Volume 224,
Issue 9,
2008
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【3月第1土曜特集】感染症と発癌の分子メカニズム
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医学のあゆみ 224巻9号, 651-651 (2008);
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感染症と発癌UPDATE
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医学のあゆみ 224巻9号, 655-659 (2008);
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Epstein-Barr virus(EBV)はDNA腫瘍ウイルスで,世界の胃癌症例のうち約10%がEBV陽性胃癌である.胃癌生検の解析から,EBV感染細胞がモノクローナルに増殖して癌が形成されることがわかった.癌細胞内でEBVはウイルス産生のない潜伏感染状態を維持しており,胃癌ではごく一部のウイルス遺伝子のみが発現している.著者らは薬剤耐性遺伝子を組み込んだEBVを用いることで,in vitroでの胃上皮細胞へのEBV持続感染に世界に先がけて成功した.樹立したEBV感染クローンは胃癌細胞と同じEBV遺伝子発現パターンを示し,非感染クローンと比較して増殖速度の上昇や軟寒天コロニー形成率の上昇など,悪性形質の亢進がみられた.さらに,EBV感染により胃初代上皮細胞が不死化した.これらの結果から,EBVがEBV陽性胃癌の発達に強く貢献している可能性が示唆された.
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医学のあゆみ 224巻9号, 660-664 (2008);
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EBウイルス(EBV)はBリンパ球に潜伏感染し,終生にわたり維持される.大部分の宿主においては無害な共存関係を終生維持すると考えられるが,AIDS,臓器移植後などの免疫不全ではEBV感染リンパ球の増殖症,リンパ腫として顕在化する.EBVによるin vitroトランスフォーメーションは免疫不全下のリンパ腫のモデルであり,膜蛋白質LMP1をはじめとして詳細な発癌メカニズムが明らかとなっている.そのほかにEBVは,Burkittリンパ腫,T/NKリンパ腫,Hodgkinリンパ腫,膿胸関連リンパ腫,上咽頭癌,胃癌などとの関連も明らかとなっている.これらの癌では免疫の標的となるウイルス産物の発現がなく,しかし,発現している少ないウイルス産物が細胞の遺伝子異常と共同して発癌に至らしめると考えられる.著者らの一連の研究は,EBVがコードするnon-coding RNA(EBV-encoded RNA:EBER)が自然免疫系の修飾により発癌のキー分子として作用していることを明らかにした.
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医学のあゆみ 224巻9号, 665-668 (2008);
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Human T-cell leukemia virus typeⅠ(HTLV-Ⅰ)は,成人T細胞白血病(ATL)の原因となるレトロウイルスである.おもに母乳を介して母から子に伝播し,長い潜伏期間を経て感染者の一部がATLを発症する.HTLV-Ⅰウイルス遺伝子のなかで,Taxは増殖の亢進やアポトーシスの抑制に働き,発癌過程において中心的役割を果たすと推測されている.一方でTaxは宿主T細胞の標的抗原となり,無症候性キャリアでは宿主免疫とHTLV-Ⅰ感染細胞との間で均衡が形成されている.しかし,ATL細胞ではしばしばTaxの発現は失われており,発癌の詳細に関してはいまなお不明な点が多い.ATLは化学療法に対する抵抗性やしばしば合併する日和見感染症のため,とくにリンパ腫型や急性型の予後はきわめて不良であるが,同種造血幹細胞移植や新規薬剤に期待が寄せられている.
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医学のあゆみ 224巻9号, 669-680 (2008);
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HPV16をはじめとする一群のHPV DNAは,90%以上の子宮頸がんから検出される.これらのHPV感染は性交渉開始後の大多数の女性でみられるが,通常半年程度で排除される.しかし,約10%では3年以上持続感染し,そこから一定の頻度で子宮頸がんが発生する.HPV16などのE6,E7蛋白は,p53経路とpRb経路の不活化やテロメラーゼの活性化以外にも,複数のがん抑制遺伝子産物の不活化や増殖シグナルの活性化を引き起こす.E6,E7は本来,ウイルス増殖のためにすでに分裂能を失った細胞で高発現する.しかし,ウイルスゲノムの染色体への組込みなどにより,分裂能を有する子宮頸部基底細胞でE6,E7が高発現するようになると,多段階発がんの3ステップ以上を一挙に獲得した細胞が出現し,クローナルな細胞増殖による前がん病変を形成する.E6,E7には免疫監視機構を抑制する機能もあるため,前がん病変の排除はさらに困難となり,さらなる異常の蓄積の結果,がん化に至ると考えられる.したがって,子宮頸がんは感染予防あるいは検診による持続感染病変〜前がん病変の発見と治療により,ほぼ100%予防可能ながんである.一方,世界80カ国以上で承認されているHPVワクチンは日本でも申請中で,HPV16とHPV18の感染が原因の子宮頸がんを予防できると期待されている.世界平均では約70%の子宮頸がんが予防可能であるが,日本ではHPV16/18の割合が低く60%以下にとどまる.日本における子宮頸がんを減らすには,30%以下といわれる低い検診率を上げるとともに,優れた予防的治療法とカップルした効率のよいスクリーニングシステムを確立する必要がある.
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医学のあゆみ 224巻9号, 681-685 (2008);
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B型肝炎ウイルス(HBV)感染を背景とする肝発癌の機序として,ウイルス側因子と宿主側因子が作用している.ウイルス側因子としてHBVゲノムの組込み,HBx蛋白,Large S蛋白が癌化を促進している.なかでも,HBx蛋白による癌遺伝子蛋白Ras-Raf1-MAPキナーゼ系,癌抑制遺伝子蛋白p53,RNAポリメラーゼ,Srcキナーゼ系のカルシウムシグナルへの作用が注目されている.宿主側因子として,長年にわたる炎症の持続(慢性肝炎)が発癌ポテンシャルを著明に亢進することが明らかとなっており,その機序としてCD8陽性Tリンパ球が発現するFasリガンドが深く関与している.さらに,ウイルス側,宿主側因子が錯綜して構築される慢性肝炎の分子病態に関する包括的遺伝子発現解析によって,炎症や肝癌組織とも異なった特有の分子メカニズムが作用していることが示唆された.
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医学のあゆみ 224巻9号, 687-691 (2008);
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肝発癌におけるC型肝炎ウイルス(HCV)の役割として,2つのものが想定されている.HCVが炎症を介して肝発癌にかかわるという“間接的役割”とHCVそのものが肝発癌作用をもつ“直接的役割”である.分子医学的手法をも用いた検討により,HCV蛋白のひとつであるコア蛋白が生体内で肝癌を誘発する作用をもち,HCVが肝発癌において“直接的役割”を果たすことが示されている.HCVコア蛋白は炎症の不在下に酸化ストレスの過剰産生を引き起こし,細胞遺伝子変異を誘発する一方,細胞遺伝子の発現,細胞内シグナル伝達を修飾し肝細胞の増殖をもたらす.インスリン抵抗性や脂質代謝異常を惹起し,酸化ストレス増加と細胞増殖を促進する.炎症が加わることによって肝発癌はさらに促進される.これらの現象は,ヒトC型慢性肝炎における“多中心性”かつ“高頻度”である尋常ならざる肝発癌をうまく説明しうる.
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医学のあゆみ 224巻9号, 693-698 (2008);
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HCV感染による肝癌発症には,長期にわたる慢性肝炎による継続的な細胞増殖がその原因のひとつとしてあげられる.HCV感染細胞の癌化には,HCV蛋白質が感染した細胞に対して何らかの影響を与えると考えられる.HCV蛋白質のなかではコアが,現時点ではもっとも肝発癌と関連した蛋白質と考えられている.最近,培養細胞を用いた組換え体HCV産生実験系が確立され,著者らはこの実験系を用いてHCVのウイルス粒子産生機構について解析した.その結果,感染性HCV粒子の産生には細胞内の脂肪滴が重要な役割をもつことを明らかにした.このようなコアを発現している細胞では細胞内の脂肪滴の量が上昇し,中性脂肪量が上昇していることが確認された.このことはC型肝炎肝組織中における脂肪の蓄積が感染性ウイルス粒子産生と密接に関連する可能性を示している.近年,脂肪滴の多機能性が示されているため,コアの局在化が脂肪滴の機能修飾を誘導し,細胞の機能を変化させる可能性が考えられる.
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医学のあゆみ 224巻9号, 699-703 (2008);
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わが国における肝細胞癌の多くは慢性肝炎・肝硬変といった慢性肝疾患を背景に発生し,C型肝炎ウイルス(HCV)かB型肝炎ウイルス(HBV)の感染がその主因であることが知られている.これまでHCV感染による慢性肝疾患からの肝発癌の機序については不明であったが,最近,HCV感染者の多くがHBVの潜伏感染を伴っている可能性があることが明らかとなりつつある.加えて,HBVの潜伏感染を示唆する血清マーカーであるHBc抗体が陽性であることが,HCV感染からの肝細胞癌発生の独立した危険因子であることもわかってきた.さらに興味深いことに,インターフェロン治療によりHCV感染が根治できた症例からも低頻度ながら肝癌の発生を認めることが知られているが,これらHCV治療後の肝発癌症例の多くもやはりHBc抗体陽性であることが明らかとなった.これらの成績から,HCV感染による慢性肝疾患からの肝発癌の背景に,肝組織に潜伏感染したHBVが重要な役割を果たしている可能性が想定されるようになってきたのである.
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医学のあゆみ 224巻9号, 704-710 (2008);
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MarshallとWarrenによる発見以来,Helicobacter pylori(H.pylori)は胃潰瘍,慢性胃炎の主要原因として語られてきたが,ここ数年の研究から,胃癌発症におけるH.pylori感染の役割の重要性が明確になってきた.この感染発癌の鍵を握る分子がH.pyloriが産生する蛋白質のひとつCagAである.CagAは,H.pylori菌体内で産生された後,菌が保有するミクロの注射針(㈿型分泌機構)を通して胃上皮細胞内に直接注入される.細胞内に侵入したCagAはチロシンリン酸化を受けると同時に複数の宿主細胞内標的分子と結合しそれらの機能を障害する.その結果として惹起される細胞内シグナル伝達系の脱制御が胃炎,胃潰瘍さらには胃癌につながる細胞機能異常を引き起こすものと考えられる.本稿では,CagAにより脱制御された細胞内標的分子が癌化のプロセスにかかわる機構を概説したい.
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医学のあゆみ 224巻9号, 711-714 (2008);
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多くの疫学的研究により,Helicobacter pylori(H.pylori)感染は胃発癌と強く相関することが示されている.著者らは,H.pylori感染が安定的に成立するスナネズミを用いた腺胃発癌モデルを確立した.このモデルによりH.pyloriは化学発癌物質による胃癌発生を促進することが証明された.H.pylori感染のみでは除菌によって消退する可逆性病変(異所性増殖性腺管)しか形成されなかったことから,H.pyloriはイニシエーター(発癌の引き金となる変異を起こす因子)ではなく,プロモーター(変異を起こした癌細胞の成長や増殖を促進する因子)として胃発癌にかかわることが示唆された.また,早期の除菌が胃癌予防に有効であること,H.pyloriへの感染時期が早いほど胃癌発生のリスクが高まること,さらに食塩の過剰な摂取がH.pyloriの胃癌促進作用を増強することを示した.今後,本スナネズミモデルを用いた胃発癌機構の解明と胃癌予防法の確立が望まれる.
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感染症,炎症と発癌をつなぐ分子機構
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医学のあゆみ 224巻9号, 717-721 (2008);
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胃MALTリンパ腫の発生において,H.pylori感染と(t 11;18()q21;q21)染色体転座とは独立した事象であり,胃MALTリンパ腫は,すくなくとも2つの異なる臨床病理学的亜群に大別できる.ひとつはH.pylori感染との関連が示唆される群で,(t 11;18()q21;q21)染色体転座によるAPI2-MALT1キメラ遺伝子を有せず,H.pylori除菌療法が奏効する.これらの一部では遺伝子異常が積み重なり高悪性度へ形質転換していくことが考えられている.一方,H.pylori感染以外の要因による胃MALTリンパ腫の発症機序においては,t(11;18)(q21;q21)染色体転座が重要な役割を果たしている.
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医学のあゆみ 224巻9号, 722-726 (2008);
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ヒトの発癌プロセスの第一歩として,各臓器固有の感染症による慢性炎症が重要な役割を果たしている例がきわめて多い.たとえば,H.pylori感染による慢性胃炎からの胃癌発生,肝炎ウイルス感染による慢性肝炎からの肝癌発生,などがその代表である.また,正常な細胞から癌細胞が生まれる過程において,細胞制御に関連したさまざまな遺伝子に異常(変異)が生じることが不可欠と考えられているが,これらの臓器感染症からの慢性炎症と癌細胞の発生をつなぐ分子機序については不明のままであった.近年,遺伝子に変異を導入する作用をもつ新しい酵素群が同定された.興味深いことに,これら遺伝子編集酵素の作用によりヒト自身の遺伝子に変異が入ってしまうことが,腫瘍細胞の生まれてくる主因となっている可能性が明らかになりつつある.本稿では,H.pyloriや肝炎ウイルスなどの感染症が引き金となって遺伝子変異導入酵素が胃上皮細胞や肝細胞に発現し,それが胃癌や肝癌の発生に深く関与しているという新しい分子機序についての解説を行う.
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医学のあゆみ 224巻9号, 727-731 (2008);
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ヒトに感染するウイルスには,インフルエンザのようにヒトに一過性に激しい感染症状を起こして立ち去っていくタイプと,免疫が低下した際にリンパ腫を起こすEpstein-Barrウイルスのように長期間細胞に潜伏感染して細胞を癌化するタイプがある.免疫反応や細胞増殖に深くかかわる遺伝子の発現調節をつかさどる転写因子NF-κBはいずれの場合も活性化される.前者の場合はウイルスの排除を目的とする宿主免疫反応としてであり,ウイルスはこれを回避するためにさまざまな戦略を有している.後者では逆に,ウイルス由来の発癌蛋白が細胞内刺激伝達経路をハイジャックする結果,NF-κBが恒常的に活性化され,細胞増殖と浸潤転移を促進し細胞死を抑制するような細胞遺伝子の発現変化が起こる.ウイルスによる悪性腫瘍の場合も癌細胞の無秩序な増殖は実は危ういバランスの上に立脚しており,それを突き崩すために,恒常的NF-κB活性化メカニズムの解明とそれを踏まえた分子標的治療の開発が切望されている.
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医学のあゆみ 224巻9号, 733-739 (2008);
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H.pyloriをはじめとした細菌感染症による慢性炎症と発癌には深い関連性があると考えられてきた.最近になり,この現象にNF-κB活性化が中心的な役割を果たしていることが明らかになりつつある.しかし一方で,その作用の多様性からさまざまな問題も露呈してきた.本稿では,とくに細菌感染症とNF-κB活性化の発癌への関与のメカニズムについて論じ,それをターゲットとした分子標的治療の可能性を考える.
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医学のあゆみ 224巻9号, 740-744 (2008);
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慢性炎症には,潰瘍性大腸炎,H.pylori感染による胃炎,ウイルス性肝炎,逆流性食道炎など発癌に関与するものと,関与しないものとがある.慢性炎症が発癌に関与する機構として,DNAメチル化異常などのエピジェネティック異常の誘発が重要であることが明らかになりつつある.DNAメチル化は体細胞分裂に際して保存され,癌抑制遺伝子などさまざまな遺伝子の不活化の原因となる.慢性炎症を母地にして発生してきた癌ではプロモーター領域CpGアイランドの異常メチル化が高頻度に認められる.また,炎症に曝露した粘膜や組織自体でも少量ながら異常メチル化が認められることもわかってきた.これらのメチル化異常誘発には特定のサイトカインが関与している可能性が示唆されている.炎症によるDNAメチル化異常は,発癌リスク診断や,発癌予防の標的としても重要と思われる.