医学のあゆみ
Volume 273, Issue 1, 2020
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【4月第1土曜特集】 神経変性疾患の治療開発の現状─新たな戦略構築の基盤をめざして
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- 各分野の動向
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アルツハイマー病─アカデミアの開発戦略
273巻1号(2020);View Description Hide Descriptionアルツハイマー病(AD)の創薬研究は病理学,生化学研究に加えて,家族性AD の遺伝学,分子生物学研究を契機に飛躍的に進んだ.そしてアミロイドβタンパク(Aβ)およびタウが,その発症プロセスに大きく関わっていることが明らかとなり,これらを分子標的として低分子化合物,さらには抗体や核酸などを用いた創薬開発研究が強力に進められている.これらの研究の下地には,アカデミアからの多くの疾患基礎研究があることは疑いようがない.また最近では,ミクログリアを標的とした創薬,光や音など新たな創薬モダリティの開発がアカデミアから報告され,注目されている.本稿では,AD に対する治療・予防法の開発におけるアカデミアからの最近の知見を述べる. -
アルツハイマー病─製薬企業の治療薬開発戦略
273巻1号(2020);View Description Hide Descriptionアルツハイマー病(AD)は神経変性疾患のなかでも最も数が多く,認知症の治療・予防に対する高い社会的要請からも,薬剤開発のニーズがきわめて高い疾患である.20 世紀終盤のゲノム医学の進歩により,アミロイドβ(Aβ)などの病理学的構造物構成タンパク質の病因的意義が確立されるや否や,製薬企業により抗アミロイドβ薬の臨床開発が本格的に開始され,約20 年が経過した.ドネペジルをはじめ,これまでに上市されているAD 治療薬5 種類はすべて神経伝達の改善をはかる症候改善薬であるのに対し,メカニズムに作用するdisease-modifying therapy(疾患修飾薬;DMT)の開発が希求されているが,現在効能の承認された薬剤はまだなく,現在,2020 年に承認申請が行われる抗Aβ抗体医薬aducanumab の動向が注目されている.筆者はアカデミアの一学徒で製薬企業において医薬開発に関わった経験は皆無であり,その開発戦略を論ずるのに十分な資質や情報を持ち合わせていないが,本稿においては,21 世紀に入ってからのDMT 開発の経過を振り返りつつ,アカデミアの研究成果が今後どのように企業による治療薬開発戦略に影響を与えてゆくかについて論じてみたい. -
タウオパチー研究の国内外の動向
273巻1号(2020);View Description Hide Descriptionタウオパチーは,病理学的に神経原線維変化とよばれる線維化したタウの封入体を細胞内に認める疾患を総称するものであり,アルツハイマー病(AD),前頭側頭葉変性症(FTLD),進行性核上性麻痺(PSP),大脳皮質基底核変性症(CBD)などが含まれる.いずれも難治性かつ根本治療薬の存在しない神経変性疾患である.タウオパチーの病態にはタウの発現量の増加,選択的スプライシングバランスの変化,異常リン酸化,オリゴマー化,線維化,タウの伝播など,数多くのステップが関与することが知られており,これらのステップに応じたタウを標的とした治療薬開発が,国内外問わずこれまで精力的に行われてきている.残念ながらタウを標的とした疾患修飾薬はいまだに存在しないが,免疫療法,低分子療法,核酸医療など,数多くの臨床試験が実施中であり,本稿ではこうした治療法開発について国内外の動向を概説する. -
タウ伝播を標的とした治療法開発
273巻1号(2020);View Description Hide Descriptionアルツハイマー病(AD)を代表とするタウオパチーでは,各疾患に特徴的な細胞内タウ凝集体が脳の特定の領域に出現し,定型的な脳内進展パターンを呈することが知られている.このタウ病理の進展様式は神経線維の連絡に沿っているように見えることから,病的タウが細胞間を移動することで病理が経時的に広がるという“タウ伝播仮説”が唱えられるようになった.最近10 年ほどの基礎研究によってこの病態仮説の妥当性が検証され,分子メカニズムの解明が進んでいる.タウ伝播の細胞モデルや動物モデルが開発され,伝播の基盤となる機構や伝播に関与するタウの生化学的特徴などが明らかにされてきた.また,タウ伝播を標的とした治療法の有効性が細胞・動物レベルで確認され,このコンセプトをもとにした免疫療法の臨床試験も開始されている.本稿では,タウ伝播のメカニズムや治療法開発に関する最近の知見について概説する. -
パーキンソン病の分子病態とミトコンドリア品質管理の破綻─Parkin ノックアウトマウスの解析から
273巻1号(2020);View Description Hide Description不良なミトコンドリアの蓄積は細胞の機能不全を招き,癌・変性疾患などさまざまな病態発症の原因となる.実際,ミトコンドリアの機能異常の知見は,パーキンソン病(PD)でも古くから指摘されてきた.近年,家族性PD の原因遺伝子の発見と,その遺伝子産物の機能解析から,ミトコンドリア研究は大きな展開をみせている.その結果,PD の病態としてミトコンドリア品質管理の破綻とそれに起因する損傷ミトコンドリアの蓄積が神経細胞死の原因として有力となってきた.本稿では,これまでのミトコンドリア研究を振り返り,最新のParkin ノックアウトマウスの解析から得られた知見を概説する. -
α-シヌクレインを中心としたパーキンソン病新規治療薬
273巻1号(2020);View Description Hide Description孤発性パーキンソン病(PD)は,黒質緻密部のドパミン神経の脱落および凝集α-シヌクレイン(αS)を主成分とするレビー小体(LB)を特徴とする神経変性疾患である.αS はその質的・量的変化がPD 発症に重要であり,またその凝集体はプリオンタンパクのように中枢神経内を伝播する可能性があることがわかってきた.αS の病的変化の過程に介入することがPD の進行抑制,すなわち疾患修飾療法の開発につながる可能性があり,その戦略としてαS 産生抑制・分解促進,凝集抑制,伝播抑制が考えられる.本稿ではそれぞれの治療戦略について概説する. -
シヌクレイノパチー─多系統萎縮症
273巻1号(2020);View Description Hide Description多系統萎縮症(MSA)は,多系統の神経系に進行性の障害をきたす,孤発性神経変性疾患のひとつであり,比較的予後が悪い.その分子病態は十分にわかっておらず,病態そのものに介入する病態修飾的な治療方法が存在しない.標準的に用いられる診断基準は特異度が比較的高いものの,とくに病初期における感度が低いことが問題になっている.臨床的な評価スケールとしてUnified M SA R ating S cale(UMSARS)が広く用いられており,自然歴研究のデータから,治療効果を判定する臨床試験のために必要なサンプルサイズが推定されている.比較的希少である本疾患の患者の臨床試験へのリクルートは容易でなく,患者レジストリーの取り組みは重要である.本稿では,現在開発中の治療法として,間葉系幹細胞移植,ミエロペルオキシダーゼ(MPO)阻害薬,また,著者らが遺伝学的研究から見出し,開発を進めているコエンザイムQ10 について概説する. -
筋萎縮性側索硬化症─プロテイノパチーの観点から
273巻1号(2020);View Description Hide Description筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態解明は家族性ALS の原因遺伝子解析によるところが大きい.関連遺伝子から示唆されるメカニズムはさまざまで,ALS は運動ニューロン変性をきたす症候群ともいえるが,その多くは細胞質封入体形成を共通病理所見として有する.実際,関連遺伝子のうちオートファジー系やユビキチン・プロテアソーム系などのクリアランスに関与するものが多いが,凝集タンパク質として頻度が高いものはTDP-43,FUS などのRNA 結合タンパク質である.RNA 結合タンパク質の凝集体形成機序については近年,液-液相分離(LLPS)という現象が注目されている.LLPS はRNA と結合タンパク質のダイナミックな集散を介して細胞の環境維持に必要なさまざまな機能調節をしている現象であるが,ALS 関連遺伝子変異や遷延するストレスによりLLPS の障害が生じ,凝集体形成に至るメカニズムが想定されている.治療ターゲットとしても凝集体は重要であり,アンチセンスオリゴヌクレオチドや抗体治療などを用いた,凝集体抑制をめざした治療戦略が期待されている. -
筋萎縮性側索硬化症─ RNA メタボリズムの観点からみたバイオマーカーおよび治療の開発
273巻1号(2020);View Description Hide Description筋萎縮性側索硬化症(ALS)は致死性の神経変性疾患であり,根本的な治療法は存在しない.近年のALS研究の進歩により,多くのALS 関連遺伝子が発見され,それらはDNA からRNA への転写,スプライシングなどのRNA メタボリズムに関連した分子をコードするため,RNA レベルでの変化がALS の主要な病因であることが想定されている.そして,RNA メタボリズムの異常は家族性ALS のみならず孤発性ALS にも関連しており,RNA メタボリズムの異常に基づいた治療法の開発は,家族性,孤発性を通じてALS の根本的な治療法にもつながると期待されている.また,これらRNA レベルでの変化がALS の病因であることが証明されれば,この分子病態に基づくRNA レベルでの変化は,いまだ開発されていないALS の診断および治療モニタリングのバイオマーカーとなりうる.現在,家族性ALS に対するアンチセンスオリゴ核酸(ASO),small interfering RNA(siRNA),特異抗体を用いた治療や孤発性ALS に対するアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた遺伝子治療といった治療法が開発され,臨床試験が行われてきている.これらの治療法およびバイオマーカーの発展は,ALS を治療可能な疾患へと変えていくブレイクスルーとなるであろう. -
球脊髄性筋萎縮症の病態形成機構と標的治療開発
273巻1号(2020);View Description Hide Description球脊髄性筋萎縮症(SBMA)はポリグルタミン病とよばれる遺伝性神経変性疾患であり,アンドロゲン受容体(AR)遺伝子翻訳領域のCAG 三塩基繰り返し配列(リピート)の異常伸長という変異により発症し,下位運動ニューロン変性をきたす.伸長ポリグルタミン鎖を持つ変異AR タンパク質の,リガンドである男性ホルモン依存的な核内凝集が病態形成上重要と考えられており,下流の細胞内シグナル伝達経路も明らかにされつつある.病態抑止治療として,黄体形成ホルモン放出ホルモン誘導体であるリュープロレリン酢酸塩を用いた抗アンドロゲン療法が,モデルマウスなどを用いた治療研究成果と医師主導治験の結果に基づき唯一SBMA に対し承認取得に至っており,病態に根ざしたトランスレーショナルリサーチが功を奏し,さらに付随的な疾患バイオマーカー探索研究を加速させている. -
ハンチントン病の治療法開発への展望─遺伝子発見から四半世紀を経て
273巻1号(2020);View Description Hide Descriptionハンチントン病(HD)は不随意運動,認知機能障害などをきたす遺伝性神経変性疾患で,ハンチンチン遺伝子内のグルタミンをコードするCAG リピート配列の異常伸長を原因とする,いわゆるポリグルタミン病のひとつである.その発症分子メカニズムとして,異常伸長ポリグルタミン鎖を持つ原因タンパク質がミスフォールディングして凝集体を形成し,細胞レベル・個体レベルでさまざまな神経機能障害をきたし,最終的に神経変性を引き起こすと考えられている.したがって,変異遺伝子を標的とした発現抑制や遺伝子改変,あるいは異常伸長ポリグルタミンタンパク質を標的としたミスフォールディング・凝集阻害,タンパク質分解促進や,その下流の分子病態を標的としたさまざまな分子標的治療法の開発研究が進んでいる.これらの治療開発研究に加え,臨床試験での薬効評価に必要な鋭敏な病態バイオマーカーの開発により,近い将来,これまで有効な治療法に乏しかったHD に対する治療薬が開発されることが期待される. -
脊髄小脳失調症(SCA)
273巻1号(2020);View Description Hide Description脊髄小脳変性症は,小脳とそれが関連する神経系統の障害を起こし,体幹のバランス障害や手足の運動障害,呂律の障害(構音障害)などを表す疾患の総称である.常染色体優性遺伝性の脊髄小脳変性症は,多数の異なる疾患が包含され,それぞれ原因遺伝子・配列が知られている.疾患ごとにさまざまな病態があるが,脊髄小脳失調症1 型(SCA1)やマシャド・ジョセフ病(MJD)/SCA3 のように,三塩基繰返し配列の異常伸長によって発症する疾患群が頻度のうえでも多くを占めている.現時点で著者が知るかぎり,SCA2,MJD ではモデル動物で原因遺伝子の発現量を明確に抑える核酸医薬が開発され,これとは別に遺伝子治療や低分子医薬も開発される動きがある.一方,患者に治療が施された際の有効性を正確に算定するためのマーカーの開発や,症候の推移を定量する試みも重要さが増している.つまり,治療薬と有効性確認のための手法,この両者の開発が求められている. -
リピート伸長とRAN 翻訳関連疾患
273巻1号(2020);View Description Hide Description近年,非翻訳領域のリピート伸長病の同定が相次いでいる.2011 年に,非翻訳領域と思われたリピート領域がAUG コドンなしにタンパク質に翻訳されるという現象が発見され,RAN 翻訳(repeat-associatednon-AUG-initiated translation)と名づけられた.その後の研究で,RAN 翻訳は筋強直性ジストロフィー,脊髄小脳変性症(SCD),C9orf72 関連筋萎縮性側索硬化症・前頭側頭葉変性症(ALS/FTLD),脆弱X 関連振戦・失調症候群(FXTAS),フックス角膜ジストロフィーなど幅広い疾患で認められ,これにより生じたRNA タンパク質が封入体として組織に存在していることが明らかとなっている.今後は,バイオマーカーとしての利用や,この現象を標的とした治療法の開発が期待されている. -
家族性アミロイドーシスの最新の知見
273巻1号(2020);View Description Hide Descriptionアミロイドーシスはこれまでに37 種のアミロイド前駆物質が明らかになり,さまざまな病態をきたす大きな疾患単位となってきた.アルツハイマー病のように脳に限局して起こる限局性アミロイドーシスと,免疫グロブリン性(AL)アミロイドーシスやトランスサイレチン(TTR)型アミロイドーシスなどに代表される全身性アミロイドーシスに分類される.家族性アミロイドーシスは主に全身性アミロイドーシスのなかの遺伝性のアミロイドーシスをさす.家族性の腎アミロイドーシスや家族性地中海熱が本範疇に含まれるが,遺伝性TTR 型アミロイドーシスが最もよく知られ,患者数も最も多い.最近,高齢者で野生型TTR がアミロイドとなり心臓や腱,人体などにアミロイド沈着をきたし臓器障害を引き起こすATTRwt アミロイドーシス(老人性全身性アミロイドーシス:SSA)が注目されている.21 世紀に入り,とくにTTR 型アミロイドーシスはいくつかの新しいdisease modifying therapy(疾患修飾療法)が登場し,早期診断がきわめて重要な,“the sooner,the better”な疾患のひとつになってきた.本症をいち早く疑い,本稿で紹介するさまざまなバイオマーカーや検査法を用いて診断を確定し,治療に導く必要がある. -
ダウンストリームを治療する─神経細胞死
273巻1号(2020);View Description Hide Description神経変性疾患における神経細胞死は,治療可能な可逆的病態から治療不可能な不可逆的病態へと進行させる重要なプロセスである.かつては,細胞死を標的とする治療が目指されたが,神経変性疾患における神経細胞死の本態が,当初考えられたアポトーシスでは説明できないことも明らかになり,細胞死治療は暗礁に乗り上げていた.著者らは,神経変性疾患の神経細胞死の性質について新たな知見を得て,この古くて新しい命題に取り組んでいる.そのなかで,アミロイド仮説を再考する必要性もでてきた. - 治療開発のバックアップシステム
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ブレインバンク
273巻1号(2020);View Description Hide Descriptionブレインバンクは死後脳を包括研究同意の元,剖検時適切に蒐集・処理し,保管,管理・運用するシステムである.品質管理として,脳の状態評価の指標に加え,遺伝子・生化学・生前臨床・画像を含む,正確な神経病理診断基盤となる.ブレインバンクは欧米では患者,医師,研究者の疾患克服のための市民運動とされており,キリスト教の伝統の元,生前献脳同意が理念の中核を占める.“Gift of Hope,BrainDonation for Next Generation”は欧米ブレインバンクの標語である.自分の生存中は疾患克服に貢献できなくとも,次世代に希望の贈り物を託す意図である.わが国では病理解剖と死体解剖保存法をベースに,日本ブレインバンクネットワーク構築努力を神経病理学会が,病理学会を含む関連諸学会の協力を得ながら続けている.献脳同意登録はそのなかでも核を形成し,同意者は全国に存在し,対応が今後の課題である. -
神経変性疾患の疾患コホート研究
273巻1号(2020);View Description Hide Description疾患コホート研究は,対象となる疾患の被検者を組み入れ,前向きに被検者を追跡する臨床研究のアプローチである.疾患コホート研究が盛んに行われるようになった背景には,神経変性疾患に対する治療開発が,短期的ADL 改善をめざす症候改善薬から,長期的ADL 改善を目標とする疾患修飾薬にシフトしていることがある.疾患修飾薬の長期的な効果を的確に判別するためには,疾患の自然歴を把握し,病態を反映する客観的なバイオマーカーが必要となる.神経変性疾患のコホート研究は,患者レジストリと試料レポジトリ(バイオリソース)の2 つの要素に大別できる.疾患コホート研究で得られた膨大な情報とデータを研究者コミュニティにおいてシェアリングすることで,新たな付加価値が生じ,多様な研究成果が創出されている.本稿では,疾患コホート研究の新たな潮流を概説し,J-ADNI 研究などのわが国の代表的な疾患コホート研究を紹介する. -
疾患特異的iPS 細胞
273巻1号(2020);View Description Hide Description神経変性疾患の治療法開発は,疾患特異的人工多能性幹細胞(iPS 細胞)という新たな病態モデルの登場により,新時代を迎えている.iPS 細胞の無限増殖性と多能性を利用すれば,患者体細胞から疾患特異的iPS 細胞を作製し増殖させ,培養皿で神経系細胞へ分化誘導し,病態を解析することが可能である.患者群の疾患特異的iPS 細胞病態モデルを利用して,治療効果のある群を同定する“iPS 細胞クリニカルトライアル”が可能である.さらに,疾患特異的iPS 細胞バンクの整備により,患者へのアクセスが容易でない希少疾患であっても,品質管理されたiPS 細胞を研究者に提供できる体制が整いつつある.本稿では,疾患特異的iPS 細胞を利用した神経変性疾患の病態モデルおよび薬効評価系の研究状況について概説し,課題と今後の展望について述べたい. -
遺伝子治療
273巻1号(2020);View Description Hide Description神経細胞に効率よく遺伝子を導入し,長期に発現させるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを応用して,神経変性疾患に対する遺伝子治療の臨床応用が進んでいる.脳実質への直接注入では,パーキンソン病(PD)に対して,被殻の神経細胞にドパミン合成に必要な酵素遺伝子を導入し,運動症状の改善をはかる.静脈あるいは大槽への投与により,血液脳関門を通過し広範な中枢神経領域に遺伝子導入が可能なAAV ベクターが開発されており,アルツハイマー病(AD),筋萎縮性側索硬化症(ALS),脊髄小脳失調症(SCA)に対する遺伝子治療の治験が計画されている.目的遺伝子のcomplementary DNA(cDNA)送達による機能回復だけでなく,マイクロRNA(miRNA)や一本鎖抗体(scFv)による有害分子の機能阻害,CRISPR/CAS9 を応用したゲノム編集などの技術が開発されている.低価格で普及させるためには,GCTP 基準のベクターを大量に作製する必要がある. -
患者レジストリシステム─Remudy の経験
273巻1号(2020);View Description Hide DescriptionRemudy(REgistry of MUscular DYstrophy)は,遺伝性神経筋疾患の臨床開発推進を目的に,国際的臨床研究ネットワークであるTREAT-NMD との協調のもと,2009 年から開始された患者レジストリである.患者団体である日本筋ジストロフィー協会との密接な連携のもと,国立精神・神経医療研究センターに登録事務局を設置し,ジストロフィノパチーから登録を開始,GNE ミオパチー,筋強直性ジストロフィー,先天性筋疾患のレジストリを運用している.これまでに,さまざまな疫学研究の実施,治験の実施可能性調査や患者リクルートへの貢献,患者への情報発信などを行ってきた.近年,治療開発においてリアルワールドデータ(RWD)の活用が注目されており,そのなかでもレジストリの薬事制度下での利活用が,クリニカルイノベーションネットワーク(CIN)1,2)のもとで推進されている.治療開発から安全性監視活動まで,広くレジストリが活用されていくことが望まれている. -
治療開発に関する国の支援
273巻1号(2020);View Description Hide Descriptionわが国の疾患治療開発研究費は,2014 年度以前は文部科学省,厚生労働省,経済産業省がそれぞれ別個に支援する仕組みであったが,2015 年度に日本医療研究開発機構(AMED)が設立されてからはAMEDに一本化され,基礎研究→応用研究→非臨床試験→臨床研究・治験→薬事承認・製造販売までを切れ目なく支援するシステムに変わった.本稿では,最初にAMED の組織と事業内容を概観した後に,神経変性疾患の研究開発に関係する事業として,アルツハイマー病が対象の認知症対策事業,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症などの希少難病が対象の難病克服事業,iPS 細胞を活用した難病の再生医療と創薬研究が含まれる再生医療実現化プロジェクト,その他の事業について解説し,具体的成果を紹介した.AMEDは基礎研究,応用研究,非臨床試験,臨床研究・治験など創薬に関係するすべての工程の研究費支援だけでなく,研究計画策定,進捗管理,知財,治験に絡む法的問題についても助言と支援を行っている.この仕組みを活用して,難治性神経変性疾患治療に資する成果が数多く誕生することを期待したい.
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