Volume 273,
Issue 9,
2020
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【5月第5土曜特集】 ゲノム編集の未来
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医学のあゆみ 273巻9号, 697-697 (2020);
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ゲノム編集の原理とツール開発
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医学のあゆみ 273巻9号, 700-707 (2020);
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日進月歩で技術開発が進むゲノム編集.現在の開発情勢を踏まえ,“ゲノム編集”を正確に定義しなおすとすれば,ゲノム編集とは,“一般的に”特定のDNA 配列を認識して結合し,切断する部位特異的ヌクレアーゼ“など”を用いて,“主として”DNA 二本鎖切断の修復経路に基づいてゲノムDNA を改変する操作,ということになるであろうか.ゲノム編集ツールの選択肢は多様化の一途をたどり,さらには類似したツールを使いつつも,根本的に異なる原理に基づくゲノム編集法も開発されてきた.それぞれの手法によって,適用範囲や正確性・安全性,改変効率などには違いがあるが,他に類をみないほど劇的な本分野の開発速度の速さとも相まって,これらの特徴を網羅的かつ正しく理解することは非常に困難な状況となっている.本稿では,現時点で利用可能なゲノム編集のさまざまな手法を概観するため,その原理に基づいて各種ゲノム編集法を区分し,体系的に解説する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 709-715 (2020);
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ゲノム編集技術には,特定ゲノムDNA 領域にDNA 二本鎖切断(DSB)を導入するDNA 切断酵素“ゲノム編集ツール”が必要不可欠である.本稿では,ゲノム編集ツールの代表例として,①zinc-fingernuclease(ZFN),②transcription activator-like effector nuclease(TALEN),③clustered regularly interspacedshort palindromic repeats-CRISPR associated(CRISPR-Cas)システム,の3 つについて特性を概説する.とくに,使用するべきツールの選択に関わる作製の容易さ,ツールのサイズ,特許に焦点を当てて比較する.最終的な利用目的と,これらの特徴を考慮して適切なゲノム編集ツールを選択する必要がある.
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医学のあゆみ 273巻9号, 716-724 (2020);
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2012 年,細菌の獲得免疫に働くCRISPR-Cas タンパク質が,ガイドRNA を用いてゲノムを配列特異的に二本鎖を切断し,遺伝子のノックアウトやノックインを行うゲノム編集技術が開発された.しかしCRISPR-Cas には,分子量が大きくウイルスベクターに載せることが困難,CRISPR-Cas は標的配列の下流にあるPAM 配列を厳密に認識しており,ゲノム編集に用いる適用制限がある,非特異的切断によるオフターゲットの問題など,現時点では医療応用は事実上不可能である.著者らは,2012 年に世界に先がけて,Streptococcus pyogenes(S. pyogenes)由来のCas9(SpCas9)とガイドRNA(sgRNA),標的DNA の三者複合体の結晶構造を2.5Å 分解能で決定し,RNA に依存したDNA 切断の分子機構,PAM の認識機構を世界ではじめて解明した.著者らは,これまで6 生物種由来のCas9 とガイドRNA,標的DNAの複合体の結晶構造解析を行うことで,Cas9 の活性を制御するホットスポットを3 カ所同定することに成功した.これに基づいてCas9 のヘリカーゼ活性を向上させる変異を導入することで,PAM としてわずかグアニン1 塩基を認識するSpCas9 変異体を創出し,Cas9 の適用範囲を大幅に拡張することに成功した.著者らは,Cas 複合体の立体構造に基づき,Cas9 エンジニアリングを通じて新規ゲノム編集ツールを開発し,日本初で唯一のゲノム編集創薬ベンチャー・モダリスを設立し,日本のゲノム編集研究・遺伝子治療を推進している.
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医学のあゆみ 273巻9号, 725-737 (2020);
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CRISPR を代表とするゲノム編集ツールは,標的のゲノム領域に二本鎖切断を介して遺伝子破壊(ノックアウト),あるいは改変(ノックイン)を実現する.この基本原理は長らくゲノム編集におけるセントラルドグマとされてきた.しかし,このようなノックアウト/ノックインの二元論は,人々の想像力を抑圧する枷にすらなりかねない.現在のCRISPR は,ゲノム/トランスクリプトームへの接続とマルチタスクのためのプラットフォームとして解釈されるべきである.言い換えれば,文字どおり持ち運べる電話としてはじまった携帯電話が,スマートフォンによってネットワークへの“アクセス”と多様な“アプリケーション(以下,アプリ)”を内包したマルチデバイスへと変貌したように,CRISPR はゲノム/トランスクリプトームへの“アクセス”とマルチタスクを実行する“アプリ”の複合体へと進化し,ゲノム編集2.0を実現した.本稿では,ゲノム編集2.0 とその先の“ゲノム編集の未来”を考える.
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医学のあゆみ 273巻9号, 739-743 (2020);
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一塩基多型(SNP)などの疾患に関連する重要な変異を再現したり,あるいは遺伝子治療の対象とするにあたっては,通常のゲノム編集技術では行えない,より精密な編集が求められる.本稿では,とくに近年開発が進んでいる塩基編集技術による精密なゲノム編集について,その原理と開発過程に触れつつ,その特徴と課題についての現状と将来の可能性を概説したい.
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医学のあゆみ 273巻9号, 744-750 (2020);
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著者らは,ヒトの突然欠失変異の多数が“マイクロホモロジー(μH)”とよばれる短い相同配列に関わって生じていることを発見した.CRISPR-Cas9 によるDNA 二本鎖切断(DSB)が修復されるとき,μH が存在すると“マイクロホモロジー媒介末端結合(MMEJ)”とよばれる修復経路が主に利用される.このDNA 修復経路は,μH 同士を結合することにより,正確な欠失変異をもたらす.この現象に基づいたゲノム編集方法を使用すれば,ヒトiPS 細胞およびES 細胞で患者と同一の変異を簡単かつ正確に再現できる.本稿では,これらの欠失変異を分類しCRISPR-Cas9 標的可能部位を提案する新規データベースと,それを活用したin vitro 疾患モデルの作製および表現型分析の例を紹介する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 751-755 (2020);
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ゲノム編集ツールはさまざまな医学分野や産業分野に応用されている一方で,知的財産の問題やオフターゲットなどの技術的問題から,新しいツールの開発が世界中で求められている.これまで開発されてきたCRISPR-Cas9 やCRISPR-Cas12a などは,細菌や古細菌のCRISPR-Cas システムのなかでクラス2 に分類されるが,複数因子が必要なクラス1 に由来するゲノム編集ツールはこれまで報告がなかった.著者らは,新たにクラス1 に属するCRISPR-Cas3 システムがヒト細胞でゲノム編集できることを見出した.CRISPR-Cas3 はゲノム上の標的部位に大きな欠失変異を誘導できるため,安全性が高く確実に遺伝子破壊を誘導できる.ヒトiPS 細胞でのゲノム編集にも利用できるため,ex vivo やin vivo での遺伝子治療などへの応用が期待される.本稿では,ゲノム編集ツールの開発研究を取り巻く状況と,CRISPR-Cas3 を用いたゲノム編集について紹介する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 756-761 (2020);
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CRISPR-Cas9 システムにより,ゲノム編集がより一般的となった.しかし,本技術は発展途上であり,意図しない遺伝子や細胞・組織のゲノムが編集されることがある.これらの意図しないゲノムの編集は,ゲノム編集ツールを直接体内に導入する方法による遺伝子治療やがん治療において,予期せぬ副作用を起こす懸念がある.そのため,ゲノムの編集を適切に制御する必要がある.近年,Cas9 を不活性化する抗CRISPR タンパク質(Acr)がCRISPR-Cas システムを制御するツールとして注目を集めている.著者らは,マイクロRNA(miRNA)の活性に基づいて外来遺伝子の発現を制御するシステムの開発を行ってきた.本稿では,これらを組み合わせることで,標的miRNA 活性が高い細胞でゲノムの編集を誘導する“オンシステム”を開発したので,その概要を解説する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 762-766 (2020);
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ゲノム編集はゲノムの特定部位の配列を削除したり,あるいは特定部位に任意のゲノム配列を挿入・置換したりする遺伝子改変技術であるのに対し,エピゲノム編集は特定のゲノム領域のエピゲノムを操作する技術であり,塩基配列を変えることはなく特定の遺伝子の発現制御を自在に操ることができる.エピゲノムは生命の発生や分化における遺伝子発現制御に重要な役割を持つだけでなく,エピゲノムの異常はがんや生活習慣病といったさまざまな疾患を引き起こしていることが明らかとなってきた.そこでエピゲノムを自在に操作することができれば,これらの疾患を“治療”することができる.このように,エピゲノム編集は特定領域のエピゲノムの機能を明らかにするといった基礎研究における役割だけでなく,医療応用においてもきわめて大きな役割を持つと考えられる.
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ゲノム編集と疾患モデル細胞・動物
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医学のあゆみ 273巻9号, 768-773 (2020);
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ゲノム解読技術の飛躍的な発達によって,多くのヒト遺伝性疾患の原因変異が順遺伝学的に同定されている.疾患の発症機序を理解するうえで,培養細胞における逆遺伝学は,in vitro で疾患をモデル化する有効なツールである.しかし,多くの哺乳類培養細胞は相同組換え効率が低いため,培養細胞の逆遺伝学は歴史的に立ち遅れていた.人工ヌクレアーゼによって誘導される局所的なDNA 修復活性を介して効率的に遺伝子改変するゲノム編集の登場は,培養細胞における逆遺伝学の端緒となった.現在では,ディープシークエンス技術とゲノム編集技術に裏打ちされた両方向性の遺伝学は,ヒト遺伝性疾患の病因・病態解明にとって必要不可欠なアプローチとして位置づけられる.本稿では,著者らが取り組んできたゲノム不安定性遺伝病の培養細胞における疾患モデリングを事例にして,培養細胞におけるゲノム編集の有用性と技術的課題について概説する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 774-779 (2020);
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遺伝子改変マウスは生命現象や疾患機構の解明において非常に強力なツールとなるが,その作製は膨大なコスト,設備,時間を要するため,非常にハードルが高かった.しかしCRISPR-Cas9 の登場により,この状況は一変し,多くの研究者にとって遺伝子改変マウスを用いた実験が身近になった.技術開発の進んだ現在では,抜き取りやノックインといった複雑な遺伝子改変も高効率で行えるようになっている.本稿では,このような技術を生かして遺伝子改変マウスを作製し,表現系解析した例を紹介する.また,応用例としてノックアウト(knockout:KO)-ES 細胞を用いて作製したキメラマウスにおける表現型解析例についても紹介する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 780-784 (2020);
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最近著者らが開発した新規ゲノム編集動物作製法“i-GONAD”を用いると,従来法では必須であった体外での胚操作を行うことなく目的のゲノム編集動物を作製できる.本手法では,受精卵を有する妊娠メス動物の卵管内にゲノム編集溶液を注入した後に,卵管全体に対してエレクトロポレーションを行うことでゲノム編集試薬を受精卵に送達する.処置を施した動物は妊娠を継続し,ゲノム編集個体を出産する.手順自体は従来法より簡便であり,個人の研究者でも自身でゲノム編集動物を作製することが可能である.また本手法は,使用する動物数を減らすことができるため,動物愛護の観点からも好ましい方法であるとともに,体外での胚操作技術が確立されていない動物にも適用できる技術として期待されている.本稿では,i-GONAD 法の概要と,その利点や今後の課題などについて概説する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 785-793 (2020);
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ドブネズミ(Rattus norvegicus)を実験動物化したラットは,マウスと同じくらいの長きにわたり実験動物として活用されてきた.しかし,ES 細胞(胚性幹細胞)の樹立やジーンターゲティング法の開発が進んだことで,遺伝子機能解析のモデルとしてはマウスが多く用いられてきた.近年,ゲノム編集技術の登場により,マウス以外の動物でもノックアウト(遺伝子破壊),ノックイン(配列特異的遺伝子挿入),点変異の導入などが可能になってきたことで,ラットにふたたび注目が集まっている.遺伝子改変ラットを作製できれば,体の大きさや行動実験への適応力,生理学的・薬理学的データの蓄積など,ラットならではの強みを生かした研究がさらに発展すると期待されているためである.本稿ではラットの特性と,ノックイン手法を中心としたラット作製の概要を述べる.「こんな遺伝子改変ラットが作れたらいいのに」とお考えの研究者には参考にしていただけるであろう.
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医学のあゆみ 273巻9号, 794-799 (2020);
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アルツハイマー病(AD)は,神経変性疾患のなかで最多の疾患であり,また認知症の原因疾患としても最も頻度が高い1).2018 年のWorld Alzheimer’s Report によると,全世界にいる約5,000 万人の認知症患者のうち,約2/3 がAD と考えられている2).さらに認知症の患者数は2030 年には8,200 万人,2050年には1 億5,200 万人にも達すると推定されており,その過半数はAD が占めると推測される.AD は加齢が最大の危険因子であり,日本をはじめとする高齢化社会を迎える各国において,AD の病態解明と適切な予防・治療法の確立は,医療現場のみならず社会全体の喫緊の課題である.
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医学のあゆみ 273巻9号, 800-805 (2020);
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ヒトの疾患を再現できる疾患モデル動物は,疾患メカニズムの解明や新たな治療法,薬の開発研究に不可欠な存在である.疾患モデル動物としては遺伝子改変技術が確立しているマウスが研究に多く用いられてきたが,近年のゲノム編集技術の発達により,ヒトと近縁の霊長類実験動物の遺伝子改変による疾患モデルの作出が可能となり普及してきている.霊長類実験動物はマウスなど齧歯類と比べて生理学的・解剖学的にヒトと似ており,研究成果がヒトへ速やかに応用可能で,有用性が高い.そこで著者らは,小型の霊長類実験動物であるコモンマーモセット(以下,マーモセット)を用いた疾患モデル動物の作出を検討してきた.本稿では,霊長類実験動物を用いた研究やゲノム編集技術によるモデル作出を紹介するとともに,著者らのマーモセットにおけるゲノム編集研究を紹介しながら作出における問題点や今後の展望を述べる.
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医学のあゆみ 273巻9号, 806-811 (2020);
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酵母などのモデル生物で行われた順遺伝学的手法は非常に強力な手法として古くから遺伝子探索ツールとして用いられてきた.哺乳類細胞においてはRNA interference(RNAi)の登場により行われるようになったが,検出感度,特異性に問題が残った.CRIPSR-Cas9 システムはこのようなRNAi の問題を一挙に解決する遺伝学的ツールとして開発され,幅広く応用された.遺伝子探索ツールとしても優れた特性を有しており,著者らのグループは,CRISPR-ノックアウト(KO)スクリーニング法として応用した.すでに哺乳類細胞においてさまざまな表現型解析に用いられており,次々に新しい知見が得られている.CRISPR スクリーニングはまたタイリングガイドRNA(gRNA)や遺伝子過剰発現,遺伝子抑制法と組み合わせた方法も開発されており,幅広い汎用性を有する.ここでは,基本的な順遺伝学的手法の考え方,CRISPR-KO スクリーニングの応用法,派生法について解説したい.
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医学のあゆみ 273巻9号, 812-819 (2020);
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染色体導入技術はヒト染色体断片あるいは人工染色体を用いて,Mb 単位の遺伝子あるいは複数の遺伝子を任意の細胞に導入することができる技術である.一方,ゲノム編集技術は本特集・佐久間らの稿にあるように,人工ヌクレアーゼやRNA 誘導型ヌクレアーゼにより任意のゲノムを部位特異的に切断し,高頻度に変異を挿入したり,相同組換えを誘導する技術である.ゲノム編集技術が開発されていない時代において,染色体改変は相同組換え頻度の高いニワトリDT40 細胞やES 細胞(胚性幹細胞)などを利用するしかなかったが,ゲノム編集技術の発展により染色体レベルでの改変も任意の細胞で可能となってきた.基本的には染色体導入技術は遺伝子を導入する技術であり,ゲノム編集技術は遺伝子を破壊(変換)する技術であり,この2 つの技術はきわめて相性のよい“カップル”であるといえる.本稿では染色体導入技術,染色体改変技術,人工染色体ベクターについて紹介し,ゲノム編集技術との融合による応用例を紹介する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 820-825 (2020);
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臓器移植医療における提供臓器の絶対的不足を解消する方策として,胚盤胞補完法によるヒト臓器再生が提唱されている.動物の胎仔発達過程において,特定の臓器の形成が阻害された状態を誘導し,それによって体内に生じた一種の特殊なニッチ(niche)に,ヒト細胞に由来する臓器を形成させることが胚盤胞補完法のねらいである.著者らは,臓器移植に用いるヒト臓器を育てるホスト動物としてブタを選び,ブタの胚盤胞補完技術を開発している.これまでに膵臓,腎臓,肝臓,血管の欠損という表現型を,ゲノム編集により誘導することに成功した.さらに,それらの欠損形質を同種間の胚盤胞補完によって補償し,外来性細胞由来の臓器・器官を再形成させうることを実証した.
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ゲノム編集と治療
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医学のあゆみ 273巻9号, 828-833 (2020);
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ここ数年,欧米日における遺伝子治療薬の承認が進み,遺伝子治療がふたたび脚光を浴びている.それと並行するゲノム編集法の進歩により,従来のいわゆる遺伝子付加治療では困難であった遺伝子ノックアウトや遺伝子修復による治療ストラテジーが可能になった.海外ではすでに30 を越えるゲノム編集治療の臨床試験が行われており,安全性だけでなく治療効果が示唆されたプロトコールもある.ゲノム編集の臨床応用には,従来の遺伝子治療の課題に加えて,酵素のオフターゲット変異などによるDNA 変異導入のリスクや人工ヌクレアーゼなどに対する免疫応答など,ゲノム編集技術に特有の課題がある.より広範な疾患に対する治療応用に向けて,さらなる技術の開発とともに,既存の治療法と比較しての客観的なリスクベネフィットを考える必要がある.
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医学のあゆみ 273巻9号, 835-840 (2020);
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従来の遺伝子治療は主に機能喪失型変異による疾患を対象としたgene addition 型の治療であったが,ゲノム編集技術によりgene correction 型の治療が可能となり,機能獲得型変異,優性阻害変異による疾患も遺伝子治療の対象となってきた.本研究の対象である重症先天性好中球減少症(SCN)は慢性の好中球減少と,それに伴う重症・反復性の細菌感染症を繰り返す原発性免疫不全症である.本症の約2/3 を占めるELANE 異常症は,ELANE 遺伝子のヘテロ接合性変異により発症する.患者で認めるELANE 遺伝子変異は,優性阻害変異に近い性質を持つと考えられていることより,ゲノム編集技術による変異アレル破壊が有用と考えて研究開発に取り組んでいる.本稿では,単一遺伝子疾患の治療法におけるゲノム編集技術の担う役割について概説し,ゲノム編集技術の治療応用の一例として,ELANE 異常症に対する遺伝子治療をめざした著者らの取り組み,および成果を紹介する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 841-846 (2020);
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表皮水疱症は,軽微な外力で全身の皮膚や粘膜に水疱やびらんを生じる遺伝性皮膚疾患である.皮膚は体表側から表皮,真皮,皮下組織から構成されるが,表皮水疱症は主に表皮と真皮の接着に関わるタンパク質の先天的異常により発症する.水疱やびらんに対する二次的な感染予防のための抗生剤含有軟膏の外用や創傷被覆材の貼付などで加療されているが,これらの治療はすべて対症療法であり,表皮水疱症に対する根治的治療法は確立されていない.現在,世界中で表皮水疱症に対し,ゲノム編集技術などを応用したさまざまな遺伝子治療法の開発が進められている.著者らは,ゲノム編集技術を用いたフレームシフト変異のreframing 治療や,ドミナントネガティブ効果を有する遺伝子変異を特異的にノックアウトする遺伝子治療の開発を行っている.本稿では著者らの研究成果も含め,表皮水疱症に対する遺伝子治療戦略について概説する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 847-851 (2020);
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血友病は,凝固因子遺伝子異常による出血性疾患である.現在,アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いた遺伝子治療が臨床試験において有望な成績を納めている.これは正常凝固因子遺伝子を補充するもので,遺伝子異常を修復するわけではない.そのため,エピゾームに存在するAAV ベクターは,肝臓において細胞分裂が盛んな小児期では徐々に治療効果が減弱する可能性がある.また,AAV ベクター投与後には抗AAV 抗体が生じるため,治療効果が減弱しても再投与ができない.そこで,小児期からの疾患根治をめざす治療として,遺伝子異常に直接アプローチするゲノム編集が注目されている.実際に,AAV ベクターでゲノム編集ツールを肝臓に送達することで,ベクター投与によって肝細胞のゲノム編集が可能である.この手法を用いると,単回投与によって小児期から永続的な治療効果が期待できる.この手法は,血友病に限らず肝臓における代謝性疾患などの他の疾患モデルで有効性が報告されている.実際に,血友病やムコ多糖症(MPS)を標的としたヒト臨床試験も開始されている.
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医学のあゆみ 273巻9号, 853-858 (2020);
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イントロン型マイクロRNA(miRNA)と宿主遺伝子のダブルノックアウトマウス(DKO)を作製しようとする場合,それぞれのKO マウス同士を掛け合わせても標的とする配列の距離が近すぎるため,相同組換えによって同一染色体上に2 つの変異を併存させることはきわめて困難と考えられる.しかし,ゲノム編集技術CRISPR-Cas9 を用いることで,同時に近傍の2 つの配列に変異を生じさせることが可能となった.本稿では,関節軟骨に特異的な発現を認めるイントロン型miRNA であるmiR-140 と,その宿主である遺伝子Wwp2 を対象に,発生に及ぼす影響,および関節軟骨の維持に及ぼす影響について概説する.発生過程において,頭蓋骨の短縮はmiR-140 欠損例で認められるが,Wwp2 欠損例では認められなかった.一方で,miR-140 とWwp2 のどちらもが関節軟骨の維持に関わるなど,観察する段階ごとにその機能に違いが生じることを確認することができた.
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医学のあゆみ 273巻9号, 859-867 (2020);
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人工多能性幹細胞(iPS 細胞)は患者組織から作製される多能性幹細胞であり,由来となったヒトの遺伝子背景を保持し,またさまざまな細胞へと分化する能力を有している.それゆえ近年,iPS 細胞を用いた再生医療研究や,遺伝性疾患患者由来のiPS 細胞を用いた疾患モデリングと創薬スクリーニングへの応用研究が世界中で進められている.しかし,スクリーニングにおける薬の有効性は同一疾患患者間においても個人差が大きく現れることがあり,網羅性の確保に向けて複数患者由来のiPS 細胞を用いる必要がある.その問題を解決する最も適切な手段がゲノム編集技術である.ゲノム編集はゲノムの特定領域に遺伝子改変を導入することのできる革新的な技術であり,iPS 細胞とゲノム編集技術を組み合わせた疾患研究が加速してきている.本稿では,疾患iPS 細胞技術とゲノム編集技術,またその医療応用について,著者らの構築した筋萎縮性側索硬化症(ALS)モデルを例に取り概説する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 869-876 (2020);
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筋ジストロフィーは,ジストロフィン遺伝子の変異が原因で発症する進行性の筋萎縮と筋力低下が生じる筋疾患である.ジストロフィンタンパク質が完全欠損すると重症型のデュシェンヌ型,ジストロフィンタンパク質の量的現象が起こると比較的軽傷型のベッカー型に分類される.近年ではゲノム編集技術CRISPR-Cas9 により,主にエクソンスキッピングを誘導することによりジストロフィンタンパク質の発現を回復させる遺伝子治療研究が試みられており,ウイルスベクター法や非ウイルス性のデリバリー技術を用い,マウスの生体内筋組織で直接ゲノム編集を施すゲノム編集治療法が数多く報告されている.最近では,イヌやブタなどの,より大型の哺乳動物においてもゲノム編集療法による治療効果が確認されており,今後の臨床開発にも期待がかかる.
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医学のあゆみ 273巻9号, 877-884 (2020);
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世界はじめての遺伝子改変細胞医薬品として,B 細胞性造血器腫瘍に対するキメラ抗原受容体導入T 細胞(CAR-T)“キムリア®”“イエスカルタ®”が,2017 年に米国で相次いで薬事承認を受けた.これらの劇的な臨床的有効性に触発され,現在,難治性悪性腫瘍を標的とする遺伝子改変T 細胞製剤の開発がきわめて競争的に進められており,CAR-T に引き続き,がん関連抗原特異的T 細胞受容体(TCR)を導入したT 細胞製剤(TCR-T)の治験も行われている.しかし,いずれの細胞製剤においても,今後の臨床現場への普及のためには未解決の問題が多く残されている.これらの課題を解決するとともに,より安全性と有効性の高いT 細胞療法を実現するため,ゲノム編集技術を用いた次世代の細胞作出技術の開発が開始されており,すでに海外ではゲノム編集型のCAR-T やTCR-T を用いた臨床試験が実施されている.
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医学のあゆみ 273巻9号, 885-892 (2020);
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肺癌治療は分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬の開発により大きな変革を遂げ,バイオマーカーに基づいたprecision medicine が現実となった.その一方でundruggable な標的遺伝子1)や,希少なドライバー変異を持つ肺癌への治療法開発が課題となる2).本稿では,近年著しく発展してきているゲノム編集技術を応用した人工転写因子による新しい癌治療法開発について解説する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 893-900 (2020);
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ゲノム編集技術は遺伝子ノックアウトを目的として開発されたが,そのなかの重要な要素であるDNA結合モジュールは,タンパク質で特定の塩基配列を標的できるという意味で,きわめて革新的な分子である.すなわち,このDNA 結合モジュールを転写制御因子やDNA・クロマチン修飾因子と組み合わせることで,さまざまな応用性が広がる.著者は,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)-1 のウイルスタンパク質の解析の過程で効率よく核内まで輸送されるペプチドベクターを見つけ,これと第二世代のゲノム編集法で開発されたTALE を組み合わせることで,画期的な人工転写制御システムを確立した.このシステムでは,組換えタンパク質を細胞の培養液中に添加するだけで,内在性遺伝子発現を操作できる.本稿では,このシステムを用いた2 つの具体例を紹介し,本システムのさらなる可能性について述べる.
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ゲノム編集の安全性評価と倫理問題,特許の現状
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医学のあゆみ 273巻9号, 902-908 (2020);
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遺伝子を簡便に改変できるゲノム編集は,生命科学・医学研究の基盤技術として急速に広まり,疾患の治療をめざす医療応用も進みはじめている.他方で,生殖医療の普及により,生殖を目的として作成されたが使われなくなったヒト受精胚が多数存在する状況がある.こうした状況のなか,ヒト受精胚を対象にゲノム編集をどこまで行ってよいかという課題が生じている.各国の規制としては,ヒト受精胚へのゲノム編集の基礎研究に関して日本を含むいくつかの国が制度を整備したうえで推進しようとしている.一方,臨床応用については,多くの国で法律や行政指針により現時点では禁止とされている.日本では臨床応用について指針しかなく,法律による規制が必要という方向に議論は向かっている.今後,より具体的な議論が進むと予想されるが,その際には専門家はもちろん,患者や患者団体なども参加して十分な議論が行われることが重要となる.
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医学のあゆみ 273巻9号, 909-915 (2020);
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CRISPR-Cas に代表されるゲノム編集ツールの革新により,狙ったゲノムDNA 配列を特異的に改変することが可能となった.DNA 二本鎖切断(DSB)を介した遺伝子ノックアウトやノックインに加えて,さまざまなエフェクターツールとの連結による一塩基置換など,DSB を介さない周辺技術も数多く開発されており,標的配列の精密な改変が容易に行えるようになってきた.その一方で,ゲノム上の非標的配列(オフターゲット配列)で意図せぬ突然変異が生じるリスクが常に存在するため,これを最小限に抑えることやオフターゲット作用を正確に評価することが,ゲノム編集を利用した基礎的生命科学研究において重要な課題である.また,ゲノム編集技術を用いた医療応用に対しては,安全性の指標としてオフターゲット作用を詳細に調べる必要がある.本稿では,現在の主流であるCRISPR を用いたゲノム編集技術におけるオフターゲット作用に関して,最新の知見と解析法を概説する.
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医学のあゆみ 273巻9号, 917-923 (2020);
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近年,ZFNs,TALENs,CRISPR-Cas9 といったゲノム編集技術が,次々と開発されてきた.これらゲノム編集ツールは,海外アカデミアを中心とした複数の主体が短期間のうちに相前後して特許出願を行い,主要国で次々と基本特許が成立しており,その一部は,アカデミア同士の特許紛争にまで発展している.成立した基本特許については,医療分野では多くの製薬企業が莫大なライセンス料と引き換えにビジネスを加速させている.一方,わが国の国家プロジェクトにおいても,ゲノム編集ツールやその応用・改良技術が数多く開発されてきているが,その産業化に際しては海外の主体により取得された基本特許の効力を分析し,ライセンスの取得や特許回避などの対応を行う必要がある.基本特許の効力が及ばない優れた国産技術も開発されてきていることから,それらを利用することも有力な選択肢のひとつとなろう.