医学のあゆみ
Volume 273, Issue 2, 2020
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特集 糖尿病とスティグマ─Cure,CareからSalvation(救済)へ
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保健医療におけるスティグマ─ 人々の内面の動きとアドボケイトとしてのあり方
273巻2号(2020);View Description Hide Description個人が社会的に受け入れられるための特性の一部を失い,自分の特質が他人のそれとは異なっており,社会の期待に応えることができないとき,人は受け入れられた状態から無視された存在となり,それがスティグマへとつながる.私たちは病気や障害を持つ人々に出会うと不安や懸念の感情を抱き,このような出会いは,人生は公平だという幻想を打ち砕き,人間が死すべき,傷つきやすい存在であることを思い出させる.それゆえ,スティグマの多くは,それを持たない人にとって脅威とみなされ,否定的な反応を引き起こしやすい.しかし多くの場合,“ラベル”そのものに対してであり,何がしかの病気や障害というラベルに伴うスティグマは,個々の状況にかかわらず,社会から個人を排除し,その人々は,社会的孤立や心理的苦痛に直面する.そして,それは健康志向を損なわせる.保健医療職者は保健医療におけるスティグマについての認識を深め,アドボケイト(advocate;擁護者)として“その人らしく生きる”ことを支える責務がある.その支援のあり方について考えてみようと思う. -
語源,歴史,現状
273巻2号(2020);View Description Hide Descriptionだれしも他人に悟られない,指摘されたくない弱みを持っている.他人から見れば弱みと思われないことでも本人にとっては弱みである.慢性疾患のほかに身体的変形,精神異常,投獄,麻薬常用,アルコール中毒,同性愛,失業,自殺企図,さらに民族,国家,社会階級,宗教もあるであろう.本人にとってどうしようもない生まれつき(身体的変形,民族,国家,社会階級)のこともあるし,慢性疾患に罹患したことなどは自責もあろうが,そうでない場合も多い.上記から生じる差別感や弱み,烙印を押されたような気持ちは卑屈になり,自己評価を低めてしまう.さらに,周りの雰囲気を壊さないために取り繕うこともしてしまう.このような気遣いは生きづらさを生じる.これらはスティグマ(stigma)とよばれてきたが,その詳細と疾患との関連は,最近になって明らかにされてきた. -
患者として医師としての体験から
273巻2号(2020);View Description Hide Description糖尿病患者が受ける“スティグマ”を,1 型糖尿病患者として,発症してから42 年の経験と医師としての経験から綴ってみた.近年では,糖尿病医療の進歩に伴い合併症や寿命が格段に改善しているにもかかわらず,糖尿病患者が受けるスティグマは大きくは変わっていないように思う.スティグマを払拭するためには,社会における正しい糖尿病に関する知識の普及活動が必要である.近年,多くの分野で活躍している患者が増えてきており,少しずつその認識が変化してきている.スティグマのない社会をめざして今後も活動を続けていきたい. -
スティグマは2型糖尿病患者の自己管理行動にどう影響しているか
273巻2号(2020);View Description Hide Description近年,糖尿病のスティグマが注目されるようになり,スティグマが2 型糖尿病患者の自己管理へ与える影響に関する研究報告が,日本を含めて各国から増加してきている.しかし,スティグマが食事,運動,服薬,インスリン注射,自己血糖測定の実施といった患者の自己管理行動に影響を及ぼす具体的な仕組みについては,実は,現在のところまだよく解明されていない.ただし,スティグマがどのように結果として患者の自己管理行動に影響しているのかについては,近年,少しずつ明らかとなってきている.患者がスティグマを経験したり感じたりすると,その対処反応として,認知と感情の変化を引き起こす.糖尿病という病気に対する心理的および経済的負担感,無力感,不安感,恐怖感,罪悪感,恥辱感などが高まる.このような不快感を最小限に抑えるため,患者は周囲に対して自身の糖尿病について隠すといった非開示行動をとるようになる.結果として,治療に取り組むために必要となる積極性の減退をもたらす. -
精神神経科の立場から ─ 名付けることの意味
273巻2号(2020);View Description Hide Description医療人類学者のアーサー・クラインマンは,医学的に定義される“疾患”と,人がその疾患をどのように意味づけるかという経験として構築される“病い”とを区別している.そして,特定の疾患に対して,異なる時代や社会において文化的にきわだった意味が与えられる場合,スティグマが付与されることになる.精神疾患に対するスティグマの歴史は古く長い.精神疾患を持つ人は長らく“社会的に危険な存在”というスティグマにより,隔離・拘禁という処遇がなされ,日本においても“私宅監置”という処遇が多くみられてきた.しかし,20 世紀末に世界中でアンチスティグマ運動が興り,その流れのなかで日本においては“精神分裂病”から“統合失調症”への病名変更がなされた.さらに,世界的には一部の精神疾患に対して“スペクトラム”という視点の導入がなされた.糖尿病に対するアンチスティグマを進める際にも,“糖尿病”という病名が与える影響,また“糖尿病”を持つことの意味を再考する必要があるのではないであろうか. -
糖尿病療養支援とスティグマ
273巻2号(2020);View Description Hide Description近年,糖尿病があっても安心して社会生活を送り,いきいきとすごすことができる社会形成をめざす活動(アドボカシー活動)に注目が集まっている.著者は受診を中断した2 型糖尿病患者の語りから,糖尿病の治療を受けていることを他者に話した複数の患者が,否定的な言動を受けたことを聴いた.否定的な言動は,それ以後も予測的な負の情動となり,患者は療養に関する悩みを周囲に話さずに孤独感を強めていく可能性が推察される.スティグマにより糖尿病患者の行動が抑制されたり,憂鬱や羞恥心,孤独感,悲しみといった負の情動が引き起こされ,自己評価や自尊心が低下することがある.糖尿病患者が,社会生活上の不利益を被ることなく治療が継続できるように,糖尿病療養指導士には自らの知識を高め,アドボカシーを大切に考えたうえで患者が自らの自己肯定力を高められるような療養支援をチームで行うことが期待されている. -
糖尿病とアドボカシー ─ 海外の動向
273巻2号(2020);View Description Hide Description糖尿病アドボカシーは診療や研究,療養指導と同様に,重要な医療活動であると海外では考えられている.とくに,米国糖尿病学会(ADA)では糖尿病アドボカシー活動が進んでいる.インスリンを購入しやすいように流通を整備することや,学校や刑務所でも十分な糖尿病診療が受けられるようにすることが必要である.また,運転免許の取得維持や雇用における偏見や差別をなくすよう啓発することが,患者が受診しやすい環境を作ることに重要といえる. -
スティグマとアドボカシーを考慮した糖尿病療養指導
273巻2号(2020);View Description Hide Description糖尿病患者はその診断を受けた瞬間からスティグマを受けている.このスティグマが患者の糖尿病管理に悪影響を及ぼすことがあり,医療従事者がスティグマの付与に関わっている可能性がある.ある患者が,糖尿病療養指導により“模範的な糖尿病患者”としてふるまえるようになったとしても,それは患者本人の望む人生ではなく,医療従事者の“糖尿病患者のあるべき姿”というステレオタイプのなかに閉じ込めているにすぎない.結果として,患者はそこから抜け出せない自分に気づき絶望する.本稿では,糖尿病患者におけるスティグマの構造と,医療従事者がスティグマに関与するメカニズムを詳説し,糖尿病患者にスティグマを付与せず,さらに社会全体からスティグマを撲滅するためのアドボカシー活動をどのように進めればよいかを検討する.糖尿病のスティグマ撲滅の活動はこれからであり,誰かの糖尿病に対する認識を変えるためには,まずは自分自身の認識から変えていく必要がある.
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連載
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- 診療ガイドラインの作成方法と活用方法 17
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推奨作成の基本と課題:エビデンスから推奨への基本ステップと最近の課題
273巻2号(2020);View Description Hide Description診療ガイドラインとは,米国医学研究所(IOM)によると,「患者のケアを最適化することを目的とした推奨を含む文書である.推奨は,エビデンスのシステマティックレビューと,複数の選びうるケアの選択肢についての益と害に関する評価に基づいて作成される.」と定義されている1,2).日本では,Minds が「診療上の重要度の高い医療行為について,エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価,益と害のバランスなどを考量して,患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書」と定義している3).これらの定義には,診療ガイドラインが,エビデンスのシステマティックレビューと,益と害に関する評価に基づき,患者と医療者の意思決定を支援するものであることが明記されている.さらに,そのためにはエビデンス評価のみならず,患者や医療者の価値観や嗜好を考慮することの重要性を読み取ることができる.診療ガイドラインにおける推奨作成方法にはさまざまなものが開発されており,目的により使い分けられている状況であるが,国際的に代表的な作成方法としてはGRADE アプローチ4)があり,わが国で広く活用されているものにはEBM 普及推進事業Minds(マインズ)による推奨作成法3,5)がある.GRADE とMinds では,ほぼ同様のアプローチが用いられており,本稿では,「Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2017」5)に記載されている内容を中心に取り扱うものとする.はじめに診療ガイドライン作成における推奨作成の基本ステップを概説した後,推奨作成の具体例を提示し,推奨決定のフレームワークに関する最近の話題も紹介する. - 老化研究の進歩 6
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正常組織は老化とともに遺伝子変異が蓄積する
273巻2号(2020);View Description Hide Description微量DNA シーケンス,単一細胞培養シーケンス,そして,単一細胞シーケンスといった技術の進歩により,血液,皮膚,食道,そして,大腸等の正常組織においても老化とともにがんのドライバー変異が非常に小さなクローンサイズで認められることが報告された.正常食道では,発がんにさきだって,年少期のうちにNOTCH1 変異を主体とした食道がんのドライバー変異を獲得したクローンが多中心性に出現し,老化とともにドライバー変異の数が増加しクローン拡大をきたし,高齢者では正常食道の大半がドライバー変異を有するクローンに置き換わっていた.食道においてはドライバー変異を獲得したクローンによる上皮の再構築は老化による不可避な変化であると考えられた.正常組織のゲノム異常の頻度は組織間で大きく異なっており,組織型や組織構造によりまったく異なることが予想される.老化とともに正常組織に蓄積するゲノム異常の研究は今,扉が開かれたばかりだ.
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