医学のあゆみ
Volume 231, Issue 10, 2009
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【12月第1土曜特集】精神医学Update − 最新研究動向
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- 総 論
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日本における精神疾患研究の現状と展望
231巻10号(2009);View Description Hide Description精神疾患は生涯有病率がきわめて高く,人生早期に発症し,長期にわたる社会生活障害をきたすとともに,自殺を通じて生命にも影響を及ぼすため,全疾患中,社会的・経済的コストの最大の要因であり,癌・循環器疾患と並ぶ三大国民病である.この認識に立脚すれば,精神疾患研究の推進が国家的課題であることは明白であるが,これまでの日本の精神疾患研究費配分はきわめて少なく,研究者不足も相まって研究が立ち遅れてきた.こうした逆境のなかでも日本から先駆的・独創的な精神疾患研究が生まれており,神経科学者との共同の機運も高まっている.今後は,社会的・経済的損失にみあった研究費配分,若手研究者の育成や研究リソースの整備による臨床研究の推進,これまでの脳科学のパラダイムを超え,人間独自の精神機能の解明をめざした“精神の科学”の創出へ向けた人文社会科学系や脳科学研究者との幅広い連携などを進め,精神疾患の早期介入や予防を通じた個人と社会の精神的幸福の実現をめざすべきである. -
精神疾患の疫学と疾病負担(DALY)
231巻10号(2009);View Description Hide Description近年の国際的な疫学研究により,精神疾患の有病率は世界中で高く,人類の健康・生活・生命に甚大な影響を与え,膨大な社会経済的損失をもたらしていることが明らかとなっている.とくに,日本を含む先進諸国においては精神疾患に起因する疾病負担の割合がもっとも高く,癌や心臓疾患を上まわっている.そのため,癌や心臓疾患と同様に精神保健対策のプライオリティを高めるべきとの国際的気運が高まっている.本稿では,近年の国際的な疫学研究によって明らかとなった精神疾患の有病率と未治療率,精神疾患による疾病負担(DALY),社会経済コストなどについて触れ,精神保健対策とそれを検討するうえで必要な疫学研究の課題について考察する. -
精神疾患の予防と早期介入
231巻10号(2009);View Description Hide Description近年,精神疾患の予防や早期発見に対する取組みが注目され,あらたな実践的試みが行われるようになってきた.とくに,精神疾患の最早期の症状が出はじめる10~20代の若者世代に対して,精神疾患の早期発見と適切な介入を行うための方策が必要とされている.若者が罹患することの多い統合失調症やうつ病などの精神疾患をできるだけ早期に発見するとともに,早期段階に適した介入方法を開発し,一般に利用できる精神保健システムを構築していく必要がある.また,臨床閾値下の亜症候性の精神症状を示したり精神疾患のリスク因子を有するリスク群に,予防介入アプローチを行う試みもはじまっている.精神疾患の罹病に伴って生じる社会的な損失や個々の人生に対する負の影響を減じる意義を社会全体が共有し,精神疾患の予防と早期介入を推進することが大切だと考えられる. - 最新・基礎研究動向
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精神疾患の全ゲノム解析
231巻10号(2009);View Description Hide Description解析技術の進展に伴い,全ゲノム解析がさまざまな疾患研究においてすすめられてきている.統合失調症や双極性障害に代表される主要な精神疾患は,その遺伝要因の強さと病態から確実な生物学的指標がなく候補となる遺伝子が同定できていないことから,全ゲノム解析によるブレイクスルーが期待されている.本稿では昨今の全ゲノム解析の成果と意義について概説することにより,全ゲノム解析の結果をどのように理解し,次世代の研究がどういう方向に向かっているのかを展望する. -
死後脳研究の現在と今後
231巻10号(2009);View Description Hide Description統合失調症や気分障害などの内因性精神疾患の成因を解明するうえで,臨床・画像・生理機能研究による精神活動や脳機能の解析,末梢血液ゲノムDNAから得られる情報とともに,脳の組織・細胞で特異的に分子レベル 細胞・組織レベルで起こる疾患病態を解明するために必須となる死後脳研究を推進する必要がある.近年の死後脳研究により,各精神疾患の病態との関連が示唆される神経細胞やグリア細胞の密度や形態の変化についての知見が集積され,また,これらの変化の基盤となる遺伝子転写物や蛋白の発現変化がとらえられている.また,さらにこれらの遺伝子発現変化を引き起こしている機序として,エピジェネティクな現象の解析もなされている.しかし,死後脳研究には今後解決されるべき課題が多く,精神疾患の死後脳研究はようやく端緒についたところといえる.とくにわが国において遅れている精神疾患ブレインバンクの整備を進めることは重要な課題である. -
精神疾患モデル動物研究の展望
231巻10号(2009);View Description Hide Descriptionヒト特有の疾患である精神疾患は多彩かつ複雑であるため,動物モデルとして病態を反映させることはきわめて難解である.しかしその一方,薬理学的に作製されたマウスモデルは病態の一部を反映していることが知られており,これまで各種精神疾患の薬物のスクリーニングに用いられてきた.また,遺伝学の進歩から疾患のリスク遺伝子・染色体領域が報告され,これに基づく遺伝子改変マウスも各種作製されている.これら動物モデルもバイオテクノロジーの進歩に伴い,単一遺伝子破壊マウスにとどまらない多彩なモデルが考案されている.また,弱いインパクトをもつリスク遺伝子群の異常と環境因子の相互作用により発症するという疾患特異性から,動物モデルと環境因子を組み合わせた研究,発生期特異的に複数リスク遺伝子の制御を行う研究モデルも提案され,今後,より疾患に即した動物モデルの重要性はますます増していくものと思われる. -
生後神経新生を標的として精神疾患の予防・治療法開発の可能性を探る
231巻10号(2009);View Description Hide Description精神疾患発症の脆弱性には遺伝的要因と環境的要因の相互作用がかかわるが,近年,遺伝的要因として神経発生関連因子(neurodevelopmental genes)に注目が集まってきている.これらのなかでは神経間結合(シナプス)形成にかかわる分子がもっとも精力的に研究されているが,著者らは神経幹細胞からの神経細胞の産出(神経新生)にかかわる因子に着目している.その理由は神経新生が遺伝的・環境両要因からの影響を受けやすいからである.本稿では,基礎的および臨床的知見に基づいて神経新生と精神疾患発症の脆弱性について論じ,多価不飽和脂肪酸による神経新生の亢進が精神疾患の予防・治療法開発につながる可能性について指摘したいと思う. -
統合失調症の分子イメージング研究
231巻10号(2009);View Description Hide Description本稿では,統合失調症を対象としたpositron emission tomography(PET)やsingle photon emission tomography(SPECT)を用いたin vivo分子イメージング研究を中心に,とくに病態と深くかかわるドパミンに関する最近の著者らの知見を交えて概説する.統合失調症のシナプス後ドパミン機能である受容体や,シナプス前ドパミン機能であるドパミン合成能やドパミントランスポーターに関するPETやSPECT研究は,知見も蓄積し,そのなかには補助診断に利用できる可能性のあるものもある.ドパミン以外にも本病態に重要な役割を担っていると想定されるGABAやNMDA受容体のイメージング研究の現状についても紹介する. -
精神疾患の脳画像データベース構築へ向けて−研究資産としての脳画像
231巻10号(2009);View Description Hide Description近年,磁気共鳴撮像法(MRI)などの画像技術の普及で,非侵襲的にヒトの脳構造・脳機能を精査することが可能となり,脳科学が大きく進展した.精神医学もその類に漏れず,さまざまな疾患の病態理解にかかわる重要な知見が報告されるようになった.従来,個別の研究プロジェクトで収集された脳画像は,その検討の終了とともに使用されなくなるケースが多かったが,最近ではこれらをひとつのデータベースに統合し,よりスケールの大きい医学研究を創出・発展させようという気運が高まっている.すなわち,「脳画像を研究資産としてとらえ,その品質を管理しながら蓄積し,今後の精神医学,ひいては脳科学全般の研究や教育に活用していこう」という発想である.これを有意義とする認識は国内外で広がりつつあり,その萌芽的な活動もはじまっている.本稿ではそうした動向を紹介しながら,わが国で脳画像データベースを構築していく場合に取り組むべき課題について検討していく. - 最新・疾患研究動向
- 【うつ病・双極性障害】
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うつ病・自殺対策における精神医学の役割
231巻10号(2009);View Description Hide Descriptionわが国では年間30,000人以上が自殺で亡くなっている.自殺者の多くが生前,うつ病などの精神障害に罹患していた.自殺の問題に対処するためには重症の患者に対するケアの充実が肝要となる.一方で,精神科医療だけでなく,自殺者の多くが自殺の前にプライマリケアを受診している.また,プライマリケアを受診する患者のなかには多くのうつ病患者が含まれている.しかし,その大部分が適切な治療を受けているとはいえない.プライマリケアにおいて効果が検証されたうつ病治療法が報告されているが,これらを実臨床に導入するためには解決すべき問題が多くある.精神科医などの精神医学の専門家がスーパービジョンなどを通じてケアに参加することでいくつかの問題は解決可能である.うつ病患者に対して適切なケアを提供し,自殺予防に取り組んでいくためには,これを実現可能とするだけの資源(制度,予算,人材)を精神科医療に割り当てることが必須となる. -
抗うつ薬による自殺と攻撃性増強についての論考
231巻10号(2009);View Description Hide Description抗うつ薬は精神科臨床に欠かせない治療薬であることには疑いがないが,最近になって抗うつ薬によって自殺関連事象や攻撃性が増強する可能性が指摘され,とくに若年者にあってはその危険性が高いと国内外の行政当局より注意が喚起されている.抗うつ薬は本来,気分をもち上げ,意欲を増す作用をもつので,それが中途半端に作用すれば,焦燥,攻撃性,衝動性などが増強しかねないことは古くから指摘されてきた.とくに鎮静作用を有しないSSRI,SNRIなどの新規抗うつ薬はそのような可能性が高いのかもしれない.一方で,それらの作用は総体としては比較的まれな副作用であり,過剰にこれを問題視すれば,抗うつ薬の有効性が証明されている疾患の治療可能性を減じることになり,逆に自殺リスクを高める可能性にも留意すべきである.もっとも大切なのは薬物適応を可能なかぎり厳密なものとすること,抗うつ薬の効果と限界を考慮し,精神療法にも配慮した臨床姿勢であろう. -
うつ病の自己認知に関する脳機能画像研究
231巻10号(2009);View Description Hide Description近年,うつ病の脳機能画像研究が飛躍的に発展しており,うつ病の心理的特徴と関連する脳機能が明らかになりつつある.うつ病の心理的特徴のひとつは認知と感情の異常であり,とくに自己に対する否定的な評価やネガティブな側面への注目といった自己に対するネガティブな認知は,うつ病の認知 感情異常の中核である.このような認知モデルに基づいた脳機能画像研究から,ネガティブな自己関連づけにおいて内側前頭前野と腹側前帯状回の活動異常が存在すること,またこれらの脳部位の活動は認知行動療法によって改善することも示されている.これまで行われた脳機能画像研究の知見は,うつ病の認知と感情の異常が前頭皮質 辺縁系の機能異常と関連することを示しており,認知行動療法は脳機能の変容を介して認知と感情の異常を改善すると考えられる.脳機能画像はうつ病における各脳部位のシステムの機能不全を可視化してとらえることが可能な方法であり,今後うつ病の病態解明とあらたな治療法開発にも有用である. -
脳由来神経栄養因子(BDNF)の機能を抑制するストレスホルモン
231巻10号(2009);View Description Hide Descriptionうつ病患者は健常人と比較して,持続的な血中グルココルチコイドの濃度上昇を示す割合が高い.この持続的で高いレベルのグルココルチコイドはうつ病を引き起こす原因である可能性があるが,一方で脳由来神経栄養因子(BDNF)もうつ病発症との関連が示唆されている.著者らは,BDNF機能とグルココルチコイド機能との相互作用に注目して細胞生物学的解析を行った.その結果,中枢ニューロンにおけるBDNFの長期的および短期的な機能がグルココルチコイド曝露によって抑制される分子メカニズムの一端が明らかになった. -
双極性障害におけるゲノムワイド解析
231巻10号(2009);View Description Hide Description双極性障害の遺伝的要因や分子レベルでの病態理解,また,適切な治療戦略の確立やバイオマーカーの開発のためには,患者試料を出発点としたomics情報がきわめて重要である.本稿では代表的なomics研究であるgenome,transcriptome,proteome解析分野について,それぞれの現状と課題を概説する.omics研究から得られる膨大なデータのなかから真に有用な情報を抽出するには,患者由来試料の特性を考慮しながら,さまざまな階層の情報を統合・関連づけながら理解することが重要であろう. - 【統合失調症】
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統合失調症の神経発達障害とDISC1
231巻10号(2009);View Description Hide Description統合失調症は1%の生涯罹患率をもつ重篤な精神疾患である.統合失調症は思春期以降に発症することが多く,幻覚・妄想などの陽性症状および,意欲低下・感情鈍麻・思考低下などの陰性症状を呈することが知られている.近年,遺伝学的解析(家系解析やSNP解析)から,統合失調症は遺伝的要因によって非常に強く影響される疾患であり,また死後脳解析から統合失調症の発症脆弱性に中枢神経系の発達障害が関与することが示唆された.Disrupted In Schizophrenia 1(DISC1)はスコットランドの統合失調症多発家系を用いた連鎖解析により同定されてきた脆弱性因子で,有力な統合失調症関連分子であると考えられている.本稿では,著者らを含めたいくつかのグループが同定したDISC1相互作用分子について,DISC1の病態生理機能を踏まえながら紹介する. -
統合失調症の発症脆弱性−磁気共鳴画像(MRI)研究によるエビデンス
231巻10号(2009);View Description Hide Description統合失調症は,脆弱性をもった個体に種々のストレスが加わって発症する疾患と考えられている.発症脆弱性は生物学的・心理的・社会的な多様な要素からなると考えられるが,その本態は十分に明らかになってはいない.生物学的脆弱性は遺伝的要因や,周産期合併症,母体のウイルス感染などの周産期の要因に加えて,種々の環境的要因,およびそれらの相互作用によって形成されると考えられる.磁気共鳴画像(MRI)などによる研究から,統合失調症患者に認められる軽度の脳形態学的異常は,発症の前から存在する脆弱性を表す偏倚と疾患自体と関連した病的変化から構成されると考えることができる.本稿では統合失調症の発症脆弱性に関して,1.遺伝的ハイリスクにおける検討,2.統合失調型障害と統合失調症との比較,3.臨床的ハイリスクにおける発症前後の縦断的検討,によって明らかとなってきた知見をまとめる. -
統合失調症の進行性脳病態仮説
231巻10号(2009);View Description Hide Description統合失調症の病態仮説は,近年の神経画像・神経生理研究から進行性の脳病態が推定されている.MRIを用いた縦断研究により,幻聴などの症候基盤として重要な上側頭回灰白質の構造・機能異常が統合失調症発症後に進行することが認められ,さらに同部位の脳体積減少と,事象関連電位のミスマッチ陰性電位成分の減衰がパラレルに進行することがわかり,これがグルタミン酸NMDA受容体と関連することが示唆されている.近年の死後脳研究や分子生物学的研究から統合失調症の病態のひとつとして,NMDA受容体の低機能が幻覚妄想状態の時期にグルタミン酸神経伝達回路の一過性過興奮を生じ,樹状突起スパインの障害が引き起こされるのではないかとの推論が出されている.この進行性脳病態仮説に基づき,遺伝子・分子・脳病態を明らかにし,早期介入法・新薬開発など通じて予防・寛解・回復をめざすことが今後の統合失調症の臨床および研究のパラダイムとなると考えられる. -
統合失調症のグルタミン酸・GABA神経伝達異常
231巻10号(2009);View Description Hide Description統合失調症ではグルタミン酸およびGABA神経伝達に異常があると考えられている.グルタミン酸に関しては,グルタミン酸受容体のひとつであるNMDA受容体の拮抗薬で統合失調症様の症状を呈することなどが報告されている.GABAに関しては,統合失調症患者の死後脳研究でGABA合成酵素が減少していることなどが報告されている.最近では遺伝子改変動物を用いた研究により,グルタミン酸・GABA神経伝達異常の分子機構が明らかにされつつある.これらの異常はミスマッチ陰性電位,γ振動といった脳波から得られる指標に反映されることが報告されている.ミスマッチ陰性電位,γ振動はともに統合失調症患者で異常を認めるほか,ミスマッチ陰性電位は発病直後に変化すること,γ振動は認知機能と関連することが報告されている.今後は基礎研究と臨床研究が協力することで,統合失調症の病態解明や治療法開発につながることが期待される. - 【重要疾患・研究トピックス】
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精神疾患の臨床検査としての近赤外線スペクトロスコピィ(NIRS)の実用化─先進医療“光トポグラフィー検査”
231巻10号(2009);View Description Hide Description精神科領域で初の先進医療として,2009年4月,“光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助”が厚生労働省に適用の承認を受けた.臨床診断に加えて光トポグラフィー検査のデータを用いた脳機能評価を行うことにより,うつ症状の原因となっている精神疾患の客観的な診断補助が可能となる.これまでの一連の取組みにより生物学的指標として脳機能画像を用いた,精神疾患の診断と治療に役立つ臨床検査を先進医療という形で実用化することとなった.精神科臨床でも他の科と同じように臨床症状と病歴に基づく判断を基本とするが,それに臨床検査所見を加味することで診断と治療を方向づけることが,うつ症状を有する一部の精神疾患でできるようになる可能性がある. 精神疾患は目に見えない.そのことが当事者や家族を戸惑わせ,一般市民の理解を難しくし,医療や福祉の専門家に歯痒さをもたらすことがある.脳画像はだれでも見ることができるので,説明を聞けば専門の研究者でなくても理解し納得できるようになる.つまり精神疾患を“見える”ようにできることが脳画像研究の臨床的な意義である.今回,精神疾患に有用な臨床検査として先進医療にはじめて認められたことで,精神医療における診断と治療の質を向上させるだけでなく,当事者中心の医療を実現することに寄与する可能性がある. -
社会的認知と精神疾患−統合失調症の脳画像研究を中心に
231巻10号(2009);View Description Hide Description近年,社会的環境におけるヒトの行動を支える能力として社会的認知が注目され,その神経基盤について盛んに研究されている.社会的認知はまた,自閉症,統合失調症などの精神疾患の病態・症状とも関連し,その社会生活を困難にしている可能性がある.本稿では社会的認知とよばれる領域のうち,心の理論(ToM),共感,情動的表情認知について概説し,統合失調症の脳画像研究の成果を中心に最近の研究動向を概観した.ToM,共感,情動的表情認知いずれの能力においても統合失調症では低下が示されており,またその神経基盤として内側前頭前皮質,眼窩前頭皮質, 扁桃体などの機能的・構造的異常が明らかとなってきている.今後は,社会的認知能力の改善を促すような治療的介入についての研究が充実することが望まれる. -
精神医学研究における出生コホートの必要性−発達,環境,個体の相互作用の解明へ
231巻10号(2009);View Description Hide Description精神疾患の多くは特定の発達期に,個体要因と環境要因の双方の影響(相互作用を含む)を受けて生じる.それゆえ,精神疾患の成因・病態研究を進める際には,こうした個体,環境,発達に関する要因を統合的に検証しうる研究戦略を立てる必要がある.それに適した方法の一つが“出生コホート研究”である.今日までにイギリスなどを中心として,精神疾患を対象とした大規模な出生コホート研究が行われ,精神疾患の発症に至る発達的プロセスと個体要因,環境要因の関与について検討が行われてきた.本稿では,これまでに行われてきた精神疾患を対象とした出生コホート研究の概要を紹介し,今後の精神疾患研究における出生コホート研究の役割,重要性を確認する. -
自閉症スペクトラム障害の脳形態異常とその起源
231巻10号(2009);View Description Hide Description自閉症スペクトラム障害(ASD)では対人交渉などの社会性の障害が中核をなすが,その脳基盤は未解明である.また,一卵性双生児での一致度が非常に高く遺伝要因の関与は90%とされるが,多因子疾患のためか,いまだ責任遺伝子の同定に至っていない.一方で脳画像を用いた病態研究も行われ,脳の機能的・形態的異常が報告されている.さらに,健常人では表情認知から他者の意図の理解に至るまで,対人交渉や社会性の基盤をなすきわめて高次の精神機能をつかさどる脳基盤も明らかにされつつある.著者らはこの社会性の障害の脳基盤解明をめざして,MRIなどを用いた臨床研究を行った結果,アスペルガー(Asperger)障害当事者における社会脳領域を中心とした脳形態異常とその遺伝背景,社会脳領域の男女差と社会性の男女差の関連とその社会性の障害との関連について興味深い知見を得た.本稿ではこれら近年の研究成果を示し,今後の展望について述べた. -
自閉症分子マーカー探索−自閉症の遺伝子・分子生物・実験動物学的研究
231巻10号(2009);View Description Hide Description自閉性障害を代表とする広汎性発達障害はその有病率の高さからも,病態生理の解明が社会的に急務である.双生児研究や家族研究からその背景には強い遺伝素因があることは明らかであるが,不均一な自閉症の病因として単一な遺伝子が関与しているとは考えなくなってきている.本稿では染色体上,SNPなどの遺伝子異常や社会性認識に関与している分子と自閉症の関係を解説した. -
薬物依存症の脳画像研究と新しい治療法
231巻10号(2009);View Description Hide Description覚せい剤,麻薬などの違法性薬物の乱用は国内外において大きな社会問題になっており,国内での受刑者の4人に1人は覚せい剤事犯であるといわれている.覚せい剤などの薬物依存症患者の脳画像研究より,薬物乱用は長期にわたり脳障害を引き起こすことがわかってきた.薬物依存症の治療としては精神病症状の治療と同じ抗精神病薬が使用されているが,根本的な治療法はないのが現状である.本稿では,薬物依存症患者の脳画像研究の最新知見と,薬物依存症の治療薬の候補として期待されているμオピオイド受容体拮抗薬ナルトレキソンおよび抗生物質ミノサイクリンについて考察したい. -
認知症の脳研究−見えてきた神経変性の共通機序
231巻10号(2009);View Description Hide Description神経変性による認知症の病態は,「異常蛋白質が神経細胞内などに蓄積する」という機序で説明されるようになってきた.現在までのところ,amyloidopathy,tauopathy,TDP 43 proteinopathy,α synucleinopathy,ポリグルタミン病,さらにはプリオン病などに分けられるが,共通して異常蛋白質がリン酸化やユビキチン化を受け,線維凝集して神経細胞毒性を獲得すると想定されている.
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