医学のあゆみ
Volume 231, Issue 1, 2009
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【10月第1土曜特集】感染症と感染制御Update − 診断・治療から地域ネットワークまで
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- 総 論
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感染症・感染制御のトレンドと未来に向けての地域ネットワーク
231巻1号(2009);View Description Hide Description公衆衛生の普及や優れた抗菌薬の登場などにより一見制圧できたかにみえた感染症は,ふたたびわれわれの前に大きな脅威としてよみがえってきており,いまや感染症対策・感染制御は世界中のすべての医療関連施設における最重要課題となっている.さらに,感染症の問題は単に個人や一医療施設だけの問題にとどまらず,地域・社会全体へ感染が伝播蔓延・拡大し,大きな影響を引き起こす可能性があるため,今後は地域全体で微生物や感染症,感染制御に関する最新の知識や情報を共有し,連携・協力して“ネットワーク”を構築し“感染症危機管理”に取り組んでいく必要がある. - 最新ガイドライン&診断・治療の現況
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日本の肺炎ガイドラインとその活用の実際
231巻1号(2009);View Description Hide Description肺炎診療のガイドラインとして日本には「成人市中肺炎診療ガイドライン」と「成人院内肺炎診療ガイドライン」がある.市中肺炎ガイドラインでは,肺炎治療の向上だけでなく菌の耐性化予防や医療資源の有効利用のために,患者生命予後を指標として設定した重症度の判定をもとにした診療を推奨している.日本では肺炎イコール入院治療となりやすいが,軽症患者は外来でも十分治療可能であるとしている.また,治療については細菌性肺炎と非定型肺炎の鑑別を基本とした抗菌薬選択の推奨が大きな特徴である.院内肺炎は重症肺炎の頻度が高く耐性菌の関与も多いために,広域抗菌薬を使用される頻度が高くなる.しかし,これらの抗菌薬を過剰に使用しすぎることは耐性菌の蔓延を助長することになるため,院内肺炎ガイドラインでは“de−escalation”という概念を導入し,重症肺炎に対応しながらも不必要な抗菌薬使用を減少できるような治療戦略を推奨している. -
脳炎・髄膜炎の診断・治療ガイドラインとその活用の実際
231巻1号(2009);View Description Hide Description脳炎・髄膜炎は迅速かつ適切な治療開始が患者の予後のうえから重要であり,時間単位の対応を要する.単純ヘルペスウイルス脳炎では診断において用いたPCRの限界も主治医自身が知り,その測定結果を臨床的に判断することが重要である.急性期に,PCRでも陰性を呈する場合があり,臨床的に本症を疑う場合にはアシクロビル治療は継続し,繰り返し検査することが必要である.治療では本症のガイドラインに準拠したアシクロビル治療が行われているにもかかわらず,いまだ満足すべき治療成績ではない.近年,著者らは急性期の副腎皮質ステロイド薬の併用が有用であることを明らかにした.その有効性の機序のひとつは,感染に基づく宿主免疫応答の活性化から惹起される細胞障害性サイトカインの抑制にあることがわかってきている.細菌性髄膜炎では,診断とその対応として迅速な抗菌薬開始がもっとも重要で,神経放射線検査のために治療開始が遅れてはならない.耐性菌が増加してきている現在,耐性菌の判別ができるPCRによる検索の普及と開発が望まれる.抗菌薬選択は,患者のもっているリスクと日本における年齢階層別の起炎菌頻度,予想される起炎菌の抗菌薬に対する耐性化率を考慮して選択する.さらに,本症の急性期に副腎皮質ステロイド薬を併用することの有用性は確立しており,初回抗菌薬投与直前に開始する. -
周術期感染の対策−手術部位感染(SSI)防止をめざして
231巻1号(2009);View Description Hide Description周術期の感染は,1手術操作を直接加えた部位に起こる手術部位感染(SSI),2術後肺炎をはじめとする呼吸器感染,3尿路感染などの遠隔部位感染,に分けられる.アメリカCDCのnational nosocomial infectionssurveillance(NNIS)システム〔2005年よりnational healthcare safety network(NHSN)システム〕では,SSIは手術後30日以内に手術操作の直接及ぶ部位に発生する感染と定義されている.SSIはさらに,発生する深さに応じて切開部表層SSI,切開部深層SSI,臓器/腔SSIに分類される1).SSI防止のためのガイドラインは1999年にアメリカCDCから発表されており,現在においても最新の対策として臨床で使用されている.SSIはひとたび発生すると,入院期間の延長や社会復帰の遅延,疼痛などの苦痛の増加,家族への負担などが生じ,医療費が増大して患者の手術治療に対する満足度が著しく損なわれる.SSIをいかに防止するかの技術が求められている. -
結核の診療における最新知見とバイオセーフティ
231巻1号(2009);View Description Hide Description日本では結核の罹患率が2008年に19.4(対10万人)まで低下し,漸減傾向にある.しかし,いまだ中蔓延状態であり,日常的に結核に遭遇する可能性は低くない.2009年2月1日には結核診療の基準が全面改正され,診断時の細菌学的検査の重要性や間欠療法の導入,さらに潜在性結核感染症の診断と治療など新しい内容が盛り込まれている.結核を効率的に診断するためには,螢光顕微鏡による塗抹検査,液体培養による培養や感受性検査,さらに改良された核酸増幅法などを駆使して積極的発病診断を行う必要がある.また,潜在性結核感染症についてもツベルクリン反応検査またはリンパ球の菌特異抗原刺激による放出インターフェロンγ試験を実施して,積極的な診断と発症予防を行うことが重要である. -
HIV/AIDSの診断・治療の最新知見
231巻1号(2009);View Description Hide DescriptionHIV/AIDS医療の進歩はめざましく,適切な診療を行うためにはつねに最新のガイドラインを参照する必要がある.スクリーニング検査ではHIV−1抗原とHIV−1/2抗体の同時測定系が推奨されており,RT−PCRによるHIV−1 RNAの測定法は,より感度の高いリアルタイムPCR法が中心となっている.治療に関してはCD4細胞数が350/μl未満の患者では抗HIV療法を開始するように開始基準が従来よりも早期に変更されている.抗HIV薬もこの数年間で新しい作用機序の薬剤がつぎつぎと開発されている. -
感染性心内膜炎の診断と治療の最新知見
231巻1号(2009);View Description Hide Description感染性心内膜炎(IE)は心・血管系の代表的な感染症で,心内膜に疣贅を形成し,菌血症と塞栓症,弁組織の破壊による心不全を生じさせる.おもな原因菌は口腔内の連鎖球菌であるViridans streptococcusと,ついでブドウ球菌属で,後者は増加傾向にある.また,ブドウ球菌性IEとくにMRSAは院内死亡のリスク要因である.診断においてはつねにIEを鑑別にあげて複数回の血液培養提出と心エコー検査を行うことが重要である.抗菌薬は分離菌の感受性結果を踏まえて十分量を,ガイドラインで推奨される必要期間投与する.IEの予防に関して,歯口科手技(抜歯など)での抗菌薬予防投与に対する考え方はここ数年大きく変わりつつある. -
尿路感染症および性感染症における最近の動向
231巻1号(2009);View Description Hide Description尿路感染症における起炎菌と薬剤耐性菌の現状について述べ,単純性尿路感染症に対して推奨される抗菌薬の投与法について概説した.単純性膀胱炎に対してニューキノロン薬は3日間投与,新経口セフェム薬は7日間投与が推奨されているが,耐性菌の動向に注意を払い,抗菌薬の特徴を生かした投与法を考慮することが重要である.性感染症については定点把握4疾患の動向について述べたが,性器クラミジア感染症,淋菌感染症は2003年以降,男女とも減少傾向にある.一方,若者において無症候の性器クラミジア感染症患者が多く存在することは重要な問題であり,彼らが気軽にスクリーニング検査を受けられるような体制を構築することが必要である.さらに,性感染症の蔓延防止のためにガイドラインに沿った適正な治療法の普及が望まれている. -
深在性真菌症の診断と治療の進歩−現在の標準とは
231巻1号(2009);View Description Hide Description深在性真菌症の診療における最近10年間の進歩は,カンジダ症の標準薬としてミカファンギンなどのキャンディン系抗真菌薬が認知されたことと,侵襲性アスペルギルス症に対する第一選択薬としてボリコナゾールが使用されるようになったことに代表される.ただし深在性真菌症は確定診断が容易でないため,各種の真菌症に対する簡易診断法の開発や,診断のコンセプト自体がくふうされ,限られた患者情報から可能なかぎり的確な治療法が選択できるような試みが続けられている. -
迅速遺伝子解析技術の感染制御への適応と今後の展望
231巻1号(2009);View Description Hide Description適切な感染制御を行うためには,感染症の原因微生物を迅速に特定することが重要である.遺伝子解析技術の感染制御への適応には,1分離された菌株に対するもの,2臨床検体から直接,病原体に特徴的な遺伝子領域を増幅する系の2つに大別される.前者では16S rRNA遺伝子の塩基配列による菌種の同定,病原因子検索,薬剤耐性遺伝子の検出,病原体の型別などがその実用例としてあげられる.後者では感染症の迅速診断のみならず,培養不可能か困難な病原体あるいは遅発育性病原体の検出,抗菌薬前投与後の病因診断に威力を発揮する.これらを念頭におきながら現状の遺伝子解析技術の特徴とその感染制御における適応,そして今後の展望について概説する. - 全診療科(部)および重症病棟・救命救急センターにおける感染症とその対策
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ICUにおける感染症とその対策−人工呼吸器関連肺炎とその対策
231巻1号(2009);View Description Hide Description人工呼吸管理は血液ガスを改善させて呼吸不全の原因を治療する時間を延ばすものであって,あくまでも対症療法にすぎない.人工呼吸管理中に口腔・鼻腔内の細菌が気管内チューブのカフの外側を伝わって気管に流入し起こる肺炎は,人工呼吸器関連肺炎(VAP)とよばれ,人工呼吸管理中の大きな合併症のひとつにあげられている.VAPを発症するとICU入室期間が長くなり,転帰にも影響がある.アメリカでは,ベッドの頭部を30〜45度高くする,毎日“鎮静の休止”を行い,毎日抜管できるか評価する,消化性潰瘍を予防する,深部静脈血栓症を予防する,の4つの治療法を100%遵守することを推奨し,その結果VAPが61%減少することを証明した.また,これ以外にカフ上吸引がついた気管チューブを用いた声門下持続吸引法などVAP対策はいくつかあげられている.人工呼吸管理を行う医療者はVAP予防を心がけた管理を行う必要がある. -
救命救急センターにおける感染症対策− ICDの視点で考える救命救急領域における感染制御
231巻1号(2009);View Description Hide Description救命救急領域の感染症は,救急来院の原因となった急性感染症を除くと,医療機関において適切な感染制御を行うことができれば,発症そのものを減らすことが可能であり,治療成績の向上にもつながる.この適切な感染制御を行うためには,標準予防策の徹底に加えて,ICD(infection control doctor)が大きな役割を果たすといえる.感染症の診断では培養結果における定着と感染の区別,グラム染色の実施,徹底的な血液培養実施などが,感染制御の面から全身的抗菌療法を考えていくうえでポイントになる.全身的抗菌療法では可及的速やかに開始すること,的確な抗菌薬を選択すること,すなわちantimicrobial stewardshipが非常に重要である.このなかではPK/PD理論に基づく抗菌薬の投与法,抗菌薬のde−escalating strategy,antibiotic heterogeneityがポイントになる.さらに,本領域ではつねに真菌感染症の合併を疑う必要があり,より早期に診断し,抗真菌薬による治療を開始すべきである. -
院内感染対策としてのワクチンガイドライン
231巻1号(2009);View Description Hide Descriptionワクチンで予防できる感染症はワクチンの接種により予防することが望ましいのはいうまでもないことであり,感染症への曝露機会の多い医療関係者に対するワクチン接種は医療・福祉施設における施設内感染対策上きわめて重要である.最近,日本環境感染学会から公表された“院内感染対策としてのワクチンガイドライン”のなかでも,医療関係者に対するB型肝炎,麻疹,風疹,流行性耳下腺炎,水痘,季節性インフルエンザのワクチン接種を強く勧奨している.B型肝炎ワクチンは,わが国では小児期の定期接種が行われていないため抗体をもっていない成人が多く,血液・体液曝露のリスクのある医療関係者は接種することが必須である.麻疹,風疹,流行性耳下腺炎,水痘については確実な罹患歴がない場合,2回のワクチン接種が求められている.インフルエンザワクチンは重症化リスクの高い妊婦,高齢者,基礎疾患を有するものを含めて,毎年12月上旬までに接種を完了することが勧められている. -
ブタ由来新型インフルエンザ流行と対策の問題点
231巻1号(2009);View Description Hide Description世界的にブタ由来新型インフルエンザA(H1N1)ウイルス(S−OIV)による流行が拡大し,WHOはパンデミックを宣言した.日本での,秋からのS−OIVの大規模な流行は不可避と考えざるをえない.5月から8月までの日本でのS−OIV流行は本格的な流行前の前駆波の段階であり,第1波といえるような規模ではなかった.世界の専門家は,今回の新型インフルエンザの重症度は,アジアかぜ,あるいは香港かぜクラスと考えている.とすれば,S−OIVの第1波,2波の流行で,合計して5万〜10万人の死亡が予測される.いままでの散発的な患者発生は前駆波であり,本当に備えるべきはこれからくる第1波である.外来では早期のノイラミニダーゼ阻害薬投与,入院では重症化した場合のレスピレーターによる治療が重要となる. -
全診療科横断的感染症制御のための感染制御部の役割
231巻1号(2009);View Description Hide Description感染制御からみた感染症診療には診断・治療はもちろんのこと,感染症の予防も含まれる.これらはICTの多職種のメンバーによって役割分担され,感染症発症までのあらゆるプロセスに対するアプローチを行うことで実施される.組織横断的に感染症診療を行うことは,感染症がどの診療科でも起こりうることによってその必要性が生じるのは当然である.加えて近年,リスクマネジメントとしての感染症診療,および包括医療における医療経営としての感染症診療という視点が出現し,むしろ今後急速に組織横断的感染症医療の実施が求められるようになることが予測され,それに対する体制の整備が急務であると考えられる. -
抗菌薬のTDMにおける感染制御専門薬剤師の役割と実践
231巻1号(2009);View Description Hide Description抗菌薬療法においては,抗菌効果を増強し,副作用を回避し,耐性化を防ぐことを目的に,薬物動態学/薬力学(pharmacokinetics/pharmacodynamics:PK/PD)をもとにしたtherapeutic drug monitoring(TDM)業務が行われている.患者の薬物血中濃度を測定し,年齢,身長・体重,臨床検査値などを検討し,投与設計を行う業務である.抗菌薬療法においては薬物の特性をもとに,治療効果および有害反応と各種薬物動態パラメータとの関係が調査され,最適な薬物療法が達成できるように,さまざまな試みと検証が行われている. -
感染制御認定臨床微生物検査技師(ICMT)の役割と実際の活動
231巻1号(2009);View Description Hide Description医療関連施設において感染制御体制の整備が必要となり,ICTの一員として感染制御認定臨床微生物検査技師(ICMT)に求められる役割も多い.ICMTはその専門性を生かして,微生物検査結果の迅速報告,耐性菌の早期発見,情報収集と発信,統計業務,病棟ラウンドなどに取り組む必要がある.ルーチン検査では,パニック値である血液培養陽性,耐性菌やアウトブレイクなどを最初に発見する立場にあることから,院内・院外検査を問わず,結果の迅速チェックを十分に行い,患者の治療を最優先できる環境をつくることが重要である.また,検査情報発信源として,ICT活動にかかわる臨床現場への感染症検査レポートの作成が望まれるため,ピンポイント情報として日報・週報を提供し,日常的に病原微生物の検出状況や耐性菌の動向を知っておくことが重要である. -
全診療科(部)横断的laboratory-based active consultation
231巻1号(2009);View Description Hide Description東北大学病院では2009年3月よりあらたに,全診療科(部)横断的感染症コンサルテーション(laboratorybasedactive consultation),および感染性微生物検出患者の一括管理とフォローアップを開始した.微生物検査室で血液培養や髄液培養が陽性となりグラム染色結果が判明した時点,および各種薬剤耐性菌が検出された時点で,速やかに病棟で患者を共診し,抗菌薬投与の必要性の判断,および必要な場合は抗菌薬の選択や投与法などの相談業務を行っている.検査部発信型のコンサルテーションに加え,従来からの電話による相談内容も同一データベース上で一元管理することで,情報の共有化と確実なフォローアップ,対応の均質化とqualityの担保を図る試みである.
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