医学のあゆみ

Volume 263, Issue 9, 2017
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【12月第1土曜特集】 睡眠・覚醒制御機構研究の新展開
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睡眠・覚醒の制御機構―眠るしくみ,起きるしくみ
263巻9号(2017);View Description
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徐波(徐波睡眠)は視床下部前部(視索前野)の睡眠ニューロンによって,覚醒は視床下部後部/脳幹に分布する覚醒ニューロンによって調節される.この2 つのニューロン群はシーソーのような相互抑制の関係にあり,アデノシンをはじめとする睡眠物質や,エネルギーバランス,ストレスや情動刺激などがこのバランスを一方に傾けることにより,睡眠から覚醒(覚醒から睡眠)への速やかな移行が可能になる.徐波睡眠からレム睡眠への移行,レム睡眠の維持,終了(レム睡眠から覚醒あるいは徐波睡眠への移行)は,脳幹のレム睡眠ニューロンによって調節されるが,このニューロン群は,中脳や延髄の抑制性ニューロン,さらに視床下部ニューロンからの影響を受ける.本稿では,睡眠・覚醒の調節機構について,従来得られている知見に加え,最近の光遺伝学,薬理遺伝学的手法によって得られた新しい知見を加えて概説する. -
“眠気”の実体を探る―フォワード・ジェネティクスによる新規睡眠制御遺伝子の探索
263巻9号(2017);View Description
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ヒトが人生の1/3 を費やす睡眠は,誰もが日々行う行動でありながら,いまだにその役割や制御メカニズムは謎に包まれている.とりわけ“眠気”の脳内での物理的実体や,日々の睡眠量を一定に保つ根本原理は未知である.著者らは最近,ランダムな突然変異を導入した多数のマウスをスクリーニングする“フォワード・ジェネティクス”の手法を採用し,覚醒時間が大幅に減少するSleepy 変異家系と,レム睡眠が著しく減少するDreamless 変異家系の樹立に成功した.そして,それぞれの責任遺伝子であるSik3およびNalcn を同定した.さらにSik3 がショウジョウバエや線虫などの無脊椎動物においても睡眠様行動を制御することを明らかにした.SIK3 はリン酸化酵素であり,睡眠・覚醒を制御する細胞内シグナル伝達系の解明につながると期待される.Dreamless 変異マウスでは,レム睡眠の終止にかかわるニューロンを含む脳領域の活動パターンが変化していることを発見した.NALCN はイオンチャネルであり,ノンレム睡眠とレム睡眠のスイッチング機構の解明に寄与すると考えられる.今後,この発見を足がかりとして“眠気”の分子メカニズムの全貌や,睡眠・覚醒ネットワークの全容解明が進むとともに,将来的には睡眠障害の解決につながると期待される. -
睡眠と体内時計―時計システムによる睡眠・覚醒サイクルの制御とその破綻がもたらすリズム睡眠障害
263巻9号(2017);View Description
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覚醒時間が長ければ眠たくなり睡眠をとれば眠気が解消される,という睡眠時間を一定に保つ仕組みは恒常性とよばれる.一方,朝になると覚醒し,夜になると睡眠をとるという1 日周期のリズムは体内時計(概日時計)によって制御されている.概日時計の中枢は脳の視床下部のごく小さな神経核である視交叉上核に存在し,睡眠覚醒リズムをはじめさまざまな生理リズムを生み出す.古くから,ハエやマウスなどのモデル生物を用いて異常な睡眠覚醒サイクルを示す変異体が同定されてきた.これらの発見は概日時計の制御遺伝子の同定につながり,概日時計の分子メカニズムの解明は飛躍的に進んでいる.一方,ヒトにおいても概日時計の性質が睡眠覚醒リズム,とくに睡眠と覚醒のタイミングに大きな影響を与えており,現代社会では概日時計の乱れによる概日リズム睡眠障害が社会的な問題となっている.本稿では,概日時計の分子メカニズムと概日時計による睡眠覚醒リズムの制御機構について概説する. -
ノンレム睡眠の生理的役割
263巻9号(2017);View Description
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ヒトの睡眠はレム睡眠とノンレム睡眠に分けることができる.ノンレム睡眠は,睡眠の過半を占める.睡眠の果たす生理的役割を理解する方法に,断眠による機能・構造的変化を調べる方法がある.断眠によって,注意やワーキングメモリータスクは影響を受ける.また,断眠は記憶の保持にも悪影響を及ぼす.細胞外スペースに存在する間質液には細胞の活動に伴うさまざまな不要物質が含まれる.脳実質はリンパ管を欠くことから,間質液は脳脊髄液や静脈系へ灌流されると考えられてきた.最近になって,脳脊髄液やアストロサイトがより積極的な役割を果たすグリンファティックシステムの存在が提唱されている.脳実質の間質液の処理は,おもにノンレム睡眠時になされることから,ノンレム睡眠の果たす重要な生理的役割と位置づけられる.代謝や内分泌系の状態も覚醒時と睡眠時とでは大きく異なる.これらの点も,身体の恒常性維持のために,ノンレム睡眠が果たす生理的役割といえよう. -
睡眠とシナプス恒常性
263巻9号(2017);View Description
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睡眠は神経系をもつ生物に普遍的な生命現象であるにもかかわらず,その機能はいまだ明らかではない.本稿では,シナプス恒常性仮説(SHY)の概要とそれを支持するデータ,否定するデータと議論について紹介する.SHY は覚醒時には学習によりシナプスが強化され,睡眠の機能は強化されたシナプスを維持可能なレベルにまで弱めることであると主張する.電子顕微鏡を用いたシナプス構造の再構成により,一定期間の睡眠の後にシナプス後構造のサイズが減少していることが示され,シナプス強度が弱まっていることが強く示唆された.一方で,睡眠の機能はシナプス形成の促進であるという報告もある.現時点での相反する主張がどのような実験データに基づいているか俯瞰する. -
レム睡眠の神経基盤,生理的意義および進化
263巻9号(2017);View Description
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レム睡眠は一部の脊椎動物に固有の生理状態であり,脳の高次機能にかかわることが期待される.しかし,レム睡眠の発見以来,その生理的役割は長い間謎であった.近年,光遺伝学や化学遺伝学などの革新的な神経科学ツールを睡眠研究に適用することで,レム睡眠の神経基盤や生理的意義に関する重要な発見があいついだ.レム睡眠の制御にかかわる脳部位や細胞種が同定され,さらには,レム睡眠の記憶学習や神経可塑性への関与も徐々に明らかとなってきた.また,レム睡眠の進化の過程に関しても,レム睡眠やノンレム睡眠を制御するニューロンの発生学的起源に関する研究や,脊椎動物と無脊椎動物の双方の睡眠の制御にかかわる遺伝子の同定などから,重要なヒントが得られつつある.本稿では,著者らの研究を中心に,レム睡眠の機能についてわかってきたことや,さらに睡眠の進化について最近の知見を交えて概説する. -
記憶や学習と睡眠
263巻9号(2017);View Description
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睡眠は記憶や学習を促進させる.つまり,睡眠は,記憶や学習を固定し,学習成績を上昇させ,記憶を抽象化させることが最近の研究からわかってきた.睡眠のもつこのような機能に対する批判はかつておもに3 つあった.覚醒時には記憶に干渉が生じること,断眠直後の疲労困憊,REM 睡眠はなくても記憶に変化がない,というものであるが,それぞれに論駁が可能であったため,現在では睡眠に記憶や学習を促進させる効果があることはおおかた受け入れられている.今後の課題は,どのようなメカニズムで睡眠中に記憶や学習が促進させるのか解明することである.有力視されているのはシナプス恒常性モデルと能動的生体固定モデルであるが,いずれも万能ではない.今後は記憶や学習のモダリティーごとに神経メカニズムが異なる可能性を考慮しなければならないだろう. -
情動と睡眠・覚醒
263巻9号(2017);View Description
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ヒトの人生の1/3 は睡眠時間であるが,裏を返せば2/3 を覚醒に費やしているといえる.覚醒していなければ,仕事をすることも運動をすることも買い物に行くこともできない.つまり,何か行動を起こすうえでその行動を継続して行うためには持続的な覚醒が不可欠である.ボルベイらによるツー・プロセスモデルにみるように,睡眠と覚醒のあらわれかたは,体内時計といわゆる“睡眠負債(” =覚醒履歴)によって影響を受けているとされているが,それ以上に情動の影響を受けている.覚醒は,恐怖や報酬に対する情動によって高まる交感神経系の活動やストレスホルモンの分泌に伴って亢進する.一方で,過度な覚醒は睡眠・覚醒リズムを乱す要因にもなる.とくに漠然とした不安や恐怖は覚醒を高め,不眠症の原因になることが知られているが,恐怖や不安で眠れない背景に存在するといわれる“過覚醒”における神経メカニズムについては不明な点が多い.本稿では,情動に関連する脳部位,とくに大脳辺縁系が睡眠・覚醒の制御においてどのような役割を果たすのか最新の知見を交えて解説する. -
報酬系と睡眠・覚醒
263巻9号(2017);View Description
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感情・認知的な刺激は睡眠覚醒状態に影響するが,その脳内メカニズムは明らかでない.最近,任意の神経集団活動を制御・観察する技術の発達により,報酬系とされる腹側被蓋野や側坐核による睡眠覚醒作用の報告が増加している.腹側被蓋野のドパミン神経は覚醒時および“報酬”が与えられた時に活性が上昇し,この神経の活性化はドパミン受容体依存的に覚醒を誘発・維持する.側坐核のドパミンD2受容体発現神経は“報酬”が与えられると活性が低下し,それに応じて覚醒量は増加する.この神経の抑制は覚醒を,興奮は睡眠を促す.“報酬”により活性化するドパミン神経は中脳水道周囲灰白質にも存在し,その覚醒誘発作用が報告されている.報酬系およびその関連システムによる睡眠覚醒制御は,今後よりいっそうの発展が期待される研究分野である. -
睡眠のマニピュレーション―光遺伝学,薬理遺伝学を用いた睡眠覚醒の操作
263巻9号(2017);View Description
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われわれは,1 日に何度か睡眠と覚醒を繰り返している.これらの睡眠覚醒状態の切替えは神経活動によって制御されている.睡眠覚醒は,すべての神経細胞が保存された丸ごとの個体でのみ生じる現象であるため,どのような神経活動が,睡眠覚醒状態の切替えに重要なのか明らかにするには,丸ごとの個体を用いた研究が必要であった.しかし,技術的制約からこれまで十分研究が進んでいなかった.しかし,近年開発された特定神経の活動を人為的に操作可能な光遺伝学や薬理遺伝学(化学遺伝学)などの実験技術が開発され,これらの研究を行うことが可能となった.本稿では,視床下部のオレキシン神経やメラニン凝集ホルモン(MCH)産生神経を対象として,神経活動操作を行い,睡眠覚醒状態への影響を解析することで,睡眠覚醒を調節する神経回路の動作原理に迫った研究について解説する. -
非24 時間睡眠-覚醒リズム障害の病態生理研究の現状
263巻9号(2017);View Description
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非24 時間睡眠-覚醒リズム障害(N24SWD)は概日リズム睡眠-覚醒障害の一型である.若年発症,長期間罹病,難治性であることから,いったん発症すると職業上,社会生活上の機能障害が生じ,患者にきわめて甚大な負担をもたらす.N24SWD は光同調が機能しない全盲者では高頻度に認められるが,視覚障害のないN24SWD の病態生理は明らかにされていない.最近になって,われわれが行った強制脱同調プロトコルを用いた厳密な測定により,視覚障害のないN24SWD 患者が異常に延長した生物時計周期τを有することが明らかになった.一方で,夜型クロノタイプ者の一部もN24SWD 患者と同程度に延長したτを有しながら24 時間同調できていた.N24SWD の発症には,τの延長,光感受性の異常,位相後退域での過剰な環境光への曝露,精神的問題の併存など複数の脆弱要因が重畳して発症に至るとするマルチヒットモデルが理にかなっている.N24SWD の大部分は家族集積性が認められず分子遺伝学的なアプローチは進んでいないが,今後は孤発例を対象にしたwhole-exome 解析などによって,発症メカニズムの分子基盤が解明されるかもしれない. -
オレキシンによる睡眠の制御と代謝機能―オレキシンと糖代謝
263巻9号(2017);View Description
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糖代謝は,覚醒と睡眠の日内リズムに応じで調節されており,慢性の睡眠障害は2 型糖尿病のリスク増加にかかわる.オレキシンは,睡眠/覚醒または摂食状態に合致した糖代謝恒常性の維持に重要である.オレキシンは覚醒時および空腹時に増加し,肝の糖産生を高めて骨格筋を含めた全身にエネルギーを供給して身体活動を高める.また,睡眠時および食後には低下し,肝の糖産生を抑制することで糖代謝の恒常性を維持している.オレキシン作用の低下や平坦化は,肥満,加齢およびうつ病に伴うインスリン抵抗性を引き起こす.そこで,オレキシンの日内リズムの振幅増強は糖代謝の改善に寄与する.オレキシン系を覚醒時(活動期)に活性化したり,睡眠時(休息期)に阻害することで,肥満2 型糖尿病マウスの耐糖能は改善する.概日リズムに基づいたオレキシン系の制御は,不眠に加えて,肥満やうつを伴った糖尿病の新規治療につながることが期待される. -
睡眠障害から探る睡眠・覚醒制御機構
263巻9号(2017);View Description
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睡眠障害とは,睡眠と覚醒調節に関連する多様な疾患をさす.睡眠障害でもっとも頻度が多いものは不眠症であるが,このほか,過眠症,概日リズム睡眠障害,睡眠呼吸障害,睡眠時運動障害,睡眠時随伴症などがある.睡眠障害は国際診断基準で63 の疾患に分類されているが,そのなかで,病因・病態生理が判明しているものは少ない.本特集では,動物モデルやヒトの症例で得られた最近の知見,とりわけ不眠症と耐糖能の異常,オレキシン欠乏性と非欠乏性の過眠症での所見をもとに,これらの疾患での睡眠・覚醒制御機構に考察を加えた.睡眠障害の病態生理は未知の部分も多いが,それゆえ予期しない発見も生じる可能性があるので今後の成果を期待したい. -
オレキシンニューロンの下流でナルコレプシー症状抑制に関与している神経経路
263巻9号(2017);View Description
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睡眠と覚醒は,内外の環境に合わせて適切にモード変換が行われている.この切替えが異常になってしまうとさまざまな問題が起きる.覚醒しているべき時に突然眠り込んでしまうことは重大な危険や生活の困難を伴う.行動の遂行には覚醒を適切に維持する機構が不可欠である.神経ペプチド・オレキシンは,覚醒状態を安定化させるメカニズムを遂行するのに重要な役割を担っている.オレキシンが失われると睡眠障害のひとつであるナルコレプシーが発症するが,その症状がどのようにして発現するのか十分に解明されていない.そこで著者らは,オレキシンニューロンの直接の下流において,ナルコレプシー症状を抑制する神経経路の探索を行った.その結果,ナルコレプシーに特徴的な2 つの症状は,異なる神経メカニズムにより制御されていたことが明らかになった.この知見はナルコレプシーのみならず,不眠症などさまざまな睡眠障害の理解に応用できると期待される. -
レム睡眠行動障害(RBD)のメカニズム
263巻9号(2017);View Description
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睡眠とは心身ともに回復が得られる休息であり,脳が夢という強烈な幻覚をみている間も身体は何事もないかのように落ち着いている.夢はおもにレム睡眠時に出現し,その間は頭のなかではまるで起きている時のようにさまざまなことを知覚し自由に動き回れる.この間は脳が骨格筋への運動出力信号をきちんと遮断しているため,身体の静止は保たれている.この遮断が機能不全となるとレム睡眠中に実際に身体が動いてしまう,まるで夢のなかの出来事が現実に起こっているかのように.それは周囲への暴力となることもあり,レム睡眠行動障害(RBD)とよばれる.RBD はLewy 小体型認知症やParkinson 病(PD)などとも深く関連するが,その実態の多くは謎のままである.本稿ではRBD の臨床と基礎研究の知見を概説し,著者らが作製したRBD モデルマウスの紹介とともにメカニズム解明の道筋と根本的な治療法の可能性を探る.
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