Volume 244,
Issue 5,
2013
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【2月第1土曜特集】 うつ病―治療・研究の最前線
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医学のあゆみ 244巻5号, 361-361 (2013);
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薬物療法
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医学のあゆみ 244巻5号, 365-371 (2013);
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現在わが国では,4 種の SSR(I fluvoxamine,paroxetine,sertraline,escitalopram),2 種の SNR(I milnacipran,duloxetine),NaSSA(mirtazapine)の計7 種の新規抗うつ薬が上市されている.メタ解析でも新規抗うつ薬間での有効性,忍容性の違いが示されているように,これらの薬剤を患者の病態に合わせて使い分けることが臨床医に求められることになる.しかし,その使い分けには明確なアルゴリズムやマニュアルがあるわけではない.このような現状において,日常臨床における新規抗うつ薬選択の指標を各国のガイドラインや薬剤の受容体プロフィールなどに焦点をあてながら検討する.
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医学のあゆみ 244巻5号, 373-380 (2013);
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抗うつ薬を十分量,長期間投与してもなかなか改善しないうつ病の存在は以前から知られている.これらは抗うつ薬抵抗性うつ病,あるいは難治性うつ病と呼ばれる.定義はさまざまであるが,その対応として薬物を追加して抗うつ薬の効果を増強しようとする試みがなされ,“抗うつ薬の増強療法”と呼ばれる.本稿においては,増強療法にlithium,Pindolol,非定型抗精神病薬が有用かどうか文献的に検討した.その結果,numberneeded to trea(t NNT;「サイドメモ」参照)は,lithium が 5,非定型抗精神病薬が 9,Pindolol が 13 と報告されており,このことからlithium と非定型抗精神病薬の増強剤としての位置づけが確認された.しかし,それぞれの副作用に注意しつつ,診断的には双極性うつ病が潜んでいる可能性を念頭に,慎重に経過観察すべきことを指摘した.
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医学のあゆみ 244巻5号, 381-385 (2013);
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これまでセロトニン(5-HA)系やノルアドレナリン(NA)系に作用する薬物がうつ病の治療に用いられてきた.これらの作用機序を有する薬物は多くのうつ病患者に有効であるが,10~20%の難治性大うつ病の治療には有効とはいえない.近年,ドパミン(DA)系に作用する薬物が難治性大うつ病に有効であることが臨床試験で明らかになり,うつ病におけるDA 系の機能異常も画像・脳脊髄液研究により報告されている.さらに,DA 系に作用する薬物は双極性うつ病にも有効であり,難治性大うつ病の1/4 が潜在性双極性障害であることを考え合わせると,DA 系が難治性うつ病と双極性障害の両方の病態と治療に共通して関与していることが強く示唆される.以上の観点から今後,中枢DA 系の異常を気分障害で解明することが重要であり,DA 系に作用する薬物が気分障害治療に有望であると考えられる.
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医学のあゆみ 244巻5号, 386-390 (2013);
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抗うつ薬の服用により,自殺行動につながりうる中枢刺激症状が発現する可能性があることがアメリカ食品医薬品局(FDA)より2004 年に勧告され,後にそれは賦活症候群(activation syndrome:AS)と呼ばれるようになった.その概念や定義が曖昧なままAS の名称のみが広く知れ渡り,抗うつ薬投与開始時や増量時の治療初期に惹起される精神面および行動面の不安定化として認識されるようになった.AS の背景を探る研究も行われているが,患者のパーソナリティの問題やbipolarity(双極性の要素)の存在など,抗うつ薬を服用した患者の素因の問題がAS 発現の最大の要因として重要視されている風潮にある.近年,抗うつ薬の作用および有害作用を,薬物心理学的観点からとらえ直す動きがみられてきている.治療初期に発現するAS に限らず,長期投与により誘発される情動面および行動面の変容も注目されてきており,AS に代表される抗うつ薬誘発性の中枢刺激症状の認識が変わりつつある.
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医学のあゆみ 244巻5号, 391-396 (2013);
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NMDA 受容体拮抗薬であるケタミンが治療抵抗性うつ病患者に画期的な効果を示したことから,ケタミンのうつ病治療への応用が注目されている.また,NMDA 受容体遮断による副作用と抗うつ作用を解離することを目的として,サブユニット選択的NMDA 受容体拮抗薬およびNMDA 受容体コアゴニスト部位の部分アゴニストの治療抵抗性うつ病患者に対する効果が検討されている.一方,新しい創薬のアプローチを探索するため,ケタミンの抗うつ作用の機序解明に関する研究が活発に行われている.その過程で,代謝型グルタミン酸受容体であるmGlu2/3 受容体あるいはmGlu5 受容体の拮抗薬は動物モデルで抗うつ作用を示すとともに,それらの抗うつ作用がケタミンと共通の機序を介することが検証され,うつ病治療の新しいアプローチ法として注目されている.
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医学のあゆみ 244巻5号, 397-403 (2013);
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すべてのうつ病患者に対して万能な抗うつ薬“ベストドラッグ”という概念は,実臨床においては絵に描いた餅にすぎない.実際は同じ薬を投与しても反応が異なり,多様なうつ病患者の症状の特徴に応じて特性を考慮した抗うつ薬を処方するのが一般的である.治療反応性の個人差の背景としては臨床背景,環境や性格,併存疾患に加え,遺伝子背景の影響が考えられ,治療反応性の予測を目的とした研究は盛んに行われている.薬物動態関連遺伝子に関しては,日本人に30%の頻度で存在するCYP2C19PM においてスルモンチールやアミトリプチリン,クロミプラミン,エスシタロプラムの用量をある程度減量することが推奨されている.薬力学的関連遺伝子に関しては5-HTTLPR と抗うつ効果,5-HT2A 遺伝子と副作用の強い相関がメタ解析で確認されており,個別化医療に利用できる可能性が示唆される.Genome-wide アプローチは現時点では各試験で一致した結果が出ておらず,サンプル数や統計手法的な諸問題,莫大なサンプルと引き替えに低下した試験プロトコールの質の改善が望まれる.
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他の治療法
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医学のあゆみ 244巻5号, 407-410 (2013);
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薬物療法に抵抗を示すうつ病患者に対しては電気けいれん療法(ECT)が安全性を高めた形で広く用いられているが,再燃率の高いことや副作用として健忘を認めることなどが解決されていない.うつ病での脳機能異常を背景として,脳を局所的に刺激する治療法が開発されている.このなかで経頭蓋磁気刺激(TMS)と迷走神経刺激(VNS)は欧米でうつ病治療に認可されており,とくにTMS は専用の治療器がアメリカで広まりつつある.さらに,脳内に電極を直接埋め込む深部脳刺激(DBS)を治療に用いた報告も増えている.しかし,VNSやDBS による治療には手術を要するため,倫理的問題に対する対応が必要である.このほか,侵襲性が低く容易に施行できる経頭蓋直流刺激(tDCS)の抗うつ効果にも期待がもたれている.
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医学のあゆみ 244巻5号, 411-416 (2013);
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アメリカのA. T. Beck によって1950 年代に創始された大うつ病に対する認知行動療法は,抗うつ薬治療との無作為割付比較試験16 研究によって同等の効果が示され,欧米の治療ガイドラインで,抗うつ薬と並ぶ二大治療法のひとつになっている.抗うつ薬の効果発現の生理学的メカニズムの検討が進歩するのと同様に,近年では認知行動療法の効果発現の生理学的メカニズムの検討もすこしずつ進みつつある.最近,抗うつ薬に対する良好な治療反応性は前帯状回の過剰活性化と関連している一方で,認知行動療法に対する良好な治療反応性は前帯状回の低い活性化と関連しているとする報告がみられる.抗うつ薬と認知行動療法のどちらを第一に適応するかについては,現時点では患者の好みによって選択されているが,将来的に機能的神経画像検査を用いて判定する時代が近づいてきている.
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医学のあゆみ 244巻5号, 417-422 (2013);
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欧米においてはうつ病の栄養学的治療や運動療法が,薬物療法や精神療法を補足する,あるいは代替する治療として成立しており,治療ガイドラインにも含まれている場合が多い.しかし,わが国においてはいまだに栄養・運動療法に関するエビデンスは乏しい.本稿ではうつ病と関連する栄養学的問題について肥満・メタボリック症候群・糖尿病,食事スタイル(地中海式食事と西洋式食事),n-3 系不飽和脂肪酸(エイコサペンタ塩酸やドコサヘキサエン酸),ビタミン(とくに葉酸),アミノ酸(トリプトファンや活性型メチオニン),ミネラル(鉄や亜鉛)とうつ病リスクとの関連や,補充療法の有効性について欧米での研究を中心に紹介する.身体活動や運動はうつ病の予防的効果があり,うつ病患者に対する運動療法はランダム化比較試験のメタアナリシスによって有効性が示されている.以上から栄養・運動療法のポテンシャルは高いと考えられ,今後,わが国においても“精神栄養学”としてエビデンスを積み重ねていく必要がある.
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脳画像
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医学のあゆみ 244巻5号, 425-431 (2013);
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近年,増加の一途をたどる精神疾患は,2011 年に五大疾病に位置づけられた.とくにうつ病患者数は年々増加しており,自殺の危険性もあるため適切なタイミングでの診断・治療の導入が求められる.しかし,診断を問診に頼らざるを得ないため客観的な診断指標が得られないことから,客観的な診断・評価ツールの開発が望まれていた.精神科において2009 年4 月に待望の客観的検査として近赤外線光トポグラフィ(NIRS)が,“光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助”として先進医療に承認され,臨床応用されるようになった.NIRS は近赤外光を用いているため,非侵襲的・低拘束,簡便に測定ができるという他の脳機能画像検査よりも優れた特徴を有し,計測のストレスが少ないという点は精神疾患患者の臨床検査に適していると考えられる.先進医療承認後4 年弱が経過し,2012 年12 月時点で19 施設でNIRS 検査を実施している.この間,NIRS の成果と課題が明らかになってきた.皮膚血流の問題にかんしては,NIRS 信号には脳由来の信号が含まれていることが基礎的な研究でわかってきている.実際の臨床においては診断補助ツールとして有用なだけでなく,可視化された検査があることで患者と医療者が共有できる貴重な情報となりうる.また病識や病感の獲得,治療の必要性への理解につながり,患者の積極的な治療参加がもたらされるという点においても有用な検査と考えられる.
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医学のあゆみ 244巻5号, 432-438 (2013);
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うつ病は抑うつ気分,意欲減退に,焦燥感や不眠,食欲低下などの症状を伴う状態の呼称であり,実際の臨床症状より創出された幅広い症候群と考えられる.これまで,うつ病の病態をとらえるために,さまざまな脳画像解析手法を用いて脳機能を直接測定しようとする研究が精力的に行われ,うつ病の幅広い臨床症状に合致したさまざまな脳領域の機能異常が存在することが示唆されている.近年,うつ病の病態研究においても局所的脳機能からシステムとしての神経回路ネットワークのコネクティビティの異常へと焦点が移ってきている.そこで本稿では,脳画像手法を用いて明らかにされた情動制御の脳内機構,うつ病の局所的脳構造・機能の異常,脳局所刺激の報告,システムとしての神経回路コネクティビティの異常について,順を追って紹介する.
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医学のあゆみ 244巻5号, 439-444 (2013);
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PET(positron emission tomography)は生体内における分子レベルでの分布や働きを可視化させる画像診断法であり,基礎的・臨床的研究に広く応用されている非侵襲的かつ定量的な分子イメージング法である.現在,PET による精神神経疾患における脳病態の評価が広く行われており,創薬や,薬物の臨床用量設定や薬効評価にも応用されている.本稿では現代の社会問題ともなっているうつ病(気分障害)に関して,PET でみた気分障害の病態および薬物治療の効果判定などに関して概括する.とくに,気分障害の病態生理に深くかかわると考えられている脳内セロトニン・ドパミン神経伝達の評価という観点から,動物実験と臨床研究の相補的役割や,PET 所見の診断・治療に関するバイオマーカーとしての応用可能性に触れつつ,今後の気分障害におけるPET 研究の展望を述べる.
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関連疾患
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医学のあゆみ 244巻5号, 447-451 (2013);
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身体疾患患者は高率にうつ(うつ病とうつ状態)を併存する.うつを併存すると生命予後が悪化するため,その病態解明と治療戦略の開発への関心が高い.身体疾患とうつの間には血液凝固,視床下部・下垂体・副腎皮質軸亢進,交感神経亢進,炎症や神経体液性因子などが介在しているとの仮説が提案されている.ただこれらの仮説のみで関連が説明できる段階ではなく,身体疾患とうつを併存すると,喫煙率やアルコール摂取量が高くなる一方で,身体活動や服薬アドヒアランスが低下するなど,行動的側面が予後へ悪影響を及ぼしている.うつのなかには,セルフヘルプなどで改善が期待できる軽症なうつ状態から,濃厚な専門的治療が必要な重症うつ病まで含まれるという難しさもある.そのため簡便な方法でうつを暫定的に評価し,治療の強度を徐々に高めていくという段階的治療が推奨されている.国立高度専門医療研究センターでは国立精神・神経医療研究センターが事務局となり,身体疾患患者への包括的うつ管理モデル開発ナショナルプロジェクトを開始した.
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医学のあゆみ 244巻5号, 452-458 (2013);
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うつ病では不眠や過眠,睡眠リズム異常,睡眠時無呼吸症候群などの睡眠障害が高率に合併する.抗うつ薬の多くも睡眠構造に影響を与える.また,睡眠障害はうつ病の症状であると同時に,うつ病の病因と治療経過に深くかかわっていることが明らかになってきた.不眠はうつ病の発症リスクを高め,うつ症状に先行して出現し,患者のQOL を低下させ,抗うつ薬治療により寛解した後ですら高頻度に残遺し,残遺不眠はうつ病の再発リスクを高めるという悪循環をもたらす.断眠や高照度光を用いて睡眠リズムを正常化する時間療法が抗うつ作用を有することも明らかにされており,うつ病診療では睡眠障害を看過せず,適切に対処していくことが重要である.
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医学のあゆみ 244巻5号, 459-462 (2013);
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うつ病と認知症は相互に関係が深いだけに鑑別が困難なことも多い.若年期初発のうつ病が認知症の危険因子であるのは確かであるが,初老期以降に初発する場合,それが前駆症状なのか危険因子であるのかは定かでない.軽度認知障害(MCI)状態ではうつが高頻度に認められ,MCI にうつが加わると高い確率でAlzheimer病(AD)に進展しやすいとされる.なおParkinson 病とLewy 小体型認知症(DLB)では,全経過を通してうつの合併率がAD 以上に高い.うつ病に伴う“仮性認知症”は従来は可逆性認知症とされたが,最近では認知症に進展する危険性が高いとする見解が定着しつつある.両者をつなぐ物質としてグルココルチコイド,サイトカイン,AD の神経変性,アミロイドβ(Aβ),神経成長因子などが注目されている.鑑別のポイントは,心理検査に臨む態度,臨床症候,陳述内容にある.マーカーでは脳機能画像,脳波REM 潜時などがある.
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病態メカニズム
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医学のあゆみ 244巻5号, 465-470 (2013);
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成体の海馬において神経細胞が新生されることは広く知られるようになってきている.歯状回の下顆粒細胞層にある神経幹細胞・前駆細胞は増殖,細胞運命決定,生存といった段階を経て,分化・成熟する.いろいろな因子が各段階に影響を与えることが知られており,うつ病の発症起点となる慢性のストレスは増殖を抑制する.一方,新生細胞数が減少するだけではうつ病の病態とはならない.抗うつ薬の慢性投与や電気痙攣療法は増殖や生存を促進させる.機序として,顆粒細胞内におけるcAMP-CREB カスケード関与が直接作用としてノルアドレナリンがβ2 受容体を介することなどが明らかになってきている.
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医学のあゆみ 244巻5号, 471-475 (2013);
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うつ病の病態仮説としてはモノアミン仮説が知られているが,近年多くの研究から,うつ病の神経栄養因子仮説が支持されるようになった.たとえば,神経栄養因子のひとつである脳由来神経栄養因子(BDNF)はうつ病患者の血清中で低く,治療に伴う症状の改善とともに増加することから,うつ病のバイオマーカーとして注目されている.本稿では,うつ病の病態におけるBDNF-TrkB シグナル系の役割,および血中バイオマーカーとしての前駆体proBDNF および成熟型BDNF の測定意義について考察する.さらに,近年注目されている治療抵抗性うつ病に対して即効性抗うつ効果を示すNMDA 受容体拮抗薬ケタミンの作用について,最新の研究成果を考察する.
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医学のあゆみ 244巻5号, 477-482 (2013);
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ストレス脆弱性の形成には遺伝的要因のみならず環境要因,すなわちエピジェネティックな機構が関与していると考えられている.幼児期の不遇な養育環境というストレスによってエピジェネティックな機構を介した長期に持続するストレス脆弱性がおもに視床下部-下垂体-副腎(HPA)系において形成され,成人後に不安,抑うつ,薬物依存の発病危険率が高まることが明らかになっている.遺伝的に規定されているストレス脆弱性についても,報酬系回路の中枢でありうつ病との関連が示唆されている側坐核においてエピジェネティックな機構の関与が確認されている.さらに,蛋白質をコードしない低分子のマイクロRNA もストレス脆弱性形成に関与することが報告され,ストレス脆弱性の複雑な分子機構の一端が解明されつつある.今後の課題は,ストレス脆弱性から気分障害をはじめとする個々の精神疾患の発病脆弱性へとつながるダイナミックな発病メカニズムの解明にあるものと思われる.
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バイオマーカー
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医学のあゆみ 244巻5号, 485-489 (2013);
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うつ病とは慢性的な意欲の低下,無価値感,自殺念慮などの症状を示す病である.うつ病の診断はおもに問診で行われ,うつ病の早期発見,適切な治療を行うために診断バイオマーカーが求められている.抗うつ薬の作用機序や臨床知見から,セロトニントランスポーターの機能はうつ病に深く関与していると考えられる.著者らは,ユビキチン・プロテアソームシステムに関与するMAGE-D1 が欠損すると,セロトニントランスポーターのユビキチン化を介した代謝の低下によりセロトニントランスポーターが増加し,十分なセロトニンによる神経伝達が行われなくなり,うつ様行動が認められることを明らかにした.セロトニントランスポーターは中枢神経に限らず血小板およびリンパ球を含む白血球などからも検出され,その活性は脳との相関が認められることから,末梢血中のセロトニントランスポーターのユビキチン化のレベルをうつ病診断の指標にすることが期待される.
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医学のあゆみ 244巻5号, 490-495 (2013);
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気分障害のバイオマーカーとして期待される神経内分泌系のなかでは視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA系)がもっとも研究されている.近年ではHPA 系の制御に海馬を含む辺縁系や前頭葉も関与し,さらに人生早期における離別や心的外傷といったストレスが影響を与えていることが示唆されている.うつ病の亜型によってもHPA 系制御が異なるが,約半数のうつ病患者では急性期にフィードバック障害によるHPA 系の過亢進(非抑制)が認められ,HPA 系に関与する指標が治療予後の予測に役立つ可能性が複数報告されている.CRH-1 受容体アンタゴニストのうつ病治療薬としての開発が期待されてきたが,現在のところ臨床化には至っていない.HPA 系うつ病治療薬がいまだ臨床の主役となっていない背景のひとつに,全うつ病患者がHPA 系の非抑制を示すわけではない,という不均一性があげられよう.今後はHPA 系をはじめとする神経内分泌的な生物学的特性によっても,個々の患者の治療がより適切に行われる可能性がある.
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医学のあゆみ 244巻5号, 496-501 (2013);
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うつ病は他の精神疾患と同様に遺伝子が規定する要因に加え,さまざまな環境要因との相互作用により病態が形成されると考えられている.うつ病研究において死後脳を対象とする分子遺伝学的,あるいは生化学的な性状を網羅的に解析するオミックス研究を行うことは,遺伝子要因と環境要因との相互作用の結果,うつ病の病態に関連して脳内で起こる現象を特定するうえで有用である.数万種ある遺伝子や蛋白質などの分子のなかからうつ病の病態形成に関係するバイオマーカーが特定され,診断や治療に応用されるようになることが期待される.本稿ではうつ病に関して行われている死後脳組織を対象とするオミックス研究の現況と今後の課題,展望について解説する.
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医学のあゆみ 244巻5号, 502-506 (2013);
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脳脊髄液は脳の細胞間を満たす組織液と接しており,神経細胞から放出された物質は障壁なく脳脊髄液に拡散することが近年わかってきた.中枢神経や脳脊髄液はバリアで体循環と切り離されているため,脳脊髄液は脳神経疾患の臨床検体として非常に優れている.うつ病の脳ではセロトニン,ノルアドレナリンなどの放出が減るという仮説があるが,これまでの脳脊髄液の解析ではそれらの代謝産物が減っているという証拠は得られていない.また,うつ病で免疫反応が亢進しているという仮説も近年注目されている.脳脊髄液中のIL-6 が上昇しているという報告もあり,今後の検討が注目される.一方,老年期のうつ病とAlzheimer 型認知症を鑑別する検査として最近,保険適応となった脳脊髄液タウなどの測定が有用である.今後脳脊髄液を用いて,うつ病のサブタイプ分類マーカー,治療選択マーカーなどを開発するためには,詳細な臨床情報を付加した検体にプロテオーム解析などの高感度網羅的解析を行っていくことが必要と考えられる.
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医学のあゆみ 244巻5号, 508-511 (2013);
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精神疾患の診断法は臨床症状に基づいて構成されており,身体疾患の診断と比較して客観性に欠けるため,病態解明や標準的治療法開発のための客観的診断法の開発が求められている.著者らはうつ病BDNF(脳由来神経栄養因子)仮説に準拠して,末梢血由来DNA を用いてBDNF 遺伝子のエクソンⅠ,Ⅳのプロモーター領域のシトシン・メチル化プロフィールを解析したところ,未治療うつ病群と健常人群が分類できることを発見した.本研究の結果は,発症に環境因が密接に関与している精神疾患の診断には,従来から用いられてきた遺伝子多型などのジェネティックバイオマーカーではなく,DNA メチル化などのエピジェネティックバイオマーカーが有用であることを示唆している.