医学のあゆみ
Volume 278, Issue 1, 2021
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【7月第1土曜特集】 痛み─慢性痛研究の最近の話題と将来展望
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- 痛みの機序
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慢性腰痛の発生機序,現在の診療指針,そして将来の治療戦略
278巻1号(2021);View Description Hide Description腰痛は世界的な健康問題であり,脊椎の椎間板変性はその主たる要因である.椎間板変性は若年期から進行し,退行性脊椎疾患の基盤となる.急速に進む高齢化に対してロコモティブシンドロームの普及と対策を行い,早期から介入することが望ましい.難治性の腰痛では,専門医による診察から症状の発生部位と原因疾患を特定し,侵害受容性疼痛である腰部の局所痛と神経障害性疼痛である坐骨神経痛の合併の有無を評価のうえ,発症時期から急性腰痛と慢性腰痛の区別を付け,『腰痛診療ガイドライン2019(改定第2 版)』などの診療指針に基づいた治療を進めることが大切である.将来的には単なる症状緩和にとどまらない,椎間板細胞自身の清浄力・治癒力を高めることで組織の恒常性を維持して低侵襲に変性の進行防止と機能温存を可能にする,慢性腰痛ならびに退行性脊椎疾患への新たな細胞生物学的治療法の開発が急務である. -
変形性膝関節症の痛みの機序
278巻1号(2021);View Description Hide Description変形性膝関節症(以下,膝OA)では,軟骨下骨と滑膜が重要な疼痛源となり,MRI で判別できる軟骨下骨の骨髄浮腫(BML)と滑膜炎・水腫が独立して痛みと関係している.軟骨下骨では膝OA の進行とともに,骨軟骨移行部の神経血管が通る孔であるosteochondral channels が破骨細胞の働きによって軟骨に進入し,Channel 内の神経成長因子(NGF)と感覚神経が増加する.滑膜では滑膜炎によって放出される炎症性サイトカインやNGF が増加する.これらの変化が侵害受容器の受容体や感覚神経のイオンチャネルの興奮性を亢進させることで膝OA の痛みが増悪する.また近年,抗NGF 抗体製剤が膝OA に対して行われた臨床治験において高い鎮痛効果を認め,高い関心が寄せられている.抗NGF 療法はOA による感覚神経増生を直接抑制することで痛みを軽減させる可能性があり,今後の臨床での使用が期待されている. -
脊髄後角
278巻1号(2021);View Description Hide Description脊髄後角には脳への投射神経に加え,数多くの介在神経が存在し,それらが複雑な回路を構築している.脊髄後角はその神経回路を介して末梢からの痛覚や触覚などの感覚信号を適切に処理・統合し,脳へ送っている.しかし,その回路に異常が生じると痛覚信号が強化されたり,ときには触覚信号が痛覚に変換されたりと,劇的な変化が起こる.その異常の長期化が慢性疼痛の原因のひとつとされ,それにはグリア細胞が重要な役割を担っている.すなわち,脊髄後角は外界の感覚信号を脳へ送るための単なる中継地点ではなく,非常に巧妙な感覚信号処理・統合を担う部位であり,さらに慢性疼痛メカニズムや治療薬開発においてもカギとなる重要な場である.本稿では,想定される脊髄後角神経回路を概説し,慢性疼痛の発症につながる神経障害による変化を神経およびグリアに注目して紹介する. -
骨由来の痛みを引き起こす病態の可視化
278巻1号(2021);View Description Hide Description痛みという感覚は目に“見えない”主観的なものである.骨に由来すると考えられる疼痛の訴えに対し,われわれ整形外科医は多様なmodality を用いて原因の検索・検証を行う.単純X 線やCT 検査ではその原因は“見えない”ものの,MRI 検査や骨シンチグラフィ検査を用いることによって,疼痛の原因を“間接的に見る”ことができる症例がある.また近年,蛍光色素の開発や顕微鏡技術が発展し,生体骨組織内における多種多様な細胞の挙動を“直接的に観る”ことが可能となった.この技術を応用することによって,骨由来の痛みを引き起こす病態そのものを,“直接的に観る”研究が報告されている.本稿の前半では,痛みを引き起こす,MRI 検査と骨シンチグラフィ検査で評価可能な痛みの原因について,後半では現在報告されている病態モデルを用いた生体イメージング研究について,実際の画像を紹介しながら概説する. - 画像診断
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脊髄神経の画像診断の進歩
278巻1号(2021);View Description Hide Description従来のMRI では脊髄を分岐した脊髄神経,腕神経叢,腰神経など外側病変を画像診断することは困難であり,損傷神経の可視化,痛みの定量化など機能評価は不可能であった.近年,MRI 装置の高磁場化やパルスシーケンスの改良に伴い,拡散テンソル画像(DTI)をはじめとしたニューロイメージングが発展してきた.脊髄神経のDTI は脳に比べ磁化率の影響を受けやすく,技術的側面により臨床上広く普及した検査とは言い難いが,従来のMRI にない情報が得られ,とくに腰神経にエビデンスが確立されつつある.MR neurography/T2 mapping 同時撮像法であるSHINKEI-Quant はT2 強調像ベースであり,頸椎においてもDTI に比べ歪みが問題とならず,頸椎神経,腕神経叢の機能診断にも応用が期待できる.DTI やSHINKEI-Quant により脊髄神経病変の可視化や疼痛という現象を数値として定量化できる可能性があり,神経障害の機能診断などさらなる飛躍が期待される. -
多裂筋の画像診断─Magnetic resonance spectroscopy による定量的解析
278巻1号(2021);View Description Hide Description近年,さまざまな機能的画像法が臨床応用されており,障害部位の同定のみならず痛みとの関連性についても報告されている.Magnetic resonance spectroscopy(MRS)は筋脂肪変性を筋細胞内脂肪(IMCL)と筋細胞外脂肪(EMCL)に分離して評価することが可能で,前者は有酸素代謝能に関連し,後者は代謝不活性の脂質とされる.本研究では多裂筋のIMCL の増加は腰痛の悪化,脊柱アライメント不良(腰椎前彎減少,前傾姿勢),椎間板変性と関連が認められた.MRS を用いた多裂筋の画像解析は慢性腰痛の病態解析の一助となる可能性がある. -
AI を用いた骨粗鬆症性椎体骨折の自動検出
278巻1号(2021);View Description Hide Description人工知能(AI)の技術のひとつである深層学習は,画像認識の分野で有用性が示されており,臨床応用の報告もなされつつある.画像の自動検出を行う深層学習の手法である畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を用いて脊椎CT 画像より骨粗鬆症性椎体骨折(OVF)の自動検出を行い,その診断能を検討したところ,正確度,再現率,適合率,F1 値はいずれも良好な数値であり,本研究で用いたCNN モデルのOVF 自動検出能は良好であった. -
肩の画像診断における進歩と最近の話題
278巻1号(2021);View Description Hide Description肩関節は整形外科学のなかで臨床・研究ともに歴史が浅い部位であったが,画像診断と手術手技の進歩により,近年では治療戦略が大きく変化している.軟部組織障害が多い肩関節においてMRI は診断のための重要なツールであり,とくに肩腱板断裂において断裂の有無やその部位,断裂サイズの評価に必須の検査となっている.また,より正確な予後予測のため,MRI を用いた腱板構成筋の筋変性に関する定量的評価が試みられている.CT は骨や関節の評価に有利であり,画像解析技術の進歩に伴って骨折転位や骨欠損は三次元的に評価されるようになってきている.また,撮像時間の大幅な短縮により連続的なCT 撮影が可能となり,関節動態を評価可能な四次元CT が導入されている.画像機器の進歩と画像解析技術の向上により,複雑な肩関節運動と疾患や外傷に伴う運動異常が今後明らかになっていくことが期待される. -
エコーガイド下頸椎神経根ブロックの実際
278巻1号(2021);View Description Hide Description近年の運動器エコー機器の高性能化や画像の高精細化により,エコーガイド下の各種手技が広く行われるようになっている.頸椎神経根ブロックの対象となる主な疾患は,頸椎椎間板ヘルニアや頸椎症性神経根症である.ブロックは側臥位とし,in line position が推奨される.C7 横突起や椎骨動脈によりレベルを同定し,横突起前結節と後結節(カニ爪様陰影)からでてくる神経根を描出する.頸椎には神経血管をはじめとして重要な臓器が多数存在するため,さまざまな合併症の報告がある.主なものとして,横隔神経麻痺や脊髄損傷などの可能性があげられるが,知識を整理し,エコー下によく観察することにより,以前より安全に,確実にブロックを行うことが可能となっている. - 診断と評価
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非特異的腰痛の診断と難治性腰下肢痛の治療効果判定法
278巻1号(2021);View Description Hide Description腰下肢痛患者の治療にあたる際,その診断と治療効果判定に苦慮することは多い.本稿では,非特異的腰痛の診断に関する疫学研究のデータを示しながら,腰痛診療における診断の重要性について述べる.また,慢性腰下肢痛患者の治療満足度をアンカーとして,Numerical Rating Scale(NRS)のカットオフ値と臨床における最小重要差(MCID)を算出し,こうした患者の治療にあたる際のおおまかな治療目標について提案する.さらに,最近の2 つの論文から得られた新しい知見について紹介し,実臨床に役立つ腰痛診断の実際について述べ,慢性腰下肢痛に対する新たな治療効果判定基準としてのΔPI-NRS(NRS の数値変化):2 について紹介する.腰痛症全体でみてみると,整形外科専門医による診察では78%の腰痛患者の診断が可能であった.また,慢性腰下肢痛患者の治療効果判定としてのΔPI-NRS は,カットオフ値は2,MCID は1 と考えられた. -
腰痛における骨粗鬆症や筋減少症の関わり
278巻1号(2021);View Description Hide Description腰痛は日常生活を障害する最大の原因であり,高齢になるほどその頻度は増加するが,同時に骨粗鬆症や筋減少症も進行する.骨粗鬆症による腰痛の発生機序としては,急性期の骨粗鬆症性椎体骨折(OVF)による腰痛,OVF 後に生じた腰曲がりによる疲労性の腰痛,骨粗鬆症自体に伴う腰痛が考えられる.一方で,筋減少症が進行すると,体幹の支持機構の低下や腰曲がりに伴って,腰痛が発生する.これらの疾患は未治療のまま放置されることも多く,進行するとOVF や腰曲がりを伴い,難治性の腰痛の原因となる.両疾患は合併する頻度も高く,とくに高齢者においては,骨粗鬆症と筋減少症に対する適切な治療が腰痛予防につながる可能性がある.骨粗鬆症に対しては,薬物療法を中心に治療法が確立されつつあるが,筋減少症に対する効果的で持続可能な治療法の開発が今後の課題である. -
関節リウマチの診断と痛みの現状と展望
278巻1号(2021);View Description Hide Description関節リウマチ(RA)の診断と治療は飛躍的に進歩し,とくに新規作用機序を有する抗リウマチ薬が登場している.近年,患者主観評価に注目が集まり,痛みは注目すべき要素となっている.早期診断は疾患自体の成績に影響するだけでなく,痛みの管理にも影響をすると考えられる.それはRA 患者の痛みの感受性の視点からも注目されている.鎮痛薬として従来から使用されている非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用だけでなく,新規作用機序を持つ抗リウマチ薬であるJAK阻害薬による患者主観評価の改善が期待されている. - 治療
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痛くて当たり前?─CLAP による“痛み”の少ない新しい感染治療
278巻1号(2021);View Description Hide Description細菌感染は“痛み”と密接に関係し,患者や医療者に苦い記憶を残す.そのメカニズムとして,細菌自体が侵害受容器を直接刺激し痛みを引き起こすともいわれている.一方で,バイオフィルムが関与する慢性的で根絶が難しい感染症が増加しており,われわれは骨軟部組織感染症の新たな治療方法として抗菌薬を局所に持続的に灌流するCLAP(continuous local antibiotic perfusion)の研究を進めている.CLAP は難治性病態の原因のバイオフィルムを駆逐できる抗菌薬局所濃度を長時間持続できるのが特徴であり,それを応用することで開放骨折治療,骨折関連感染(FRI),人工関節周囲感染(PJI)や脊椎手術後創部感染の治療はもちろんのこと,敗血症を伴う局所感染のソースコントロールとしても適応可能であり,局所の細菌が問題となるすべての病態に効果が期待される.CLAP は難治性感染の制御とともに,“痛み”の原因を速やかに除去できる可能性があり,さらに研究が進んでいくことで患者の利益となることは間違いない.本稿では感染を制御し“痛み”を取り去ることができた2 症例を提示し,CLAP について概説する. -
骨粗鬆症性椎体骨折の治療にエビデンスはあるのか?
278巻1号(2021);View Description Hide Description痛みの克服は高齢者の日常生活動作(ADL)や生活の質(QOL)の向上に大きく寄与するため重要テーマであり,骨粗鬆症性椎体骨折(OVF)は高齢者の痛みの原因となる代表的疾患である.急性期臨床椎体骨折の治療に関する文献的考察と自験データをまとめたところ,「骨粗鬆症性椎体骨折の治療にエビデンスはあるのか?」への答えは「いいえ」であった.われわれ整形外科医が第一義的責任を持ってその治療体系の策定を行うべきであり,超高齢社会におけるその責務は大きい. -
痛みを伴う転移性骨・軟部腫瘍の最近の話題
278巻1号(2021);View Description Hide Descriptionがんの骨転移では痛みを伴うことが多く,痛みのメカニズムとしては,がん細胞から誘導されるさまざまな因子により,直接および間接的に破骨細胞が活性化され,骨吸収が促進されることにより酸性環境となり,神経終末に存在するacid-sensing ion channel 3(ASIC3)受容体やtransient receptor potential vanilloid 1(TRPV1)受容体が活性化することにより痛みを感知する.これらの受容体を標的とした薬剤は骨由来のがん性疼痛の新規治療薬となりうる.また,実臨床でのがん性疼痛の治療としてはオピオイド内服や放射線治療,骨修飾薬(BMA)とともに整形外科的手術も積極的に行われており,それらを含めた集学的治療が重要となる.本稿ではこれらについて複数の症例を提示し,それぞれ考察したい.さらに近年,多施設において骨転移キャンサーボードも開催され,その重要性や当院でのキャンサーボードの詳細についても概説する. -
運動器障害・疼痛に対するロボットリハビリテーション─Hybrid Assistive Limb(HAL®)を中心に
278巻1号(2021);View Description Hide Description近年の高齢化社会の進行に伴い,運動器障害による移動機能の低下した状態を表す運動器不安定症,さらにそれに伴い運動器疼痛を呈する患者が増加の一途をたどっている.この運動器障害に対する治療のひとつとして運動療法があげられるが,その手法にはさまざまなものがある.近年の医工学の進歩に伴い,ロボットリハビリテーションが種々の運動器疾患に応用されるようになってきた.本稿では,筑波大学で開発されたロボットスーツHybrid Assistive Limb(HAL(R))の各種運動器障害(疾患),運動器疼痛への応用について解説する. -
慢性疼痛に対する遠隔認知行動療法
278巻1号(2021);View Description Hide Description慢性疼痛における遠隔医療は昨今活発に検証されている.とくに心理・社会的アプローチとしての遠隔による認知行動療法(CBT)はinternet-delivered CBT(ICBT),web-based CBT,telemedicine,そしてvideoconference-CBT とさまざまな名称が用いられているが,それぞれは厳密には異なっている.最も大きな違いは,患者自身が行うセルフヘルププログラムなのか,治療者とともに行う対面プログラムなのかという点である.遠隔で提供されるCBT は,疼痛強度や痛みによる日常生活への干渉に対して小程度の有効性が示されているが,そのほとんどはセラピストを必要としないセルフヘルププログラムである.しかし,慢性疼痛の症状の多様性に鑑みると,videoconference-CBT のような,セラピストとともに行う介入含めた治療体制が必要である.どのような痛みの患者に,どのようなタイミングで,あるいはどのような順番で提供することがより有効的であるかのフローを整備し,適切なstepped-care(段階的ケア)を構築していくことが期待される. -
脊椎由来の神経障害性疼痛に対する薬物治療の最近の話題
278巻1号(2021);View Description Hide Description『腰痛診療ガイドライン2019』において,慢性腰痛や坐骨神経痛に対する推奨治療薬としてガバペンチノイドとセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)の推奨度が高いが,選択を迷うことがある.腰部脊柱管狭窄症には馬尾障害型と神経根障害型,混合型の3 つに分類され,基礎研究からも神経根障害型ではCa チャネル受容体の発現が増加することでガバペンチノイドが有効である反面,馬尾障害型モデルでは受容体の発現は増加しないことから,ガバペンチノイドの効果には限界があることが考察される.つまり,馬尾障害型の神経障害性疼痛に対しては,ガバペンチノイドよりもデュロキセチン(DLX)のほうが有効である可能性がある.また,腰椎椎間板ヘルニアを含む坐骨神経痛に対するガバペンチノイド単独療法は除痛効果に限界があることから非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)との併用療法が,また神経根障害型の腰部脊柱管狭窄症に対する薬物治療の併用療法に関しては,さらにNSAIDs とPGE1 製剤との組み合わせが単独療法よりも有効である可能性が高い.しかし,乱用や呼吸抑制のリスクに注意する必要がある. -
整形外科でよく処方される鎮痛薬による薬剤性臓器障害の回避─高齢者における薬物鎮痛療法の“影”を中心に
278巻1号(2021);View Description Hide Description鎮痛薬による薬物療法においては,常にリスクとベネフィットを考慮し,ベネフィットが上回るように投与を行う.とくに痛みのコントロールに難渋すると,鎮痛薬の増量のみならず種類も増えていく傾向がある.とくに高齢者の場合,生理機能が低下していることが多く,薬物療法においては副作用が出現しやすい状況にある.加齢とともに腎機能低下,高血圧症や糖尿病などに罹患し,治療薬が処方されていることも多く,鎮痛薬などを処方する際にはなるべくポリファーマシーにならないように留意し,また薬物相互作用なども考慮する必要がある.整形外科に受診する高齢患者に対して,われわれが処方することが多い鎮痛薬については知っておいたほうがよい“リスク”を再度確認しておくことで,処方後における患者の変化に気づきやすくなる.本稿では加齢に伴う変化と合わせて,サイレントに起こりうる薬剤性臓器障害についても述べる.
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