医学のあゆみ

Volume 276, Issue 5, 2021
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【1月第5土曜特集】 糖尿病治療・研究の最前線2021
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- 糖尿病に対する新しい考え方
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インスリン発見の歴史
276巻5号(2021);View Description
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糖尿病の歴史は治療の歴史としても過言ではない.その歴史で最も輝かしい出来事は,1921 年にトロントチームによってインスリンが発見され,それ以降,死の渕にあった多くの人々の命が救われたことである.1923 年度のノーベル生理学・医学賞はアイデアを出したバンティングと指導者マクラウドの頭上に輝いた.糖尿病と膵臓との関連が明らかにされたのは,病理組織学的アプローチに負うところが大きい.インスリンの発見が現代の糖尿病学の発展に果たした功績ははかりしれない.それはおびただしい人々による研究の挫折の歴史であるばかりか,産学共同研究の走りである. -
スティグマとアドボカシー
276巻5号(2021);View Description
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スティグマとアドボカシーは,糖尿病臨床にきわめて重要な項目として近年注目を集めており,日本糖尿病学会編『糖尿病治療ガイド2020-2021』の糖尿病治療の目標にはじめて掲げられた.糖尿病に対する社会からの差別と偏見が,糖尿病患者に社会的・経済的不利益を与え,糖尿病患者自身の社会的地位と自尊感情を著しく損なっている.これを糖尿病スティグマという.さらに糖尿病に携わる医療従事者が糖尿病スティグマに関与している可能性もある.このような状況に立ち向かい,糖尿病患者の権利を守り,社会的地位を回復させる活動を糖尿病アドボカシーという.糖尿病アドボカシーは糖尿病患者の自己管理を支援することから,患者会活動,研究活動,政策提言,国際交流までさまざまな局面に及ぶが,糖尿病アドボカシーの目標達成のために,患者や医療従事者の力を結集して,明確なメッセージを適切な対象に届けるような戦略を構築することも重要である. -
CGM の進歩と応用
276巻5号(2021);View Description
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血糖変動の“見える化”が,約40 年ぶりに血糖自己測定(SMBG)から持続血糖測定(CGM)に進化し,治療に大きな変化をもたらしている.最近のリアルタイムCGM(real-time CGM:rtCGM)は,リアルタイムの皮下グルコース値を示すだけでなく,その上昇下降トレンド表示や,さまざまなアラート機能により治療の安全と安心を高めている.間欠スキャンCGM(intermittently scanned CGM:isCGM)は,スキャン時に皮下グルコース値と上昇下降トレンドを表示するがアラート機能はない.患者の治療目標に応じてCGM を選択し,各機種の特徴を活かして用いることが重要である.CGM は一定期間の24 時間の値を把握できるので,その値の分布からTIR(time in range)などが算出でき,新しい血糖コントロールの評価指標として提唱されている.今後,これらの指標と合併症との関係が確認されれば,CGM の利用価値がさらに高まると考えられる.一方,膨大化するデータを解析し治療に反映するには,DMS 指導(データマネジメントシステム指導)が求められる. -
新しいインスリンポンプ療法
276巻5号(2021);View Description
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インスリンポンプ療法(CSII)は,携帯型のインスリン注入ポンプを用いて,インスリンを持続的に皮下に注入する治療法である.健常人のインスリン分泌パターンに近づけるように,基礎インスリンの設定を調整することが可能であり,主に1 型糖尿病患者に対する治療法として用いられている.2015 年には,持続血糖モニター(CGM)機能を併用するインスリンポンプ療法であるsensor augmented pump(SAP)療法がわが国でも可能となった.また2018 年には,予測低血糖自動停止機能(PLGM)のあるSAP 療法が可能となった.さらに,日本初のパッチ式インスリンポンプが2018 年に発売され,インスリンポンプ療法の選択肢が増えている.Artificial pancreas(AP;人工膵臓)の実現を目標に,新たなインスリンポンプの開発はさらに進んでいる. -
ビッグデータを活用した研究
276巻5号(2021);View Description
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近年,情報技術の発展に伴い,診療を行うなかで生じるデータをほぼ自動的に収集し,二次的に研究利用することが可能となってきた.そのデータサイズは時に莫大なものとなり,ビッグデータとよばれるものも含まれる.本稿では,医療のビッグデータのなかでレセプトデータを用いた糖尿病研究に焦点を当てて概説した.ビッグデータの生み出すエビデンスは,治療方針や政策にも影響を及ぼす可能性のある,示唆に富むものも多いが,留意点も多くあり,結果を注意深く解釈したうえで治療方針や政策に生かすことが重要である. -
『糖尿病診療ガイドライン2019』食事療法改訂のポイント
276巻5号(2021);View Description
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日本人の2 型糖尿病は病態,年齢構成ならびに背景をなす生活習慣が多様化し,食事療法の個別化が求められている.総エネルギー摂取量の設定は,標準体重BMI 22 を基軸になされてきたが,一律な目標体重の設定には実効性を期待できない.高齢者糖尿病では老年症候群,とくにフレイルの予防を目的とした栄養設定が重要である.一定の目標値をめざすのではなく,患者の食習慣を踏まえ,コンプライアンスを評価しつつ,食を楽しむことを優先する指導が必要である.今回の改訂では標準体重を目標体重に改め,患者の属性に応じて初期設定をすること,栄養素摂取比率の数値目標を外し,食事摂取パターン(eatingpattern)を俯瞰的に評価することなどがポイントである. -
肥満2 型糖尿病と肥満外科(減量・代謝改善手術)
276巻5号(2021);View Description
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肥満外科手術は減量手術(bariatric surgery)として,欧米でBMI 35 以上の高度肥満患者へ導入され,その有効性と安全性が確立されてきた.近年,肥満2 型糖尿病に対しても体重減少と独立した糖代謝改善効果が認められ,代謝改善手術(metabolic surgery)ともよばれるようになった.この作用機構として,胆汁酸および腸内細菌の役割が注目を集めている.肥満外科手術は,内視鏡外科手技の導入により周術期合併症が減少し安全に行われているが,長期的合併症として減量不良,体重のリバウンド,糖尿病の再発・悪化,貧血・骨粗鬆症といった栄養障害,自殺率の増加といった問題が存在する.この解決には減量・代謝改善手術を統合的な肥満症治療のひとつの手段と認識し,内科医・外科医・精神科医・看護師・管理栄養士・薬剤師などで構成される多職種医療チームによる生涯にわたるサポートが必須である. -
コロナ禍における糖尿病診療
276巻5号(2021);View Description
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全世界的に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が蔓延し,人々が新しい生活様式を求められるようになった.さまざまな情報が錯綜するなかで,持病のある人(心疾患,呼吸器疾患,高血圧,糖尿病,肥満症など)が罹患しやすい,重症化しやすいということがことさら強調され,疾患を持つ人たちに不安を与えている.コロナ禍において,生活の一部である運動や食事の変化,心理的・社会的不安が直接的に血糖コントロールに影響を及ぼす糖尿病を持つ患者を診療する医療者として,どのように診療すればよいのか,療養指導をすればよいのかといった問題に直面することとなった.本稿では,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と糖尿病の関係を整理し,われわれ医療者がどのように糖尿病患者にかかわればよいのか考えてみたい. - 基礎研究
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インスリン分泌機構─糖尿病の膵β細胞におけるG タンパク質シグナル変換の意義
276巻5号(2021);View Description
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膵β細胞からのインスリン分泌は生理的にはグルコース刺激によって惹起されるが,種々の因子によって制御される.とくに消化管から分泌されるインクレチンによる分泌増強は重要であり,これを応用したインクレチン関連薬は現在,2 型糖尿病の標準治療となっている.主要な2 つのインクレチンであるglucagon-like peptide-1(GLP-1)とglucose-dependent insulinotropic polypeptide(GIP)は健常人ではいずれもインスリン分泌を増強して食後高血糖を抑制するために重要であるのに対し,2 型糖尿病患者ではGLP-1 の作用は保持されるがGIP の作用が減弱していることが知られていた.しかし,この原因は長らく大きな謎であった.最近,ATP 感受性K チャネル(KATPチャネル)のサブユニットKir6.2 の膵β細胞特異的欠損マウスや糖尿病モデルマウスの解析から,糖尿病の膵β細胞では高血糖による持続的脱分極のために細胞内のG タンパク質シグナルの変換が起こり,GLP-1 とGIP に対する応答性に差異が生じることが明らかになった.これは2 型糖尿病患者でGLP-1 のみが血糖降下作用を示す理由を説明するものであり,糖尿病治療に重要な示唆を与える. -
膵β細胞量調節の分子機構
276巻5号(2021);View Description
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糖尿病の病態におけるインスリン作用不足の原因の背後には,膵β細胞の機能低下と膵β細胞量の低下が存在する.1 型糖尿病,2 型糖尿病は病気の進行とともに機序は異なるが,いずれも膵β細胞量の低下することが示されている.そこで,膵β細胞量を増やすことができれば,糖尿病の有用な治療選択肢になることが期待される.膵β細胞量の調節機構には,①幹細胞由来の膵β細胞の移植,②膵β細胞新生(neogenesis)の促進,③膵β細胞の脱分化・分化転換の抑制,④膵β細胞増殖の促進,⑤膵β細胞死(アポトーシス,ネクローシス)の抑制などがあげられる.膵β細胞増殖を促進させるDYRK1A 阻害薬やTGF-β阻害薬,Isx9 などの分子が近年では次々と発見されており,このような研究は膵β細胞量を増加させ,糖尿病を根本的に改善する治療につながると期待される. -
膵島の発生
276巻5号(2021);View Description
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膵臓の多くを占める膵外分泌細胞と,膵島を形成する膵内分泌細胞は発生過程において,同じ膵前駆細胞から複数の段階を経て分化する.これまで細胞系譜解析やノックアウトマウスの解析により,この過程が周囲の組織,細胞からのシグナルと,その結果発現が誘導されるさまざまな転写因子によって制御されていることが明らかとなっている.これらの知見に加えて,近年,終末分化を遂げた膵内分泌細胞が代謝ストレス下で脱分化や異なる細胞へ分化転換し細胞運命が変わることも報告されており,膵内分泌細胞の可塑性が示されてきている.この制御メカニズムを理解することは,糖尿病で質的・量的に障害されている膵β細胞を補うための新規治療戦略を開発するうえで非常に重要であるが,すべての膵内分泌細胞の分化過程が明らかになっているわけではない.今後,さらに膵内分泌細胞の分化過程・可塑性の理解が進み,その知識を通じて,糖尿病再生医療の発展につながることが期待される. -
GIP による脂肪量の制御
276巻5号(2021);View Description
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GIP(glucose-dependent insulinotropic polypeptide)は,十二指腸や上部小腸を中心に存在するK 細胞から食事摂取に伴って血中に分泌され,血流を介して到達した各臓器のGIP 受容体に結合する.GIP 受容体は,GIP が結合すると促進型G タンパク(Gs タンパク)を介してアデニルシクラーゼを活性化し,細胞内環状アデノシン一リン酸(cAMP)濃度を増加させることにより,受容体が分布する細胞においてさまざまな作用を発揮する.とくに膵β細胞上のGIP 受容体を介してインスリン分泌を促進する作用を有することから,glucagon-like peptide-1(GLP-1)とともにインクレチンとして広く知られている.膵β細胞以外にも多くの臓器におけるGIP 受容体の発現が報告されており,GIP 受容体欠損マウスの解析などからさまざまな膵外作用も明らかになっている1,2).本稿では,とくに脂肪摂取に伴うGIP 分泌機構およびGIPの脂肪細胞における作用と生理的意義,GIP シグナル制御による肥満治療の可能性について概説する. -
2 型糖尿病におけるグルカゴン分泌異常
276巻5号(2021);View Description
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最近のグルカゴン抑制作用を併せ持つ糖尿病薬の登場により,グルカゴンが再注目されている.2 型糖尿病患者(T2DM)と健常人(CONT)の血中グルカゴン濃度を,最近開発された新しい測定法であるサンドイッチELISA で比較検討した結果,以下の3 点で有意差を認めた.①2 型糖尿病患者は健常人より空腹時グルカゴン値が高い.②2 型糖尿病患者は糖負荷後30 分のグルカゴン値が低下しない.③2 型糖尿病患者は食事負荷後30 分のグルカゴン値が顕著に上昇する.さらに,食後30 分のグルカゴン値の変化は耐糖能とは相関するが,インスリン値やインクレチン値とは相関しない.サンドイッチELISA によるグルカゴン測定が,糖尿病の病態を診断するための独立した指標として応用できる可能性がある. -
肝臓における“選択的インスリン抵抗性”の分子機構
276巻5号(2021);View Description
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肝臓は糖・脂質代謝において中心的な役割を果たしている臓器のひとつであり,インスリンは糖産生を抑制し脂肪合成を促進する.実際,肝臓特異的インスリン受容体欠損マウス1)や,肝臓特異的インスリン受容体基質(IRS)-1/IRS-2 ダブル欠損マウス2),肝臓特異的Akt2KO マウス3)では,いずれも糖産生の亢進と脂肪合成低下が認められる.一般に肝臓におけるインスリン抵抗性とは,インスリン作用障害のために血中のインスリンレベルは高いにもかかわらず,肝糖産生を抑制できていない病態を指す.ところが2型糖尿病では,しばしば空腹時の高血糖と脂肪肝の合併が認められる.これはインスリン作用の面からみると,肝臓における糖産生抑制は障害されているものの,脂肪合成に関してはむしろ亢進しているという,一見相反する病態である.この現象は糖代謝においてのみインスリン抵抗性(糖産生の抑制障害)を呈していることから,“選択的インスリン抵抗性”といわれ,総説などにも広く取り上げられているが4),その分子機構はいまだ十分に解明されていない(図1). -
骨格筋によるインスリン抵抗性の調節
276巻5号(2021);View Description
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わが国の死因の上位を占める心血管疾患(心筋梗塞・脳梗塞など)やがんの主要な原因のひとつは,エネルギー収支バランスの崩れによる肥満を基盤としたインスリン抵抗性と考えられる.インスリン抵抗性は遺伝素因によっても影響を受けるが,食事や運動などの生活習慣・環境因子に深く関係する.過食や運動不足による過栄養状態では,脂肪細胞の肥大化,脂肪組織への炎症細胞の浸潤,アディポカインの分泌異常などが出現し,全身のインスリン抵抗性を引き起こす.本稿では,主に肥満2 型糖尿病におけるインスリン抵抗性の病態メカニズムを概説し,脂肪細胞研究の新たな展開と今後の可能性について述べたい. -
糖尿病とサルコペニア
276巻5号(2021);View Description
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高齢者にとって体の自立を保つために大きな役割を果たすのは“移動する”という機能であり,健康寿命の延伸において,骨格筋量の維持は非常に重要である.サルコペニアは加齢による筋量減少とそれに伴う身体活動能力の低下に特徴付けられる病態であり,高齢者の身体活動能力の維持や健康寿命に大きな影響を及ぼす要因として近年注目されているが,その分子メカニズムは十分に明らかにされていないのが現状である.これまでの研究から,糖尿病患者ではサルコペニアの有病率が高いことが知られているのみならず,糖尿病とサルコペニアは互いに増悪因子となり,両者の病態を悪化させる可能性が指摘されており,これらのメカニズムを明らかにし,有効な介入方法を開発することが必要である. -
白色脂肪組織とマクロファージ
276巻5号(2021);View Description
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脂肪組織に在住するマクロファージは脂肪細胞の機能を調節し,全身の代謝を制御する.マクロファージはその役割の違いからM1 型とM2 型に分類される.肥満で増加するM1 マクロファージは炎症性サイトカインを分泌し,インスリン抵抗性を誘導する.一方,非肥満で優位に存在するM2 マクロファージはIL-10 などのサイトカインを分泌し,その抗炎症作用によりインスリン感受性の維持に関与する.これまで,この肥満によりマクロファージがM2 型からM1 型へ変換するという仮説が主流であった.しかし,M2 マクロファージ由来のIL-10 が脂肪細胞のIL-10 受容体αを介して,成熟脂肪細胞の脂肪燃焼関連遺伝子を抑制し,肥満や耐糖能を悪化させるという報告がなされた.また筆者らは,M2 マクロファージがTGF-βを介して前駆脂肪細胞の増殖と脂肪細胞への分化を抑制し,全身の肥満とインスリン感受性を調節することを明らかにした.M2 マクロファージの抗炎症作用および耐糖能に対して良好な作用を持つという解釈は見直しが迫られてきている. -
褐色脂肪細胞
276巻5号(2021);View Description
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褐色脂肪組織は白色脂肪組織と異なり,多胞性の脂肪滴や豊富なミトコンドリアを有し,熱産生とエネルギー消費が活発である.褐色脂肪組織が予想以上に幅広い年代に存在することが18-fluorodeoxyglucose-positron emission tomography(FDG-PET)を用いた実験で見出された.さらに,寒冷刺激などの環境要因で白色脂肪組織内に生じる誘導型褐色脂肪細胞(ベージュ脂肪細胞)も肥満や2 型糖尿病の治療戦略として注目される.本稿では,褐色脂肪細胞に特徴的な転写制御機構,褐色脂肪細胞による全身の糖・脂質・エネルギー代謝について概観する. -
臓器間神経ネットワークによる代謝制御機構
276巻5号(2021);View Description
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臓器間ネットワークとは,液性因子や神経因子をシグナルとして生体内の複数の臓器が情報を共有し,緊密に連携するシステムである.特に,神経を介した臓器間ネットワークにより脳が末梢臓器から代謝情報を収集し,個体レベルでの恒常性を維持していることが明らかとなってきている.脂肪細胞と中枢神経間,肝臓と脂肪組織間の神経ネットワークがエネルギー代謝制御に関連しており,その変調で肥満が生じることや肝臓のアミノ酸代謝が自律神経ネットワークを介して全身の脂質代謝を制御する機構が明らかとなった.さらに,肥満時の糖代謝の恒常性維持機構として,肝臓と膵β細胞間の臓器間神経ネットワークを介した代償性膵β細胞増殖機構やその分子機構も解明されている.これら臓器間神経ネットワークの制御を人為的に調整することが可能となれば,臓器特異的な治療が実現され,その意義は非常に大きい.臓器間神経ネットワークのさらなる詳細な解析,そして臨床応用の実現が期待される. -
アディポネクチン受容体作動薬
276巻5号(2021);View Description
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糖尿病の患者数は,世界的に激増の一途をたどっており,大きな社会問題となっている.国際糖尿病連合の発表によると,2019 年現在の世界の糖尿病有病者数は,4 億6,300 万人に上る.糖尿病患者急増という実態を受け,肥満,インスリン抵抗性,糖尿病,さらには合併症の原因解明とそれに立脚した根本的予防法や治療法の確立が重要かつ急務である.肥満に伴って,脂肪細胞から分泌される生理活性物質アディポネクチンが低下し,全身でのアディポネクチンとその受容体AdipoR の作用低下が,生活習慣病激増の主要な原因となっている.AdipoR の活性化は,カロリー制限や運動を模倣する効果を発揮し,糖・脂質代謝改善作用に加え,寿命延長効果も持つ.筆者らは,AdipoR 受容体作動薬のシーズとなる低分子化合物の取得に成功し,AdipoR を標的にした構造ベース創薬を進めている.AdipoR 経路の活性化が,肥満・2 型糖尿病治療のみならず,健康長寿の実現につながる可能性を期待したい. -
アディポネクチンの新しい作用
276巻5号(2021);View Description
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アディポネクチン(APN)は脂肪細胞から特異的に産生される分泌タンパクであり,約25 年前の発見以来,これまでに世界中で2 万報を超える研究報告がなされている.肥満に伴って低下し,糖代謝調節や心血管保護作用をはじめ,さまざまな臓器保護作用を有する善玉タンパクとされてきたが,近年ではAPN値が高いほど予後がよくないというAPN パラドックスがさまざまな臨床病態で報告されている.一方,ゲノムワイドな臨床研究である大規模メンデルランダム化試験から,APN 値の変化は2 型糖尿病や心血管疾患発症リスクに直接影響しないことが結論され,これまでの欠損マウスや組換え体投与などの実験動物を用いた研究との乖離が示された.筆者らはAPN が,その生理的には唯一証明できた受容体であるT-カドヘリン(T-cad)への結合を介してエクソソーム生合成を促進することを見出した.本稿では,この新しい作用原理からAPN にまつわる不思議を解き明かしてみたい. -
腸内細菌叢と糖尿病
276巻5号(2021);View Description
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ヒト腸管には約1,000 種類,100 兆個,重さにして約1.5 kg の腸内細菌叢が常在し,さまざまな因子によってできた腸内環境に適応しながら特有の生態系を形成している.Firmicutes 門,Bacteroidetes 門,Actinobacteria 門,Proteobacteria 門の4 つの門に分類される菌がほとんどを占める.それぞれの腸内細菌はほかの腸内細菌と共生関係を築きつつ,自らの生存のために活発に代謝を行い,さまざまな代謝産物を生み出す.それらの一部は腸管から吸収され宿主の体内で生理作用を発揮する.そして,腸内細菌叢の破綻(dysbiosis)が代謝疾患,消化器疾患,アレルギー/免疫関連疾患,神経精神疾患など,多くの疾病の発症や病態と関連することが明らかとなっている.近年,メタゲノム解析などのオミックス解析が盛んに行われるようになり,腸内細菌叢による糖代謝への作用が明らかになってきた.本稿では,糖尿病における腸内細菌叢の役割について概説し,その意義について考えてみたい. -
【トピック】 SGLT2 阻害薬の登場により見えてきたケトン体の功罪
276巻5号(2021);View Description
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ケトン体は糖尿病に伴うケトアシドーシスの原因となることから,この物質には健康に対する強い負のイメージが根付いている.しかし,ケトン体は元来,飢餓にさらされてきた生物にとって絶食中の重要なエネルギー源であり,ケトン体産生は重要な進化のひとつであったと考えられる.近年,健康長寿をめざした研究が進められるなか,ケトン体による臓器保護効果の報告は相次ぎ,ケトン体の秘めたる役割に脚光が寄せられつつある.筆者らも,①ケトン体が糖尿病性腎臓病に対して保護効果を発揮すること,②このケトン体による臓器保護効果がSGLT2 阻害薬による腎保護に重要な役割を果たすこと,を明らかにした.SGLT2 阻害薬の登場により,ケトアシドーシスというケトン体の“陰の側面”が問題視される一方で,われわれの予期しなかったケトン体による臓器保護効果という“陽の側面”も明らかとなってきている.ここでは,SGLT2 阻害薬の登場により明らかになりつつあるケトン体の功罪について概説する. -
【トピック】 骨格筋組織再生を対象としたシングルセルRNA-seq 解析
276巻5号(2021);View Description
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損傷を受けた骨格筋では,骨格筋幹細胞を中心とした多様な細胞集団が相互に作用しながら組織を修復し再生することによって恒常性を維持している.しかし,どのような種類の細胞がどのように経時的に変化・機能しているかについてはいまだ不明な点が多い.シングルセルRNA シークエンス(scRNA-seq)解析は,細胞集団に含まれる遺伝子発現量を1 細胞レベルで捉えることで,細胞の分化方向性や特異的なマーカー分子を明らかにすることが可能な手法であり,近年,幅広い研究領域で活用されている.本稿では,scRNA-seq 解析を用いて,骨格筋細胞社会の多様性を解析した研究について概説するとともに,骨格筋再生過程の解析例として筆者らの研究ついて紹介する. -
【トピック】 長鎖ノンコーディングRNA による血糖調節機構
276巻5号(2021);View Description
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トランスクリプトーム解析などから膨大な数のタンパクをコードしないRNA,長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)が転写されていることが明らかにされた.lncRNA はエピジェネティクスの新たな分子基盤として,遺伝子転写などを介して多様な生体のプロセスに関与することが明らかになってきた.2 型糖尿病では遺伝因子と環境因子を背景として,膵β細胞からのインスリン分泌の低下,肝臓からの糖新生の亢進,骨格筋における糖取り込みの障害を直接の原因とする高血糖をきたす.近年,これらの障害に関連する可能性のあるlncRNA が同定され,その制御による治療の可能性も示されている.今後,さらに詳細な作用機構が解明され,診断や治療に役立つことが期待される. -
【トピック】 2 型糖尿病および肥満におけるDNA メチル化の最新知見
276巻5号(2021);View Description
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肥満および2 型糖尿病の発症と進展には,環境因子がエピジェネティクス,とくに遺伝子のDNA メチル化修飾を介して関与していることが明らかになってきた.ゲノムワイドなDNA メチル化解析は,CpGSNPsという新たな知見を見出し,2 型糖尿病の発症と進展の解明に大きく貢献している.一方で,胎生期から乳児期にかけての栄養環境が成人期の生活習慣病への罹患を規定しうるというDevelopmentalOrigins of Health and Disease(DOHaD)学説が近年注目を浴びており,その分子機構としてDNA メチル化によるエピゲノム記憶が想定されている.最近の研究により,エピゲノム記憶の分子実体としてfibroblastgrowth factor 21(FGF21)遺伝子のDNA メチル化制御機構が解明されつつある. - 成因研究
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劇症1 型糖尿病─irAE を含む
276巻5号(2021);View Description
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劇症1 型糖尿病は1 型糖尿病のサブタイプのひとつであり,非常に急激に膵β細胞が破壊され,内因性インスリン分泌が枯渇することで,糖尿病を発症する.このため,早急な診断と治療が必須である.劇症1 型糖尿病の病態については,これまでに遺伝因子とウイルス感染などの環境因子が関与していることが示されている.一方で,悪性黒色腫や非小細胞性肺がんなどの治療に使用される免疫チェックポイント阻害薬投与後に急激なインスリン分泌低下を起こし,急性発症1 型糖尿病や劇症1 型糖尿病を発症したという報告を散見する.糖尿病ケトアシドーシスあるいはケトーシスを合併することが多い.がん治療を行う際に定期的な血液検査がされており,高血糖のみで発見されるケースもある一方,死亡例の報告もあり,早期診断・早期治療が必須である. -
1 型糖尿病に対する免疫修飾療法の可能性
276巻5号(2021);View Description
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1 型糖尿病は,膵島特異的細胞性免疫を主因とした膵β細胞の破壊によって発症し,成因に対する治療法は確立されていない.欧米では30 年以上にわたり,膵β細胞の破壊阻止を目的として,免疫抑制剤や抗原ワクチンを用いた免疫修飾療法の臨床試験が行われており,2015 年以降に有効性を示唆する試験結果が報告されている.また,最新の知見では膵島抗原ペプチドで教育した制御性樹状細胞を自家移植するオランダの第Ⅰ相臨床試験も報告され,注目を集めている.本稿では,自己免疫(膵島特異的細胞性免疫)の制御を目的とした免疫修飾療法の現状について,欧米の情勢を中心に,筆者らの取り組みや発症予防の可能性も含めて概説する. - 合併症
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糖尿病性腎臓病に対する内因性保護的因子としてのオートファジーの役割
276巻5号(2021);View Description
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糖尿病性腎臓病(DKD)は,原因因子(causal factor)としての高血糖状態に起因する細胞内代謝異常に加え,それに対する内因性保護因子の減弱の結果,発症・進展する.オートファジーは,エネルギー枯渇時に自己細胞成分の分解により,生存のために必要なタンパク質を合成する材料やエネルギー源を確保するシステムであるが,酸化ストレス,炎症,小胞体(ER)ストレス,低酸素などを含む細胞内ストレスにより障害を受けた細胞内小器官(オルガネラ),凝集タンパク質などを分解し浄化することにより,細胞機能のホメオスタシスの保持にも重要な役割を果たす内因性保護因子である.近年,DKD の病態形成にオートファジーの低下ならびに,その制御に関わる栄養応答シグナルの変異との関係が明らかになってきた.本稿では,DKD の発症・進展機序におけるオートファジーを中心に概説する. -
日本糖尿病学会(JDS)と日本循環器学会(JCS)による合同コンセンサスステートメント
276巻5号(2021);View Description
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糖尿病治療の目標は健常人と変わらない生活の質(QOL)を保ち,健常人と変わらない寿命を全うすることにある.心血管疾患は糖尿病患者に合併しやすい疾患であり,その予防や進展阻止はQOL の維持や健康寿命を全うするために取り組むべき重要な課題である.日本糖尿病学会(JDS)と日本循環器学会(JCS)はこのような共通理解のもと,糖尿病と循環器疾患に関する最新のエビデンスに基づいたコンセンサスを集約し,両診療科間の情報共有を図り,結果として診療の質向上に寄与することを目的として合同ステートメントを発表した.このJDS/JCS 合同ステートメントはわが国独自のコンセンサスステートメントであり,①診断,②予防・治療,③紹介基準,の3 つのパートから構成されている.本ステートメントが一般医家に活用され,また両診療科における情報共有や相互理解にも寄与することが期待される. -
糖尿病性神経障害─早期診断への期待
276巻5号(2021);View Description
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糖尿病性神経障害は,四肢の遠位より感覚機能障害が顕在化する特徴を持つ糖尿病性多発神経障害(DPN)が大半を占める.本稿では,そのDPN の早期診断に関する近年の知見を紹介する.DPN は最も頻度の高い糖尿病性合併症であるが,臨床的意義については十分に理解されていない.従来,DPN が足潰瘍・足壊疽などの重要な危険因子であることや,疼痛やしびれなどによるQOL の低下をもたらすことがよく認識されてきた.一方で近年,DPN の存在が心血管予後および生命予後の増悪をもたらす可能性が指摘されており,DPN 診断の重要性が増大している.症候的に明らかなDPN を合併した時点で予後が顕著に増悪することは,臨床経験からも肯首できるところであるが,近年では,より早期からの無症候性DPN の診断が,患者の予後改善につながる可能性が期待されている.DPN と心血管・生命予後の因果関係を論ずることは時期尚早ではあるが,本稿では近年の論議の高まりの一部を紹介したい. -
糖尿病とNAFLD/NASH
276巻5号(2021);View Description
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非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)は,組織学的あるいは画像的に認められた脂肪肝のうち,ウイルス肝炎や自己免疫性肝疾患,薬剤性肝障害などの特異的肝疾患を除外し,規定のアルコール摂取量以下ものと定義される.糖尿病とNAFLD は肥満・インスリン抵抗性という危険因子を共有しており,NAFLDはメタボリックシンドロームの肝での表現型とも考えることができる.NAFLD のうち,進行性の線維化を伴う非アルコール性脂肪肝炎(NASH)は,わが国におけるウイルス肝炎を合併しない肝細胞癌増加の主因であると考えられている.糖尿病が種々の悪性腫瘍を増加させるとの知見が集積されているが,とくに肝発癌を最も増加させる.NAFLD/NASH は病態が進行するまで無症候であり,生存予後を左右する場合もあるため,糖尿病患者における合併症として今後留意する必要がある. -
糖尿病とがん
276巻5号(2021);View Description
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がん患者は増加の一途をたどり,生涯で2 人に1 人ががんに罹患する時代である.同様に,国民病である糖尿病はその予備軍まで合わせると,2016 年の国民健康・栄養調査から5 人に1 人が罹患していると報告されている.当然のことながら糖尿病とがんを併せ持つ患者も増え,この糖尿病とがんの関連についての報告が相次いでいる.糖尿病(主に2 型糖尿病)は発がん,およびがん死のリスク増加と関連していることが注目されている.糖尿病とがんは,リスクファクターに多くの共通因子を有する.さらに,観察研究からいくつかの経口血糖降下薬においてがん罹患リスクに対する影響について報告されているが,現時点でのエビデンスは限定的であり,良好な血糖コントロールを優先した糖尿病治療が望ましい.また,がん患者における血糖コントロール目標については,通常の糖尿病の合併症予防の糖尿病管理目標でなく,安全で有効ながん治療のための血糖管理目標について議論が必要であろう. -
糖尿病と認知症
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糖尿病における脳病変を反映するバイオマーカーは,①認知症の病型や病因の指標,②脳実質損傷の指標,③脳血流および代謝関連の指標,に大きく三分される.糖尿病患者における認知症のetiology は一様でなく,認知症病態形成への糖代謝の関与も病変の種類によって異なる可能性がある.2 型糖尿病と認知症の発症増悪機序をつなぐ候補分子として,アミリンが注目されている.アミリンとアミロイドβ(Aβ)が形成するアミロイドフィブリルは立体構造が類似し,脳と膵島で互いの凝集を促進している可能性がある.GLP-1 受容体作動薬(デュラグルチド)をプラセボと比較したREWIND 試験では,認知機能のベースラインの得点が低かった群において,有意に認知機能の実質的低下が少なかった.一方,DPP-4 阻害薬(リナグリプチン)をスルホニル尿素(SU)薬と比較したCAROLINA 試験では,認知機能のアウトカムに差を認めなかった.低血糖に対する脆弱性の高い患者群で治療薬の影響を評価するためには,リアルワールドのデータ検証が重要となる. -
糖尿病と骨合併症
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1 型糖尿病はいうまでもなく,2 型糖尿病患者でも骨折リスクの上昇が認められることは今や広く認識されており,わが国の『糖尿病診療ガイドライン』にも記載されている.糖尿病では,罹病期間あるいは血糖コントロール不良の程度が骨折リスクの上昇につながるとされる.また,インスリン作用不全そのものが骨脆弱性をもたらすと考えられているが,その機序については不明な点が多い.糖尿病患者の骨折リスクは,骨密度を主体とした一般的な評価よりも高いことから,原発性骨粗鬆症に比べて早期からの介入が必要と考えられている.高齢者の骨折抑制は医療に求められる重要課題のひとつであり,未解明の問題を含めて,病態と臨床疫学の両面から糖尿病と骨粗鬆症や骨折の関係を理解しておくことが望まれる. -
妊娠糖尿病のマネジメント
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妊娠糖尿病(GDM)は妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病に至っていない糖代謝異常である.一般妊婦の8~9%に合併するといわれるが,効率のよいスクリーニング法はいまだ明らかではない.妊娠高血圧症候群,帝王切開,巨大児や過体重児,新生児期の低血糖などの周産期リスクが上がり,妊娠糖尿病を合併した女性の将来の2 型糖尿病発症リスクは非合併女性の約10 倍であり,児も将来の肥満や耐糖能異常のリスクが高い.妊娠糖尿病において,妊娠転帰の改善はもちろんのこと,長期的に女性とその児の代謝面を改善させるために,妊娠中から産後長期の切れ目のない女性とその児に対する支援体制の構築が必要である. - 治療法
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糖尿病の予防治療における食事療法と運動療法の統合効果に関する大規模医療データエビデンス
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食事・運動療法は“労多いわりに益少ない”と思われがちであるが,大規模医療データ研究のエビデンスによると,薬物療法に匹敵する効果が期待される.肥満は,糖尿病とその合併症のリスクを上昇させ,とくに日本人においてはわずかな体重増加でも糖尿病発症リスクとなる.肥満者を中心とした糖尿病高リスク者に対する食事や運動の糖尿病予防についてのエビデンスは確立している.その一方,糖尿病患者に対する食事療法と運動療法の有効性,とくに両者の組み合わせ効果についてのエビデンスは十分ではない.観察研究からは,合併症や死亡率も含め非常に効果が大きいことが示唆されるものの,介入研究のメタアナリシスでは,一時的なHbA1c 低下効果が示されているのみである.今後,具体的な指導内容に関するものも含め,研究がさらに充実することが期待される. -
薬物療法─総論
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糖尿病治療の目標は,良好な代謝管理によって合併症や併発症の発症・進展を阻止し,良好な日常生活の質(QOL)を維持することである.代謝管理においては,血糖のみならず血圧,脂質,体重などの総合的な管理が必要となる.糖尿病の薬物治療はインスリンが精製され臨床応用された1922 年から現在までの間にめざましい発展を遂げ,現在,多くの経口糖尿病治療薬や注射製剤が糖尿病の病態に合わせて用いられている. -
これからのインスリン治療
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インスリン治療は糖尿病治療において大きな主軸であるものの,いまだ患者にとってインスリン注射導入に対するハードルは高く,負担は大きい.患者の負担を軽減しつつ,血糖コントロールの改善と糖尿病合併症の予防を図ることができるインスリン治療が求められ,新しいインスリン製剤やデバイスの開発が期待されている.近年,発売されている基礎インスリン/GLP-1 受容体作動薬の配合剤は2 種類の薬剤を同時に投与することでそれぞれの特性を生かした相乗効果が期待できる薬剤であり,単なる配合剤の域を出た新しい糖尿病治療薬といえる.また,より作用発現時間が早く,切れのよい新たな超速効型インスリンは,既存の超速効型インスリンに対する優越性は確認されていないものの,今後われわれが臨床において使用経験を重ねていくことが重要である.さらに,治験段階である週1 回持効型インスリン製剤(insulin icodec)が使用可能となれば,これまでさまざまな理由でインスリン導入が困難であった血糖コントロール不良の患者に対しても治療が適用されるため,その期待は大変大きい. -
心不全治療薬としてのSGLT2 阻害薬
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以前から糖尿病と心血管系イベントとの間には密接な関連性があることが知られていたものの,積極的な糖尿病治療がかならずしも心血管病の治療に結びつかない現実もあった.近年,臨床応用されるようになったSGLT2 阻害薬は,腎臓の近位尿細管に位置する糖とナトリウムを再吸収するSGLT2 というトランスポーターの働きを阻害することで,尿中への糖の排泄を促進する新しい糖尿病治療薬である.浸透圧性利尿の効果によってうっ血性心不全に対する有効性が期待されていたが,むしろ多面的な効果によって従来想定されていた以上に心血管系に対してさまざまな影響を与え,心血管病の予後を劇的に改善させることが明らかになってきた.近年は糖尿病性腎症に対する腎保護効果があることも判明してきたのみならず,糖尿病の有無にかかわらず心不全患者の予後改善効果があることも判明してきており,SGLT2 阻害薬は単なる糖尿病治療薬という枠組みを大きく越えて,心不全に対する標準治療薬として認識されようとしている. -
DPP-4 阻害薬,GLP-1 受容体作動薬の適正使用のポイントと使い分け
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インクレチンの作用に基づく糖尿病治療薬であるDPP-4 阻害薬,GLP-1 受容体作動薬はこの10 年間,国内外の糖尿病診療を大きく変革してきた.DPP-4 阻害薬は非肥満,インスリン分泌不全を特徴とする日本人を含む東アジア人の2 型糖尿病において,他民族と比べて血糖改善効果が大きい.低血糖リスクも少なく,高齢者や合併症の進行した患者でも使いやすいため,治療中の糖尿病患者の7 割に使用されている.一方,GLP-1 受容体作動薬は,血糖改善効果に加えて減量効果を有することから,近年,増加傾向にある若年肥満2 型糖尿病に用いられることが多い.とくに心血管イベントや腎イベントの抑制効果が示されたこと,また週1 回注射製剤に加え,経口薬が登場し,今後,より多くの糖尿病患者に使用されると期待される.水疱性類天疱瘡の頻度はきわめてまれであり,急性膵炎に留意してDPP-4 阻害薬を使用する必要があるが,過去10 年間で,DPP-4 阻害薬,GLP-1 受容体作動薬ともに一定の安全性が確認されている.DPP-4 阻害薬,GLP-1 受容体作動薬の使い分けについて,今後,患者の生活の質(QOL)や医療経済学的観点からも引き続き検討が重要である. -
イメグリミンの作用機構とポジショニング
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イメグリミンは,はじめてのテトラヒドロトリアジン(グリミン)系の経口糖尿病薬であり,血糖降下の機序として,ミトコンドリア機能改善を介する肝臓・骨格筋でのインスリン抵抗性の改善と,膵β細胞におけるインスリン分泌能の亢進の双方が寄与していると考えられている.これまで第Ⅱ相および第Ⅲ相臨床試験がわが国を中心として海外でも行われ,単剤でも既存の経口糖尿病薬やGLP-1 受動態作動薬,インスリンなどの注射薬との併用でも良好な血糖降下作用が認められている.一方で,これまでのところ大きな副作用は認められておらず,2021 年にはわが国において上市されると予想されているが,比較的幅広い患者層に対して,第一選択薬としても併用薬としても使用可能と期待されている. -
サルコペニアを合併した糖尿病性腎症の治療
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糖尿病,腎臓病,加齢のすべてがサルコペニアリスクとなり,腎機能の低下に伴ってサルコペニアが増加することが知られる.腎障害を合併した糖尿病症例において問題となるのは,おそらくは糖尿病性腎症(以下,腎症)に関して実施されてきた食事療法や,最近腎症に対して進展抑制効果が明らかとなってきた薬剤などがサルコペニアに関してはまったく真逆の影響がある可能性である.本稿では,腎症とサルコペニアに関して概説するとともに,食事・薬物治療で問題になってくるであろうことをディスカッションしたい. -
【トピック】 糖尿病患者の余命
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2016 年の国民健康・栄養調査では,糖尿病が強く疑われる人は約1,000 万人と推定され,性・年齢階級別の解析では,高齢者における糖尿病有病率が高いことが報告されており,超高齢社会のわが国において,今後も糖尿病患者数が増加することが予想される.糖尿病患者では,合併症を併発すると死亡リスクが高くなると報告されているものの,糖尿病患者の平均余命を推計した研究は少ない.朝日生命成人病研究所附属医院において実施した研究では,糖尿病患者の40 歳における平均余命は男性で39.2 年,女性で43.6 年と推計された.日本全体の傾向と同様に,社会環境,生活習慣や医療技術の進歩により,糖尿病患者の予後が改善している可能性を示唆している. -
【トピック】 1 型糖尿病の移行期医療
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1 型糖尿病は小児期の発症が多いとされる疾患であり,現在の医療では不治の病であるため,生涯にわたり自己管理のもとで治療を継続する必要がある.1 型糖尿病患者におけるトランジションとは,小児科に通院していた患児が成長すると,患者は内科に転科するという過程を表す.トランジションには小児科と内科の方向性が異なることや金銭的な問題が伴ってくる.つまり小児科,内科がともに同じ方向性を示すことが大切である.金銭的な問題については,われわれなりの工夫を加えて論じていく.トランジションの可能な時期かどうかについては,1 型糖尿病移行期医療合同委員会の作成した患者用・保護者用の“1型糖尿病の成人期医療移行チェックリスト”を用いることが有用である.また,医療機関の選択も大きな問題であり,信頼できる医療機関を積極的に選択して紹介することも重要である. -
【トピック】 糖尿病診療での動機づけ面接
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動機づけ面接(MI)は患者が行動変容を起こすことを念頭に行う,両価性に着目した協働的なコミュニケーションスタイルである.来談者(患者)中心療法がもととなり,行動目標への動機を喚起・促進する要素を加えている.患者と会話をするときに必須となる心構え(スピリット)の部分と,人の一般的性質を利用しているスキルの部分に分かれる.アルコール依存症患者でのカウンセリングではじまり,現在では糖尿病,各種薬物依存,禁煙,生活習慣病,司法分野での更生プログラムなど,多岐にわたる領域でエビデンスが報告されている.医師,薬剤師,心理士,看護師,精神保健福祉士,保護監察官,教諭など,職種・領域を問わない.一往復の会話などの短時間介入でも使え,他の技法と組み合わせて補完的にも使える.MI のスキルを比較的短期間に身につけられる学習プログラムが用意されているが,グループワークを行うことによりスピリットについても体感できるように構成されている.
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