医学のあゆみ
Volume 278, Issue 13, 2021
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特集 急性白血病と骨髄異形成症候群に対する分子標的治療
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- 総論
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急性白血病と骨髄異形成症候群の分子病態概説
278巻13号(2021);View Description Hide Description近年の次世代シーケンサーを用いた網羅的なゲノム解析により,造血器腫瘍の病態解明の基礎となる遺伝学的情報を大量かつ迅速に得ることが可能となり,分子・細胞・個体レベル・臨床での多様な解析・研究を強力に推し進めている.造血器腫瘍では造血幹細胞や,やや分化した前駆細胞に染色体異常や遺伝子変異が蓄積されることで発症に至るが,その組み合わせには一定の傾向・秩序が存在することが明らかになった.また,同じく次世代シーケンサーの活用により,白血病や骨髄異形成症候群(MDS)の原因となる遺伝子変異をもつ幹細胞が増殖する“クローン性造血”が,予想以上に多くの健常高齢者で認められることがわかり,白血病発症のリスクとなることが明らかになってきた.本稿ではこれらの知見を交えて,本特集の各論で紹介する急性骨髄性白血病(AML),MDS および急性リンパ性白血病(ALL)の分子病態を概観する. -
分子標的薬開発の歴史と将来展望
278巻13号(2021);View Description Hide Description白血病に対する分子標的薬は,近年めざましい進歩を遂げている.白血病発症に関与する遺伝子変異とその階層構造が明らかになるにつれ,変異遺伝子を標的とした低分子化合物の開発も格段の進歩を遂げており,米国ではヘッジホッグ阻害薬,変異型イソクエン酸脱水素酵素(IDH)阻害薬,経口メチル化阻害薬などが急性骨髄性白血病(AML)に対し承認が得られており,わが国での承認が待たれる状況である.TP53 の再活性化薬やサイクリン依存性キナーゼなど,難治性の白血病に対する有望な薬剤の臨床試験も進行中である.また,抗体医薬品も開発当初は白血病腫瘍細胞のみに着目したものであったが,急性リンパ性白血病(ALL)における二重特異性T 細胞誘導(BiTE)抗体の成功を皮切りに,白血病幹細胞を標的とした抗体医薬品,免疫寛容を抑制しマクロファージの貪食を誘導する抗体医薬品などの開発が進行中である.白血病治療は長らく殺細胞性抗腫瘍剤が治療の中心であったが,今,科学の発展とともに転換期を迎えつつある. - 各論
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急性骨髄性白血病に対する分子標的治療
278巻13号(2021);View Description Hide Descriptionこれまでのがん治療では,主に細胞分裂機構に作用してがん細胞の増殖を抑制する“抗がん剤”を用いた化学療法が主流であった.しかし近年,がんの発症・進展を制御する分子病態の解明が進み,特定の分子を標的とする“分子標的薬”の開発が進んでいる.急性骨髄性白血病(AML)に対してもさまざまな分子標的薬の開発が進められてきたが,長い間臨床応用には至らずにいた.しかし2017 年以降,FLT3 阻害薬,IDH 阻害薬,BCL2 阻害薬,SMO 阻害薬などの新薬が次々と臨床現場に導入され,ついに分子標的治療が実用化される時代が到来した.その他にもさまざまな分子標的薬の臨床試験や開発が進んでおり,将来的には分子標的薬がAML 治療の主役になっていくと考えられる. -
APLに対する分子標的治療
278巻13号(2021);View Description Hide Description急性前骨髄球性白血病(APL)は,凝固線溶異常を起因とする出血の早期死亡が非常に高いがん救急の代表疾患であるが,1988 年に中国からレチノイド(ATRA)が有効であることが報告された.その後のPMLRARA遺伝子変異の分子的作用機序の解明により,ATRA が分子標的薬としての働きがあることが判明した.その機序は,プログラムされた細胞死(アポトーシス)を介した治療法であり,従来の抗がん剤とはまったく異なる,他に例をみない画期的な作用であった.さらに,APL は亜ヒ酸(ATO),ゲムツズマブ オゾガマイシン(GO)と次々に新たな分子標的薬が導入され,現在では分子標的薬の併用のみで治療が試みられるchemofreeの時代を迎えることになった.APL は,いつの時代でも治療の最先端であると考えられる.そこで,APLに対する分子標的薬の分子的機序と治療について解説をしたい. -
急性リンパ性白血病に対する分子標的治療
278巻13号(2021);View Description Hide Description小児急性リンパ性白血病(ALL)は,多剤併用化学療法で高率に完全寛解(CR)と治癒が得られる.一方,成人ALL の初回治療による長期生存は50%前後である.再発・難治ALL の場合,同種造血幹細胞移植で長期予後も得られるが,橋渡しのための再寛解導入化学療法の効果は不十分で,移植で得られる恩恵は限られていた.近年,CD19 やCD22 などALL 細胞表面の抗原を標的とする抗体療法(inotuzumab ozogamicin,blinatumomab)やキメラ受容体T 細胞(CAR-T)療法など,高い治療効果が期待される分子標的治療の臨床導入が進み,再発・難治ALL の治療戦略の一翼を担っている.さらに,これらの薬剤を初期治療から組み込む方向でも臨床開発が進んでいる.分子標的治療の導入により,長らく停滞していた成人ALL の治療は大きく変わりつつあり,今後さらなる治療成績の向上が期待されている. -
フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病の分子標的治療
278巻13号(2021);View Description Hide Descriptionフィラデルフィア染色体(Ph)陽性急性リンパ性白血病(Ph+ALL)は,かつてきわめて予後不良な病型であったが,イマチニブをはじめとするABL チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)が使用可能となって以来,分子標的療法と多剤併用化学療法を組み合わせることによって,予後が劇的に改善されており,第二世代,第三世代のABL TKI の登場により,さらに治療成績が向上している.適応のある患者では,第一寛解期での同種造血幹細胞移植(alloHSCT)を施行することが依然として推奨されているが,ABL TKI は同種移植前の治療のみならず,一部では移植後の維持療法として用いられ,再発予防効果も期待されている.また,B 細胞性ALLに対する抗体医薬品やキメラ抗原受容体(CAR)-T 細胞療法などの免疫療法も臨床応用され,再発・難治例の新たな救援療法が可能となっている.これらの分子標的治療を駆使し,抗がん剤を用いない,次世代のPh+ALL 治療も現実味をおびてきている. -
骨髄異形成症候群に対する分子標的治療
278巻13号(2021);View Description Hide Description骨髄異形成症候群(MDS)は血球減少と急性骨髄性白血病(AML)への高い移行リスクを特徴とする不均一な疾患群である.MDS の治療はリスク分類に基づいて行われ,低リスクMDS では血球減少の改善,輸血量減少,QOL 改善などにより生存期間の延長と進展リスク減少を目指す.一方,高リスクMDS では生存期間の延長とAML 進展リスクの低減が目的となる.現在,使用できる薬剤は少数であるが,臨床試験中の薬剤が多数あり,また新たな分子病態や免疫機構に基づいた新規薬剤の開発も進行している.新薬として低リスクMDS では赤芽球成熟促進因子luspatercept,高リスクMDS ではTP53 活性化薬eprenetapopt の有効性が示されており,国内での早期臨床応用が望まれる.MDS 病態とその発症機序が解明され,各患者の分子病態を把握したうえで適切な分子標的治療薬を選択するMDS 治療の未来がすぐそこにある. - 特論
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白血病幹細胞に対する分子標的治療
278巻13号(2021);View Description Hide Description白血病の予後は造血幹細胞(HSC)移植技術の改善や,effective かつtolerable な新規治療の開発により,近年大きく改善してきている.その一方で,治療抵抗性や再発をきたす症例では,intensive な治療の甲斐なく予後不良な転機をたどってしまうことが少なくない.白血病発症のみならず治療抵抗性や再発のメカニズムとして,白血病幹細胞(LSC)を理解することは,新たな白血病治療戦略へとつながる.近年のマルチオミクスやシングルセル解析技術の進歩により,LSC の多様性について多くのことがわかってきており,白血病幹細胞をターゲットとした治療に関して最新の知見を踏まえて解説する.
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連載
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- この病気,何でしょう? 知っておくべき感染症 19
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“古くて新しい病気”トキソカラ症―温故知新―
278巻13号(2021);View Description Hide Descriptionトキソカラ症は,イヌ回虫Toxocara(T.)canis およびネコ回虫T. cati の幼虫による幼虫移行症(larvamigrans)である.この疾患概念は,1950 年代に米国のBeaver 博士により確立された.すなわち,肝脾腫,慢性好酸球増加症,肺病変などに特徴づけられる原因不明の小児の病態を,イヌあるいはネコ回虫の幼虫包蔵卵を誤って経口摂取することより生じる内臓幼虫移行症(VLM)であることを解明したのである.わが国では,成人にも多くみられ,感染様式はむしろ待機宿主であるウシやトリの生レバーや生肉摂取によることが多い.眼球や中枢神経への移行もあり留意する必要がある.診断は,イヌやネコの飼育歴,トリやウシなどの生肉,生レバーの摂取歴,CT やMR などの画像所見,好酸球増加や幼虫の排泄分泌抗原を用いた免疫学的検査などの成績を総合して診断する. - オンラインによる医療者教育 5
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コロナ禍で実践するオンライン外科系臨床実習─ とくにオンライン手技実習を中心に
278巻13号(2021);View Description Hide Description◎コロナ禍により,医学部5 年生の臨床実習,6 年生の高次臨床実習は以前のようなベッドサイドラーニングを行うことが困難となった.オンライン実習を余儀なくされ,仮想症例に対するレポートやオンラインでの講義により実施できるものを計画したが,各科の裁量に委ねられた.さらに外科系診療科では手術日に手術室実習がなくなり,その日の担当者の手配や,手技実習をどのように実施するかが問題となった.当科ではSNS(social networking service),とくにLINE,YouTube を利用し,基本手技動画の配布,閲覧,実践,評価を行った.課題はあるものの,医学生からある一定の評価を得ることができた.本稿では実施した手技動画のQRコードも掲載しており,アフター/ウィズコロナの参考にしていただけると幸いである. - ユニークな実験動物を用いた医学研究 3
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ハムスター:マウス/ラットの未踏の地へ
278巻13号(2021);View Description Hide Descriptionゴールデン(シリアン)ハムスター(Mesocricetus auratus)は,キヌゲネズミ科(Cricetidae)に属する小型の齧歯類である.安定した発情周期(4 日),哺乳類で最も短い妊娠期間(16 日)など,他の齧歯類にはないユニークな特徴を持っている.ハムスターは,哺乳類ではじめて体外受精(IVF)に成功した動物でもあり,また精子顕微注入に対する胚の強さも相まって,哺乳類の受精の基本的なメカニズムの理解に大きな役割を果たしてきた.しかし,ハムスター胚は強力なin vitro 胚発生停止を起こすため,遺伝子改変動物の作成が難しく,生物医学分野でのハムスターの利用は少なかった.最近開発された卵管内トランスフェクション法(GONAD 法)により,容易に遺伝子KO ハムスターを作製することができるようになった.今後,ヒトを含む哺乳類における遺伝子機能のさらなる理解のため,マウスで無表現型だった遺伝子を再検討する手段となる可能性を秘めている.これを機にハムスターを利用する研究者が増えることを期待している.
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- 生化学・分子生物学
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- 癌・腫瘍学
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FORUM
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- 日本型セルフケアへのあゆみ 13
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自宅療養者が急増する今,自宅と病院の間のサポート役が鍵となる
278巻13号(2021);View Description Hide Description⃝ 新型コロナウイルスの変異は当初の想定以上のスピードで進み,これら変異株が感染者数の増加を招いている.⃝ 東京都においては,感染者の急増に伴う病床の逼迫により,軽症者に対しては原則として自宅での療養が求められている.⃝ 訪問介護や訪問診療,ホテル型滞在施設の設置といった,自宅と病院間を結ぶ中間的な医療支援の整備が重要となる. - 子育て中の学会参加 11
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