医学のあゆみ
Volume 278, Issue 5, 2021
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【7月第5土曜特集】 生活習慣病の克服に向けたゲノム医療─ゲノム医科学の進展と精密医療の実現
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- 総論
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生活習慣病と精密医療─高血圧を例に
278巻5号(2021);View Description Hide Description近年,遺伝要因の評価技術が進み,遺伝要因を用いた予防・治療の必要性が増している.ポリジェニックリスクモデル(polygenic risk model)の活用や遺伝・環境交互作用の検討などを用いることで,生まれながらにして持ち合わせる疾病リスクを知りつつ,自分の遺伝要因に則した対処法を提示していくことが必要となるであろう.来るべき精密医療時代に向けて,コホート調査の大規模化,精密化が必要になる.一方,症候群としてひとつにくくられている疾病について,グループ化をすることでより効率的な治療・予防が可能になることが期待できる.本稿では主に高血圧を例にあげ,生活習慣病と精密医療についての筆者の意見を紹介する. -
生活習慣病の遺伝子検査
278巻5号(2021);View Description Hide Description私ごとながら,「遺伝子の個人差を医療に生かす」という総説を科学雑誌に発表してから19 年が経つ1).SNP 解析用のDNA チップも,次世代シークエンス(NGS)もなかった時代に,大胆に予測したものだと思う.その後,世界中でヒトゲノム解析手法の新機軸が次々と打ち出され,予想をはるかに上回る速度で研究が進展した.これを肌で感じながら研究を続けてこられたのは幸運であった.本稿では,この20 年ほどの間に劇的に進歩した生活習慣病に関わるヒトゲノム研究を,そのフィールドの一端に身を置いた者として,自らの研究を振り返りながら概観する.そして,ゲノム研究の成果の社会還元についての私見を述べたい. -
ミトコンドリアゲノムと疾患
278巻5号(2021);View Description Hide Descriptionミトコンドリアは糖,脂質,アミノ酸,ヌクレオチドなど細胞内代謝の要である.クエン酸回路から供給される還元当量(NADH)を,呼吸によって取り込んだ酸素を利用して酸化し,そのエネルギーをATP 合成に利用している.エネルギー産生系の多様な変異はミトコンドリア病の病因である.生理的あるいは病的な老化に伴って,ミトコンドリアDNA(mtDNA)変異が蓄積し,活性酸素種(ROS)の産生が増大する.ミトコンドリアはアポトーシス,オートファジー,マイトファジーの機構に関わり,パーキンソン病,アルツハイマー病など神経変性疾患の発症と病態に影響を与えている.本稿では,ミトコンドリアゲノムの塩基配列多様性と生活習慣病の関連解析について紹介し,ミトコンドリア内の代謝情報が細胞外に発信される機構,ミトコンドリアゲノムを標的とした遺伝子治療,mtDNA 変異の除去を目指す生殖医療など,多岐にわたる話題を提供したい. -
生活習慣病とゲノムワイド関連解析
278巻5号(2021);View Description Hide Descriptionゲノム上の一塩基バリアント(SNV)を用いたゲノムワイド関連解析(GWAS)は,糖尿病や高血圧のような複数の座位が寄与する複雑な生活習慣病のための,単純で扱いやすい強力な方法として発展した.GWAS により,多数の生活習慣病や関連形質に寄与する遺伝子の同定が進んだ一方で,GWAS の枠組みで取得されるリスクアリルの効果サイズが小さいことが認識され,サンプルサイズアップの努力と,その後のメタ解析へと発展した.現在,GWAS は単一組織での数千~数万人規模での限界を超えて,多施設・多国籍での数十万人規模の協調的研究へと急速に拡大している.これまで日本からは,疾患GWAS・メタGWAS でのバイオバンク・ジャパン(BBJ)による貢献が著しい.前向きゲノムコホートでは,東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)がGWAS センターを設立し,GWAS・メタGWAS での多様な貢献を行っている.本稿では,このような試みについて紹介する. -
生活習慣病を取り巻くわが国と世界のゲノム解析の状況
278巻5号(2021);View Description Hide Descriptionほとんどの生活習慣病はメンデル遺伝病ではないが,家族集積性として現れる遺伝性があり,複雑性疾患や多因子疾患などとよぶ.その原因は非常に多数の遺伝因子の集積によるものであることが,数万人以上の大規模な集団ゲノムデータを用いたSNP アレイのゲノムワイド関連解析(GWAS)によって明らかになった.すでにGWAS はそれぞれの生活習慣病について数十~数百の遺伝的関連座位を発見している.一方,SNP アレイのGWAS ではまだ見つからない遺伝率(missing heritability)が残る.次世代シークエンサー(NGS)により集団レベルでのレアバリアントの評価が可能となり,新たな解析の時代がはじまった.バイオバンク・ジャパン(BBJ)による生活習慣病ゲノム解析の日本からの報告を交えつつ,ゲノム解析のおおまかな流れを紹介する. -
生活習慣病に対するゲノム健診by Dr. の実装
278巻5号(2021);View Description Hide Description近年,ゲノム解析の進歩・発展はめざましいものがある.本稿では当センターが行う生活習慣病に対するゲノム健診について述べる.生活習慣病は多因子疾患であり,複数の遺伝要因の積み重ねによってかかりやすさが異なり,さらに加齢に伴う生活様式の変化が特定疾患の環境要因を高め,疾患発症につながる.環境要因はエピジェネティクスに影響を及ぼし,エピジェネティクスは遺伝子の形質発現を促して疾患発症を生じると考えられる.現在,多因子疾患の遺伝情報(ポリジェニックリスク)をすべて解析することは難しく,一部の疾患感受性遺伝子のみでリスク判定をすることが多い.ゲノム健診は個人の家族歴,生活歴,既往歴,検査歴,治療歴,健診結果とゲノム解析結果とを統合解析することで,ゲノム解析の信頼性を増すことができ,また遺伝的栄養素,運動能,代謝能などを活用して疾患に対する生活習慣を是正,個人に最適な行動変容を導くこともできる.人生100 年時代に向けてゲノム健診による予防効果は高いと考える. -
ゲノム医療の倫理的・法的・社会的課題
278巻5号(2021);View Description Hide Descriptionゲノム医療は個別化医療を進めるために中心的な役割を担う分野であり,日本でも近年,国をあげて推進されている.すでに進みはじめているがんや難病に加えて,生活習慣病の領域でも今後はゲノム情報を利用した医療が進むと期待されている.その際に重要なのが,倫理的・法的・社会的課題(ELSI)への取り組みである.これまでも,ゲノムデータベースなどのゲノム情報を保護しながら利活用するための制度や仕組みづくり,ゲノム解析結果の開示の進め方など,さまざまな課題への具体的な対応方法が検討されてきたが,時代の変化に合わせ継続的な検討が必要となっている.ポリジェニックリスクスコア(PRS)が利用される場合の課題についても検討が必要となるであろう.さらには,遺伝カウンセラーの育成をはじめとするゲノム医療に携わる人材の育成も急務となっている.医療・医学の専門家が,ELSI の専門家などとともに主体的に課題に取り組んでいくことが重要である. - 各論
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【代謝内分泌疾患】 肥満症
278巻5号(2021);View Description Hide Description肥満の遺伝子異常は,単一遺伝子異常による肥満と複数の遺伝子異常による多因子遺伝に分類されるが,前者はきわめてまれである.近年,全ゲノムを網羅したゲノムワイド関連解析(GWAS)研究の進展により,多数の肥満関連遺伝子が同定された.しかし,BMI のばらつきに対して,現在同定されたSNPs によって説明できる割合はまだ数%と低く,個々の肥満発症予測に向けて十分な精度はない.そのリスク予測の方法として,リスクアレルの重み付総和を算出した指標であるgenetic risk score(GRS)があるが,リスク予測の精度として飛躍的な向上は認められない.そこで最近,GRS を基盤としたポリジェニックリスクスコア(PRS)が開発された.PRS は,予測に用いるゲノムワイド水準閾値を下げ,さらに多くのゲノム情報(数千~数百万)を用いてリスクアレルの重み付総和を計算したスコアである.肥満発症に対するPRS を用いた予測は臨床的妥当性が得られる可能性がある.しかし,地域差など解決しなくてはならない課題は多く存在し,また肥満症の精密医療を構築するには,今後,肥満症の発症予測のみならず,減量治療など介入効果に対する影響(減量抵抗性など)に関連するPRS の構築も重要な課題である.今後,プレシジョンメディスンの開発を目指した肥満症のゲノム研究の展開が期待される. -
【代謝内分泌疾患】 脂質異常症におけるゲノム医療実践
278巻5号(2021);View Description Hide Descriptionまず重要な点は,脂質異常症は遺伝しうる形質であるということであり,ゲノム医療が最も馴染みやすい分野のひとつである.脂質異常症領域では現時点で6 疾患の指定難病を含め,多くの遺伝性疾患が存在する.家族性高コレステロール血症(FH)が高頻度に存在することなどからも,本領域におけるゲノム医学の発展は重要な要素となる.類似疾患を含んだいわゆるパネル解析により,確定診断のみならず鑑別診断により適切な医療が提供されうる環境が整いつつある.さらに,これまでに蓄積した分子レベルでの病態解析からは,まったく新たな視座から有効性も安全性も高い,興味深い創薬が生まれているのもこの分野の特徴である.脂質異常症の合併症としてきわめて重要な動脈硬化性疾患の予防・治療という視点から,この分野における近代ゲノム医学の現状をできるだけ臨床的な観点から解説したい. -
【代謝内分泌疾患】 高尿酸血症・痛風のゲノム医科学の進展
278巻5号(2021);View Description Hide Description近年の分子遺伝疫学的解析により,高尿酸血症・痛風には遺伝要因が強く影響することがわかってきた.筆者らのグループは機能・局在解析などと合わせ,新規の尿酸トランスポーターを複数個報告してきただけでなく,臨床診断された痛風患者を対象とした痛風のゲノムワイド関連解析(GWAS)から,痛風関連遺伝子座を数多く同定してきた.さらに“高尿酸血症患者の一部のみが痛風発作を起こす”ことに注目し,尿酸値が正常な人が痛風発作を起こすまでの過程を,尿酸値が上昇するも痛風発作を起こしていない1st Step と,無症候性高尿酸血症(AHUA)の患者が自然免疫機序などにより痛風発作を起こす2nd Step に分け,後者を中心にしたGWAS などの解析も合わせて進めている.これらの研究成果により,痛風発症の分子メカニズムの解明だけでなく,痛風や高尿酸血症患者のゲノム個別化医療・予防や先制医療への貢献を目指している. -
【循環器疾患】 高血圧のゲノム解析と精密医療
278巻5号(2021);View Description Hide Description高血圧は多因子疾患であり,血圧の遺伝率は30~50%と推定されている.2009 年以降,大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)メタアナリシスによって,高血圧・血圧関連遺伝子座が1,000 近く見つかってきたが,個々の遺伝子座の効果は相当マイルドである.いくつかの遺伝子座の近くに,血圧制御に関わる既知の遺伝子が存在しているが,原因となる遺伝子変異を確証するためには,さまざまなアプローチを組み合わせて実験的検証を重ねていかねばならない.近年,集団中での高リスク群推定のために,遺伝的リスク・効果を集約した指標遺伝的リスクスコア(GRS)が活用されている.高血圧の遺伝要因は脳卒中などの臓器障害の遺伝要因と一部重複しており,高血圧のGRS が高いほど,脳卒中などのリスクも高くなる.遺伝情報を関連する医療・健康情報と組み合わせることで高リスク群を推定でき,ビッグデータの一部としてゲノム,オミックス情報を活用した精密医療の推進が期待されている. -
【循環器疾患】 脳梗塞のゲノム疫学研究
278巻5号(2021);View Description Hide Description脳梗塞の遺伝要因については十分解明されているとはいえない.筆者らは,九州大学病院およびその関連施設から収集した脳梗塞患者群と,久山町研究の対象者から選出した対照群を用いたゲノムワイド関連研究(GWAS)を実施し,新規の脳梗塞関連遺伝子としてPRKCH 遺伝子,APLNR 遺伝子,ARHGEF10 遺伝子を同定した.さらに,久山町のコホート研究により,各遺伝子の一塩基多型(SNP)が脳梗塞の発症リスクと有意に関連していることを明らかにした.近年のゲノム医科学の進歩により,DNA チップを用いて多数の遺伝子多型を網羅的に高速に解析することが可能となり,世界各国で脳梗塞の大規模なGWAS が実施されるようになった.しかし,GWAS で同定される個々のSNP の影響は大きくないため,疾病の遺伝要因の一部しか説明できていないといった問題(missing heritability)が指摘されている.そこで岩手医科大学では,網羅的な遺伝情報に基づく新しい脳梗塞の発症リスク予測法としてポリジェニックリスクスコアを開発し,国内の疫学研究,バイオバンクのサンプルを用いた患者対照研究および久山町のコホート研究により,そのスコアの外的妥当性を確認した. -
【循環器疾患】 虚血性心疾患ゲノム解析のstate of the art
278巻5号(2021);View Description Hide Description虚血性心疾患はその臨床的・社会的重要性から,ゲノム解析が最も盛んに行われているもののひとつである.初期には家系解析で疾患発症に重要な遺伝子を同定していたが,ゲノムワイド関連解析(GWAS)が実用化されるようになってきてからは,虚血性心疾患の疾患感受性座位同定数が爆発的に増加した.またテクノロジーの進歩にしたがって,比較的頻度の高い遺伝的多型から非常にまれなものまで,疾患発症の原因として同定できるようになった.このような進歩は詳細に疾患メカニズムを明らかにしただけでなく,個人個人の遺伝的リスクの定量化を可能とし,また新しい治療薬の開発などにも貢献している.本稿では限られた紙幅ではあるが,現在の虚血性心疾患ゲノム解析において知るべき項目をいくつか取り上げたい. -
【循環器疾患】 大動脈および末梢動脈疾患における遺伝学的素因
278巻5号(2021);View Description Hide Description家族性胸部大動脈瘤においてはこれまで原因遺伝子が複数みつかっているが,孤発例においても,それら原因遺伝子の意義不明低頻度variant や近傍のcommon variant が疾患頻度に関係していることがわかってきた.明らかな原因遺伝子が認められていない腹部大動脈瘤や閉塞性動脈硬化症(ASO)においては,ゲノムワイド関連解析(GWAS)により多くの関連variant が同定されている.それらには冠動脈や脳動脈など他の動脈疾患と共通するものと,その疾患特有のものとがある.また,これまでの大規模GWAS 研究の多くが欧米からの報告だが,日本人を対象とした研究では欧米からの報告では認めない関連variant も確認されており,疾患における人種差に関連しているかもしれない.これらの解析から得られた知見をもとに,動脈疾患の基盤となる病態や疾患特異的な病態の解明,さらには新たな治療ターゲットの開発やprecision medicine の推進が期待される. -
【消化器系】 生活習慣病としての大腸がん─コンセンサス分子分類とストレス応答
278巻5号(2021);View Description Hide Description大腸がんは遺伝子変異が複数重なることによって生じるが,その発症については家族性大腸腺腫症の腺腫-がん腫モデルが代表的である.しかし,大腸がんの80%以上を含むde novo がんについては,がんドライバー遺伝子の変異だけでは,がんの生物学的特性との相関を見出すことはできなかった.これに対し,米国がんゲノムアトラス(TCGA)ネットワーク,および米国と欧州のコンソーシアムは,ゲノム変異の一次情報に,遺伝子発現パスウェイ解析を統合・比較した結果,はじめて大腸がんの生物学的特性と患者転帰の相関も評価可能な4 つのサブタイプを提唱した.一方,生活習慣病としての大腸がんは,腸内環境やがん細胞のストレス応答が深く関与していると思われる.大腸がん関連遺伝子の近傍で働くストレス応答のハブ転写因子ATF3 に焦点を当てた筆者らの研究成果を紹介し,生活習慣ゲノムの実装化に向けた一助としたい. -
【消化器系】 アルコール関連肝疾患の遺伝的背景・エピゲノム制御とメタゲノム解析
278巻5号(2021);View Description Hide Descriptionアルコール関連肝疾患(ALD)は過剰飲酒の継続によって惹起される肝臓病で,進行すると肝硬変に至り肝細胞癌(HCC)の発症母地にもなるが,過剰飲酒者のすべてが進行性の肝病変を生じるわけではなく,その病態進展はさまざまな背景因子により規定されている.近年のゲノムワイド関連解析(GWAS)では,非アルコール性脂肪肝炎(NASH)と同様に脂質代謝関連分子であるPNPLA3,TM6SF2 およびHSD17B13 に加え,FAF2 などの遺伝子多型が発症および病態進展に関与していることが明らかにされている.一方,エピゲノム制御の関与も多く報告されており,マクロファージからの炎症性サイトカイン産生の制御や腸管透過性に関与するマイクロRNA(miRNA)や,酸化ストレス応答に関わるNrf2,ヒストンアセチル化が病態進展に関連していることが明らかにされている.さらに,腸内微生物に対するメタゲノム解析は,腸肝相関を介したALD 病態解明を飛躍的に進歩させつつある.これらのゲノム・エピゲノム情報は,ALD の病態把握に有用であるのみならず,予防・治療戦略の確立に寄与することが期待される. -
【呼吸器系】 慢性閉塞性肺疾患
278巻5号(2021);View Description Hide Description慢性閉塞性肺疾患(COPD)はたばこ煙をはじめとする種々の環境因子と個人の遺伝因子との複雑な交互作用によって発症する.その診断は気流閉塞の有無によってなされるが,重症度や経年的な経過を含めた臨床像(フェノタイプ)はきわめて多彩であり,個人の遺伝因子を背景とした複雑で多様な分子間ネットワーク(エンドタイプ)によって形作られる症候群と考えられる.一方,治療において中心的な役割を果たしている気管支拡張薬や吸入ステロイド薬(ICS)はCOPD の自然経過に決定的な影響を与えることができず,COPD という病名のもと,息切れや咳・痰の程度や増悪の頻度によって治療が決定されてしまうのが現状である.COPDにおいてもゲノム医科学の進展によるエンドタイプの理解が進み,新たな治療薬の開発や,分子病態の違いを反映する特定の表現型やバイオマーカーによって疾患の再分類が行われ,個々の患者の背景に存在する分子メカニズムを標的とした精密医療の時代の到来が待たれる. -
【精神神経疾患】 日本人における新規孤発性アルツハイマー病感受性遺伝子の同定と解析
278巻5号(2021);View Description Hide Description日本をはじめとする先進国では非常に高い高齢化率を示し,長寿社会を迎えている.一方で,認知症などの老年病への罹患率も上昇し,2025 年には日本における認知症患者は700 万人を超えるといわれている.認知症のなかで最も頻度が高い疾患であるアルツハイマー病(AD)の大部分は孤発性であり,糖尿病や循環器疾患などと同様に生活習慣病と捉えることができる.生活習慣病の発症には環境要因に加えて遺伝的要因が関係し,孤発性アルツハイマー病(LOAD)の発症においても近年の疫学的研究から非常に多くの遺伝的要因が関与していることが示されている.遺伝的要因データは生涯不変であり,早期に疾患などの遺伝的リスクが同定できれば,疾患発症の予防に役立つとともに発症メカニズム解明からの革新的な創薬も見据えることが可能になる.AD をはじめとする老年病においても遺伝的要因を解明し,革新的な診断,創薬といったゲノム医療につなげるためのバイオバンクの整備やバンキングされた試料のゲノム・オミクス解析,そのデータベースの構築・整備が進んできている. -
【精神神経疾患】 非アルツハイマー型認知症─前頭側頭型認知症およびレビー小体型認知症を中心に
278巻5号(2021);View Description Hide Description前頭側頭型認知症(FTD)とレビー小体型認知症(DLB)は,代表的な非アルツハイマー型認知症である.FTD は前頭葉および側頭葉に神経変性が生じ,行動異常や失語など多彩な臨床症状を呈する.DLB は変動する認知障害,幻視,レム睡眠行動異常,パーキンソニズムを中核症状とする.病型により脳内に蓄積するタンパク質が異なっており,FTD 患者脳ではタウ陽性あるいはTDP-43 陽性の封入体が認められる.DLB ではαシヌクレイン陽性のレビー小体が認められる.こうした病理像の違いが生じる一因として,発症に関連する遺伝子が異なることがあげられる.本稿では,FTD とDLB のゲノム解析に関する最近の知見を紹介し,この領域のゲノム医療を展望する. -
【整形外科疾患】 骨粗鬆症と脆弱性骨折のゲノム解析
278巻5号(2021);View Description Hide Description高齢者は筋力の低下などから転倒しやすく,骨折しやすい.高齢者の骨折の多くは骨粗鬆症による骨折,いわゆる脆弱性骨折であり,要支援の主因のひとつである.国内の骨粗鬆症の推定患者数は1 千万人を超えるとされ,運動や栄養,飲酒など生活習慣が大きく関わる生活習慣病のひとつである.一方で,50~80%は遺伝的要因とされており,ゲノム情報が予防や治療にいかされる可能性がある.骨生物学の進歩により生物学的製剤も上市されている現在,大規模なゲノム解析と骨折リスク予測の試みが欧米を中心に進められている. -
【歯科口腔外科疾患】 歯周病のゲノム解析
278巻5号(2021);View Description Hide Description歯周病は口腔内細菌の感染による免疫応答が歯周組織破壊をもたらす感染性炎症性疾患である.細菌およびその代謝産物の集塊であるプラークや,プラークが石灰化した歯石などの細菌因子,喫煙,不規則な食生活や嚙み合わせなどの環境因子に加え,遺伝子によって調節される生体防御などの生体因子が歯周病のリスク因子といわれている.この疾患は歯周病のリスク因子が重なったところで発症し進行する多因子疾患である.歯周病における宿主側の遺伝的背景を明らかにする目的で,歯周病のゲノムワイド関連解析(GWAS)の成果が現在まで数多く報告されている,筆者らの研究室では,家族集積性と若年発症を特徴とする劇症型の侵襲性歯周炎を対象にしたエクソーム解析研究も実施した.本稿では,これまでの歯周病のゲノム解析研究について概説する. - トピックス
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ヒトゲノムの“ノンコーディング領域”から生活習慣病を理解する新しいテクノロジー
278巻5号(2021);View Description Hide Description“ノンコーディング領域”はタンパクをコードしないゲノムの領域を指し,従来ジャンク(ゴミ)と考えられていた.しかし近年,ノンコーディング領域こそが生活習慣病に代表される多因子疾患に関連することがわかってきた.なかでも“エンハンサー”がその理解の中心的な役割を担う.エンハンサーは,標的となる遺伝子の発現を細胞種特異的に活性化する“遺伝子スイッチ”として働く.大変興味深いことに,さまざまな疾患に関わるDNA 多型の多くがエンハンサー領域に存在している.したがって,エンハンサーの機能解析によりヒトの病態の理解が深まる.本稿ではエンハンサーを解析する基本技術に加えて,一塩基レベルの高精細度で機能的なエンハンサーを検出できるNET-CAGE 法を解説する.エンハンサーからその標的となる遺伝子を同定し,生活習慣病の疾患パスウェイを臓器特異的に紐解くことが,新しい医療への起爆剤となる. -
生活習慣病と慢性炎症
278巻5号(2021);View Description Hide Description慢性炎症は生活習慣病に共通して認められる基盤病態である.生活習慣病における慢性炎症の多くは,急性炎症の特徴を示さないまま低レベルの炎症がくすぶるように続き,細胞・組織機能を障害する.生活習慣病では,心腎連関に代表されるように疾患の間に強い連関が認められる.臓器連関には,2 つの臓器の間の直接的な相互作用に加えて,免疫系や神経系を介することにより全身的な要素も寄与する.とくに,遺伝子変異を伴うクローン性造血が心血管リスクを増大させることが注目されており,免疫細胞機能の変化による心血管炎症の促進が示唆されている. -
生活習慣病とmicroRNA
278巻5号(2021);View Description Hide Description生活習慣病の多くは,不健全な生活の積み重ねによって内臓脂肪型肥満となり,これが原因となって引き起こされる.なかでも高脂血症,高血圧,肥満,糖尿病は合併して生じやすいことが知られているが,その根本原因の解明や,効果的な治療法の開発はまだ不十分である.これまでの研究の結果,マイクロRNA(miRNA,miR)がマクロファージの活性化や脂質代謝の調節のみならず,全身の交感神経の活性化に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた.本稿では,これらのmiRNA についての最近の研究成果を示す.miRNA が高脂血症やそれに関連する心疾患の有望な治療ターゲットとなることが期待される. -
生活習慣病とCHIP
278巻5号(2021);View Description Hide Description後天的変異を伴った血球細胞のクローン性増殖であるCHIP は,生命予後,血液悪性腫瘍,老化など幅広い形質の予後の低下に関わる現象である.次世代シークエンサーを用いた末梢血由来DNA シークエンスデータ(主にエクソームシークエンス)の広がりにより,規模の大きな解析が進み,知見が蓄積されてきた.CHIPの生命予後の関連は,動脈硬化性疾患によるところが大きいことが,近年明らかにされてきた.また,2 型糖尿病や肥満など,生活習慣病との関連もわかってきた.後天的変異であるCHIP であるが,後天的な因子のほかに先天的な因子である遺伝子多型との関連も知られてきた.さらにCHIP 自体は血球細胞に限らず,さまざまな臓器で起こっていることがわかってきた.このようなCHIP は加齢に伴うさまざまな疾患,一般的な老化現象を説明できる可能性があり,治療標的にもなりうるきわめて重要な分野となりつつある. -
生活習慣病と1 細胞解析
278巻5号(2021);View Description Hide Description高血圧,脂質異常症,糖尿病に代表される生活習慣病は,最終的には動脈硬化,心筋梗塞などを介して心不全を惹起する.生活習慣病の理解にはゲノムワイド関連解析(GWAS)が貢献してきたが,近年発展してきた1 細胞解析は,GWAS で同定された疾患関連ゲノム領域の機能的な意義付け,疾患発症の原因となる細胞種および分子機序の同定など,さまざまな点で疾患発症の理解を大きく前に進めている.本稿では,生活習慣病の理解に資する1 細胞解析の最近の研究成果について報告する. -
生活習慣病のトランスオミクス解析
278巻5号(2021);View Description Hide Description臓器における代謝制御の分子的基盤解明のため,マウス肝臓のトランスオミクス研究を行った.マウス肝臓のトランスオミクスネットワークからは,健常マウス(WT マウス)では代謝物質による速い制御経路がより支配的であり,対照的に肥満マウス(ob/ob マウス)では遺伝子発現による遅い制御経路が主体であることを見出した.さらに,このトランスオミクスネットワークをゲノムワイド関連解析(GWAS)やeQTL 解析により浮上したヒトSNP の機能的解釈に応用した.WT マウスならびに疾患モデルマウス特異的ネットワークに紐づくSNP の機能注釈を用いると,モデルマウス(ここでは例としてob/ob マウス)がどのような形質・疾患を潜在的に有しているかを記述できる可能性を示した.また,同一の階層縦断的パスウェイ上に同じ機能注釈を有するSNP が紐づく例を見出し,トランスオミクスネットワークによるSNP の層別化が技術的に可能であることを示した. -
生活習慣病と医療ビッグデータ
278巻5号(2021);View Description Hide Description生活習慣病は脳血管障害,心疾患の危険因子であり,疾病構造の変化とともに現在の医療分野における主たる課題のひとつとなっている.生活習慣病の一次予防に重点をおいたエビデンスを積み重ねることはわが国における重要課題であり,そのための研究基盤の整備も重要な課題である.医療ビッグデータは近年,医療分野における知識創造,課題解決のための重要なリソースとして注目を集めている.医療ビッグデータの利活用が精密医療の実現に大きな役割を担うことが期待されるが,現在存在する医療ビッグデータは多々あるものの,内包している情報の範囲はそれぞれ異なっているために,利活用の可否について取り組む課題に沿って十分な検討を必要とする.本稿では,わが国における医療ビッグデータの現状,生活習慣病領域における精密医療実現への適用の可能性について概観する. -
生活習慣病とIoT
278巻5号(2021);View Description Hide Description生活習慣病は心血管疾患や慢性腎臓病などの発症につながるため,生活習慣の改善を目的とした早期からの介入が重要である.生活習慣病のうち,糖尿病,肥満症,高血圧症に対するInternet of Things(IoT)の活用,とくにモバイルアプリケーション(以下,アプリ)の有効性について報告が多くみられる.わが国からもPRISM-J,SLIM-TARGET 研究,HERB-DH1 trial などの介入研究が実施され,結果が待たれている.患者自身の体重や血圧などのセルフモニタリングに加え,得られた情報に応じてアプリからフィードバックがかかること,適切な治療強化につながるような仕組み(生活習慣の改善に加え,受診勧奨や薬剤による治療強化)を組み入れること,さらには医療者からのフィードバックがかかることが,アプリの生活習慣病に対する介入効果を高めることが明らかになってきた.一方で,データセキュリティの問題,医療情報と健康関連情報(PHR)の統合の問題,さらには保険診療にこれらのデジタル技術を組み込むとして,いかにその有用性を評価するかなど解決すべき課題も多く,問題解決に向けた制度作りが進み,IoT の活用がますます発展することが期待される. -
生活習慣病研究におけるAI・データサイエンス
278巻5号(2021);View Description Hide Description生活習慣病は発症,進行が年単位の長期に及び,一度発症すると健常な状態への回復が困難であるため,ある時点で高精度に診断を行うよりも,疾患発症や病態進行の長期経過を理解・予測し,未然に重篤な変化を予防することが重要となる.本稿では,生活習慣病を対象とした最先端の人工知能(AI)・データサイエンス研究として,ウェアラブルデバイスに基づく生活習慣病の診断・検知,生活習慣病の長期的な病態変化のモデル化に関するものを紹介する.ウェアラブルデバイスによって,病院では見ることができない患者の日常における変化を観察することができる.長期的な時系列データに基づいて,個人ごとに異なる発症過程を捉え,発症や病態変化を早期検知する数理的なフレームワークも近年発展しつつある.生活習慣病の日常的モニタリングと予防・個別化ヘルスケアの実現に向けた展開を議論する.
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