医学のあゆみ
Volume 249, Issue 8, 2014
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あゆみ グライコプロテオミクス技術開発と医療への応用
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実用化に向けた糖鎖バイオマーカー開発の戦略
249巻8号(2014);View Description Hide Description産業技術総合研究所糖鎖医工学研究センター(産総研糖鎖センター)では,過去10 数年にわたって糖鎖科学に必要な基盤技術を開発してきた.自ら開発した技術を組み合わせて糖鎖バイオマーカーの開発に取り組んだ.糖鎖構造は細胞の分化,癌化とともに変化することはよく知られている.また組織細胞特異性がある.この2 点は糖鎖構造が疾患バイオマーカーとしてきわめて優位性をもつことを意味する.最終目的は,発見した糖鎖バイオマーカーを商品化するまでの過程を完遂することである.つぎの3 点に留意して段階的に研究を進めた.①いきなり血清中から標的分子を探すのではなく,疾患組織標本,培養細胞からまずは候補分子を選択する.②疾患特異的に変化した糖鎖構造をもつ糖タンパク質を同定し,レクチンと抗体でのサンドイッチ系を構築する.③標的分子が濃縮して存在する体液で,マーカーとしての有効性を確認した後,血清での検出を確認する.標的疾患の選定から実用化に至るまですべての過程で,臨床医の方々との綿密な連携が必須である.適切なタイミングでの知財の申請,論文の執筆,最終的に多数検体での有効性判定,を経て薬事承認を受け商品化に至る過程について述べる. -
疾患糖鎖バイオマーカー開発におけるN-グライコプロテオミクス
249巻8号(2014);View Description Hide Description癌の発生や進展,慢性疾患などによって性質や環境が変化した細胞は,生理的な状態では産生しないような糖鎖を異所的に発現するようになる.このような疾患関連糖鎖をもった糖タンパク質(疾患グライコフォーム)は,糖鎖バイオマーカーとしての利用が期待される.成松らが提唱した糖鎖バイオマーカーの開発戦略では,疾患関連糖鎖変化を検出・同定した後,変化した糖鎖をもつ糖タンパク質を同定し,これをマーカー候補とする.糖鎖生合成マシーナリーの変化は多数のタンパク質で糖鎖構造変化を引き起こすため,疾患糖鎖のキャリアタンパク質の同定には大規模分析のためのグライコプロテオミクス技術が用いられる.さらに,同定された多数の候補タンパク質のなかから標的疾患に対する感度や特異性に優れるマーカー候補を選別するためにも,グライコプロテオミクスは有効である.本稿では,糖鎖バイオマーカーの発見・検証に利用される技術について概説する. -
肝疾患血清糖鎖バイオマーカーの開発―グライコプロテオミクス技術の疾患糖鎖バイオマーカー開発への応用例
249巻8号(2014);View Description Hide Description血清バイオマーカーは,被験者への侵襲性が低く,費用対効果が高いという優れた特性をもつ.しかし,優れた血清バイオマーカーを新しく発見・開発するのは一般的に非常に困難である.実際多くの研究者はいままで,プロテオミクス研究を応用して血清中のタンパク質の“量的変化”をとらえることでバイオマーカーを探索してきたが,実用化には多くの問題が山積していた.この状況を克服するために,“糖鎖バイオマーカー開発戦略”が提唱されている.これはグライコプロテオミクス技術を統合的に利用し,血清中の糖タンパク質の糖鎖構造の疾患状態に伴う“質的変化“をとらえてバイオマーカーを発見しようとする戦略である.著者らは最近,本戦略を用いて“肝硬変の進行を評価するための血清糖鎖バイオマーカー”を開発することに成功したので,本稿でその経緯を紹介する. -
肝線維化の進展を定量的に判断するための糖鎖バイオマーカーの実用化
249巻8号(2014);View Description Hide DescriptionB 型,C 型肝炎患者の慢性肝炎から肝硬変,肝がんに至るまでの病気の進行度は,肝の線維化の進行度として把握される.その検査には身体的負担が大きい肝生検が使われている.採血程度の負担で発がんのリスクを知ることができるバイオマーカーとその迅速簡便な測定技術の開発,そして臨床応用が急務となっている.そこで,著者らは肝線維化の進行程度を調べるのに優れた糖タンパク質マーカー(WFA+-M2BP)を見出した.この分子の特徴を活かして血清調整後17 分で結果が得られる診断薬を企業と共同開発した.15 の臨床機関の協力のもと,6,000 程度の検体を収集し,製品化と保険収載へ向けた有効性検証試験が実施された.その結果,この診断薬は肝の線維化状態を定量的に評価でき,かつ発がんリスクの高さも推定できることが判明した. -
ムチン糖鎖プロファイリングによる新規胆管癌糖鎖マーカーの開発
249巻8号(2014);View Description Hide Description糖鎖は細胞の分化・癌化により劇的に変化することから,癌関連抗原として腫瘍マーカーに利用されてきた.解析技術の進歩は糖鎖研究を飛躍的に躍進させ,糖鎖バイオマーカー開発を加速させた.しかし,真の臨床ニーズを満たすバイオマーカー開発の成功例はほぼ皆無に等しい.最新のグライコミクス・プロテオミクス技術をもってしてもなお,生体試料中から真に有用なバイオマーカーを開発することはいぜん容易ではなく,あらたな開発戦略・方法論が求められる.どのタンパク質上の糖鎖がどのように変化したのかを検出するグライコプロテオミクス研究は,ポストゲノム時代のマーカー開発でもっとも期待される分野である.本稿では,レクチンマイクロアレイ比較糖鎖プロファイリングによる新規胆管癌マーカー開発の成功を例に,グライコプロテオミクスによるあらたなマーカー開発の可能性について概説する. -
糖鎖バイオマーカーの新しいハイスループット測定法
249巻8号(2014);View Description Hide Description分泌タンパク質の多くは,細胞内で糖鎖が付加された後に細胞外に分泌される.この際,細胞の種類によって異なる糖鎖が付加されることがある.すなわち,糖鎖の細胞種特異性がみられる.この現象に基づいて,糖鎖を特定の細胞の病的状態を反映するバイオマーカーとして利用することが可能である.著者らは,髄液中トランスフェリン(Tf)に2 種類の糖鎖アイソフォーム(脳内で生合成される髄液型Tf,および血清に由来する血清型Tf)が存在することを見出した.また,髄液型Tf が特発性正常圧水頭症(iNPH;髄液代謝異常による老人性認知症)の髄液で変化し,本疾患の診断マーカーになることを示した.以上の糖鎖アイソフォームはSDSPAGE(電気泳動)にて分離されることから,抗Tf 抗体を用いたWestern blot 法による定量を行った.しかし,この方法は数十検体の分析に手間と時間(1 日半)を要する煩雑なアッセイである.著者らは,糖鎖結合分子であるレクチンが糖タンパク質の糖鎖部分に結合するとそのコア・タンパク質(抗原)に対する抗体の結合が阻害されることを見出した.この原理を自動ラテックス免疫凝集法(病院検査部の自動分析装置に汎用されている)に応用し,上記Tf マーカーを60 assay/hr のハイスループットで測定する系を確立した.この測定方法のさまざまな糖鎖マーカーへ応用が期待される. -
精子無力症の発症原因となる糖転移酵素様遺伝子の発見
249巻8号(2014);View Description Hide Description日本国内で不妊に悩むカップルの割合は現在,6~8 組に1 組の割合に上昇している.最近の研究で男性側が原因となる男性不妊症のおよそ80%が精子の運動能障害(精子無力症)によることが明らかになってきたが1),医療現場では精子無力症の原因究明を行うことなく,体外受精などの生殖補助医療が行われているのが現状である.その理由は,ヒトを含めた哺乳類の精子形成の分子メカニズムはいまだに不明な点が多いことにある2).著者らは,糖転移酵素タンパク質モチーフをもち,ヒト精巣特異的に発現する新規遺伝子GALNTL5(polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase-like protein 5)に着目して研究を行い,相同遺伝子をもつマウスにおいて遺伝子をヘテロに欠損させると,精子運動能障害による雄性不妊となることを明らかにした.さらに,実際に精子無力症を発症している患者において,ヒトGALNTL5 遺伝子に変異が存在することを著者らは発見した3).GALNTL5 遺伝子を含めた精子形成の分子メカニズムの解明が進めば,男性不妊症発症の原因究明と適切な不妊治療法の開発につながるものと考えられる. -
血小板減少症を呈するムチン型O-結合型糖鎖欠損マウスの解析
249巻8号(2014);View Description Hide DescriptionC1galt1(コア1β3 ガラクトース転移酵素)はムチン型O 結合型糖鎖のコア1 構造を合成する.成獣マウスの造血における糖鎖機能を明らかにするために,インターフェロン誘導型Mx1-Cre マウスとのC1galt1 コンディショナルノックアウト(KO)マウス(Mx1-C1)を作製した.Mx1-C1 マウスでは重度な血小板減少,巨大血小板,出血時間の延長がみられ,巨核球の最終分化段階である胞体突起形成能が著しく低下していた.ムチン型O 結合型糖鎖で修飾される巨核球,血小板特異的なGPⅠb は血小板凝集に必須な分子であり,先天性血小板減少症(Bernard-Soulier 症候群)の原因遺伝子のひとつである.このGPⅠbαの転写量はMx1-C1 マウスの骨髄および血小板において野生型マウスと変わらないが,GPⅠbαタンパク質量は著しく低下していた.以上により,ムチン型O 結合型糖鎖は巨核球最終分化に必須であり,糖鎖欠損によるGPⅠbαタンパク質の減少がその原因である可能性が高いことがわかった. -
O-グライコプロテオミクス
249巻8号(2014);View Description Hide Description質量分析装置によるタンパク質および翻訳後修飾解析は,細胞生物学および生物医学研究において今や必須となっている.翻訳後修飾のなかでも,糖タンパク質の解析はとりわけ難しいとされてきた.N 結合型糖鎖については研究が進んでおり,とくに付加位置の同定を目的とした大規模かつ網羅的な解析は現在までに数多く報告されている.一方で,ごく最近になってO 結合型糖鎖についてもその付加位置に対する網羅的な研究が報告されはじめてきている.本稿では,これまでに著者らが行ってきたO 型糖鎖解析,とくにO-GalNacおよびO-Man グライコプロテオームについて記す.
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連載
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- エコヘルスという視点 7
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エコヘルスの視点からみた母子保健―ラオスの事例から
249巻8号(2014);View Description Hide Descriptionミレニアム開発目標(MDGs)の達成に向けた努力の結果,世界の人びとの健康状態が1990 年に比べ格段に改善したのは確かであろう.しかし,乳幼児死亡率や妊産婦死亡率などを国別にみれば,母子保健関連指標の達成度には受け入れがたい格差が存在する.そのような格差はひとつの国あるいは地域のなかにも存在しており,国別平均値として報告されることであたかも格差がないかのような錯覚に陥ってしまう.保健医療に関する報告書に,ラオスの母子保健改善度に関して“一部の少数民族で乳児死亡率がいぜんとして高い”との記述がある.一部の少数民族とは何をさし,なぜその集団では乳児死亡率が高いのかといった記述はまったくみられない.エコヘルスの視点なしには格差の背景にある要因を明らかにし,真の意味での母子保健の改善をはかることはできないと著者は考える.本稿では,エコヘルスの視点から母子保健改善度の格差の現状についてラオスの事例を取り入れながら紹介する.
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フォーラム
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- ゲノム人類学の最先端 9
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TOPICS
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- 消化器内科学
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- 膠原病・リウマチ学
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- 輸血学
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