待されたほどではなく,一部の症例では不随意運動が発現した.二重盲検試験で行われた手法には技術的な問題点が指摘されており,今後,免疫抑制剤の適正な使用などを行うことでよりよい成績が得られる可能性がある.大量の神経細胞を得られるES細胞は胎児脳細胞に代わるドナー細胞として期待されており,ES細胞から神経幹細胞やドパミン神経細胞を効率よく分化誘導する方法が開発されてきている.ES細胞の臨床応用に際しては,未分化細胞の混入による奇形腫の発生や,他の動物由来の成分の混入をできるだけ回避する必要がある.視床下核の電気刺激や遺伝子治療など,最近発展の著しい他の治療法と比較し,細胞移植の適応を厳選することも重要である. -
神経伝達物質・神経栄養因子産生細胞株の脳内移植──Parkinson病,脳虚血を中心に
217巻5号(2006);View Description Hide Description脳内細胞移植の主目的は,神経伝達物質や神経栄養因子を脳の必要な部位に安定供給することにある.細胞株を移植のドナー細胞として用いる場合,供給源として量的には理論的に無限であり,移植に際して必要な遺伝子操作などが行いやすくなる.細胞株の脳内移植はParkinson病,脳虚血などの神経疾患モデルに対する効果が証明されており,移植した細胞株から神経伝達物質や神経栄養因子を同時に供給,あるいはそれらの産生量を外部から調節したりヒト由来細胞株をドナーとすることも可能である.移植後の腫瘍化や拒絶反応を制御するために,細胞株を高分子半透膜製のカプセルに封入した後に移植するカプセル化細胞移植は,すでに臨床応用も報告されている. - 【膵臓】
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幹細胞による膵再生と実用化への戦略──糖尿病治療への応用に向けて
217巻5号(2006);View Description Hide Description糖尿病患者に対する再生医療的アプローチには,1幹細胞を体外に取り出して培養増幅後,インスリン産生細胞に分化させ,さらに膵島を形成させて移植するex vivoアプローチと,2分化誘導因子などを利用して内在性の膵幹細胞システムを賦活化し,β細胞の新生を促進することによってβ細胞量を増やす,あるいはβ細胞の複製,増殖をコントロールするin vivoアプローチの,大きく2つの方法が考えられる.In vivoアプローチは非観血的であり,糖尿病治療のみならずより早期の糖尿病発症予防への応用も期待される.近年,成体のさまざまな幹細胞などがインスリン産生細胞に分化しうることが明らかになり,糖尿病に対する再生医療はよりいっそう現実味をおびてきた.今後の課題は,1では実用的なβ細胞源を十分に検討し,それを高度な分化能を保つβ細胞に分化させることが重要であり,2では膵再生を賦活化するプライミング因子の同定およびその分子メカニズム,また生体での生理的なβ細胞量調節のメカニズムを明らかにすることが必須である.いずれにせよ,この分野の進歩は著しく,今後のさらなる発展が期待される. -
臨床膵島移植の現状と展望──1型糖尿病に対するあらたな治療の確立に向けて
217巻5号(2006);View Description Hide Description膵島移植は最近までその成績は不良であり,実験的医療の時代が続いた.2000年に導入されたEdmontonProtocolによりきわめて高いインスリン離脱率が達成され,膵島移植が1型糖尿病の治療法として現実化し,臨床例が増加した.わが国でも膵・膵島移植研究会「膵島移植班」が臨床膵島移植実施準備を進め,現在10名の膵島移植例が行われている.ドナーはおもに心停止ドナー(献腎移植ドナー)で,適応検討委員会において適応ありとされ,登録されたレシピエントが公平に選択され,移植される.当院は新鮮膵島分離・膵島移植実施施 - 【血管】
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血管をつくる骨髄細胞──自己骨髄単核球細胞移植による治療的血管新生
217巻5号(2006);View Description Hide Description従来,成体における血管新生は隣接する既存の毛細血管内皮細胞による増殖や遊走という,いわゆる血管新生(angiogenesis)のみであると考えられてきた.しかし,成人末梢血中から血管内皮前駆細胞(endothelial progenitorcell:EPC)が発見され,これらの細胞が虚血領域の血管新生に関与することが報告された1).この機序は,胎児期にしか認められないEPCの目的部位での分化および増殖や遊走という,いわゆる血管発生(vasculogenesis)の概念をはじめて成人においてもたらした.著者らは末梢血と比較し,未分化なEPCが多量に含まれる骨髄液の単核球分画に注目した.実験動物において自己骨髄単核球細胞移植が虚血組織の血管新生を促進させ,組織壊死の軽減および機能保護につなげることが可能であることを報告した2).これら理論的・実験的根拠に基づき,臨床応用したものが自己骨髄単核球移植における末梢性血管疾患の治療(therapeutic angiogenesisby cell transplantation:TACT study)3)である. -
重症下肢虚血疾患に対する末梢血単核球移植
217巻5号(2006);View Description Hide Description末梢血中に骨髄由来の血管内皮前駆細胞が存在することが報告されて以来,骨髄単核球細胞を用いた虚血性心血管疾患の治療は著しい早さでヒトへと臨床応用された.しかし,いまだにその明確な作用メカニズムは不明である.これに対して,著者らは独自に末梢血単核球細胞の有用性について基礎的な検討を行った.その結果,末梢血単核球細胞は骨髄由来の単核球と比較して血管新生効果が勝るとも劣らないこと,骨髄単核球細胞移植による血管新生作用は骨髄単核球から幹細胞を除いても変化がないことなどを明らかにし,末梢血単核球細胞を用いたヒト重症末梢性動脈疾患に対する治療について臨床研究を開始した.これまでに40数例に対して本治療を行い,70%以上の症例に有用性を認めた.レスポンダーとノンレスポンダーとの臨床データの比較から,その治療効果は単核球移植により惹起される虚血組織における血管増殖因子の産生によることが明らかとなりつつある. -
重症下肢虚血疾患に対する血管内皮前駆細胞移植
217巻5号(2006);View Description Hide Description血管内皮前駆細胞は未分化で分化能・増殖能に富み,かつその発生運命が血管内皮細胞系列にほぼ規定された,いわゆる血管の幹細胞である.血管内皮前駆細胞は胎生期の血管発生時に同定されていたが,最近になって成体の末梢血中からも発見され,成体の血管形成にも関与していることが明らかになった.すなわち,血管内皮前駆細胞は成体の骨髄に多く分布するが,血管形成時には骨髄から末梢血へ動員された後,目標組織・臓器へたどり着いて分化・増殖する.下肢虚血動物モデルに血管内皮前駆細胞を移植すると,虚血部位での血管形成により血行が改善し,下肢温存率が飛躍的に高まることが知られている.これらの研究成果をもとに,種々の血管再生治療が臨床適用されはじめている.本稿では血管内皮前駆細胞のポテンシャルを生かした血管再生治療について概説し,今後の展望・課題についても述べる. - 【心臓】
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サイトカインによる虚血性心疾患の再生治療──G-CSFと心疾患
217巻5号(2006);View Description Hide Description血管内皮前駆細胞は未分化で分化能・増殖能に富み,かつその発生運命が血管内皮細胞系列にほぼ規定された,いわゆる血管の幹細胞である.血管内皮前駆細胞は胎生期の血管発生時に同定されていたが,最近になって成体の末梢血中からも発見され,成体の血管形成にも関与していることが明らかになった.すなわち,血管内皮前駆細胞は成体の骨髄に多く分布するが,血管形成時には骨髄から末梢血へ動員された後,目標組織・臓器へたどり着いて分化・増殖する.下肢虚血動物モデルに血管内皮前駆細胞を移植すると,虚血部位での血管形成により血行が改善し,下肢温存率が飛躍的に高まることが知られている.これらの研究成果をもとに,種々の血管再生治療が臨床適用されはじめている.本稿では血管内皮前駆細胞のポテンシャルを生かした血管再生治療について概説し,今後の展望・課題についても述べる. -
骨格筋芽細胞による心筋の再生治療
217巻5号(2006);View Description Hide Description重症心不全に対する新しい治療法として,心筋再生型治療法が注目されつつある.心筋細胞は他の増殖細胞と異なりterminal differentiationを呈する心筋細胞はほとんど分裂しないため,不全心筋において障害を受けた心筋細胞は最終的にアポトーシスなどにより死滅しその数は減少する.しかし,最近,心筋細胞などによる心筋への細胞移植は心機能を改善することが報告され,筋芽細胞による細胞移植の臨床応用も開始されている.そこで,本稿では重症心不全に対する骨格筋芽細胞による再生治療について,細胞移植や組織工学による著者らの検討を交えて報告する. -
心不全に対する細胞移植療法
217巻5号(2006);View Description Hide Description現在までの循環器医療の技術ではまだまだ救命できない重度な心不全患者が多く存在し,心臓移植といった外科的治療法に頼らざるをえないのが現状である.しかし,臓器移植事業ではわが国をはじめ世界中の国々で臓器提供者不足という深刻な問題が起こっており,多くの心不全患者が臓器提供者待機中に死亡している.この現状を打破するため,これまでにないまったく新しい治療法の開発が必要であり,再生医学の研究が世界中で加速的に進められている.この研究開発の最終目標は細胞移植療法という従来と異なったアプローチで病的な組織を直接修復することであり,これまでのさまざまな研究成果から,近い将来には実現可能な治療法として確立されるものと期待されている. -
組織工学による心臓弁,血管再生
217巻5号(2006);View Description Hide Description自己細胞と生体吸収性ポリマーを用いて再生医工学(tissue engineering)による理想的な“生きた”血管,弁膜組織作製を試み,大動物において置換手術を施行し,良好な結果を得た.組織作製は以下の手法(1自己細胞採取,2細胞培養,細胞の大量生産,3ポリマー上への細胞播種,4ポリマー上での培養,5移植手術)に従った.以前は末梢静脈を採取し細胞を単離培養していたが,骨髄細胞にても同様の結果が得られることを組織学的,生化学的,生力学的に確認し,現在は骨髄細胞を用いている.2000年5月に東京女子医科大学倫 - 【肝臓・腎臓】
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肝臓における幹細胞研究の動向
217巻5号(2006);View Description Hide Description最近,組織幹細胞の研究領域では大きな変化が起こりつつある.再生医学の基盤研究として発展してきた幹細胞研究が,癌研究へも大きく展開していく方向にあるのである.幹細胞研究の本質は,複雑な細胞社会の成り立ちを階層性モデルから理解しようとする試みであるといえる.これまで,正常組織の発生・再生・恒常性維持のメカニズムなどについて,幹細胞を頂点とする階層的な社会構造として理解することが進んできた.今後,同様の視点から細胞社会構造の解明が癌組織についても進んでいくと思われる.本稿では肝という固形臓器を例にとり,組織幹細 -
腎再生の可能性
217巻5号(2006);View Description Hide Description腎は非常に複雑かつ高度な機能をもつ臓器であるが,最近腎再生に関する基礎研究レベルの報告があいついでおり,腎体生幹細胞の存在や細胞移植による機能回復も報告されている.将来的には細胞移植,後腎移植,薬物再生療法の3つが腎再生の選択肢として考えられるが,医学,工学,薬学などの集学的アプローチが必要と思われる.また,わが国における透析患者は24万人を超え,現在毎年3万人があらたに透析導入となっている.さらに,透析医療費は1兆円を超えており,腎再生の可能性を追求し,これを達成することは医療経済の観点からも緊急の課題といえる. - 【感覚器・皮膚・粘膜】
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同種培養真皮を用いた実践的皮膚再生医療
217巻5号(2006);View Description Hide Description平成12年から5年間にわたり厚生労働科学再生医療ミレニアムプロジェクトが展開された.皮膚部門では,北里大学医療衛生学部人工皮膚研究開発センターで製造された4,700枚の同種培養真皮が全国31の医療機関に供給され,415症例に及ぶ臨床研究が展開された.熱傷や難治性皮膚潰瘍などを対象として,92.6%の症例において優れた結果が得られた.同種培養真皮は線維芽細胞をヒアルロン酸とコラーゲンのスポンジ状マトリックスに播種したものであり,線維芽細胞から種々の細胞成長因子が産生される設計である.他人由来の線維芽細胞は免疫学的に拒絶されるが,拒絶されるまでの期間に複数の細胞成長因子を産生して創傷面の治癒を促進する.さらに,マトリックス自体も創傷治癒を促進する効果をもつ.このことが同種培養真皮の最大のメリットであり,実践的な皮膚再生医療を可能にした. -
角膜再生医療の臨床
217巻5号(2006);View Description Hide Description近年の再生医療技術の進歩により角膜再生医療が現実のものになってきた.増殖・分化能の高い幹細胞などを利用することによって角膜組織を生体外で適切に再生し,移植しようとする培養移植のコンセプトである.現段階では角膜上皮や口腔粘膜上皮を細胞ソースとし,さまざまな培養基質を用いた培養上皮シート移植による角膜上皮再生医療が臨床応用されている.また,術後の臨床経過のなかで,それぞれの術式の特徴や問題点などが明らかになりつつある. - 【骨・軟骨・歯周組織】
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骨髄間葉系幹細胞移植による歯周組織再生──臨床研究の現状
217巻5号(2006);View Description Hide Description歯科領域での外科的治療の特徴として,1術後処置部位を無菌的に保つことが困難,2術後に歯・歯周組織を安静にすることが困難,3患者の審美的要求が強い,などがあげられる.このようなことから,細胞を積極的に利用する再生医療は歯科領域においても,より早期に組織を再生させうるという点で魅力的な医療である.そのなかで,歯周炎が原因で破壊された歯のまわりの組織を再生させるまったく新しい試みとして,骨髄間葉系幹細胞を利用する方法を考案した.患者の腸骨から骨髄液を採取し,臨床専用の細胞培養室で間葉系幹細胞を分離・培養した後,破壊された組織欠損部へ移植している.本稿ではこの臨床研究のシステムを紹介し,現状と展望について概説する. -
骨関節再生テクノロジー──患者自身の骨髄間葉系幹細胞を用いた骨・軟骨再生
217巻5号(2006);View Description Hide Description高齢者の全人口に対する割合は年々増加し,高齢者特有の疾患対策が必要となっている.たとえば,変形性関節症などにより骨・軟骨の変形および変性が生じ,運動器障害をもつ高齢者数は1,000万人とも2,000万人ともいわれている.また,生活の向上によってスポーツのニーズが高まり,スポーツによる骨・軟骨障害患者の増加も報告されている.このような状況のなか,再生医療はいままでなしえなかった難治性の骨・軟骨疾患に対して有効に働く可能性を秘めている.本稿では,骨髄に存在する多分化能間葉系幹細胞を用いた骨・関節疾患に対するあらたな治療技術について概説する. - 【組織工学】
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Tissue engineeringの最前線──生体組織の再生誘導治療を実現する医工学材料技術
217巻5号(2006);View Description Hide Description細胞を利用した生体組織の再生誘導治療(=再生医療)には,細胞が増殖・分化できるための適当な環境(場)をつくり与えることが必要不可欠である.この再生誘導の場を構築する医工学技術・方法論がtissue engineeringである.Tissue engineeringは生体材料(biomaterial)学がその基盤となっている.生体組織を構成する細胞外マトリックス,細胞,生体シグナル因子を利用するために,それぞれに対応したtissue engineeringの役割がある.細胞を立体的に配置させ,細胞の増殖・分化を促進,あるいは再生のじゃまになる細胞や組織の侵入から再生誘導の場を確保するための技術,体内で不安定な細胞増殖因子や遺伝子を利用するためのドラッグデリバリーシステム(DDS)技術,必要な細胞を分離・増殖させるための技術などの研究開発が大切である.本稿では再生医療におけるtissue engineeringの最前線と将来の方向性について述べる.
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4月第5土曜特集【再生医学 臨床と研究の最前線】行政編
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ヒト幹細胞を用いた臨床研究のあり方
217巻5号(2006);View Description Hide Descriptionヒト幹細胞を応用した治療法は有望な手段として期待されているが,いまだ解明されていない点も多く,臨床研究に際しての安全性については確立されていない.このため,平成14年(2002)1月29日,厚生科学審議会科学技術部会に「ヒト幹細胞を用いた臨床研究のあり方に関する専門委員会」(以下,専門委員会;表1)を設置し,当該臨床研究が適正に実施されるよう研究者および研究機関が遵守すべき指針の作成を進め,このたび議論の途上ではあるが,指針案がとりまとまった.再生医療は今後の有望な治療手法であることから,国民の関心と期待は高く,再生医療の進歩が期待されている.このような国民の医療ニーズに的確に対応するためにも,ヒト幹細胞臨床研究にかかわるすべての研究者の方々のより一層倫理的および科学的観点に立った取組みが期待される. -
再生医療の実現化プロジェクトと臨床応用に向けた今後の展望──再生医療のトランスレーショナルリサーチの推進に向けて
217巻5号(2006);View Description Hide Description文部科学省ではわが国が発生・再生医療の分野において国際的に主導的な立場を築いていくことをめざして,平成15年(2003)度からの10か年計画(国費投入額200億円/10年)として「再生医療の実現化プロジェクト」を開始した.このなかの臨床応用分野においては,人工角膜や心臓,血管など一部で成果が報告されてきているが,全体的にはいまだ難しい状況にある.これはわが国のトランスレーショナルリサーチ(TR)そのものの基盤整備が不十分なことと,再生医療分野の特性に基づくこととの両面によるものと考えられる.前者の課題に対してはTR支援機関の充実,人材養成,必要な研究費の確保など,TR推進基盤を早急に整備することが不可欠である.後者の課題に対しては従来の創薬の方法論がそのままあてはまらないことが大きな要因と考えられるため,再生医療にはサイエンスを基礎としてフレキシブルな対応が必要であり,またそれにふさわしいあらたなビジネスモデルについての検討も求められる. - 【付録】
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4月第5土曜特集【再生医学 臨床と研究の最前線】基礎編
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- 【Global gene expression】
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ゲノム学的アプローチによる幹細胞の解析
217巻5号(2006);View Description Hide DescriptionDNAマイクロアレイなどの大規模な遺伝子発現解析は,現在では一般的な手法になりつつある.そこから得られるデータは,細胞特異的に発現している遺伝子の同定などで有用な情報を提供するばかりではなく,その網羅的な遺伝子発現解析からは,個々の遺伝子の解析からでは得ることのできない包括的な情報を得ることも可能である.本稿では,さまざまな幹細胞や幹細胞由来の分化細胞の遺伝子発現プロファイルの解析から同定された遺伝子やそこから得られた知見を提示し,また,発現プロファイルから生物学的なテーマを導き出すことで何がわかるのかを論じる. -
ES細胞in vitro細胞発生・分化(運命)決定モデルを利用した網羅的遺伝子発現データベースの構築とデータ解析システムの開発
217巻5号(2006);View Description Hide Description再生医療は次世代移植(根治)療法のおもなテーマである.再生医療の実現化には,目的とする細胞(移植用細胞)を必要な時期に必要な量だけつくり出し,医療現場に供給するための人為的な細胞作製技術の確立が必要である.そこで著者らは,実用化の視点からもっとも適した生体材料のひとつとして期待されている胚性幹細胞(embryionic stem cell:ES細胞)を用いた細胞分化誘導技術の確立をめざしている.具体的なアプローチとして,ES細胞が特定の機能細胞に運命(分化)決定する機序を分子レベルで理解するため,マウスES細胞を用いた試験管内分化誘導系(細胞の分化決定モデル)の構築と,網羅的遺伝子発現解析手法の開発および分化関連遺伝子群の機能解析を進めている.同時にこの研究モデルの応用として将来想定される移植用細胞作製技術創出のための情報基盤“ES細胞分化経路図”の作成を進めている. - 【胚性幹細胞】
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ES細胞を用いた栄養外胚葉分化の研究
217巻5号(2006);View Description Hide Description胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)は遺伝子組換えマウスを作製するためのツールとしてだけではなく,発生過程に生体内で起こっているイベントを細胞培養系で再現し解明するための系として使用されてきた.著者らは最近,多能性細胞であるES細胞が将来胎盤組織にのみ寄与する栄養外胚葉細胞へと分化する過程に重要である,Cdx2とOct3/4という転写因子間での相互抑制作用を明らかにした.Cdx2は多能性の維持に主要な役割をもつOct3/4の活性を抑制することで,栄養外胚葉への分化を誘導する.一方,Oct3/4はCdx2の活性を抑制し,多能性を維持すべく働く.実際の生体内において栄養外胚葉分化が起こるのは着床前の微小な胚の中での出来事であり,ES細胞の培養系をモデル系として研究を行ったことで,2つの転写因子が直接に機能阻害しあうことで争い,勝者によりその細胞の分化運命が決定されるという現象をとらえることができたといってもよい. -
胚性幹細胞の自己複製機構──自己複製にかかわるサイトカイン
217巻5号(2006);View Description Hide Description胚性幹細胞(ES細胞)は自己複製,つまり多分化能を維持したまま増殖させることが可能な幹細胞株である.ES細胞を培養する場合,通常はマウス胚性線維芽細胞などのフィーダー細胞による助力が必要であるが,マウスES細胞ではLIF(leukemia inhibitory actor)を培養液に加えることで自己複製が可能である.このLIFによる自己複製にはSTAT3の活性化が必要十分条件であることが知られている.しかし,ヒトES細胞ではLIFによる自己複製は不可能であるため,その他のシグナルの存在が示唆されている.そこで近年,分泌性糖蛋白質であるWntによる自己複製が注目されている.この機構ではβカテニンが中心的な役割を果たしていると考えられる.しかし,Wnt以外にも自己複製に必要なサイトカインが存在すると考えられ,細胞外の刺激から自己複製へと至る機構の全容を知るにはまだ検討が必要である. -
ES細胞における類腫瘍性増殖と多能性長期維持
217巻5号(2006);View Description Hide Description体内に存在するすべての細胞へと分化できる多能性を有するES細胞は,ノックアウトマウス作製に利用されるとともに,細胞移植療法の資源として期待されている.ES細胞は腫瘍細胞と同様に不死性を獲得しており,長期にわたる培養が可能である.さらに,ヌードマウスに移植すると腫瘍を形成することから,ES細胞は腫瘍細胞そのものであるととらえることもできる.ES細胞の高い増殖能と長期自己複製能は,再生医療への応用にとって利点となるが,腫瘍形成能は重大な短所である.ES細胞における特性維持機構の研究が進展するにつれ,多くの癌関連蛋白質が高い増殖能,長期自己複製能,そして腫瘍形成能にかかわっていることが明らかとなってきた. - 【再プログラム:核移植・細胞融合】
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体細胞クローン技術でつくられた胚性幹細胞──拒絶反応のない万能ES細胞をめざして
217巻5号(2006);View Description Hide DescriptionES細胞は分化誘導の研究からあらたな再生医学の手段になると期待されているが,受精卵由来ES細胞では免疫拒絶反応が起こってしまう.一方,体細胞核移植技術の発展により,クローン動物の作出だけでなくクローン胚由来のES細胞(ntES細胞)を樹立することも可能になった.つまり,ドナーの体細胞からドナー自体のntES細胞をつくり出せるようになったのである.まだヒトのntES細胞には成功していないが,マウスを用いた研究からntES細胞は再生医学への応用だけでなく基礎生物学の研究にも利用できることがわかってきた.しかし,ほとんどのクローン動物には何らかの異常が生じていることから,同じ技術でつくられたntES細胞にも異常が含まれている可能性がある.本稿では著者が所属する研究室での実験結果をもとに,現在までに明らかとなっているマウスのntES細胞について考察したい. -
ゲノム再プログラム化──ES細胞の再プログラム化活性の応用
217巻5号(2006);View Description Hide Description再プログラム化とは,発生過程を逆行し,体細胞を多能性幹細胞へと若返りさせる現象である.哺乳類では,1未受精卵と,2 ES細胞が再プログラム化活性をもつ.1の未受精卵への核移植により体細胞核が再プログラム化されるが,未受精卵の使用には限界がある.一方,2のES細胞は多分化能を維持し無限増殖する幹細胞であり,培養条件下で大量に扱うことが可能である.ES細胞の再プログラム化は体細胞との細胞融合により明らかになったが,近年あらたな応用方法が考案されている.1融合細胞からES細胞由来染色体の除去,2除核ES細胞と体細胞の融合,3細胞融合直後のヘテロカリオンからのES細胞核の除去,4 ES細胞抽出液による体細胞の再プログラム化である.ES細胞の再プログラム化活性は,次世代の個人対応型幹細胞作製の切り札になるかもしれない. -
上皮──間葉転換──細胞の“衣替え”現象
217巻5号(2006);View Description Hide Description上皮−間葉転換(epithelial−mesenchymal transition:EMT)は個体の発生や再生のみならず,諸々の病気と深い関係のある細胞機能のひとつである.上皮細胞が間葉化して運動能を獲得することこそEMTのもつ最大の効力であり,その結果としてわれわれの身体に複雑な組織構造をもたらし,損傷を受けた組織の修復も可能にしているのである.しかし,予期せぬEMTは生体に悪影響を及ぼし,病気の進行を助長することもある.そのため,通常の発生過程や再生過程に生じるEMTのメカニズムを解き明かすことができれば,線維症や癌などの難治性疾患に対してまったく新しい治療概念が創出できると考えられる. - 【移植・サイトカイン】
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ドナー特異的移植免疫寛容の導入
217巻5号(2006);View Description Hide Description同種異系ドナー抗原への免疫寛容が成立する主要なメカニズムとしてクローン排除,不活化(アネルギー),制御などがある.副刺激シグナルが供給されない状況下でのTCR刺激はT細胞にアネルギーを惹起するため,抗原特異的な免疫寛容を導入する方法に応用され,CD28−B7やCD40L−CD40経路の阻害により実験動物への移植免疫寛容が成功した例が報告されている.これらを含む複数のモデルにおいて,移植免疫寛容の成立にCD25+CD4+制御性T細胞が不可欠であることが明らかになってきた.CD25+CD4+T細胞はドナー抗原刺激によりドナー抗原特異的な分画を増殖させることができる.これをレシピエントに移入すれば,レシピエントにドナー特異的な免疫寛容を誘導できる可能性があり,臨床応用に向けて研究されている. -
再生医療におけるサイトカイン
217巻5号(2006);View Description Hide Description生体の発生・再生の制御には,発生・再生の場である臓器の微小環境から産生されるサイトカインが中心的な役割を果たすと考えられている.幹細胞・前駆細胞の維持,増殖・分化の制御に加え,近年,これらの細胞のホーミングなどの動態制御の重要性が明らかになってきた.サイトカインの制御機構を利用した再生医療の実現のためには,医療応用するための化合物や材料を開発することとともに,サイトカインによる生体の発生・再生の制御機構を解明することが重要である.再生医療で注目されているサイトカインのひとつとしてケモカインCXCL12とその受容体CXCR4がある.ケモカインは細胞遊走誘導活性が強いサイトカインのファミリーで,CXCL12は発生現象への重要性が明らかとなった最初のメンバーである.近年,CXCL12が造血系や生殖細胞系の発生過程における幹細胞の臓器へのホーミングに重要な役割を果たしていることが明らかになり,この分子の機能制御が将来の幹細胞移植など再生医療へ応用されることが期待される. -
骨髄幹細胞──造血・非造血幹細胞の役割
217巻5号(2006);View Description Hide Descriptionこの10年ほどの間に幹細胞研究が進展し,神経などのように再生しないと考えられてきたさまざまな組織にも幹細胞が存在していることがわかってきた.造血幹細胞はもっとも古くからその存在が知られ,研究されてきた組織幹細胞であり,現在のところ一番広く臨床応用されている.造血幹細胞はすべての血液細胞を産生するとともに,自分の未分化性を保ったまま増殖し,個体に必要とされる血液細胞を一生涯にわたって供給し続ける.生体において造血幹細胞は主として造血の場である骨髄に存在し,血球産生を行っている.成熟した各種の血液細胞に至るまでには20回以上の分裂を経て,70 kgの成人では毎日約1兆個の血液細胞が産生されていると推定される.このような性質をもった造血幹細胞の存在はいまから40年前に提唱され,その後実験的にその存在が証明された.その一方で,造血細胞ばかりではなく全身のさまざまな組織の損傷治癒に関与することのできる骨髄幹細胞の存在を示唆する報告があるが,その元となる細胞については不明な点が多々残されている. - 【分子制御】
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ポリコーム遺伝子群の分子機能と幹細胞制御──幹細胞を支持する分子基盤
217巻5号(2006);View Description Hide Descriptionポリコーム遺伝子群(PcG)は,一度設定された転写抑制状態を細胞分裂を経ても維持する細胞メモリー装置を構成する遺伝子群として発見されたが,最近の解析によりこの細胞メモリー装置の本体,すなわちPcGがDNAコードをエピジェネティックに制御する分子機構が明らかになってきた.一方,あらたな生物学的機能としてPcGが幹細胞の活性を維持するために必須であることがわかり,幹細胞性を支持する分子基盤の解明に手がかりを提供することが期待されている.PcGはどのような分子機能を介して幹細胞性を支持しているのであろうか. - 【細胞寿命】
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体性幹細胞の分裂寿命
217巻5号(2006);View Description Hide Description哺乳動物から正常な体細胞を取り出し生体外で培養すると,ある一定の回数細胞分裂を繰り返した後に,不可逆的に増殖を停止する.この現象は分裂寿命または細胞老化とよばれ,個体老化の基礎機構として,または癌抑制機構として働いている可能性が示唆されてきた.しかしその一方で,単なる培養条件の不備のために起こるin vitro artifactである可能性も指摘され,その生物学的意義については長らく不明なままであった.ようやく最近になって,生体内においても実際に細胞老化が起こることが明らかになってきた.さらに,これまで細胞老化が起こらないと考えられていた幹細胞にも分裂寿命があり,さまざまなストレスに反応して細胞老化が起こることが明らかになってきた.本稿では,現在解明が進む細胞老化の分子メカニズムに焦点を当て,体性幹細胞の分裂寿命について最近の知見を紹介する. -
幹細胞の増殖因子要求性と寿命
217巻5号(2006);View Description Hide Description再生医療では相当数の細胞が必要になる.そのためには生体内にある少量の幹細胞を生体外に取り出し,培養により大量に増やす必要がある.細胞増殖には増殖因子が不可欠である.よって,細胞を至適条件下で培養するためには目的とする幹細胞の増殖因子要求性を把握する必要がある.一方,正常細胞には細胞寿命があり,無限に増殖することはない.大量に細胞を得るためには細胞寿命を長く保つ必要がある.増殖因子の要求性と細胞寿命は再生医療の臨床への展開をはかるためには避けて通れない問題である. -
細胞の概日周期と分裂周期・増殖・癌化・老化──細胞レベルでの概日周期と細胞周期のクロストーク
217巻5号(2006);View Description Hide Description概日周期は生物時計機構による約24時間周期のリズムで,時計遺伝子がネガティブフィードバックループをつくることで転写量が振動し,その産物が24時間周期で増減することによりつくり出される.概日周期振動は中枢だけではなく末梢にも存在し,個々の細胞レベルでつくられる.概日周期は細胞の分裂周期とは独立して制御されるが,細胞周期を促進する増殖因子刺激で時計遺伝子が発現誘導されたり,逆に概日周期を調節する光刺激で細胞周期関連遺伝子の変化が起こるなど,相互に影響を及ぼしあっていることが最近わかってきた.さらに,時計遺伝子のPer2のノックアウトマウスが癌になりやすいことが示され,臨床的にも抗癌剤の時間治療が注目されるなど,概日周期と細胞分裂,癌化などは細胞内の分子レベルでも密接な関係がある. - 【ヒト胚性幹細胞】
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ES細胞と再生医療
217巻5号(2006);View Description Hide DescriptionヒトES細胞はその無限増殖性と分化多能性から万能細胞ともよばれ,細胞移植医療や創薬研究で大きな力を発揮すると期待されている.その一方で,ES細胞が初期胚を破壊して作製されるものであることから,その樹立や利用には一定の倫理的な配慮が必要である.著者らはいまのところ国内唯一のヒトES細胞樹立機関として,細胞株の樹立や研究機関への細胞の分配事業を行っている.ES細胞の利用に向けて世界中で非常な勢いで研究が進められているが,日本ではその使用研究がなかなか広がらない状況にある.ES細胞を社会の健康・福祉に役立てるまでには解決しなくてはならない問題も多く,日本はその研究能力をもってより多くの貢献をなすことが求められている. -
アメリカでのヒト胚性幹細胞事情
217巻5号(2006);View Description Hide Descriptionヒト胚性幹細胞は無限増殖能と分化多能性というユニークな性質をもち,基礎医学研究から再生医療応用へと大きな可能性を社会へ提示している.しかし,この細胞は胚を破壊して作成するために,社会性の強い研究分野である.アメリカにおけるヒト胚性幹細胞研究の法的および倫理的枠組みとその現状について述べてみたい. - 【配偶子形成】
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胚性幹細胞からの精子形成
217巻5号(2006);View Description Hide Description生殖細胞は単に配偶子に分化する細胞系譜というだけでなく,遺伝情報を次世代に伝える役割を担い,全能性を再構築する能力をもつ唯一の細胞系譜としての特性をもつ.その細胞特性には生殖細胞特有のエピジェネティック制御と再プログラム能が含まれることから,その機構解明によって自己体細胞から幹細胞を作出し,これを医療応用に用いるという次世代再生医療をひらく技術基盤となることが期待される.このような生殖細胞の特異性を分子レベルから解明するには,遺伝子や個体レベルの観点だけではなく,両者の知見を統合再構成する培養細胞系の樹立が待望されていた.この点において,近年あいついで報告されたES細胞培養系から生殖細胞分化や精子細胞・卵細胞分化が起こるという研究成果は,専門領域を越えた注目を浴びている.本稿では著者らの研究成果を中心に,in vitro生殖細胞分化系が抱える問題点,および生殖・再生医療技術への応用性について概説する. -
生殖細胞分化におけるエピジェネティックな制御
217巻5号(2006);View Description Hide Description生殖細胞の分化過程では体細胞とは異なったDNAやヒストンのメチル化の変化が起こり,こういったエピジェネティックな変化により生殖細胞が受精後に発生全能性を発揮できるようになると考えられる.生殖細胞でのDNAのメチル化は全ゲノム的に大きく変化するとともに,ゲノム刷込み遺伝子が特徴的なエピジェネティックな制御を受ける.また,減数分裂ではDNAやヒストンのメチル化による遺伝子発現やクロマチン構造変化の制御が重要な役割を果たしている.