医学のあゆみ
Volume 233, Issue 5, 2010
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【5月第1土曜特集】インクレチンのすべて ― 膵β細胞研究から新たな糖尿病治療へ
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- 概論
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インクレチンの概念と歴史―発見と発展,そして展望
233巻5号(2010);View Description Hide Description糖尿病とは,インスリン作用の不足により生じる,慢性の高血糖を主徴とする代謝症候群である.インスリン作用の不足とは,膵β細胞からのインスリン分泌障害と末梢組織(肝・筋・脂肪)におけるインスリン抵抗性増大を意味する.糖尿病患者の大多数を占める2型糖尿病では,インスリン分泌障害と抵抗性増大という2つの障害が種々の程度に存在しており,糖尿病の治療とはこの2つの障害の改善を目的としてきた.近年,2型糖尿病のインスリン分泌障害に対するあらたな治療戦略として,“インクレチン”とよばれる消化管ホルモンが脚光を浴び,最近の知見の蓄積によりインクレチン関連薬として臨床応用が可能になった.わが国でも2009年12月に,インクレチン関連薬であるDPP-4阻害薬がはじめて保険収載され,実臨床で処方が可能となった.GLP-1受容体作動薬に関しても近日中に保険収載される予定である.本稿ではインクレチンの概念と歴史,そして日本における今後の展望について述べる. - インクレチン基礎研究
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インクレチンの分泌メカニズム
233巻5号(2010);View Description Hide DescriptionインクレチンであるGIPとGLP-1は消化管ホルモンで,それぞれK細胞とL細胞から食事由来の刺激により門脈血中に分泌される.K細胞は十二指腸を中心とする上部消化管に,L細胞は回腸を中心とする下部消化管に多く分布する.栄養素のうち糖質と脂質は,経口摂取後,速やかにインクレチンの分泌を誘発する.GIPは直接栄養素の刺激により,GLP-1は迷走神経を介した自律神経系の刺激および栄養素の直接刺激により分泌される.糖を感知する系としては糖輸送担体であるSGLT-1を介する系が重要で,その阻害剤プロリジンはインクレチンの分泌を抑制する.脂質での分泌では,中性脂肪そのものではなく,その分解産物である遊離脂肪酸に分泌促進作用がある.脂肪酸による分泌には,G蛋白型の受容体が働いていると考えられている.自律神経系は迷走神経-ムスカリン受容体を介してインクレチンの分泌を促進している. -
インクレチンによるインスリン分泌増強機構
233巻5号(2010);View Description Hide Description食物の摂取によって消化管から吸収されたグルコースは膵β細胞からのインスリン分泌を惹起する.一方,グルコースなどの栄養素は腸管内分泌細胞を刺激し,glucagon-like peptide-1(GLP-1)やglucose-dependentinsulinotropic polypeptide(GIP)などのインクレチンホルモンの分泌を促す.これらのホルモンは,膵β細胞に作用して細胞内のcAMPを上昇させ,インスリン分泌を増強する.このインスリン分泌増強作用はグルコース濃度依存的であり,グルコース濃度が低いときにはこの作用は発揮されない.cAMPによるインスリン分泌増強には,プロテインキナーゼA(PKA)依存性経路とPKA非依存性経路が存在し,PKA非依存性経路にはcAMP-GEFⅡ(またはEpac2)が関与している.cAMPシグナルは,ATP感受性K+チャネル(KATPチャネル)の閉鎖の促進や,電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)を介した細胞外Ca2+の流入促進,細胞内Ca2+ストアからのCa2+の放出促進などを介してインスリン分泌を増強するが,その細胞内機序はまだ不明な部分も多い.近年,全反射型螢光顕微鏡によるインスリン顆粒動態の解析から,cAMPによるインスリン開口分泌制御の詳細が明らかになり,また,Epac2シグナルとインスリン顆粒動態との関連もしだいに明らかになってきた.さらに最近,Epac2がスルホニル尿素(SU)薬の標的でもあることが明らかにされ,インクレチン関連薬とSU薬によるインスリン分泌におけるEpac2シグナルの重要性が示唆される. -
インクレチンの膵β細胞保護作用―インクレチンの抗アポトーシス作用
233巻5号(2010);View Description Hide Descriptionインクレチン関連薬は,インクレチンとして膵β細胞に作用しグルコース濃度依存性にインスリン分泌を増強する作用だけでなく,膵β細胞保護作用を有することが知られている.2型糖尿病の発症と進展には膵島量の減少が関与することが報告されているが,この膵島量の減少はインクレチンの膵β細胞保護作用によって抑制される可能性がある.インクレチン関連薬の臨床使用は開始されたばかりであり,またヒトにおいて膵島量を計量することが現在はまだできないため現時点で膵島量に及ぼす作用の評価は難しいが,インクレチン関連薬の有用性は血糖コントロールだけでなく,実際に糖尿病の病態を改善するかどうかも非常に注目されている. -
インクレチンの膵α細胞に対する作用
233巻5号(2010);View Description Hide Descriptionグルカゴンはおもに肝においてグリコーゲン分解,ブドウ糖放出を促進し,血糖を上昇させるホルモンであり,グルカゴンを分泌する膵α細胞は生体の糖代謝制御に不可欠な役割を果たしている.インクレチンホルモンであるGLP-1はグルカゴン分泌を抑制し,GIPは直接的にはグルカゴン分泌を増強するが,β細胞の活性化を介するグルカゴン分泌抑制作用のために,その作用は強くはない.GLP-1のグルカゴン分泌抑制作用は,GLP-1受容体がα細胞にはほとんど発現していないと考えられることから,β細胞あるいはδ細胞を介した間接作用と考えられる.2型糖尿病発症および病態形成においてグルカゴン分泌亢進が大きく関与していることも明らかになりつつあり,グルカゴン分泌を抑制できるGLP-1関連薬のα細胞作用が期待される. - インクレチンの膵外作用
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インクレチンの膵外作用:体重
233巻5号(2010);View Description Hide Description食後のインスリン分泌の促進作用を担うのが消化管から分泌されるインクレチンである.インクレチンには2つの消化管ホルモン(GIPおよびGLP-1)があり,膵β細胞以外にもそれらの受容体があることから,膵外作用もある.GIPは脂肪細胞に存在するGIP受容体に作用することによって脂肪蓄積,つまり肥満を惹起する.一方,GLP-1は中枢神経系を介して食欲を抑制することによって体重減少をもたらす.わが国でも発売されたGLP-1の分解酵素阻害薬であるDPPⅣ阻害薬には体重減少の効果はないようであるが,2010年に発売されるGLP-1アナログには体重減少がみられる. -
インクレチンの膵外作用:骨組織
233巻5号(2010);View Description Hide Description糖尿病患者では骨折リスクが高いことが知られており,いったん骨折が生じるとQOLが著しく障害されるため,骨折の予防が非常に重要である.2型糖尿病患者ではインクレチンの作用が低下していることが知られているが,著者らのグループはGIPおよびGLP-1受容体欠損マウスでは骨粗鬆症の所見を呈することを実証し,GIPとGLP-1の骨代謝調節メカニズムはそれぞれ異なるものであることを明らかにした.GIPは骨芽細胞に直接的に作用し,骨芽細胞内cAMP濃度の間欠的な上昇を介して食事中のカルシウムを骨に蓄え,骨代謝をアナボリックに調節していると考えられる.一方,GLP-1は骨芽細胞や破骨細胞への直接的作用ではなく,甲状腺C細胞に存在するGLP-1受容体とカルシトニンを介する間接的機構によって,おもに骨吸収を調節していると考えられる.本稿ではインクレチンの膵外作用のうち,骨組織への作用について概説する. -
インクレチンの膵外作用:脂肪組織
233巻5号(2010);View Description Hide Description脂肪細胞に発現するGIP受容体に,生理的な濃度のGIPは作用し栄養素の蓄積を促進する.高脂肪食・過食・加齢で肥満が認められるが,それにはGIPシグナルの存在が重要な役割を有しており,GIPシグナルを遮断すると,肥満をきたしやすい状況下でも体重増加が抑制される.αグルコシダーゼ阻害薬は上部小腸における炭水化物の消化吸収を抑制してGIPシグナルを抑制し,臨床的にも体重減少が示されている.一方,DPP-Ⅳ阻害薬はGIPシグナルも促進するため,体重は減少しない.このように,インクレチン薬のGIPシグナルへの影響によって,体重への薬効が決定される. -
インクレチンの膵外作用:心臓
233巻5号(2010);View Description Hide Descriptionインクレチンの膵β細胞への作用以外の膵外作用の存在が報告されている.GLP-1受容体は心臓にも発現しており,GLP-1やそのアゴニストは心筋への変力,変時作用を有する.また,動物モデル,ヒトへの投与は心不全を改善させるだけでなく,虚血心筋を保護する作用も認められた.これらの分子機構やGLP-1受容体を介しているかどうかなど今後の課題は多いが,GLP-1の心臓への直接作用は,血糖コントロール改善などの心血管イベントの危険因子抑制効果とあわせ,心血管疾患にハイリスクな2型糖尿病患者を治療するうえで重要だと考えられる. -
インクレチンの膵外作用:腎臓
233巻5号(2010);View Description Hide Description腎はインクレチンの最終的な代謝において主要な臓器である.腎にはGLP-1受容体の存在が確認されており,GLP-1またはGLP-1受容体作動薬を使用し直接的な効果を検討した結果,尿細管におけるナトリウム再吸収抑制の作用を認めた.受容体を介した細胞内のシグナルについても最近,培養実験によって報告され,腎においてもインクレチンの効果について徐々に解明されつつある.また,インクレチンの分解酵素であるDPP-4の活性は他の臓器に比べ腎において高値であり,原因については不明であるが,分解の対象となるペプチドの制御・調節に腎が重要な役割を果たしている可能性がある. - インクレチン関連薬
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糖尿病におけるインクレチンの分泌と作用―日本人のインクレチン血中濃度を踏まえて
233巻5号(2010);View Description Hide Description2型糖尿病の新規治療戦略としてインクレチン関連薬が注目される.インクレチンは食事摂取に応答して消化管から分泌されインスリン分泌を促進するホルモンの総称で,これまでにGIPとGLP-1が確認されている.2型糖尿病ではインクレチン作用が著しく減弱することが知られているが,インクレチン作用の是正が血糖コントロールにつながるとして,内因性インクレチンの作用増強を可能にするDPP-4阻害薬,そして外因性インクレチンを補充するGLP-1受容体作動薬がそれぞれ開発され,良好な治療成績を収めている.本稿では,2型糖尿病患者でインクレチン作用が減弱する理由を,2型糖尿病患者におけるインクレチン分泌とβ細胞に対するインスリン分泌促進作用を踏まえて概説する.また,日本人におけるインクレチン分泌に関する最近の知見を紹介し,他民族に比べて日本人2型糖尿病患者でインクレチン関連薬が奏効する理由についても迫りたい. -
インクレチン・エンハンサー:DPP-4阻害薬の作用
233巻5号(2010);View Description Hide Description小腸粘膜(管腔)の栄養素(ブドウ糖)の刺激によって分泌細胞(K細胞,L細胞)から分泌されるインクレチン(GIP,GLP-1)は,膵β細胞膜に存在する受容体を介してインスリン分泌を促進する.インクレチンのインスリン分泌作用はブドウ糖濃度依存性であることが特徴である.インクレチンは分泌後速やかにジペプチジルペプチダーゼ4(DPP-4)によって不活性化されるが,DPP-4を阻害することによってインクレチンの作用を増強し,インスリン分泌を促進し,血糖コントロールを改善する薬剤(DPP-4阻害薬)が開発され,糖尿病治療薬として認可された.DPP-4阻害薬はインスリン分泌系の経口薬に位置づけられるが,単剤では低血糖をほとんど起こさないこと,体重増加をきたしにくいなどの利点をもつ.動物実験では膵β細胞のアポトーシスを抑制することも示され,膵β細胞保護作用が臨床でも認められるか注目されている. -
インクレチン関連薬の臨床データ:GLP-1受容体作動薬
233巻5号(2010);View Description Hide DescriptionGLP-1受容体作動薬(インクレチン・ミメティクス)のひとつであるエクセナチドは,欧米ではすでに1995年より発売され,糖尿病治療に効果をあげている.わが国では2010年にリラグルチドが厚生労働省の製造承認を受け,本稿執筆現在,発売間近の状態にある.いずれも十分な血糖降下作用と有意な体重減少作用をあわせもつ,理想的な抗糖尿病薬であるといえる.両薬剤に共通して,単独使用時は原則的に低血糖の出現を認めないが,使用初期の軽度の消化器症状を認めることがある.リラグルチドについては,さまざまな薬剤との広範囲の比較を行った試験(LEAD)が施行されており,いずれの試験でも対照薬と同等あるいは有意な血糖降下作用が示されている.また,両薬剤ともに,血圧や脂質に対する改善効果の報告もあり,心血管疾患リスクを低下させる薬剤となる可能性がある. -
インクレチン関連薬の臨床データ:DPP-4阻害薬
233巻5号(2010);View Description Hide Descriptionインクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬とDPP-4阻害剤)が日本でも上市され,実に10年ぶりに新しい作用機序をもつ糖尿病治療薬が使用されることとなった.これら薬剤は血糖依存性にインスリン分泌を増強するだけでなく,グルカゴン分泌を生理的に抑制することで,低血糖が少なく,体重増加もなく,非常に期待される薬剤である.さらに,実験動物で膵β細胞の保護作用が報告されており,臨床でもこの作用が発揮されれば糖尿病の病態の根本を治療する薬剤になりうる可能性があり,その面での期待も大きい.本稿ではDPP-4阻害剤の臨床データを,とくに日本の臨床成績を中心に概説する. - 注目臨床トピックス
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糖尿病治療に対するGLP-1投与のあらたな戦略
233巻5号(2010);View Description Hide Description2型糖尿病に対し,注射とは異なり非侵襲的に投与可能な経鼻投与用ヒトリコンビナントGLP-1製剤は,炭酸カルシウム表面にトウモロコシ殿粉を付着させGLP-1原薬を被膜造粒した薬剤粉末をカプセルに充填した粉末点鼻剤である.著者らは専用のデバイスを作製して,鼻腔内に噴霧できる方法を開発した.2型糖尿病患者26例に対し,医師主導治験で二重盲検比較試験を実施した.食直前の本剤の投与により,GLP-1の有効な血漿濃度の増加に基づくインスリンの分泌亢進とグルカゴンの分泌抑制を認めた.2週間,1日3回各食前の経鼻GLP-1投与は,食後の血糖上昇を抑制して耐糖能を改善し,糖尿病のあらたな治療法になりうる可能性が示された. -
インクレチンの測定法
233巻5号(2010);View Description Hide Description最近,2型糖尿病患者に対するあらたな治療薬としてインクレチン関連薬が臨床応用されている.それに伴い,血中インクレチン(GLP-1およびGIP)の測定が注目されようとしている.本稿ではこれらインクレチンの血中濃度測定法に関して,採血条件としてのdipeptidyl peptidase-Ⅳ(DPP-4)阻害薬の必要性や測定試薬に用いられている抗体の反応性(総インクレチンや活性型インクレチン)などについて,インクレチンの代謝と関連して概説する. -
Bariatric surgeryとインクレチン
233巻5号(2010);View Description Hide Description元来,病的肥満患者を対象に体重減少を目的として行われていたbariatric surgeryは,食物吸収阻害による体重減少効果以外に,胃バイパス術などでは食物流入経路の変更に伴うGLP-1の分泌促進を介した強力な糖尿病改善効果が認められることがわかってきた.このような体重減少とは独立したbariatric surgeryの効果は,インクレチン作用の理解も含め,肥満や糖尿病に対する内科的治療にも大きな影響を与えつつある.
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