医学のあゆみ
Volume 224, Issue 5, 2008
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【2月第1土曜特集】心血管マルチバイオマーカー・ストラテジー
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- 総論:心血管マルチバイオマーカー・ストラテジー
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急性冠症候群に対するバイオマーカー・ストラテジー
224巻5号(2008);View Description Hide Description近年,急性冠症候群におけるバイオマーカー診断が進歩し,とくに心筋壊死マーカーであるトロポニンTは心筋特異性に優れ,心筋傷害の早期検出,リスク層別化,予後予測に有用であることが確立された.しかし,従来のバイオマーカーのみでは,急性冠症候群における超急性期の病態とリスクを評価するには限界があるのも事実である.そこで,心筋壊死に陥る前段階である冠動脈プラーク不安定化,プラーク破裂を鋭敏に検出しうるバイオマーカーが注目され,多くの研究が注目されるようになった.異なった病態を検出・解析するマーカーを適切に組み合わせるマルチバイオマーカー・アプローチにより,より精緻な分析が期待される. -
心不全のバイオマーカー—心腎相関
224巻5号(2008);View Description Hide Description人口の高齢化に伴い心不全患者が増加し,確実な診断と評価が重要になっている.最近,腎機能障害が循環器疾患患者の予後と密接にかかわっていることが明らかになり,心腎連関を念頭においた病態把握が重要と考えられる.心不全診断—重症度—予後—治療効果を理解し評価するうえで,BNP,N末端—proBNP濃度は心機能のバイオマーカーとして有用である.両者は心機能のみならず,腎機能の影響を受けるため,腎機能異常の有無によりcut—off値を考慮する必要がある.さらに,BNP,N末端—proBNP濃度と合わせて心臓トロポニンTや高感度CRP濃度の測定も病態把握に有用であるが,これらのバイオマーカーは,あくまで病歴や問診,聴診,胸部X線,心エコーなどの従来の心不全の診断法や評価法を補充するものであり,併用することで病態の理解がさらに明らかになると考えられ,適切な測定と評価は心不全診療に役立つことが期待される. -
急性大動脈解離・大動脈瘤に対するバイオマーカー
224巻5号(2008);View Description Hide Description急性大動脈解離の診断マーカーとしてミオシン重鎖,クレアチンキナーゼBB,可溶性エラスチン断片などが提唱されてきたが,実際に臨床の場で利用可能となっていない.かろうじて,D—dimerがスクリーニングに有用であり,利用可能であるにすぎない.また,大動脈瘤においても同様に臨床利用が可能な特異的診断マーカーはないが,matrix metalloproteinaseが診断に有用である可能性が報告されている.いずれの疾患についても特異度が高く迅速測定が可能な診断マーカーの早急な開発が望まれる. -
肺血栓塞栓症に対するバイオマーカー・ストラテジー
224巻5号(2008);View Description Hide Description肺血栓塞栓症の重症度判定は,事前に予後推定し,治療選択を決定するうえで重要である.これまで心エコーが果たす役割が大きかったが,脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP),トロポニンなどのバイオマーカーは院内イベント発生の陰性適中率が高く,予後良好な患者群を区別するのに有効であることが示されてきた.一方,陽性適中率は十分ではなく,上昇するまでに発症後数時間かかることが臨床で使用する際の問題点である.最近,心筋梗塞の急性期診断に用いられる心筋型脂肪酸結合蛋白(H—FABP)が肺血栓塞栓症の予後推定にBNP,トロポニンより優れていることが報告された.肺血栓塞栓症ではD—ダイマーは通常,除外診断に利用される.しかし,肺血栓塞栓症患者での重症度判定や抗凝固療法中止後の再発リスクへの利用が試みられている. -
動脈硬化に対するバイオマーカー・ストラテジー
224巻5号(2008);View Description Hide Description近年,多数のあらたな血液生化学マーカーが開発されているが,いずれも単独では日常の臨床指標として限界がある.今後,血液生化学マーカーは,複数の組合せや,生理学的指標をはじめとする他の指標と組み合わせることで,動脈硬化重症度評価,動脈硬化性心血管疾患発症予測・予後指標とする方向へ展開していくと考えられる. -
不整脈に対するバイオマーカー・ストラテジー
224巻5号(2008);View Description Hide Description近年,不整脈疾患に関連したバイオマーカーの報告が多く散見され,不整脈疾患の病態理解や患者予後に役立つ情報が得られている.その代表的なバイオマーカーにはC—reactive protein(CRP),interleukin—6(IL—6),tumor necrosis factor—α(TNF—α)などの炎症性マーカーや,atrial natriuretic peptide(ANP),brain natriureticpeptide(BNP)などの心筋負荷によるマーカーがあげられ,そのほか種々のマーカーに関する報告もみられる.とくに,最近の傾向として上室性ならびに心室性頻脈性不整脈に関する検討が多く,不整脈の再発予防効果や心血管予後とバイオマーカーの関連性を研究した報告が多く見受けられる.しかし,前述したバイオマーカーの疾患特異性はいまだ十分とはいいがたく,今後,不整脈領域にも鋭敏かつ特異性の優れたマーカーが発見され,本研究のさらなる発展がもたらされることに期待したい. -
バイオマーカーを応用した運動療法の新しい展開—テーラーメイド時代に向けて
224巻5号(2008);View Description Hide Description運動療法の有効性は生理学的・疫学的および生化学的にさまざまな方面から研究され,多くの効果が科学的根拠をもって証明されている.運動能力の向上はもちろんであるが,疾患の予防,死亡率の低下などその効能はきわめて多岐に及ぶが,さて運動による効能とは何なのであろうか.単純に考えると,筋肉を一定以上の強度で動かす,組織が多くの酸素を必要とするため血流が増加する,血流増加のために血管内皮機能・血管拡張能力・心機能が向上する,また,筋エネルギーを供給するため糖代謝・脂質代謝が活発になり,その代謝能力が向上する.さらに,定期的な運動を長期的に続けることにより筋肉は質的に量的に変化する,ということになる.このような運動の効果と考えられる身体内部の変化のある側面を血液生化学的に反映しているのがバイオマーカーであろう.本稿では運動療法と,その指標としてのバイオマーカーの応用について概説する. - 各論:新規バイオマーカーの臨床展開
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炎症性サイトカインの有用性—心血管イベント予測マーカー
224巻5号(2008);View Description Hide Description動脈硬化の形成からプラーク破綻に至る一連の過程に炎症反応が関与しており,この炎症反応を検出できれば心血管イベントの発症を予測できると考えられる.実際,炎症反応におけるもっとも鋭敏なマーカーのひとつであるC反応性蛋白(CRP)は,心血管イベント予測マーカーとして有用性が示されている.CRPの産生は炎症性サイトカインのひとつであるIL—6により誘導され,他の炎症性サイトカインも炎症反応に深く関与していることから,IL—6をはじめとする他の炎症性サイトカインの心血管イベント予測マーカーとしての有用性が検討されている.さらに重症心不全においても,炎症性サイトカインのひとつである血中TNF—α濃度と重症度との相関が報告されている. -
炎症性ケモカインと循環器疾患
224巻5号(2008);View Description Hide Descriptionケモカインは単球,リンパ球などの体細胞から構成的あるいは誘導性に産生され,白血球の血管外への走化性,遊走や炎症を介在した生体防御反応に重要な役割を果たしている.一方,ケモカインは,リンパ球の骨髄や胸腺における血球の分化に伴う移動,成熟ナイーブリンパ球の再循環と二次リンパ組織へのホーミング,樹状細胞の関与する免疫応答の開始などにも深く関与していることが判明した.最近の研究では動脈硬化症,心不全,急性冠症候群の発症・進展にケモカインが深く関与している可能性が指摘されている.今回,自験例も含めて上記疾患にかかわるケモカインの関与について概述する. -
Soluble LOX—1とその周辺
224巻5号(2008);View Description Hide Description冠動脈の粥状動脈硬化プラーク破綻と続発する血栓形成が急性冠症候群を発症させるが,脂質コアの増大,プラーク内の炎症反応,酸化ストレス,血行力学的因子などがプラーク破綻の要因となる.酸化LDLとその受容体LOX—1は,脂質の蓄積と催炎症,血管壁細胞死,マトリックメタロプロテアーゼ(MMPs)の産生などを誘導しプラーク破綻に導く.CD40—CD40リガンド(CD40L)は,血管壁細胞でのMMPsの発現を誘導するなどプラーク破綻の因子であるとともに,血小板にも発現され,その活性化因子でもある.白血球から産生されるミエロペルオキシダーゼ(MPO)は酸化ストレスを惹起させ酸化LDLを生成させる.急性冠症候群のバイオマーカーとして,プラーク破綻や不安定化を反映するsoluble LOX—1(sLOX—1),soluble CD40L(sCD40L),MPO,高感度CRP,酸化LDLなどの測定の有用性が示されている. -
血管内皮機能評価における血漿マーカー—CD144(VEカドヘリン)陽性血管内皮細胞由来微小粒子
224巻5号(2008);View Description Hide Description近年の食生活の欧米化に伴い,幼少時より欧米化のなかで育ってきた世代が増えるにつれ動脈硬化性疾患は増加していくと思われる.それを背景に動脈硬化性疾患は二次予防から一次予防へと,病態の早期発見・早期治療の重要性が見直されてきた.アテローム性動脈硬化進行の第1段階は血管内皮細胞障害からはじまり,最近の研究で血管内皮機能障害は動脈硬化性疾患の有用な予後指標になることが証明され,血管内皮機能の重要性が認識されるようになった.現在,血管内皮機能評価はおもに上腕動脈のflow mediated dilatationで評 -
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妊娠関連血漿蛋白質A(PAPP—A)と胎盤増殖因子(PlGF)—急性冠症候群発症との関係
224巻5号(2008);View Description Hide Description妊娠関連血漿蛋白質A(PAPP—A)および胎盤増殖因子(PlGF)は,炎症性の反応を介し動脈硬化病変におけるプラークの不安定化および破裂を引き起こし,急性冠症候群(ACS)の発症に関与すると考えられている.PAPP—AはACS患者の不安定プラーク中に高頻度認められており,また,血中のPAPP—Aの測定はACSの診断および予後予測に有用であることが示されている.一方,血中PlGF濃度もACS患者の短期および長期予後予測において従来のマーカーに比べ有用性が高いことが示されている.これら2つのマーカーは従来産婦人科領域を中心に検討され,その測定系も産婦人科領域をターゲットとして開発されたものであることが多い.ACSにおける評価にあたっては,高感度測定の可能性およびPAPP—Aにおける抗原認識・検出可能性と留意すべき点があり,今後の臨床検討にあたってはこれらの点を十分考慮したうえで測定を実施すべきである. -
心不全の予後予測因子,血中心筋トロポニン
224巻5号(2008);View Description Hide Descriptionトロポニンは心筋フィラメント上の蛋白であり,トロポニンI,T,Cで複合体を形成している.心筋トロポニンTは約94%が心筋アクチンフィラメント上の構造蛋白であるが,約6%は細胞質中の可溶性分画に含まれ,心筋トロポニンIの可溶性分画は2.8%と報告されている.トロポニンの流出機序は完全に細胞死を起こした心筋細胞からだけでなく,障害され細胞膜透過性に異常をきたした心筋細胞からも漏出すると考えられている.臨床において血中心筋トロポニン(cTn)測定のもっとも重要な使用方法は急性冠症候群の早期診断,リスク層別化であるが,その測定感度の高さから,非虚血性の慢性心不全・急性心不全においても微小心筋傷害を検出できることが報告された.慢性心不全,非虚血性急性心不全においてcTnは独立した予後予測因子であり,かつ治療効果指標としての可能性も報告されつつある.さらに一般住民において,cTn測定により潜在的心疾患の早期検出の可能性も報告された. -
心不全の診断におけるN末端プロBNP(NT-proBNP)の臨床的有用性
224巻5号(2008);View Description Hide DescriptionN末端プロBNP(NT—proBNP)はBNPより安定性が高く,血清での測定が可能である.しかし,半減期が長く,腎排泄のため腎機能の影響を受けやすい.両者の心機能・心不全の生化学指標としての有用性には若干の差異が推測されるが,現時点ではほぼ同等と考えられている.NT—proBNPは,心不全の診断,予後評価および治療効果の判定に役立つ.問診,身体所見,心電図,胸部X線や心臓超音波検査などの従来の標準的臨床評価にNT—proBNPを合わせて用いることが,心不全診療のレベル向上につながると考えられる.しかし,年齢,性別,肥満や腎機能などの影響を考慮してNT—proBNP値を解釈する必要がある. -
新しい酸化LDLの測定法
224巻5号(2008);View Description Hide Description動脈硬化は多因子が関与する複雑な病態である.過去約10年における基礎研究の発展により動脈硬化の過程に関与するさまざまな因子が明らかになり,心血管疾患の病理進展の背景に対するわれわれの理解は深まった.動脈硬化形成における酸化LDL仮説により,粥腫発生の初期にもっとも重要なイベントは脂質の酸化であることが示唆されている.このことは酸化LDLがその中心的な役割となっていることを意味する.酸化LDLは血管内皮細胞障害や細胞接着分子の発現,その結果,白血球のリクルート,血管壁への留置を行う.すなわち,泡沫細胞の形成と同様な作用を示すなど,多様な生物学的活性を有する.末梢血中の酸化LDLの測定法が開発され,心血管疾患との高い相関が示されるなど,臨床的意義が明らかにされつつある. -
心血管リモデリングとMMP
224巻5号(2008);View Description Hide Descriptionマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)による細胞外マトリックスの代謝はきわめて重要であり,個体発生,正常組織の機能調節,組織の損傷修復に関与する.すなわち,動脈硬化病変の不安定化,心室のリモデリング,弁機能不全,動脈瘤の形成,冠動脈プラークのラプチャーに重要な役割を果たしている.MMPはインターロイキン(IL)—1βや腫瘍壊死因子(tumor necrosis factorα:TNF—α)など炎症性サイトカインの活性化も誘導する.Molecular imagingを用いた研究手法が開発されており,今後の臨床研究におおいに応用されていくものと考えられる. -
テネイシンCの心臓リモデリングにおける有用性
224巻5号(2008);View Description Hide Description心拡張は心臓リモデリングという概念で,組織の修復過程の異常や過剰ととらえられ,細胞外マトリックス(ECM)分子やその分解酵素であるマトリックスメタロプロテナーゼなどが関与する分子機構が最近注目を浴びている.ECMに属するテネイシンCが種々の心疾患(心筋炎,心筋梗塞)で発現し,心筋細胞と間質の接着を緩めたり,壊死組織の肉芽形成に重要な細胞である筋線維芽細胞の動員を促進していることを見出した.とくに血中テネイシンC値は,急性心筋梗塞症の心イベント予測可能な炎症バイオマーカーとして,さらに拡張型心筋症の病態分類 -
心血管バイオマーカーとしての抗心筋自己抗体の意義—抗心筋自己抗体によって何が予測できるのか?
224巻5号(2008);View Description Hide Description拡張型心筋症(DCM)患者においてはさまざまな抗心筋自己抗体が検出される.これらのうちすくなくとも一部は病態生理学的意義を有することが明らかとなってきた.β1アドレナリン受容体に対する自己抗体はアゴニスト様作用を有し,アポトーシスによる心筋障害や致死的心室性不整脈による突然死の発生素地となることが示唆されている.DCM患者において本自己抗体の存在は突然死や心臓死のマーカーとなることが報じられている.一方,DCM患者においては細胞膜Na—K—ATPaseに対する自己抗体が26%に検出される.本自己抗体の存在は左室駆出率低値よりも強力な突然死予測因子となった.このようにいくつかの抗心筋自己抗体は突然死ハイリスク群の同定に有用である.ムスカリンM2受容体に対する自己抗体は心房細動の発生と関連する.β1アドレナリン受容体に対する自己抗体が心肥大やアドレナリン受容体シグナル伝達異常を惹起する作用はβ遮断薬によって抑制されることから,β遮断薬の有効性を予測する因子となりうる.実際に本自己抗体陽性患者は陰性患者に比べて,β遮断薬による心機能改善効果は顕著であることが報じられつつある.このように自己抗体プロフィールから突然死を含む生命予後の判定や治療効果の予測が可能である.このような自己抗体は心筋症以外の心不全例にも検出され,その意義についても今後検討が必要である.
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