医学のあゆみ
Volume 217, Issue 10, 2006
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6月第1土曜特集【児童精神医学 ──臨床の最前線】
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- 総論
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児童期精神医学の現在
217巻10号(2006);View Description Hide Description児童期は,小学生年代に相当して発達上で重要な段階であると認識されると同時に,精神・行動上の問題の指摘が増えている.本稿では,児童期精神医学に関する臨床研究の動向を解析したうえで,発達障害,薬物療法と認知行動療法,発達の支援と回復力の増進という話題について述べた.発達障害には注意欠陥多動性障害(ADHD),自閉症などが含まれる.知的な遅れのないまたは軽度の発達障害がかつて考えられたよりも多いとわかり,その対応が進められている.発達障害でもADHDをはじめとして薬物療法が有用な場合が多々あり,その検討を進める必要がある.すべての子どもにとって,一人ひとりに合わせた発達の支援が必要であるとともに,さまざまなトラウマを受けた後の回復力の増進も重要な課題である.家族および教育関係者をはじめとする多職種と連携を深めて取り組むことが望まれる. -
青年精神医学における現在の問題
217巻10号(2006);View Description Hide Description近年,思春期が早まり青年期がますます延長している.その背景には,情報化の急速な発展,複雑な対人関係が求められる第三次産業の増加,地域共同体の消失と核家族化・少子化傾向などによる,人と人とのコミュニケーション形態の変化がある.そのなかで変容していく青年をみる思春期・青年期精神医学は,いまあらたな理解と対応を求められている.本稿ではとくに広汎性発達障害,児童虐待,気分障害について論じた.広汎性発達障害や児童虐待に関しては,さまざまな状態や疾患の背景に潜んでいるかもしれないという視点,対応におけるコミュニケーション形態の見直し,多領域との連携協力の模索などの必要性がある.また,思春期の“うつ”に関してはその数の多さと表現型の多様さに留意する.対人関係の希薄化や,直接の対人関係の経験が積みにくい社会は,不登校やひきこもりという現象にとどまらず,多大な影響を青年らに与えるものと考える. - 臨床各論
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少年犯罪と脳
217巻10号(2006);View Description Hide Description近年,日本の少年犯罪は量的には減少しつつあるが,従来はみられなかった奇異で理解困難な重大事件も続発しており,質的変化が著しい.この質的変化の背景には,犯罪少年の脳の変化がある.すなわち,早期脳障害(脳の微細な器質的変化や機能的変化)が事例中に高率に認められる.1注意欠陥・多動性障害(ADHD),行為障害(CD),反社会的人格障害(ASP)などと診断される重大殺人者には,画像診断や脳波解析で微細脳器質性変異(MiBOVa)と定義される所見が認められる.2一方,アスペルガー(Asperger)症候群(AS)など広汎性発達障害(PDD)圏内の障害児では,これまで小脳−視床−前頭葉皮質系の一部の形態学的・機能的変異が多く報告されている.したがって,21世紀には少年犯罪の研究も心理的/社会的視点からの接近に止まることなく,医学的/生物学的視点からの基礎的研究を進める必要がある.そうすれば,殺人行動などの治療・予防・社会復帰などの方法が確立される日がくるであろう. -
発達障害の視点からみた少年非行の理解
217巻10号(2006);View Description Hide Description近年,発達障害と少年非行の関連性が社会的な注目を集めている.そこで本稿では,少年鑑別所で非行少年の資質鑑別に従事する者としての所感を述べることにした.とくに非行領域での研究動向や,著者らの研究チームが矯正教育の領域で取り組んでいることについては最新の情報を記載した.また,著者個人の実践を通して日ごろ感じていることについても述べた.そのなかでは,非行化した発達障害児には,一般の非行少年と同様に家庭環境の問題を抱えている症例が多いことや,非行化の予防には早期発見と家庭や学校での支援体制の充実化が不可欠な課題であることについて触れた.さらに問題提起として,必要な支援を行えば,非行化の予防は相当程度可能になるが,そうした一方で,彼らが犯罪の被害者になってしまうことを予防するのはなかなか困難であることに触れた.最後に,発達障害のある子どもへの心理療法適用の危険性についても触れた. -
青年期パーソナリティ障害の特徴──発達とパーソナリティの接点を探る
217巻10号(2006);View Description Hide Description近年,境界性のケースを中心にパーソナリティ障害の適用年齢の低下が進んでいるが,成熟途上の若者のパーソナリティ障害の最大の特徴は,大きな可塑性である.成人例では考えられないような回復がみられることもまれでない.また,親子関係や家庭環境に大きく左右されることも特徴で,その点を扱うことは治療の欠くべからざる要素となっている.早期発症で重症のケースほど,虐待やネグレクト,外傷体験がみられる.もうひとつの大きな特徴は,発達の問題と絡みあっているケースが多いことである.発達障害がベースにあって加齢とともにパーソナリティ障害へと“移行”したようにみえるケースも少なくない.こうしたケースはあくまで発達障害として理解すべきなのか,パーソナリティ障害の合併,あるいはパーソナリティ障害への移行としてとらえるべきなのか,臨床現場でも混乱がみられる.発達とパーソナリティの接点という視点から試論を述べる. -
小児期発症の摂食障害とその関連疾患──Great Ormond Street criteria
217巻10号(2006);View Description Hide Description成人における摂食障害としては,anorexia nervosaとbulimia nervosaが代表的である.近年,小児期における摂食障害とその類縁疾患について見直しが行われ,食物回避性情緒障害,選択的摂食,機能的嚥下障害,広汎性拒絶症候群など,さまざまなバリエーションが提唱されている.今回は摂食障害とその関連疾患をまとめたGreat Ormond Street criteriaを紹介する. -
ADHDとLD──軽度発達障害への気づきが子どもの健全な成長を促す
217巻10号(2006);View Description Hide DescriptionADHD(注意欠陥/多動性障害)では,不注意あるいは多動性−衝動性が同年齢の同程度の知的水準の子どもに比べて著しくめだつ.LD(学習障害)では,全般的な知的水準に遅れがないのに読む,書く,あるいは算数の能力に1〜2学年相当の遅れがみられる.これらは高機能自閉症と合わせて特別支援教育の対象となる軽度発達障害である.同様の症状を引き起こす他の疾患,とくに広汎性発達障害との鑑別診断が重要である.現状ではADHDやLDをもつ子どもは十分に診断・治療されているとはいいがたい.本人の資質の問題とされたり,家庭の養育の不適切さが原因の問題児ととらえられたりと,適切な対応をされていない場合も多い.学校や家庭で成功体験が少なく,日常的に叱責され,挫折を味わうことの多い彼らは,うつ状態や不登校,非行などの二次障害を引き起こす場合もある.早期の診断や教育的介入が子どもの成長に与える影響はきわめて大きい. -
子どもの性虐待の防止の可能性
217巻10号(2006);View Description Hide Description沈黙のエコロジーの最大の弊害は,被害にあった子らの生活が語られてこなかったことにある.特別な子が特別な状況のなかで特別な事件に巻き込まれたという誤解が,社会的タブーを強化していた側面がある.本稿で示したい点は,子どもの性虐待のほとんどは普通の生活をしている普通の子が普通の生活のなかで普通の大人から性的な人権侵害を受けているという点である.であるからこそ,子どもは甚大な生活上の被害を受ける.本稿は子どもの性虐待のなかでもとくに防止を中心に,ロジャー・J. R.レヴェスクの指摘する“沈黙のエコロジー”から読み解く.子どものまわりにいて子どもの生活情報に接する機会のある大人ならば,だれもが発見と防止が可能であることを示したい.SOSのサインは今ここにもあるかもしれないという認識こそが,沈黙のエコロジーを変えるからである. - 自閉症研究の新展開
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自閉症スペクトラムの人への支援の基本──コミュニケーションスキルの発達促進
217巻10号(2006);View Description Hide Description自閉症スペクトラムの人への支援の主軸は,可能なかぎり早期から専門家が家族と協力してコミュニケーションスキルの発達を促すことである.コミュニケーションの理解面に関しては視覚的構造化を中心に,表現面に関しては代替・拡大コミュニケーション(AAC)を中心に,自閉症スペクトラムの障害特性,とりわけ視覚優位という点を踏まえて支援する.視覚的構造化はとくにTEACCHプログラムのなかで体系的に展開されている.そして,AACのなかでは絵カード交換式コミュニケーションシステム(PECS)がマニュアル化もされ,とくに効果的である.自閉症スペクトラムの治療教育の目標は社会的自立である.身近な環境を視覚的に構造化し,予測可能で一貫性のあるものにして不適切な行動は最小限にくい止め,自立のためのスキルを習得しやすくし,また必要な支援は自発的に要求できるようにすることで,自立度や生活の質(QOL)を高くすることが可能となる. -
自閉症・TEACCHプログラム
217巻10号(2006);View Description Hide Description自閉症の支援プログラムであるTEACCHプログラムについて紹介する.TEACCHプログラムを行っているTEACCH部はノースカロライナ大学医学部精神科の一部門であり,自閉症の人とその家族・支援者のための包括的サービスを行っている.TEACCHの目的は,自閉症の人が社会のなかで有意義に暮らし,できるだけ自立した行動をできるように支援することにある.TEACCHでは自閉症の人の不安を低減すること,子どもが自分のおかれた環境の意味を理解できるようにすること,予測できる環境を設定すること,注意の移行の問題をコントロールすることなどを通して子どもの自己効力感を高め,自閉症の人と共生することをめざす.TEACCHの基本理念と代表的な支援方略,支援方略の背景にある自閉症特性について解説する. -
高機能自閉症とアスペルガー症候群──臨床家のための概念整理
217巻10号(2006);View Description Hide Description高機能自閉症,アスペルガー症候群(AS)といった用語の理解に必要な情報を整理した.ASに関しては,1Hans Aspergerの報告した症例(1944),2 Lorna Wingによりあらたに提唱されたAS概念(1981),3二大診断体系であるICD(1992)とDSM(1994)に採用され,定義されたAS,の3つがいずれも異なることを理解し,その臨床と研究における意義を知ることが重要である.WingのAS概念の提唱は,典型的な自閉症(カナー症候群)とは所見の現れ方が異なるために必要なサービスから漏れてしまっている子どもと大人に対する救済の意味をもち,先行するキャンバーウェル研究とともに,その後の自閉症スペクトラム概念の確立につながるものである.また,最近日本で起こっているLorna Wingと彼女の業績に関する事実誤認についても修正を試みた. -
太田ステージと認知発達治療
217巻10号(2006);View Description Hide Description自閉症は行動で定義された症候群であるが,その背後には特有な認知発達の不均衡さが認められる.その特異的な発達の障害を踏まえ,かつPiagetらの認知発達理論の発達の節目を参考に,発達段階を設定した.これを“太田ステージ”とよび,このステージに応じた治療教育的アプローチを“認知発達治療”とよんでいる.自閉症の子どもは認知発達にあった課題であればよく応じる.太田ステージは適切な発達段階を抜き出すよいガイドになる.また,精神療法的な効果もある.ここではステージ別に代表的な状態像を示し,治療教育の目標,重点課題,留意点についての概略を述べた.また,太田ステージは自閉症の予後の予測についても重要な因子のひとつとなりうることを示した.最後に,太田ステージを発達の軸とした系統的で一貫した働きかけの重要性を指摘した. -
自閉症の疫学
217巻10号(2006);View Description Hide Description自閉症概念が登場して60年余が過ぎた.本格的な疫学研究は1960年代後半から行われるようになったが,そのほとんどが有病率についてのものであり,発生率の研究は少ない.発表された自閉症の頻度は10,000人に数人から100人に1〜2人まで大きなばらつきがあるが,そのことにもっとも影響を与えていると考えられるのは診断基準の変化である.当初の,他者に関心を示さない自閉的な孤立と執拗な固執の存在を基準とする狭いものから,社会関係,コミュニケーション,想像力の3つの領域にわたるさまざまな程度の障害を包括する自閉症スペクトラムという概念の登場までの,診断の幅の広がりが疫学研究の結果に反映していると考えられる.実際に自閉症の頻度が増加しているかどうかの検討は,生物学的側面と同時に,心理・社会的側面からも今後慎重に検討される必要がある. -
自閉症の神経基盤と脳機能
217巻10号(2006);View Description Hide Description自閉症の神経基盤に関連する報告を展望した.剖検研究では側頭葉内側にある @桃体,海馬を中心として辺縁系と関連の深い組織に神経細胞の成熟停滞が見出され,小脳にも低形成を含む明らかな所見が認められた.脳の形態画像による研究では一卵性双生児や結節性病変と合併した症例を調べた結果,剖検研究とほぼ符合する知見が得られており,生直後の局所損傷による動物モデルの研究も側頭葉内側構造が自閉症の状態像に関連することを強く示唆している.脳機能画像研究では対人的刺激を用いた場合,前頭前野,外側側頭葉や側頭下面の連合野に活動低下がしばしば見出されているが,剖検研究ではそれらの部位に組織学的異常が報告されていない点が興味深い.今後は,側頭葉内側構造と高次感覚連合野との機能連関,高次連合野の機能分化における発達的影響を考慮したうえで,神経学的知見と実際の臨床所見との関連づけを探ることが今後の大きな課題である. -
自閉症の原因・発症過程と分子神経生物学── 一因としての環境化学物質汚染
217巻10号(2006);View Description Hide Description自閉症をはじめ,学習障害(LD),注意欠陥多動性障害(ADHD)など軽度の発達障害と診断される学童の増加は著しく,大きな社会問題となっている.しかし,子どもごとに多様でしばしば合併する症状の複雑さ,ヒト脳そのものの複雑精緻さや発達研究の遅れから,その原因は不明とされることが多く,本来やるべき予防はもちろん,早期発見・治療の手がかりが少なかった.本稿では行動と遺伝子の関係やエピジェネティックな研究など,最近の進歩からみた自閉症など発達障害の原因・発症過程の遺伝子・分子レベルでの全体像と,CREST“内分泌攪乱化学物質”研究プロジェクトの成果を中心に,原因の一つが脳機能発達に必須の遺伝子群の発現をかく乱する環境化学物質である可能性について概説する.
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