医学のあゆみ
Volume 271, Issue 9, 2019
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【11月第5土曜特集】 がん研究10か年戦略の成果と課題─基礎から実用化までをつなぐ研究開発
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- 基礎研究
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【本態解明】 日本人難治性がん・生活習慣病関連がん大規模統合ゲノミクス解析と国際コンソーシアムでのデータ共有による国際貢献
271巻9号(2019);View Description Hide Descriptionこれまでわが国やアジアに多い固形がんとして肝がん,胆道がん,胃がんを解析対象とした大規模な日本人症例コホートについて,ゲノム解析を進めてきた.世界最大の肝がんゲノム解読から,TERT 遺伝子のプロモーター変異を筆頭に,治療標的も含めてドライバー遺伝子や非コードRNA がん遺伝子を同定した.また変異シグネチャー解析から,年齢・喫煙・飲酒量などと有意な相関を認めるシグネチャーを同定した.日本人胆道がん大規模統合ゲノム解析からはFGFR2 融合遺伝子を含め,広くドライバー遺伝子を同定した.FGFR2 融合遺伝子についてはさらに分子診断法を開発し,多施設共同前向き臨床研究を開始した.発現解析から免疫チェックポイント分子を高発現し,高度変異症例を濃縮する一群を同定した.今後,継続して国際共同研究や国際コンソーシアムに参加・貢献し,またわが国でも増加傾向にある欧米型生活習慣や肥満・糖尿病などの生活習慣病とがん発症を結ぶ分子機構解明を進める. -
【本態解明】 異分野先端技術融合による薬剤抵抗性を標的とした革新的複合治療戦略の開発
271巻9号(2019);View Description Hide Descriptionがん治療は現在,分子標的療法と免疫療法を軸として大きな転換期を迎えている.今後,より効果的ながん治療法を開発するためには,従来の抗がん剤開発とは異なるコンセプトに基づく革新的なアプローチが必要となる.iPS 細胞研究領域では,再生医療や疾患患者由来iPS 細胞を用いた創薬への応用が積極的に進められてきたが,近年,がん研究への応用も試みられている.本稿では,iPS 細胞作製技術を利用したがん研究の近年の動向を紹介するとともに,著者らが展開するiPS 細胞作製技術を応用した新規がん治療法開発の取り組みと今後の展望について概説したい. -
【本態解明】 オルガノイドを用いた,微小環境によるがん増殖機構の理解
271巻9号(2019);View Description Hide Descriptionがん微小環境に含まれる線維芽細胞や炎症細胞,血管内皮細胞など多種多様な細胞とがん細胞は複雑に相互作用しあい悪性化と増殖を維持している.しかし,体外でその微小環境を再現する統合的なモデルはまだ実現していない.著者らは,臨床がんの生物学的特性と表現型を反映したがんオルガノイド培養法を駆使して,微小環境がもたらすがん細胞を制御するシグナルを検証した.大腸がん,膵がん,胃がんの増殖・分化を制御する,上皮成長因子(EGF),骨形成タンパク質(BMP)・トランスフォーミング増殖因子(TGF)-βからの非依存性の獲得はシグナル経路上の遺伝子変異の影響が考えられたが,Wnt/R-spondin非依存性の獲得についてはそれぞれ異なった機構が働いていることが示された.がんオルガノイド培養法の特性と,がん細胞に微小環境がもたらす相互作用に関する新たな知見について概説する. -
【シーズ探索】 テロメア制御因子を標的とした革新的がん治療薬の開発
271巻9号(2019);View Description Hide Description細胞増殖に伴うテロメアの消失は細胞老化や細胞死を引き起こす.がん細胞はテロメア再生酵素テロメラーゼを活性化することで無限増殖性を示す.著者らは,テロメラーゼとその機能促進因子であるタンキラーゼとよばれるポリ(ADP-リボシル)化酵素の阻害薬を開発し,それらの制がん効果を実証してきた.タンキラーゼはWnt/β-カテニン経路の正の調節因子でもあり,大腸がんの治療標的として注目されている.タンキラーゼ阻害薬RK-287107 はAPC 変異陽性大腸がん細胞のWnt/β-カテニン経路を遮断し,in vivo で抗腫瘍効果を発揮する.一方,テロメア核酸はグアニン4 重鎖(G4)という高次構造を形成する.G4 は転写が盛んながん関連遺伝子領域にも豊富に存在するといわれている.G4 安定化化合物は膠芽腫や膵がんなどのゼノグラフト腫瘍の増殖を抑制する.本稿では,テロメアを起点としたこれらの創薬研究とその将来展望を概説する. -
【シーズ探索】 腫瘍血管の再構築と促進による新しいがん治療法の開発
271巻9号(2019);View Description Hide Description腫瘍内の多くの血管は無機能であり,本来の血管の役割である酸素など血液成分の組織への運搬が抑制されている.この原因として明らかになっているのが,腫瘍内の血管の未成熟な構造からくる血管走行性の異常と,血管内皮細胞の細胞間接着が弱いことからくる血管透過性の亢進である.血管構造の異常で血流が停滞し,低酸素となるばかりでなく,血管透過性の亢進が腫瘍の組織間質圧の亢進を招き,酸素の血管から組織への拡散が生じないことでも低酸素になる.低酸素は,がん細胞の染色体不安定化から遺伝子変異を促進させ,がん細胞の悪性化をもたらし,がん組織に侵入する抗腫瘍免疫細胞の活性を奪う.また,腫瘍血管の異常はがんの転移,薬剤送達性の抑制,放射線抵抗性をもたらす.近年,血管の正常化概念に基づく新しい血管制御法の開発が進められてきているが,とくに,正常血管形成の促進によるがん治療が芽生えつつある. -
【シーズ探索】 肺がん,大腸がん臨床検体からのPDX モデルなどの作製と,それらを用いた薬剤抵抗性機構の解明および新規治療法の開発
271巻9号(2019);View Description Hide Description肺がんはわが国においてがんによる死亡原因の第1 位であり,より効果的な治療法の開発が喫緊の課題とされてきた.2000 年代初頭に臨床応用された上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害薬が,EGFR 活性化変異に有効であることが2004 年に明らかになったこと,さらに2007 年のALK 融合遺伝子の発見を皮切りに,チロシンキナーゼ阻害薬を中心としたがん分子標的薬開発は隆盛を迎えた.その一方で,どれほど顕著な腫瘍縮小が認められてもほぼ全例で獲得耐性腫瘍による再発が起こることが大きな問題とされ,耐性機構の研究が盛んに進められた.さらに,耐性機構の主要な原因である二次変異(EGFR-T790M 変異など)に対する耐性克服薬の登場により,耐性時にも生検などで腫瘍の遺伝子異常を調べることが実臨床で行われるようになった.それとともに耐性獲得腫瘍を培養する取り組みも広がり,著者らをはじめとして,現在では世界各地のさまざまな施設で実施されるようになってきつつある.本稿では,新鮮検体からの細胞株樹立法を,肺がんや大腸がんを例に,検体の種類ごとの手法を詳解する.そして樹立した細胞株を用いたアプリケーションとして,薬剤抵抗性機構の解析例や,それらを用いた治療法開発について紹介する. -
【シーズ探索】 肥満誘導性肝がんの微小環境における脂質代謝物を標的とした治療戦略
271巻9号(2019);View Description Hide Description近年,肥満は糖尿病や心筋梗塞だけでなく,さまざまながんを促進することが指摘されている.しかし,その分子メカニズムの詳細は十分には明らかになっていなかった.著者らは先行研究において,全身性の発がんモデルマウスを用いて,高脂肪食摂取による肥満により肝がんの発症が著しく増加することを見出した.高脂肪食摂取で増加するグラム陽性腸内細菌は,デオキシコール酸(DCA)を産生し,腸肝循環などを介して,肝にデオキシコール酸を供給する.それだけでなく,長期にわたる高脂肪食摂取により,腸管のバリア機能が低下し,グラム陽性腸内細菌の細胞壁成分のリポタイコ酸(LTA)も肝に多く運ばれることが明らかになった.肝の間質に存在する肝星細胞においてはDCA により細胞老化が生じ,さらにLTA によるTLR2 経路の活性化がSASP 因子の産生やシクロオキシゲナーゼ2(COX-2)の発現上昇,そしてTLR2 経路のさらなる活性化を誘導することがわかった.COX-2 経路により過剰産生されるプロスタグランジンE2(PGE2)は,免疫細胞上のEP4 レセプターを介してがん微小環境における抗腫瘍免疫を抑制し,それが肝がんの進展につながる.逆に,EP4 アンタゴニスト投与は抗腫瘍免疫を再活性化することが示された. - 応用研究~非臨床研究
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【バイオマーカー/診断】 新しい悪性中皮腫マーカー・シアル化HEG1 による精密・早期診断の開発と臨床への展開
271巻9号(2019);View Description Hide Description悪性中皮腫はアスベスト曝露により発生する治療抵抗性の難治がんで,アスベストによる健康被害のひとつとして大きな社会問題となっている疾患である.早期発見が困難であり,しばしば病理学的鑑別にも難渋する.治療成績も悪く,より効果的な治療法の開発が必要とされているのが現状である.著者らは,中皮腫の早期発見と精密診断を可能にする中皮腫に特異的な腫瘍マーカーの探索を行い,既存のマーカーよりはるかに優れた感度と特異性を示す抗中皮腫抗体SKM9-2 の開発に成功し,その抗原として新規中皮腫マーカー・シアル化HEG1 を同定した.SKM9-2 はHEG1 のシアル化糖鎖修飾を含む特定の領域を認識しており,中皮腫で特異的に起こるO 型糖鎖修飾がエピトープ構造の形成に重要と考えられた.現在,SKM9-2 を用いた中皮腫の体液診断法や体内診断用放射性医薬,抗体関連治療薬の開発を行っており,中皮腫に対する新しいがん抗体治療の実用化をめざし研究を進めている. -
【バイオマーカー/診断】 がん特異的なエクソソームによるリキッドバイオプシーの実用化をめざして
271巻9号(2019);View Description Hide Description超高齢化社会に突入したわが国ではさまざまな疾患に罹患する可能性が高く,とくに,がんはそのひとつにあげられ,死亡原因の1 位となっている.そのため早期にがんを発見し,治療を開始することがひとつの対応策である.近年,血液などの体液を用いて,がん診断を行うリキッドバイオプシー(liquidbiopsy)が注目されている.従来,リキッドバイオプシーは遊離した腫瘍由来のDNA などから遺伝子変異などを見つけ,治療方針の決定などに用いられているが,早期診断にも体液を用いた診断法を導入するべく,研究が盛んに行われている.早期診断のためのリキッドバイオプシーにおいて,近年注目されているのがエクソソームという細胞が分泌する小胞である.本稿では,エクソソームを用いた“エクソソームリキッドバイオプシー”の実現に向けたエクソソームの検出法や現状について紹介する. -
【バイオマーカー/診断】 MAPK シグナルに異常を認める腫瘍に対する分子標的治療開発
271巻9号(2019);View Description Hide DescriptionKRAS・BRAF 遺伝子異常は,がんで高頻度に認められる異常である.変異KRAS・BRAF 蛋白はMAPKシグナルを恒常的に活性化し,正常細胞を形質転換(がん化)する.分子標的治療薬によるMAPK シグナルの抑制は,RAS/RAF 変異腫瘍に対する有望な治療法であるが,MAPK シグナルには活性を一定に保つよう複雑なフィードバック機構が存在し,阻害薬の効果を減弱させる原因となっている.フィードバック機構に関わる分子は腫瘍の発生母地や生物学的背景により異なるため,その解明が有効な治療法開発に必須である.現在,KRAS 変異腫瘍ではフィードバック機構克服のため,MEK 阻害薬をベースにした併用療法が提唱されているが,副作用が問題である.最近,KRAS G12C 変異に対しては特異的阻害薬が登場し,併用療法における副作用軽減が期待される.一方,BRAF 変異腫瘍は変異部位・活性により3 つのクラスに分類され,個々の変異・発生母地に応じた個別化治療戦略が示されつつある. -
【バイオマーカー/診断】 切除組織培養分泌エクソソームの網羅的解析によるがん早期診断薬開発
271巻9号(2019);View Description Hide Description腎がんはわが国において,罹患数も死亡数も年々著しい増加傾向を示している.早期に発見されれば比較的予後のよいがん種とされる一方,腎がん特異的腫瘍マーカーはいまだ存在せず,他目的の画像検査で偶然発見されるケースがほとんどである現状などからも,血液や尿で早期診断が可能な新規バイオマーカーの開発が求められている.本稿では,体液中を循環する微小分泌小胞エクソソーム,とくに新鮮手術切除組織から培養抽出したサンプルを利用した最新のがん診断バイオマーカー開発の実例を紹介する.本研究により見出されたエクソソーム上アズロシディン(AZU1)蛋白質(Exo-AZU1)をはじめとして,エクソソーム構成分子を用いたがんリキッドバイオプシー診断法の開発状況と今後の展望についても概説する. -
【バイオマーカー/診断】 マウスモデルと臨床材料を用いた消化器がん転移の研究
271巻9号(2019);View Description Hide Description著者らは,これまで大腸がん“幹細胞スフェロイド”を体外培養して,90%の手術摘出例で培養に成功し,すでに200 症例の培養細胞の凍結蓄積がある.また,これらの細胞を用いて化学療法薬の効果を調べる方法を改良した.実際に7 症例で使われた9 種類の化学療法薬を,培養幹細胞を免疫不全マウスに移植するPDSX 法で後向きに検証した結果,患者の臨床治療成績と一致した.このPDSX 感受性試験にかかる期間は平均2 カ月で,腫瘍片を直接移植するPDX 法の平均5 カ月よりも大幅に短縮され,コストも削減した.また,これらのスフェロイドから抽出したDNA はがん上皮のみに由来しており,間質細胞をまったく含まない.このことを利用して,大腸がんの10%程度にみられるマイクロサテライト不安定性(MSI)症例の診断に応用することで,組織切片の免疫染色による標準法より迅速かつ正確な診断法も開発した. -
【バイオマーカー/診断】 骨髄異形成症候群(MDS)のオミックス解析による治療反応性および病型進展の新たなバイオマーカーの同定とその実用化に関する研究
271巻9号(2019);View Description Hide Description骨髄異形成症候群(MDS)および関連骨髄系腫瘍は,形態の異常を伴う血球減少を特徴とし,しばしば急性骨髄性白血病(AML)に移行する高齢者に好発する難治性造血器腫瘍である.その病態については長く不明であったが,次世代シーケンスを含むゲノム解析技術の革新によって,その発症に関わる主要な遺伝子異常がほぼ完全に同定されるとともに,これらの変異の予後に及ぼす効果も多数の研究によって明らかにされるなど,近年大きな進展が認められた.著者らは,こうした近年のMDS の病態解明の成果を治療成績の向上に結びつけることを目的として,①MDS を特徴づける主要な遺伝子変異を標的とする臨床効果の高い薬剤の発見・開発,②変異が特定の治療に及ぼす効果や,適切な治療介入の時期・方法の指標となるバイオマーカーの確立,③臨床シーケンスにおける遺伝子変異の解釈の再検討に取り組み,MDS の実臨床に資するバイオマーカーの同定とその臨床的意義の検証を行った. -
【バイオマーカー/診断】 プレシジョンメディシンの実現に向けた意義不明変異の解釈
271巻9号(2019);View Description Hide Descriptionがんゲノム医療では従来検査とは異なり,広範囲のゲノム情報を探索するために意義づけ不明の変異(VUS)が多く発見される.各遺伝子バリアントの遺伝子型(genotype)が,がん細胞にどのような表現型(phenotype)を付与するかを評価することは,がんの診断や治療効果予測に重要である.著者らは,遺伝子バリアントをハイスループットに機能解析することを可能にする,新しいがん遺伝子機能解析法(MANO 法)を開発した.この手法を用いてEGFR やERBB2 遺伝子のVUS の機能評価を行うと,新規のがん化メカニズムや薬剤耐性メカニズムが多数明らかになった.大規模なVUS の機能データベースを構築することは個々の患者への最適な治療法の提供につながると同時に,がんの生物学の理解を深めることであらたな治療法の開発につながる. -
【創薬/評価系】 血小板活性化因子(PAF)シグナル遮断による神経障害性がん疼痛の克服―PAF-Pain Loop 遮断を標的とした新規カテゴリー鎮痛薬開発へ
271巻9号(2019);View Description Hide Descriptionがん治療成績の向上によりがんサバイバーは増加の一途をたどっているが,多くの場合はがん疼痛によるQOL 低下に対処が必要である.とくに,薬剤抵抗性の痛みを生じてしまう神経障害性疼痛に対しては,非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やオピオイドなどの既存の鎮痛薬が著効せず,新たな鎮痛薬の開発が望まれている.近年,関連分子としてATP やリン脂質メディエーターである血小板活性化因子(PAF)が報告されている.著者らは,PAF の生合成酵素LPCAT2 の欠損による本疼痛緩和を報告した.さらに,PAF シグナルによって新たなPAF が産生されるフィードバックループの存在を示唆し,PAFPainLoop を提案した.本稿ではがん疼痛を概説した後,神経障害性疼痛病態時におけるPAF-Pain Loopの重要性について議論する.このLoop 遮断を標的にした新規カテゴリー鎮痛薬開発に期待したい. -
【創薬/評価系】 DDS を基盤とした革新的がん治療法の開発
271巻9号(2019);View Description Hide Descriptionわが国が推進するがん研究10 か年戦略において,DDS の研究開発は着実に進歩し,その重要性はさらに高まりつつある.抗体-薬物複合体(ADC),リポソームや高分子ミセルの臨床試験が進められ,日本発のドラッグデリバリーシステム(DDS)医薬品の実用化が期待されている.また近年,核酸医薬,遺伝子治療などの新規モダリティの医薬品の研究開発が加速しており,その実現にはDDS を含む工学技術は不可欠である.さらに,DDS と医療機器との融合により新しいがん診断・治療法の実現が期待されている.本稿ではDDS 研究の進展と今後の展望・課題について,著者らの研究成果も交えながら概説する. -
【創薬/評価系】 小児がんにおける分子プロファイリングの新展開―小児T 細胞性急性リンパ性白血病における新規融合遺伝子の発見
271巻9号(2019);View Description Hide Description小児T 細胞性急性リンパ性白血病(T-ALL)の治療成績は向上しているものの,非寛解や再発などの難治例はきわめて予後不良である.著者らは,次世代シーケンサーを用いたRNA シーケンス解析により,新規のSPI1 融合遺伝子を同定した.SPI1 融合遺伝子陽性例は特有の発現プロファイルを有し,きわめて予後不良の臨床像を示した.SPI1 融合遺伝子陽性幼若T 細胞では,分化停止と細胞増殖促進効果が認められた.また,DNA メチル化プロファイルによりT-ALL は4 群に分類されることが明らかとなり,この群分けは臨床像,白血病細胞の分化度とよく一致することが判明した.興味深いことに,SPI1 融合遺伝子陽性例とSPI の高発現を示す2 例は同じクラスターに分類され,ほかのT-ALL とは異なるメチル化プロファイルを有することが見出された.以上の結果により,SPI1 融合遺伝子はT-ALL のあらたなサブタイプを特徴づけることが見出され,T-ALL の新規予後予測因子となりうることが示された.また,この群に対する治療の強化はT-ALL の治療成績向上に貢献するものと期待される. -
【創薬/評価系】 がん細胞・がん間質細胞特異的な酸素センシング機構を標的としたがん微小環境標的薬剤の開発
271巻9号(2019);View Description Hide Description低酸素適応に重要な役割を果たす転写因子である低酸素誘導性因子(HIF)はがん治療標的として有望ではあるが,生体恒常性維持にも重要な役割を果たすため,HIF 阻害薬は重篤な副作用が懸念される.このリスクを回避する方法のひとつとして,がん組織に特異性をもつHIF 制御分子を標的とすることが考えられる.Mint3 はがん細胞,活性化したマクロファージや腫瘍関連線維芽細胞(CAF)などのがん間質細胞で特異的にHIF を活性化する.がん細胞でのMint3 阻害は,由来臓器やドライバー変異の違いにかかわらずWarburg 効果の抑制と造腫瘍能の低下を引き起こす.また,間質細胞でのMint3 阻害は,マクロファージによるがん転移促進機能の抑制,CAF による腫瘍増殖促進能の抑制に働く.一方で,Mint3 欠損マウスには重篤な異常がみられないことから,Mint3 阻害薬はがん細胞とがん間質細胞の両者に作用しながらも,重篤な副作用を引き起こさない,新たながん組織制御薬剤となる可能性がある. -
【創薬/評価系】 日本発放射性薬剤64Cu-ATSM による再発悪性脳腫瘍に対する革新的治療法の開発―非臨床試験~第Ⅰ相臨床試験
271巻9号(2019);View Description Hide Description悪性脳腫瘍は現在,再発した場合の有効な治療法が乏しく,新規治療法の開発が望まれる.既存治療法が奏効しない原因として,腫瘍内部が低酸素化し治療抵抗性になることが知られる.これに対し著者らは,低酸素化した腫瘍に高集積し治療効果を発揮する放射性薬剤64Cu-ATSM を開発している.これまでに,64Cu-ATSM が悪性脳腫瘍に対し高い治療効果を有することを非臨床試験で示してきた.また非臨床毒性試験を実施し,本薬の治療薬としての安全性を確かめてきた.さらに,PET(陽電子放出断層撮影)臨床研究においては,Cu-ATSM が患者の悪性脳腫瘍に高集積することが示されている.こうした背景から著者らは,64Cu-ATSM を治療目的で,世界ではじめてヒトへ投与するfirst-in-human 試験として,悪性脳腫瘍患者を対象とした第Ⅰ相臨床試験を開始した.本稿では,本試験の開発プロセスと概要につき説明したい. -
【免疫療法】 薬剤抵抗性を標的とした革新的複合治療戦略の開発
271巻9号(2019);View Description Hide Description免疫編集によって抑制されている宿主の免疫監視機構を再惹起することを目的としたがん免疫療法のパラダイムシフトは,多くの福音をもたらしたが,奏効率はけっして満足がいくものではない.がん免疫療法の薬剤耐性には,治療初期から効果が望めない初期耐性と,治療過程で出現する獲得耐性が存在する.宿主の免疫システムは,がん抗原に対して十分な免疫応答を惹起できる場合と,十分に免疫応答を惹起できない場合があり,後者がおもに初期耐性の原因である.一方で,前者はがん治療前もがん治療中も,がんを駆逐しようとする至適な免疫監視機構が働いている.至適な免疫応答が惹起できない原因として,制御性T 細胞(Treg)や骨髄由来性抑制細胞などの免疫抑制細胞の関与が考えられ,これらを標的としたがん治療の開発とこれまでのがん治療を併用した複合がん免疫療法の開発が急務である. -
【免疫療法】 多発性骨髄腫に対する新規CAR-T 細胞療法の開発
271巻9号(2019);View Description Hide Description多発性骨髄腫は最も頻度の高い血液がんのひとつであり,プロテアソーム阻害薬やレナリドミドなどの免疫調整薬の導入により,その予後は著明に改善している.しかし治癒はほとんど不可能で,新しい治療薬剤の開発が必要である.そこで,免疫を介した治療であるモノクローナル抗体療法,およびそれを応用した細胞遺伝子治療であるキメラ抗原受容体(CAR)T 細胞療法は,多発性骨髄腫患者の予後を改善するために有用であると考えられ,その開発はつねに世界的競争となっている.著者らは2011 年より,次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム1〔)文部科学省,2015 年度より日本医療研究開発機構(AMED)〕において,CD48 を標的にした抗体療法の開発を行った.その後,さらに骨髄腫特異的な標的抗原のスクリーニングを行い,活性型インテグリンβ7 が骨髄腫特異的な標的抗原となりうることを証明した.さらに,それを標的としたCAR-T 細胞の開発に成功した.そして2016 年度より,革新的がん医療実用化研究事業(AMED)2)において,CAR-T 細胞の実用化に向け準備を行い,現在は治験の準備がなされている. -
【免疫療法】 iPS 細胞からのCAR 発現キラーT 細胞,NK 細胞を用いた免疫再生治療の開発
271巻9号(2019);View Description Hide Description人工多能性幹(iPS)細胞技術を用いることによって免疫細胞の量的・質的再生が可能となり,免疫再生治療(regenerative immunotherapy)への期待が高まっている.著者らは日本医療研究開発機構(AMED)がん研究課の支援を受けて,キメラ抗原受容体(CAR)を発現したiPS 細胞由来免疫細胞臨床応用をめざした研究を行っている.本稿では,iPS 細胞からのT 細胞再生とナチュラルキラー(NK)細胞に代表される自然リンパ球(ILC)再生の基本を概説し,次世代がん研究事業における自家移植あるいは同種移植をめざした抗原特異的T 細胞再生の成果,ならびに革新的がん研究事業における医師主導治験に向けた再生ILC/NK 細胞の製造工程の最適化,および非臨床試験への取り組みについて紹介したい. -
【免疫療法】 固形がんに対するIL-7/CCL19 産生型CAR-T 細胞療法の研究開発
271巻9号(2019);View Description Hide Descriptionキメラ抗原受容体(CAR)-T 細胞療法は,血液悪性腫瘍に対して著明な治療効果を発揮することで注目を集めている.一方で,現状では固形がんに対しては効果が乏しいとされおり,CAR-T 細胞療法における最大の課題のひとつとなっている.この課題を克服するため,著者らはIL-7 とCCL19 を同時に産生する能力を有するCAR-T 細胞(7×19 CAR-T 細胞)を開発した.複数の固形がんマウスモデルにおいて,7×19 CAR-T 細胞は腫瘍内部にT 細胞や樹状細胞の浸潤を誘導し,レシピエントのT 細胞と協調して強力な抗がん効果を発揮することが確認された.また,7×19 CAR-T 細胞の投与によってがんに対する長期的免疫記憶が形成され,がんの再発予防効果の可能性が示された.これらのことから,今回開発された次世代CAR-T 細胞技術は,固形がんに対する画期的な治療法になることが期待される. - 臨床研究
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【新規治療薬の開発/医師主導治験】 革新的抗がんウイルス療法の実用化臨床研究
271巻9号(2019);View Description Hide Descriptionがん治療用ウイルスは,遺伝子工学技術を用いてウイルスゲノムを人為的に改変することで,正常組織を傷害することなくがん細胞でのみ増えるように設計された遺伝子組換えウイルスである.がん治療用ウイルスを用いたウイルス療法は,免疫チェックポイント阻害薬に続き,がん治療にブレイクスルーをもたらしうる.第三世代遺伝子組換え単純ヘルペスウイルスⅠ型(HSV-1)であるG47Δは,膨大な労力と時間をかけ,国産初の遺伝子組換えウイルス療法製品として実用化される見込みとなった.G47Δの臨床開発は世界に先がけて日本で展開され,非臨床試験から治験薬製造,規制対応,治験実施までの過程に製薬企業が関わることなくアカデミアだけで行われたことから,真のアカデミア発のトランスレーショナルリサーチのモデルケースといえる.世界におけるウイルス療法の開発競争がますます激しさを増すなか,今後のわが国の競争力を保つためには,アカデミア発の創薬がスムーズに進むような制度改革,国の支援,産学連携のさらなる促進が必要である. -
【新規治療薬の開発/医師主導治験】 成人T 細胞白血病/リンパ腫に対する新規治療アプローチ―Tax 標的樹状細胞ワクチン療法(第I 相試験)
271巻9号(2019);View Description Hide Description成人T 細胞白血病/リンパ腫(ATL)は,ヒトT 細胞白血病ウイルスⅠ型(HTLV-Ⅰ)感染者の約5%に長い潜伏期を経て発症する末梢性T 細胞腫瘍である.ATL の病態として免疫不全および抗がん剤抵抗性が特徴的であり,多剤併用化学療法による生存期間は1 年前後ときわめて予後不良である.近年,分子標的薬や造血幹細胞移植療法の発展によって治療成績は向上したものの治癒に至る症例はいまだに限られており,患者の高齢化が加速する現状から重篤な副作用も無視できない.著者らは安全な治療の開発をめざし,病因ウイルス抗原を標的とした樹状細胞ワクチンを開発した.これまでに第Ⅰ相臨床試験で安全性を確認してきたが,有効性に関してもわずか1 カ月という短期間の治療で3 年生存率77.8%(n=9)と画期的な長期臨床効果が得られている.本治療法は,ATL の治療のみならず発症予防ワクチンとして発展する可能性を含んでいる. -
【新規治療薬の開発/医師主導治験】 RET 融合遺伝子陽性の進行非小細胞肺がんに対する新規治療法の確立に関する研究
271巻9号(2019);View Description Hide Description進行非小細胞肺がん(NSCLC)において,ドライバー変異を標的とした分子標的薬による個別化治療は,従来の化学療法と比較して優れた治療効果を示すことが明らかとなっている.RET 融合遺伝子は,2012 年に発見されたNSCLC の新規ドライバー変異であり,著者らは国内でRET 融合遺伝子陽性NSCLC(RET 陽性肺がん)に対して分子標的薬による新規治療法を確立することを目的に本研究を行った.希少頻度のRET 陽性肺がんの同定のため,全国規模の遺伝子診断ネットワーク(LC-SCRUMJapan)にて遺伝子スクリーニングを行い,同時にRET 阻害活性を有する分子標的薬バンデタニブを用いた医師主導治験を実施した.この研究成果で,RET 陽性肺がんに対してRET 阻害薬が有効な治療となりうることを確認できた.また,LC-SCRUM-Japan の臨床ゲノムデータをデータベース化しており,今後,新たな治療標的の探索や新規治療薬・診断薬の開発へ貢献することが期待される. -
【新規治療薬の開発/医師主導治験】 再発または難治性のALK 陽性未分化大細胞リンパ腫に対するアレクチニブ塩酸塩の開発
271巻9号(2019);View Description Hide DescriptionALK 陽性未分化大細胞リンパ腫(ALCL)は,若年者から成人にかけて発症する希少がんである.化学療法に対して高い感受性を示すが,再発・難治性症例は予後が不良である.ALK 阻害薬はALK 陽性ALCLに対して高い有効性が期待されているが,海外を含め承認されていない.第二世代のアレクチニブは第一世代と比べ有効性と安全性が優れていることが肺がんで示されている.著者らは再発・難治性ALK 陽性ALCL の小児と成人を同時に対象とした医師主導治験を行った.治験が終了し,治験薬製造販売元から薬事申請が行われた.承認されればアレクチニブはALK 陽性ALCL に対する世界発のALK 阻害薬となる. -
【ゲノム医療の開発】 思春期・若年成人(AYA)世代急性リンパ性白血病への小児型治療の導入および遺伝子パネル診断による層別化治療の研究
271巻9号(2019);View Description Hide Description急性リンパ性白血病(ALL)は小児と高齢者に発症のピークを持つ疾患で,小児科,内科それぞれの臨床研究グループにより治療法が開発されてきた.しかし,2000 年に思春期・若年成人(AYA)世代(「サイドメモ1」参照)ALL は小児ALL に対して行われる化学療法(小児型治療)で治療をしたほうが治療成績良好である可能性が後方視的研究で示された.以来,これを前方視的研究で検証したり,小児型治療の適用をより高齢の成人にまで拡大してALL 全体の治療成績を上げる研究が行われるようになった.早川班では「AYA 世代における急性リンパ性白血病の生物学的特性と小児型治療法に関する研究」(2014 年度~2016 年度),「AYA 世代急性リンパ性白血病の小児型治療法および遺伝子パネル診断による層別化治療に関する研究」(2017 年度~2019 年度)の2 つの革新的がん医療実用化研究事業により,小児型治療導入による成人ALL の治療成績の改善をめざしてきた.同時に,成人ALL 検体の遺伝子解析による日本人成人ALL 遺伝子異常の全体像の解明と,ALL の融合遺伝子病型診断を可能にする遺伝子パネル(「サイドメモ2」参照)の開発を行ってきた.本稿ではこれらの研究の成果を報告する. -
【ゲノム医療の開発】 産学連携全国がんゲノムスクリーニング事業SCRUM-Japan で組織した遺伝子スクリーニング基盤を利用した,多施設多職種専門家から構成されたExpert Panel による全国共通遺伝子解析・診断システムの構築および研修プログラムの開発
271巻9号(2019);View Description Hide Description世界最大規模のがん新薬開発ゲノムスクリーニングネットワークであるSCRUM-Japan を利用した研究開発により,最先端のがんゲノム解析・診断システムが構築され,そのシステムがわが国のがんゲノム医療普及に直結されることで,がん個別化医療の実現と国民のがん新薬アクセスの最適・最大化が図られた.また,本診断モデルは他がん種へ応用可能なこと,最新の知見に対応してバイオマーカーや選択肢となる治療法などのアップデートが可能であり,ゲノムのみならず今後予想されるマルチオミックス解析などへの応用も期待され,汎用性の高いツールとなる.さらに,次世代型開発・普及プラットフォームであるHub-and-Spoke 基盤が整備されることで先端的な開発研究結果の全国への普及展開の迅速化が可能となることが期待される.本研究班で構築された診断モデルや教育ツール,各種SOP などをほかの研究班や学会などに積極的に提供することが可能である. -
【ゲノム医療の開発】 臨床ゲノムデータベースを用いたがん精密医療
271巻9号(2019);View Description Hide Descriptionがんゲノム解析によって主要ながんドライバー遺伝子変異は同定された.一方で,同一臓器から発生する腫瘍にもサブクラスが存在し,また民族間の遺伝的背景や生活習慣によって変異のプロファイルも異なることも明らかとなった.日本人のがんの理解には全ゲノム解析も含めたさらなる症例の蓄積が必要であり,治療抵抗性の解明にはさらに複数検体あるいは経時的検体解析が有用となる.肺腺がんにおけるEGFR 変異症例にゲフィチニブが有効であったことから,個別化医療のコンセプトが生まれた.著者らも新たに開発した遺伝子検査パネルTOP を用いて臨床現場への還元,すなわちクリニカルシーケンスを実施してきた.ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)検体から抽出したDNA およびRNA を用いることによって,47%程度のactionability が得られている.現在,整備が進みつつあるわが国のゲノム医療体制の特徴として,日本人のがんゲノム情報・臨床情報を集積,保管する仕組みとして,がんゲノム情報管理センター(C-CAT)が設置された.電子カルテからの診療情報と連携されることによって,わが国のがん医療のリアルワールドデータ(RWD)として今後の医療イノベーションの基盤となることが期待される. -
【ゲノム医療の開発】 TOP-GEAR プロジェクトとNCC オンコパネル検査の保険収載
271巻9号(2019);View Description Hide Description2019 年6 月1 日より,次世代シークエンサーを用いて数十~数百のがん関連遺伝子の変化を一度に調べる“遺伝子パネル検査(遺伝子プロファイリング検査)”が2 件保険収載され,国民皆保険のもと進行・再発がんをおもな対象として検査が可能となった.NCC オンコパネルはそのうちのひとつであり,TOPGEARプロジェクトという国立がん研究センターの施設内前向き臨床試験,全国50 病院からなる先進医療B を経て,シスメックス社と共同開発された検査である.2 つの遺伝子パネル検査はそれぞれ特色を持ち,相補しながらがんゲノム医療の基盤として活用されることを期待している. -
【ゲノム医療の開発】 NGS 技術を駆使した遺伝学的解析による家族性乳がんの原因遺伝子同定と標準化医療構築
271巻9号(2019);View Description Hide Description家族性乳がんの約30%が遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)であると考えられているが,約70%の家族性乳がんの患者に関してはいまだ原因遺伝子および標準化医療が確立されていない状況である.本研究開発では,日本人における家族性乳がんの新たな原因遺伝子の同定を第1 の目標とし,いまだ乳がん発症リスクの確定しない,BRCA1/2 遺伝子以外の既報の原因遺伝子に関して,日本人における変異アレル頻度と各変異アレルの発症リスク評価を行うことを第2 の目標としている.BRCA1/2 変異陰性患者検体,家系員検体の次世代シーケンシング(NGS)解析を進めてきており,第1 の目標である“原因遺伝子が不明な患者の原因遺伝子同定”については,遺伝学・情報科学的解析および生物学的解析による原因遺伝子同定を試みている.さらに,第2 の目標である“既知原因遺伝子に変異を有する患者の発症リスクの検証”についてはHBOC 既知原因遺伝子の変異を確認し,標準化医療構築に向けた日本人のエビデンスを蓄積した.本研究の成果を多くのHBOC およびその疑いのある患者や家族に還元するため,わが国において遺伝診療に対する社会体制整備を進めることが求められる. -
【医療技術の開発】 超音波検査併用による乳がん検診の有効性を検証する無作為ランダム化比較試験
271巻9号(2019);View Description Hide Descriptionマンモグラフィは乳がんによる死亡率低減効果が証明されている唯一の乳がん検診方法であるが,若年女性や高濃度乳房で検査精度は十分でない.本試験では,超音波検査をマンモグラフィと併用することの有効性を検証した.2007 年7 月~2011 年3 月に国内23 都道府県の42 研究参加施設で実施され,40~49 歳の無症状女性が1:1 の比率で,マンモグラフィに超音波検査を併用する群(介入群)とマンモグラフィのみの群(コントロール群)にランダムに割り付けられ,参加した.プライマリエンドポイントは検診の感度,特異度,がん発見率,および初回検診時の発見乳がんの病期分類とした.その結果,72,998名が登録され,36,859 名が介入群,36,139 名がコントロール群であった.介入群では感度がコントロール群に比較して有意に高かったが(91.1%vs. 77.0%,p=0.0004),特異度はコントロール群より有意に低かった(87.7%vs. 91.4%,p<0.0001).乳がん発見数は介入群で多く(184 名vs. 117 名,p=0.0003),乳がんの病期0 およびⅠの割合は,介入群で高かった(144 名vs. 79 名,p=0.0194).中間期がんは介入群18 名,コントロール群35 名に認められた(p=0.034). -
【医療技術の開発】 切除可能肝細胞がんに対する陽子線治療と外科的切除の非ランダム化同時対照試験
271巻9号(2019);View Description Hide DescriptionJCOG1315C(SPRING study,研究代表者:秋元哲夫)は切除可能な肝細胞がんを対象とし,通常の放射線(X 線)よりも線量集中性が優れている陽子線治療と標準治療である外科的切除の治療成績を比較し,全生存期間において陽子線治療が外科的切除に対して劣らないことを検証する試験である.日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)の放射線治療グループと肝胆膵グループの共同試験として,2017 年6 月から患者登録を開始した.JCOG1315C は先進医療B の制度下で実施しており,その結果により陽子線治療の有用性の診療ガイドラインへの収載,標準治療としての位置づけ,保険収載をめざしている. -
【医療技術の開発】 術前肺マッピング法の開発と発展―過不足のない低侵襲肺切除を実現するために
271巻9号(2019);View Description Hide Description一般に予後不良な肺がんも,早期肺がんでは手術治療によって根治が得られる可能性が高い.また適切な症例を選択すれば,切除範囲の小さい縮小手術(肺部分切除,区域切除)でも従来の標準手術である肺葉切除と同等の治癒率と,より高い術後QOL,呼吸機能が得られる.このような縮小肺切除手術において,的確な病変同定と根治性のある切除マージンの確保を,再現性をもって担保する方法の開発が求められていた.VAL-MAP 法はCT をもとにしたバーチャル画像を使い,術前に肺表面の複数箇所に色素マーキングを行うことで肺に地図を描き,上記の目標を達成することができる安全な方法である.全国での多施設共同研究,先進医療を経て,2018 年3 月から保険診療として実施可能となった.また電磁気誘導リアルタイムナビゲーション気管支鏡の使用により,全身麻酔導入後,一期的にマッピングから手術を実施できる,より低侵襲な方法も開発した.従来のVLA-MAP の欠点であった深部病変への対応を強化するため,気管支鏡下に色素マーキングと同時にマイクロコイルを気管支内に留置し,三次元マッピングと透視下の術中ナビゲーションを実現したVAL-MAP 2.0 は,現在国内多施設での臨床試験が先進医療として進行中である.VAL-MAP 技術のさらなる発展は,今後肺がんに対する外科手術成績の向上におおいに貢献すると期待される. -
【医療技術の開発】 早期胃がんに対するセンチネルリンパ節を指標としたリンパ節転移診断と個別化手術の開発
271巻9号(2019);View Description Hide Description腫瘍から直接リンパ流を受けるリンパ節をセンチネルリンパ節(SN)として,最初のリンパ節転移はSN に生じるとする考え方をSN 理論とよぶ.胃がんSN 生検に関する多施設共同試験によって,SN 同定率97.8%,転移検出感度94.0%,正診率99.1%と良好な結果が得られた.SN 生検の対象をcT1N0,腫瘍長径4 cm 以下と限定し,SN 転移陰性例に対してもSN のみならずSN 流域切除を行うことで,より安全な縮小リンパ節郭清が可能であることが示された.現在,先進医療B として早期胃がんを対象にSN 理論を応用した縮小手術の妥当性・有用性が検証中であり,SN 流域切除と非穿孔式内視鏡的胃壁内反切除などの胃局所切除を併用することで,より低侵襲な機能温存・縮小手術としてのSN ナビゲーション手術(SNNS)が行われている.今後,内視鏡治療後の早期胃がん病変に対するSN 生検の妥当性を検証するための臨床試験が検討されている. -
【医療技術の開発】 先天性巨大色素性母斑を母地とした悪性黒色腫に対する予防的低侵襲治療方法の開発
271巻9号(2019);View Description Hide Description先天性巨大色素性母斑は,生下時から存在する先天性の大きい色素性母斑(いわゆる,ほくろ)で,大人になったときに直径20 cm 以上のものを巨大と定義している.定義の理由は,巨大色素性母斑では母斑組織を母地とした悪性黒色腫の発生が数%程度あるため,早期の病変切除が推奨されているからである.先天性巨大色素性母斑の治療に,2016 年,自家培養表皮ジェイス® が適用拡大され,世界で唯一自家培養表皮が重症熱傷以外の治療に公的保険が適用された.しかし,培養表皮の生着には真皮再生が必須である.このため,患者の母斑組織そのものを高圧処理によって不活化,すなわち組織構造を保ったまま全細胞を死滅処理したうえで母斑切除部分に再移植し真皮再生を行う方法を考案し,基礎検討からfirst-inhuman臨床研究を行ってきた.本稿では,現在までの研究内容と保険収載をめざした今後の開発方針についての取り組みを解説する. -
【医療技術の開発】 頭頸部癌全国症例登録システムの構築と臓器温存治療のエビデンス創出
271巻9号(2019);View Description Hide Description日本頭頸部癌学会が運営する頭頸部癌全国悪性腫瘍登録事業を整備し,ビッグデータを活用してエビデンスを創出する体制を構築した.あらたに和歌山県立医科大学附属病院臨床研究センターにデータマネージメントを委託し,院内がん登録のデータを一括入力できる入力支援ツールを開発した.基本データだけでは解決できないクリニカルクエスチョンに対しては,悪性腫瘍登録と連結してweb-based casereport form(CRF)を作成し,非介入観察研究を展開できるシステムを作りあげ,第一弾として近年,急速に増加しているヒト乳頭腫ウイルス(HPV)関連中咽頭がんについて多施設共同研究を展開した.全国悪性腫瘍登録数は安定して毎年10,000 例を超え,わが国の頭頸部がんの半数以上の症例の精密な臨床情報を把握できるようになった.観察期間が5 年を超える2011 年度・2012 年度の登録症例を対象に予後調査も開始され,今後,ビッグデータを活用して個々の頭頸部がん患者に対する最適な治療法を示すガイドラインの根拠となるエビデンスの創出が期待される. - 評価・課題
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がん研究10 か年戦略の進捗評価
271巻9号(2019);View Description Hide Description“がん研究10 か年戦略”の後半期間が2019 年からはじまるにあたり,“今後のがん研究のあり方に関する有識者会議”が開催され,がん研究10 か年戦略の中間評価と,がん研究の今後のあるべき方向性や具体的研究事項が総合的に検討された.この有識者会議での検討の参考資料を作成するべく,平成29 年度厚生労働科学研究費補助金がん対策推進総合研究事業で,がん研究10 か年戦略の進捗評価に関する研究班(主任研究者:藤原康弘)が組織され,ジャパン・キャンサーリサーチ・プロジェクト(JCRP)の各研究事業,およびがん対策総合推進研究事業を対象に,2014 年~2016 年の3 年間の進捗を分野・領域ごとに評価した.研究班での調査分析と,プログラムディレクター(PD),プログラムスーパーバイザー(PS),プログラムオフィサー(PO)など有識者へのヒアリングにより,がん研究10 か年戦略に関わる研究事業は全体としておおむね期待通り進捗していることが明らかとなった.また,今後取り組むべき研究課題や各研究事業に関する運営面での提言も行った.本稿では,藤原班で行われたがん研究10 か年戦略の進捗評価の概略を紹介する. -
今後のがん研究のあり方
271巻9号(2019);View Description Hide Descriptionゲノム解析技術の革新的な進歩により,近年,がんの基礎研究および臨床開発研究は急速に進展してきた.遺伝子パネル検査や種々のバイオマーカーの開発とそれらを用いたがん患者の層別化は,個々人に対するより最適な医療提供の実現に向けて大きく動いている.精度の高い診療情報の付随した患者レポジトリーの充実は,効率的な治療薬開発を可能としてきた.さらに,内視鏡技術やロボット技術,光工学技術,リキッドバイオプシーなどの技術革新は低侵襲で患者に優しい医療提供を可能とし,治癒率やQOLの改善に寄与することが期待される.一方で,膵がんや胆道がん,スキルス胃がん,血液がん,再発がんなどの難治がんや小児・AYA 世代がん,肉腫・脳腫瘍などの希少がんに対しては治療薬開発も十分に進んでいるとはいえず,いまだ多くの課題を抱えている.効果的な予防法や早期発見に資する技術開発においても一層の革新が求められる.基礎研究における一細胞レベルのオミックス解析は,がんの幹細胞性やクローン進化プロセスの解明において一定の進捗を示したが,転移・再発や治療抵抗性獲得の克服にはいまだ至っていない.がん研究10 か年戦略の前半を終了した段階において,いまだ克服できていない課題を共有することにより,がん研究10 か年戦略の後半5 年間では,日本医療研究開発機構(AMED)の研究支援体制の一層の強化とともに,世界をリードするがん研究の飛躍的な展開を期待したい.
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