医学のあゆみ
Volume 269, Issue 8, 2019
Volumes & issues:
-
特集 バーチャルリアリティ(仮想現実)機器の医療応用に向けて
-
-
-
バーチャルリアリティの医学応用
269巻8号(2019);View Description Hide Description近年,バーチャルリアリティ(VR)の医学関連の論文数は増加傾向にある(図1).おもな原因は,VR 体験に必要な頭部搭載型ディスプレイ(head mounted display:HMD)が安価になり,スマートフォンでもHMDとして使用することが可能になったこと,VR アプリケーション開発キットが普及し,アプリケーションが比較的安価で短期間に開発することができるようになってきたことがあげられる.もともと,VR はヒトの感覚器(視覚や聴覚など)に対して現実世界からの刺激に類似した疑似刺激を工学的に提示(ディスプレイ)し,人工的な世界に存在する感覚をヒトに生じさせる技術である.そのため,生理学や脳科学との関係がきわめて深い.現在ではさらに応用分野が広がり,多彩な応用研究が行われている.2018 年までのPubMed にある論文を調べると,教育(手術教育訓練も含む),心理学,リハビリテーション,手術支援,疼痛軽減の順に研究報告がなされている(図2).本稿では,VR の医学への応用研究についての現状と課題について概説する. -
幻肢痛に対するバーチャルリアリティ治療─ VR 治療から紐解く幻肢痛のメカニズム
269巻8号(2019);View Description Hide Description幻肢痛の発症機序として,患肢についての運動系と感覚系の協調関係の破綻が考えられている.このような運動系と感覚系を改めて協調的に統合するためには,四肢に関する正しい視覚情報(映像)を入力することが最も効率的な方法である.このような視覚情報の提示方法として著者らは,鏡療法やバーチャルリアリティ(VR;仮想現実)を用いて幻肢痛治療を行ってきた.実際,鏡療法とVR 治療のいずれにおいても,実在空間での健肢と仮想視空間での幻肢に同一の運動内容を実行させることによって,左右上肢からの感覚情報が脳内で統合されて運動系と感覚系の協調関係が回復する結果,幻肢痛が緩和すると考えられる.幻肢痛に対するVR 治療は広く欧米でも行われているが,著者らは認知神経科学の見地からVR 治療を通して幻肢痛の病態解明に取り組んでいる.本稿では,VR 治療の臨床的有用性とともに,幻肢痛における運動系と感覚系の協調関係の破綻機序を概説する. -
リハビリテーション領域におけるバーチャルリアリティ治療
269巻8号(2019);View Description Hide Description近年では,バーチャルリアリティ(VR)システムが,有効なリハビリテーション(リハビリ)手段のひとつとして注目され,その効果が本格的に検証されてきている.しかし,VR システムがリハビリに応用される利点を十分に理解しておかなければ,有効なリハビリ手段にはなりえない.本稿では,運動障害に対するリハビリ理論とリハビリ現場での問題点を整理した後に,VR システム導入がリハビリ現場にどのように貢献するのかを解説する.そのうえで上肢運動機能障害,バランス障害,歩行障害のリハビリに導入されているVR システムを具体的に紹介していき,それらのコンセプトと臨床研究および神経科学的エビデンスを概説する.そして,シーズありきのVR システムではなく,対象者のニーズに応えることのできる柔軟なVR システムを構築する必要性と,それを実現させるための医工連携の重要性について述べる. -
緩和ケア領域におけるバーチャルリアリティ応用─ 終末期ケアにおける試み
269巻8号(2019);View Description Hide Description緩和ケアは,生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のquality of life(QOL)を,痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し,的確な評価を行い対応することで苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである.日本では現在,高齢化の進行に伴い,緩和ケアの重要性が高まっている.緩和ケアを受ける患者のなかには,痛みや倦怠感などの症状によって行動が制限される患者も多く,患者が外出したいと望んでも緊急対応可能な医療サービスなどの支援体制整備に負担が伴うことがあるため,その実現が難しい場合がある.そこで著者らは,バーチャルリアリティ(VR)によって“行きたい場所にいるかのような”感覚を創り出し,患者の外出希望を病室にいながら疑似的にでもかなえることでQOL の改善を試みている.本稿では,緩和ケア領域におけるVR の応用について,著者らの取り組みも含めた世界の現状や将来的な可能性について概説したい. -
精神科領域におけるバーチャルリアリティ治療
269巻8号(2019);View Description Hide Description精神科領域におけるバーチャルリアリティ(VR)装置は,恐怖症の治療法であるエクスポージャー法のツールとして用いられている.エクスポージャー法とは,恐怖反応を引き起こしている刺激に不安が低減されるまで曝露する方法である.VR エクスポージャーでは,VR 技術を用いて不安喚起場面を構築し,曝露を行う.VR エクスポージャーのメリットは,飛行機や雷など恐怖刺激を喚起する状況設定が困難な場面でも治療環境を設定できる点や,治療者が恐怖刺激を操作することが可能な点,時間や治療コストのよい点があげられる.しかし,日本では海外に比べてVR 技術を用いた治療の普及が遅れていることから,今後さらなる発展が期待される. - 【ayumi TOPICS】
-
バーチャルリアリティの医学応用への期待:患者の立場から ─ 当事者研究から生まれる幻肢痛緩和VR リハビリテーション
269巻8号(2019);View Description Hide Description -
バーチャルリアリティの医学応用への期待:開発者の立場から
269巻8号(2019);View Description Hide Description近年のICT,コンピューターグラフィックス(computergraphics:CG)技術の進歩により,航空機産業・自動車産業を筆頭にさまざまな産業分野で,コンピューターを利用したデザイン・設計が行われている.実際に,リアルスケールのモデルを制作せずに高度なデザイン検討・設計検証が行われており,リアルタイムに意匠変更・マテリアル変更や設計要件の修正が可能で,今後もさらなるデザイン・設計フェーズでの活用が期待されている.医学への展開も進んでおり,断層診断画像からの三次元(3D)化,アナトミーコンテンツ,手術シミュレーションなどが使用されている.一方,患者自身がバーチャルリアリティ(virtual reality:VR)を使用した症状の改善,治療への試行は一般的には行われてはいない.今回開発した幻肢痛緩和VR アプリは患者自身がVR で症状の改善を行うものであり,今後のさらなるVR,AR(augmented reality)の進歩と多様なセンサーデバイスの進歩によりVR,AR を利用したさまざまな医学分野への応用が想定される.
-
-
連載
-
- 医学・医療におけるシミュレータの進歩と普及 20
-
歯学教育における最新の歯科シミュレータ
269巻8号(2019);View Description Hide Description◎歯科シミュレータは,コンピュータ・IT の急速な進歩とともにバーチャルシミュレーションシステムとして発展してきた.従来の歯学における技術教育のスタイルを,模型実習室から自学自習スタイルに変更できるように変化してきている.デントシムはマネキン内で歯を形成した場合にリアルタイムで採点する機能を有しているので,使用者がその評価を確認しながら上達の度合いを自己学習できる.シモドントは完全なバーチャルリアリティシミュレーションシステムであり,3D ディスプレイ上で実際の歯を形成する感覚が体験できる.何度やり直しても消耗品の交換は必要ないし,ゴミもまったく生じない.シムロイドはヒト型ロボットとして非常に人間に近い容姿と頭部の動きが再現できているので,実際の診療室の歯科ユニット上で患者を診療しているように体験できる.各機器には欠点もあるが,今後のIT のさらなる発達により,より高度なシミュレーションシステムの発展が期待できる. - 健康寿命延伸に寄与する体力医学 8
-
加齢に伴う呼吸機能変化および習慣的運動の影響
269巻8号(2019);View Description Hide Description筋力,心肺持久力および平衡機能などの生理機能は加齢に伴い減少するが,“健康関連体力”指標とされる最大酸素摂取量(V4 O2max)も加齢減少する.V4 O2max 値の低い者は,肥満,糖尿病,心血管系疾患などの生活習慣病や癌などの罹患率および死亡率が高いことから,運動の習慣化によってV4 O2max レベルを高く維持することが推奨されている.慢性閉塞性肺疾患(COPD)も高齢者が罹患しやすい生活習慣病のひとつである.運動によってV4 O2max と同様COPD 判定指標である一秒率や肺活量などの呼吸機能の加齢減少も抑制できるか,換言すればCOPD の予防に習慣的運動が有効か否かを明らかにするため,20~82 歳の健康男女合計359 名を対象に調べた.日常の身体活動レベルを反映するV4 O2max 値に基づいて高体力,平均的体力および低体力群に層別化し,V4 O2max 値の多寡と呼吸機能検査値の加齢変化との間の関連性を吟味したが,まったく関連性がなかった.これらの結果から,呼吸機能はV4 O2max 値を正常または高いレベルに維持するための必要条件ととらえられ,呼吸機能のいずれかに異常があればそれが制限因子となってV4 O2max の低下(体力低下)をもたらすと考えられる.呼吸器疾患の予防としての運動トレーニングの意義は乏しいと考えられるが,COPD 治療の意義については本連載・山田の稿で論じられる.
-
TOPICS
-
- 免疫学
-
- 生化学・分子生物学
-
- 血液内科学
-