医学のあゆみ

Volume 288, Issue 7, 2024
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特集 精神疾患における環境要因と遺伝-環境相互作用
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うつ病における遺伝要因と環境要因
288巻7号(2024);View Description
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高い有病率を示すうつ病は精神科医療のみならず,社会的にも重要な疾患であるといえる.このため,うつ病の病態解明とそれを基盤として創出される予防法の確立やよりよい治療法の開発が求められている.こうしたことを背景に病態解明を目指し,これまでに遺伝子解析研究が進められてきた.そして近年,大規模なサンプル数を用いたゲノムワイド関連解析(GWAS)が実施されるようになり,ようやく疾患感受性遺伝子の同定が成功しはじめている.一方で,うつ病の遺伝率は統合失調症や双極性障害のそれと比べ低いことからもわかるように,発症に環境要因が大きく影響するため,遺伝-環境相互作用を考慮した解析も病態解明において重要な方法論となる.本稿では,遺伝-環境相互作用を考慮した遺伝子解析研究(genome-wide by environment interaction study:GWEIS)を軸に,うつ病の遺伝要因,環境要因,遺伝-環境相互作用について述べる. -
ひきこもりと精神疾患─ 従来の環境要因モデルから遺伝-環境相互作用モデルへ
288巻7号(2024);View Description
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“社会的ひきこもり(以下,ひきこもり)”は,6 カ月以上にわたり,就労・学業など社会参加をせずに家庭内にとどまっている現象で,物理的にひきこもり状況にある者(以下,ひきこもり者)は国内140 万人を超えると推定されている.ひきこもりは日本ばかりでなくさまざまな国で存在が認められており,2022 年に出版された『DSM-5TR』には,ひきこもりが“Hikikomori”という形で掲載され,国際的にも注目されている.筆者らは,“病的ひきこもり(pathological hikikomori)”を精神疾患の一症候群として位置づけるための診断評価法を開発し,さまざまな精神疾患に病的ひきこもりが併存することを明らかにし,心理社会的要因ばかりでなく生物学的要因も萌芽的に見出している.他方,在宅ワークやオンライン授業がニューノーマルとなった現代社会という新しい環境下では,“病的ひきこもり”と“病的ではないひきこもり(non-pathological hikikomori)”との区別も重要である.本稿では従来,日本固有の文化社会現象として環境要因モデルで理解されがちであったひきこもりを,遺伝-環境相互作用モデルとして生物・心理・社会的観点から展望する. -
統合失調症の環境要因と遺伝-環境相互作用
288巻7号(2024);View Description
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双生児研究や家系研究の結果は,統合失調症(schizophrenia)の発症には遺伝要因が強く関与することを示唆している.その事実を基盤としたゲノム研究,特にゲノムワイド関連研究(GWAS)の成果は,多数の小さなエフェクトサイズを持つ遺伝子多型の相加的影響によるポリジェニック(多遺伝子性)が重要であることを証明した.他方,統合失調症においてこれまで研究されてきた環境要因は,産科合併症,冬季の出生,感染症,都市生活,移民,小児期の逆境体験,大麻の使用など,古くから知られているもの以外の進展は乏しい.遺伝-環境相互作用はさらに報告が少ないが,統合失調症の環境リスクを経験した人のうち,実際に発症するのは一部のみであることの理由の一端を説明しうるものであり,今後の進展が期待される.本稿では,統合失調症の環境要因と遺伝-環境相互作用に焦点を当ててレビューするとともに,これらを対象とした研究の重要性を考察する. -
自閉スペクトラム症の遺伝-環境相互作用および環境要因
288巻7号(2024);View Description
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自閉スペクトラム症(ASD)は,双生児研究や多発家系研究による疫学的知見から遺伝的要因の関与が指摘され,これまでゲノム解析研究が進められてきた.ゲノム解析研究から判明した重要なバリアントの一種には,親から受け継がれたバリアントではなく児に新規に出現するde novo バリアントがあり,父親の年齢(高齢であること)や環境汚染への曝露による環境要因がその発生に関与している(遺伝-環境相互作用).また,同一ゲノムバリアントを有していてもASD 患者の表現型にはばらつきが生じることが知られており,環境要因の影響,特に周産期要因(低酸素,早産・低出生体重など)を中心に関心が持たれている.他方,現在の精神医学の診断基準である『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』では,重度の知的発達症を伴う者から高い知的能力を持つ者まで,かなり幅広い集団がASD に含まれている.したがって,この“ばらつき”と関連する可能性のある周産期要因など環境要因のリスクを正確に検討する必要があり,ASD 患者の詳細な臨床背景,表現型を入手したうえで解析することが重要である. -
アルツハイマー病の遺伝-環境相互作用
288巻7号(2024);View Description
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アルツハイマー病(AD)は,認知症のなかで最も頻度の高い神経変性疾患である.AD の発症において,常染色体優性遺伝AD はわずか1%にすぎず,そのほとんどが複数の感受性遺伝子とさまざまな環境因子が関与する複合病態であることがわかっている.既報の研究から,AD の最も強力な遺伝的危険因子であるAPOE-ε4 対立遺伝子を有していても高い教育,禁煙,多様性に富む健康的な食習慣が,その遺伝的リスクを低減することが示唆される.さらに既報の遺伝的危険因子を用いたポリジェニックリスクスコア(PRS)と環境要因の遺伝-環境相互作用について検討した報告から,遺伝的リスクが高い状態であっても健康的な生活習慣の意識と実践により,認知症の発症リスクが修飾できる可能性がある.さらなる基礎・臨床研究を通じて認知症の遺伝的リスクに応じたリスク低減の方法が開発され,その予防法が社会実装されることに期待したい. -
心的外傷後ストレス障害(PTSD)における環境要因と遺伝-環境相互作用 ─ 逆境的小児期体験に着目した検討
288巻7号(2024);View Description
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心的外傷後ストレス障害(PTSD)は,トラウマ体験を経験することで発症する精神疾患である.一方,トラウマを経験してもPTSD を発症しない者もいることから,発症には個人の脆弱性が関与していると考えられ,この脆弱性は遺伝要因と環境要因の複雑な相互作用によって形成されると想定される.そういった環境要因のなかで特に重要なものに,逆境的小児期体験(ACEs)がある.重要なことに,ACEs を有する者とPTSD 患者に共通して,視床下部-下垂体-副腎系(HPA 系)の機能異常や炎症の亢進,扁桃体の過活動,海馬の体積減少が示されている.HPA 系制御や炎症に関与する遺伝子の特定の多型を有しACEs を受けた者では,PTSD発症・重症化リスクがより大きいことや,ACEs によってHPA 系制御に関与する遺伝子のDNA メチル化が変化することも報告されている.これらのことから,ACEs は遺伝要因との相互作用によりストレス応答システムや脳形態・機能の変化を惹起し,それが成人期まで持続することでPTSD の脆弱性が形成されるという可能性が示唆される. -
精神科領域の薬物相互作用 ─ 統合失調症患者における喫煙の影響を含めた薬物動態学的相互作用
288巻7号(2024);View Description
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精神疾患患者では,原疾患の難治化や基本的な精神科薬物療法に加え,身体的併存症に対する薬物療法により多剤併用に陥りやすいため,各相互作用の有無に注意する必要がある.また,ほとんどの精神疾患治療薬はシトクロムP450(CYP)の基質であることから,特にCYP の誘導または阻害作用を有する薬物,あるいは化学物質との併用・摂取により変化する薬物の体内動態を理解することは重要である.たばこの煙に含まれる多環芳香族炭化水素(PAHs)は,芳香族炭化水素受容体(AhR)との結合を介してCYP1A2 を誘導する.CYP1A2 は精神科領域において重要なクロザピンやオランザピンなどの薬物代謝を担うことから,特に喫煙者では投与量の調節が求められる.本稿では,精神科領域の薬物動態学的相互作用,特に喫煙が統合失調症患者の薬物動態に与える影響について概説する. -
環境要因としてとらえた精神療法の治療反応性予測
288巻7号(2024);View Description
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精神療法はすべての患者に対して提供されるべき精神科医療における基本的スキルであるが,精神療法の治療反応性は患者ごとに異なる.精神疾患患者の病態には遺伝的な要素が関わることが多く,近年のゲノム解析技術の進歩によりさまざまな精神疾患,精神症状,性格傾向に関連する遺伝的要因が予測できる方向性が示されつつあるが,精神療法の治療反応性は患者の性格傾向や知的能力だけでなく,病期,生まれてからの環境因子,さらには精神療法の技法を含めた治療者側の背景など,さまざまな要因が関与していると考えられ,遺伝的要因のみによる単純な予測は困難な可能性が高い.しかし,精神療法をポジティブな環境要因としてとらえて,その治療反応性を遺伝学的に予測できれば,新規の治療薬や精神療法手法の開発などにつながる可能性があり,今後,環境-遺伝相互作用を検討するなど,遺伝的要因以外を加味した検討が期待される.
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TOPICS
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- 神経精神医学
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- 眼科学
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連載
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- 医療システムの質・効率・公正 ─ 医療経済学の新たな展開 23
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くすりの費用対効果・価値評価 ─ 認知症抗体薬の評価とともに
288巻7号(2024);View Description
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本稿では,費用対効果評価で“できること”と“できないこと”の切り分けと,さらに,費用対効果評価と価値評価の間にあるものを紹介する.費用対効果評価,あるいは狭義の医療技術評価(HTA)の考え方が浸透してきた分,果たすべき役割が過大評価されるケースも散見される.HTA の結果としての価格引き下げと,巨額再算定のような既存の薬価ルールのなかでの引き下げを比べたら,実質的なインパクトは後者の方が大きい.しかしHTA での引き下げは,「日本において費用対効果に劣ると判断された」という事実のみが海外に伝わる,いわば風評被害のリスクを孕む.また,値段が下がることは短期的にはメリットになりうるが,中長期的にはドラッグロスの問題を引き起こす.多面的な価値を評価しつつ,メリハリをつけた薬価制度・医療保険制度をどのように構築していくかを,十分に議論していくことが望まれる. - 遺伝カウンセリング ─ その価値と今後 13
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多因子疾患の遺伝カウンセリング
288巻7号(2024);View Description
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◎多因子疾患は遺伝要因と環境要因の複雑な相互作用により発症し,3 人に2 人が生涯に発症するありふれた疾患である.多因子疾患の遺伝カウンセリングは,個人のリスクを提示できないことを前提に,クライエントが如何ともし難い遺伝要因と変えることができる環境要因を理解し,受容し,健康行動につなげることが重要とされている.ところが,近年のゲノム解析研究で疾患感受性遺伝子や発症に影響する一塩基バリアント(SNVs)の解明が進んでおり,今後,多因子疾患のリスク提示が精緻・個別化されることが見込まれる.多因子疾患のリスク提示が個別化されることにより,クライエントごとに最適な医学管理の提供も可能となることから,遺伝カウンセリングもその変遷に柔軟に対応すべく,役割や内容をアップデートしていく必要がある. - 臨床医のための微生物学講座 3
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梅毒トレポネーマ
288巻7号(2024);View Description
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◎梅毒の流行が続いている.梅毒トレポネーマは,螺旋状細菌で人工培地での増殖が不可であり,細菌学的分析や詳細な解析など研究の障壁となっている.直接的な検出法は日常検査としては普及していないことから,梅毒トレポネーマ抗体検査と非トレポネーマ脂質抗体検査が主たる検査法となっている.従来からの治療法であるペニシリン系抗菌薬の効果は継続しており耐性菌は発生していないと考えられるが,マクロライド系抗菌薬は耐性化が認められている.
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FORUM
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- 世界の食生活 12
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- 死を看取る ─ 死因究明の場にて 4
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生と死の境界線④
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死とは生命の終焉であり,誰もが最後には必ず経験するものである.この過程で起こる身体上の変化と,死に関わる社会制度について,長年日常業務として人体解剖を行ってきた著者が法医学の立場から説明する. - 数理で理解する発がん 8
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決定論的過程と確率過程
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日本人の3 人に1 人はがんで亡くなると推計されている.治療法も増えてきたとはいえ,まだ克服するには至っていない.われわれの体内でがん細胞がどのように出現してくるのかを理解することは,がんに対する有効な治療法を見出すための最初の一歩と言える.発がんのプロセスを理解するのに,一見何の関係もなさそうな“ コイン投げ” を学ぶ必要があると言われると驚くかもしれない.本連載では確率過程の観点から,発がんに至るプロセスを紐解いていく.