医学のあゆみ
Volume 288, Issue 13, 2024
Volumes & issues:
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【3月第5土曜特集】 遺伝統計学の新潮流─新規創薬・個別化医療への挑戦
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- 遺伝統計学の理論と実践
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遺伝統計学の基礎理論
288巻13号(2024);View Description Hide Description本稿は遺伝統計学における基礎理論に焦点を当て,3 つの主要な分野で構成されている.まず集団遺伝学では,ハプロタイプや連鎖不均衡(LD),ハーディー・ワインベルグの法則などを取り上げ,人類集団内や集団間の遺伝的多様性,および進化についての理論を紹介している.次に,量的遺伝学ではゲノムワイド関連解析(GWAS)や狭義と広義の遺伝率推定についての進展を解説している.最後に,遺伝疫学では単一遺伝子疾患と多因子遺伝疾患におけるゲノム情報を活用した疾患のリスク予測に焦点を当て,さらにメンデルランダム化解析(MR)を通じた遺伝的因果関係の推定手法も紹介している.遺伝統計学の基礎を踏まえつつ,現代の疾患ゲノム解析における重要な概念や手法に触れている. -
Polygenic risk scoreとゲノム個別化医療
288巻13号(2024);View Description Hide DescriptionPolygenic risk score(PRS)は,個人の特定の疾患への遺伝的リスクを評価するための数値である.PRS は複数の遺伝子変異の総合的な影響を評価し,疾患リスクをより正確に予測することを目指す.PRS の計算では,大規模な遺伝子関連解析データを用い,疾患と関連がある遺伝子変異を特定し,これらに重みを割り当てて統合する.PRS の利点は,多くの遺伝的要因を加味することで,単一の遺伝子マーカーよりも病気のリスクを正確に予測できる点にあるが,解釈には注意が必要である.PRS の臨床応用においては,解釈の難しさ,教育とトレーニングの不足,システムレベルでの課題,患者の理解と受容の問題,コストと資源の問題などの課題が存在する.PRS は個別化医療の分野において重要な役割を果たすと考えられており,将来的には疾患リスクの予測,個別化された治療戦略の開発,患者の健康管理に新たなアプローチを提供する可能性がある. -
ヒトオミクスデータと深層学習
288巻13号(2024);View Description Hide Description近年,ヒトオミクスデータに対する多くの深層学習モデルが開発されている.特に,次世代シークエンスデータなどのゲノム配列データを入力とした深層学習モデルの開発が盛んであり,タンパク質結合予測や遺伝子発現予測,ヒストン修飾予測,クロマチン高次構造予測など,さまざまなオミクスデータに対して開発が進められている.入力可能なゲノム配列長も年々増加傾向であり,最大で1 Mb もの長距離のゲノム配列を基に各種オミクスデータの推定が可能なモデルも開発されている.また,患者由来ゲノム配列とリファレンス配列それぞれに対する予測結果を比較することで,症例の非翻訳領域における変異の影響に対する洞察を得ることも可能である.本稿では,今後,さらなる研究開発が進められることが予想される,ヒトオミクスデータにおける深層学習モデルの現況と展望について概説する. -
シングルセル時代のシステム生物学─シングルセルマルチオミクスによる遺伝子制御ネットワークの推定
288巻13号(2024);View Description Hide Descriptionシステム生物学は,遺伝子,タンパク質,代謝物,細胞などのネットワークを生命システムとして捉え,これらがどのように機能し,環境の変化に応じて自律的に動作するかを解明することで,生命現象を俯瞰的に理解するための研究分野である.近年,蓄積された大量のオミクスデータ,特にシングルセルマルチオミクスデータを基に,システム生物学的なアプローチにより複雑な生命システムの動作機構の解明が進んでいる.本稿では,システム生物学における重要な課題のひとつ,遺伝子制御ネットワークの推定に焦点を当て,この推定に用いられるデータ,主要な推定手法の特徴と限界,さらにはこの分野の課題について詳細に解説する. -
ロングリードシークエンス技術と難病ゲノム解析
288巻13号(2024);View Description Hide Description次世代ショートリードシークエンス(SRS)を用いた解析により,希少遺伝性疾患患者の30~50%に病的バリアントが同定される.しかし,いまだ半数以上は原因が未同定である.この事実は,現在の遺伝学的解析法では技術的に検出できない病的バリアントが潜在することを示唆する.新規解析技術であるロングリードシークエンス(LRS)は,ゲノム難読領域の解読が可能で,これまでのゲノム解析で“見逃されてきたバリアント”を明らかにすることが期待できる.一方で,コスト,データ出力,エラー率,ゲノム情報解析系の点において発展途上の技術といえる.近年,フローセルやシークエンス試薬の改良,後継機種の登場により,これらの弱点が改善され,医学研究へ応用が活発となってきた.本稿では,2 つの原理の異なるLRS〔Pacific Biosciences(PacBio),Oxford Nanopore Technologies(ONT)〕を用いた難病ゲノム解析について概説する. -
ロングリードシークエンス技術と集団ゲノム解析
288巻13号(2024);View Description Hide Descriptionロングリードシークエンス技術(以下,ロングリード技術)が発展したことにより,集団レベルでの高感度な構造多型(SV)の解析や,個人の二倍体ゲノム配列の完全な再構築が可能となった.本稿では,SV 解析のゲノム医学における意義と,ロングリード技術を用いてSV を解析する際の特徴,注意点について述べる.その後,アイスランド,中国,そして日本で相次いで行われた集団規模のSV 解析が明らかにしたヒト集団におけるSV の描像について述べる.さらに,ロングリード技術を活用した集団固有の基準ゲノム配列構築の動き,テロメアからテロメアまでの完全な塩基配列決定,さらには複数のゲノム配列をグラフとして表現するパンゲノム計画について紹介する.最後にこれらの発展を踏まえ,今後のゲノム医学におけるロングリード技術の貢献を考える. -
アジアにおけるゲノム医学研究─GenomeAsia 100K Project
288巻13号(2024);View Description Hide DescriptionGenomeAsia 100K(GA100K)は,国際的な大規模ヒト全ゲノム解析プロジェクトであり,アジア人の遺伝的多様性を包括的に理解し,アジア人に適した個別化医療やゲノム医学の発展に寄与することを目指している.これは,主にヨーロッパ系集団に焦点を当ててきたゲノム医学研究の不足を補い,アジアの多様な集団に関する遺伝学研究を促進するための取り組みである.筆者らの研究から,GA100K データは既存のゲノムデータベースのバイアスを改善し,アジア人における疾患関連バリアントの正確な特定に寄与できることを示した.また,GA100K データを参照パネルとして使用することで,アジア人データのimputation の精度が向上する.さらに,マラリア感染率の高い地域から,感染に対するヒトの遺伝的な適応進化が明らかにされた.そして環境変化が人類の進化に与える影響の解明にも貢献している.今後も新しい集団試料の収集を通じて,包括的な理解とゲノム医学・ゲノム医療の発展に寄与することが期待される. -
琉球諸島の人々における集団ゲノム解析
288巻13号(2024);View Description Hide Description琉球諸島は日本列島の南西端に位置する島嶼であり,北海道,本州,四国,九州とは異なる遺伝的多様性を有する.この地域の人々の遺伝的特徴の形成プロセスを理解するためには,人々の移動と混交の歴史を解明することが重要である.琉球列島の人々の成立に関する調査は形質人類学研究や古典的な遺伝学的研究にはじまり,近年では大規模DNA シーケンシング技術により,琉球諸島における独自の遺伝的特性とその形成過程が明らかにされてきた.集団ゲノム解析では,多変量解析法である主成分分析(PCA)や集団遺伝学統計量のひとつであるF 統計量などの統計手法が用いられ,複雑な集団形成過程の推定を可能にしている.また,沖縄県ではバイオバンク事業が進行中で,地域固有の遺伝的特徴を基にした医学研究が行われており,疾患との遺伝的関連が明らかにされる可能性がある.さらに古人骨由来のゲノムデータを活用することで,より詳細な解析が期待される. -
縄文人由来変異が解き明かす縄文人と渡来人の混血過程
288巻13号(2024);View Description Hide Description現代日本人は,縄文人と弥生時代以降に東アジア大陸からきた渡来人が混血した集団である.筆者らは,縄文人と渡来人の混血過程と,縄文人や渡来人に特徴的な表現型を調べるために,縄文人に由来する可能性が高い変異(縄文人由来変異)を現代日本人のゲノムデータから抽出した.個体が保有する縄文人由来変異数を都府県間で比較したところ,東北地方の人が持つ縄文人由来変異の数は多く,近畿地方と四国地方の人では少なかった.この事実は,縄文人と渡来人の混血は近畿地方や四国地方で先行して起こり,その後,混血した人々が徐々に拡散して各地の縄文人と混血した可能性が高いことを示唆している.さらに縄文人集団と渡来人集団のそれぞれについて,ゲノムワイドにSNP アリル頻度を推定し,60 種類の量的形質(主に血液検査項目)について縄文人集団と渡来人集団の集団平均ポリジェニックスコア(PA_PS)を求めた.その結果,縄文人は中性脂肪や血糖値が高くなりやすい遺伝的素因を,渡来人はCRP と好酸球数が高くなりやすい遺伝的素因を備えていたことがわかった.相対的な比較ではあるが,日本人の祖先集団は,それぞれの生業に適した遺伝因子を持っていたのかもしれない. -
便中ヒトゲノム情報からの個人情報の再構築
288巻13号(2024);View Description Hide Descriptionメタゲノムショットガンシークエンシング解析は,腸内微生物叢の全体像を捉えることができる有用な解析手法であるが,実はデータ中に微生物ゲノム由来配列だけではなく,ごくわずかにヒトゲノム由来配列も含まれることが知られている.ヒトゲノム情報は究極の個人情報ともいわれており,その取り扱いには慎重になるべきであるが,一方で,ごくわずかなメタゲノムショットガンシークエンシングデータ中のヒトゲノム由来配列中に,どれほどの個人情報が含まれているのかという点について,定量的な議論がなされてこなかった.最近,筆者らはメタゲノムショットガンシークエンシングデータ中のヒトゲノム由来配列から,①性別,②同一個人由来の遺伝子型データ,③属する人種集団,④ゲノムワイドな遺伝子型(ただし,高深度シークエンシングを行った場合に限る)の情報を得ることができることを示した.本稿では,本研究に関する解説とデータ共有に関する今後の課題について述べる. - 遺伝統計学と疾患オミクス研究
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眼科疾患における大規模ゲノム解析
288巻13号(2024);View Description Hide Description眼科領域の遺伝子解析は,1990 年に網膜色素変性の原因遺伝子解析からはじまり,単一遺伝子疾患や遺伝子変異(mutation)から多因子疾患に関連する遺伝子多型(variation)へと移行してきた.1990 年代は,主に網膜色素変性を中心とする遺伝性網膜ジストロフィ(IRD)の原因遺伝子のマッピングと同定が連鎖解析と候補遺伝子解析によって盛んに行われた.今世紀に入り,遺伝子多型のデータベースは急速に充実した.その遺伝子多型を用いたゲノムワイド関連解析(GWAS)により,疾患に関連する遺伝子多型を検出することが可能となり,2005 年ごろより眼科領域への応用がはじまっている.特に多因子疾患の加齢黄斑変性,緑内障の分野でその成果は著しい.また,IRD のいくつかに対しては遺伝子治療が試験的に行われていたが,最近,遺伝子パネル検査システムや遺伝子治療薬が承認され,新たな局面を迎えている. -
アルツハイマー病ゲノム解析の現状
288巻13号(2024);View Description Hide Descriptionアルツハイマー病(AD)の創薬開発が進む一方,開発した薬剤が効果的に働き副作用による影響も少ない患者群を選別できるような治療プロトコールの開発も急務である.たとえばその選別の一つとして遺伝的リスクの強さがあげられる.実際に最近認可されたレカネマブは,遺伝的リスクに応じて薬効や副作用発生率に差があることが報告されている.このことから,AD の疾患関連バリアントを同定することは患者の層別化やリスク予測に有用であることがわかってきている.現在,AD の最大の遺伝的リスクバリアントであるAPOE遺伝子に加え,欧米や日本を含む東アジアにおいてゲノムワイド関連解析(GWAS)やレアバリアント解析,またポリジェニックリスクスコア(PRS)を用いた患者層別化が進んでいる.今後,ゲノム解析から得られた知見を基に,分子生物学的解析による病理機序の解明や,機械学習技術などを用いた治療薬候補化合物の探索がますます重要になると考えられる. -
整形外科疾患で最も注目される変形性関節症の大規模ゲノム解析
288巻13号(2024);View Description Hide Description変形性関節症(OA)は整形外科では圧倒的に多く遭遇する疾患ではあるが,その詳細ははっきり解明されておらず,対症療法でしか日常診療では行えない事実を踏まえ,全世界的に病態解明が行われている.最近までは軟骨消失が病態の原因とされていたが,OA は生まれながらの遺伝子異常からなる骨軟骨関節形成不全からはじまり,さまざまなシグナル経路の異常など,小さな遺伝子変異の結果,表現型としてみられる多因子疾患である.ゲノム研究によるOA 病態へのさまざまなアプローチから,これまでいわれてきた軟骨病変とは異なり,軟骨下骨病変からなる骨の病変の結果ということが明らかになってきた.本稿では近年用いられているアプローチ手法を踏まえつつ,OA の現在の知見を解説する. -
痛風・高尿酸血症の大規模ゲノム解析
288巻13号(2024);View Description Hide Description痛風は古くから知られる関節疾患であり,その基礎病態である高尿酸血症と合わせて,現在も増加の一途にある生活習慣病である.これまでの研究から,痛風・高尿酸血症には遺伝要因が強く影響することが明らかとなってきた.近年では,数十万人以上の規模でゲノムワイド関連解析(GWAS)およびそれらのメタアナリシスが行われており,見出された疾患感受性領域は優に100 を超える.このような遺伝学的アプローチを通じて得られた知見は,これら尿酸関連疾患の分子病態のみならず,尿酸の体内動態制御機構の理解にも大きく貢献してきた.とりわけ,痛風・高尿酸血症の主要病因遺伝子として同定されたATP-binding cassette transporter G2(ABCG2)には,尿酸輸送体としての機能変動をもたらす病因変異が日本人で高頻度に認められることから,わが国におけるゲノム個別化医療・予防への応用が期待されている.本稿では,関連する研究分野の黎明期から現在に至るまでの動向について,筆者らの知見を交えながら概説するとともに,最近の話題についても紹介する. -
原発性アルドステロン症の遺伝的背景と高血圧への寄与
288巻13号(2024);View Description Hide Description原発性アルドステロン症は二次性高血圧の主要な原因疾患であるが,その発症に関わる遺伝的因子は明らかでなかった.筆者らは,原発性アルドステロン症のゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施し,その発症リスクに関わる6 つの遺伝子座を同定した.WNT2B に最も強い関連を認め,その病態機序に対するWnt/β-カテニン経路の役割を強固にするものと考えられた.6 つの遺伝子座は高血圧との関連が報告されていたが,本結果により原発性アルドステロン症に特異的に関わることが明らかとなった.さらに既知の高血圧関連遺伝子座42 個のバリアントのオッズ比を調べたところ,2/3 の28 個が高血圧よりも原発性アルドステロン症についてより高いオッズ比を呈した.これは,原発性アルドステロン症の有病率(~10%)に比べて,高血圧全体の遺伝的背景の多くを占める可能性を示唆している.今後,各遺伝子座の機能的解析や病型に応じた層別化解析により,原発性アルドステロン症の遺伝的背景がさらに解明されうるであろう. -
希少難治性疾患・間質性膀胱炎の遺伝的背景
288巻13号(2024);View Description Hide Descriptionハンナ型間質性膀胱炎(HIC)とは,膀胱に関連する骨盤部の疼痛と頻尿,尿意亢進などの下部尿路症状を呈する原因不明の慢性泌尿器疾患であり,特に症状の強い重症型は指定難病となっている.女性優位の罹患率や他の自己免疫疾患を合併しやすいという疫学的特徴から,膀胱の免疫疾患であると考えられていたが,その病態生理はまったく不明であり,根治治療も開発されていない.しかし,近年の研究によりTh1/17 型免疫応答の亢進や浸潤B 細胞のクローナル増殖が明らかにされ,免疫疾患としての側面が徐々に明らかにされてきた.加えて,疾患ゲノム関連解析によって主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスⅡ分子の遺伝子多型が発症リスクに関連していることが明らかとなり,いよいよその全貌が見えつつある.今後は国際コンソーシアムによる大規模ゲノム解析の実施や,同定されたリスクバリアントの機能的意義を明らかにすることで,病態生理の解明や疾患バイオマーカー,治療薬開発の進展が期待される. -
中枢神経胚細胞腫の多層的オミクス解析
288巻13号(2024);View Description Hide Description中枢神経胚細胞腫(以下,胚細胞腫)は日本を含む東アジアに多い,小児から若年成人に発生する腫瘍であり,基礎研究と臨床研究の両面において日本が世界をリードする数少ない脳腫瘍のひとつである.エキソームシークエンスにてRTK/MAPK 経路の遺伝子変異が48%に,MTOR/PI3K 経路の遺伝子変異が13%に認められた.RNA シークエンスでは融合遺伝子の同定はなかったが,遺伝子発現解析ではジャーミノーマは始原生殖細胞の,ノンジャーミノーマは組織・臓器に分化をする細胞の発現パターンを示し,組織型によって大きく異なった.メチル化解析ではジャーミノーマは全ゲノムにわたる極めて低いメチル状態を示し,発生段階において低メチル状態を示す始原生殖細胞由来であることを支持した.ゲノムワイド関連解析(GWAS)にてアポトーシスを誘導し,KIT/KITLG 経路により抑制されるBAK1 遺伝子のエンハンサー領域のバリアントとの関連が示された.胚細胞腫の極めて特殊な生物学的側面が明らかにされつつあり,さらなる解析により全貌が解き明かされることが期待される. -
炎症性皮膚疾患における単層および多層的オミクス解析
288巻13号(2024);View Description Hide Descriptionアトピー性皮膚炎(AD),乾癬など,単一遺伝子変異で説明がつかないような炎症性皮膚疾患は大規模ゲノム解析,皮膚および腸管のマイクロバイオーム解析およびそのトランスクリプトーム解析,メタボロミクス解析などを行うことで,疾患の新たな要因を明らかにしようとするトレンドがある.これらの疾患では近年,分子標的治療薬や生物学的製剤が用いられるようになり,これまで難しかった疾患の“寛解”状態を,重症患者でも薬剤の継続使用下で達成できるようになった.このような進歩により,疾患克服の目標は“寛解”から“予防”や“治癒(寛解の長期維持)”に変わったとも考えることができる.上記オミクス解析を経時的かつ多層的に行うことにより,これらの目標を達成しようとする最近の研究の潮流を,本稿では解説する. -
自己免疫疾患の多層的オミクス解析
288巻13号(2024);View Description Hide Description自己免疫疾患は,疾患内の多様性が大きいことを特徴のひとつとする.ゲノムワイド関連解析は疾患発症に関わる遺伝的多型を多数同定することに成功してきたが,疾患をひとまとめにした解析では疾患内の多様性についての理解は限定的となる.疾患発症に関わる遺伝的多型の機能を理解したり,患者内の多様性の分子メカニズムを理解したりするには,大規模患者群から複数の層のデータを取得し,臨床情報を含めたデータ間の関連を解析する多層的オミクス解析が有用である.筆者らは自己免疫疾患患者を対象とした多層的オミクスデータベースを作成し,解析することで,疾患状態における遺伝的多型の機能を明らかにするとともに,疾患活動性などの臨床情報を遺伝子発現やB 細胞受容体配列といった分子的な特徴と関連づけることが可能となることを報告してきた.ゲノム配列に加えさまざまな層の情報を重ねていくことで,自己免疫疾患の病態理解が深まることが期待される. -
ゲノム解析による発がんメカニズムの探索
288巻13号(2024);View Description Hide Description革新的な次世代シークエンス技術がもたらした数々の発見によりがんのゲノム解析研究が進み,われわれは現在,多様ながん腫のドライバー遺伝子変異に関する知見を得た.がんに蓄積する体細胞変異の解析は,治療標的候補についての情報を提供するのみならず,発がんに関わる変異プロセスを解明し,さらには系統樹解析によってわれわれの体内でいつ,どのような変化が生じてがんが形成されたのかをたどることも可能にする.近年,一見正常な組織にも加齢や炎症,環境因子への曝露に伴って遺伝子変異が蓄積したクローンが拡大することが明らかになり,がんと非腫瘍組織の同時解析により,従来は詳細が不明であったがんの初期進化の自然史が捉えられるようになった.本稿では,これまでのがん進化の知見を概説するとともに,正常組織に蓄積するゲノム変化について述べ,最新のゲノム解析によって明らかになった発がんの自然史をたどる研究について解説する. -
がん種・人種横断的なゲノムワイド関連解析
288巻13号(2024);View Description Hide Description近年,複数のがん種を統合するゲノム解析がいくつか報告されているが,それらのほとんどは欧米人のゲノムデータを解析したものである.筆者らは,日本人および欧米人のバイオバンクを活用し,13 種類のがん種を対象として,がん種・人種横断的なゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施した.複数のがん種の発がんリスクに影響を与える新規疾患感受性領域を複数同定し,こうした包括的なアプローチが非常に有用であることを示した.また,13 がん種間の遺伝的相関を評価することで,乳がんと前立腺がんの間に人種を超えた有意な正の相関があることを明らかにした.乳がんと前立腺がんに関する最大規模のメタ解析の結果を用いて,両がん種間で共通する発がんの背景について検討を行った.遺伝的要因が共通したがん種のペアに注目した解析を行うことで,複数のがん種に共通する,より根本的な発がんプロセスが明らかになる可能性が示された. - 遺伝統計学とシングルセル解析
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シングルセルRNAシーケンス─宿主と病原体の複雑な相互作用を明らかにする
288巻13号(2024);View Description Hide Description細菌はエフェクタータンパク質を使って宿主細胞を操作し,定着を確立して免疫システムを回避する.このような細胞間相互作用は統一されておらず,宿主細胞の反応は細胞の種類によっても,また同じ細胞種であってもさまざまである.しかし多くの研究では,バルクRNA シーケンス(bulk RNA-seq)のような,組織/サンプル内の全細胞からのシグナルを測定する方法を用いており,その結果,細胞の挙動を平均化してしまって多様性を覆い隠す可能性が想定される.その後,2009 年にシングルセルRNA シーケンス(scRNAseq)により胚盤胞の最初のトランスクリプトーム解析が行われたことから極めて重要な知見を得ることになり,scRNA-seq の採用が飛躍的に増加した.この急増は,継続的な進歩と市販キットの普及も起因していると考えられる.scRNA-seq は宿主と病原体の相互作用を調べるのに理想的な方法として登場し,宿主と病原体間の相互作用の微妙な結果を明らかにすることが可能となった.本稿で述べる研究では,感染時に観察されるさまざまなマクロファージ内の遺伝子応答がサルモネラ菌感染に起因していることが予想された.宿主のscRNA-seq は大きな進歩を遂げたが,同時に技術的な問題から感染した細菌の検出は妨げられてきた.一方で,scRNA-seq の臨床への応用を拡大する努力もなされており,結核に関連するような感染転帰の予測に努めている. -
シングルセルレベルの空間トランスクリプトーム解析の新潮流
288巻13号(2024);View Description Hide Description本稿では,空間トランスクリプトーム計測技術と応用例,そして今後の展望について述べる.空間トランスクリプトーム計測技術は,主にシークエンシングと蛍光イメージングの2 つに大別され,最近ではシングルセルレベルでの計測が可能となっている.シングルセル空間トランスクリプトーム解析技術を利用したアプリケーションには,発生やさまざまな組織におけるセルアトラスの構築,がんにおける腫瘍内不均一性・微小環境の解明などがあげられる.現時点では新しい技術のため論文数は少ないものの,プレプリントの論文が複数投稿されていることから,論文数の増加が予想される.トランスクリプトームだけでなく,同時にエピゲノムやタンパク質の発現を計測する技術も登場し,空間オミクス解析技術は今後,さらなる発展を遂げると考えられる. -
1細胞解像度の細胞アイデンティティの定量とシミュレーション
288巻13号(2024);View Description Hide Descriptionわれわれの体はさまざまな細胞種から構成されているが,細胞は生命の機能と構成の基本単位である.1 細胞解像度で細胞の性質を測定できるシングルセル解析は,複雑な体組織の発生過程や病気の進行過程で細胞のアイデンティティが確立され,変化していくメカニズムを研究するのに不可欠な技術となってきている.近年ますます発展するシングルセル実験技術の発達によって,より多様で大量のデータ取得が可能になり,それに伴いデータ解析の複雑さや可能な解析の種類が増すにつれ,シングルセルデータによる細胞アイデンティティの解析は多様化し,その定義や解析手法も複雑化している.本稿ではまず細胞アイデンティティ解析について歴史,定義,一般的な解析を概観しつつ,筆者らが近年発表したシングルセルオミクスデータを統合して遺伝子制御メカニズムのモデル化や遺伝子機能の予測を行う手法であるCellOracle について,その手法,特色,設計の狙いなどに焦点を当てて紹介する. -
循環器疾患におけるシングルセル解析研究の実際
288巻13号(2024);View Description Hide Description循環器疾患とは,全身に血液を送り届ける心臓・血管といった循環器臓器における疾患である.心臓は常に血行力学的なストレスを受けており,それが病的なものになると心臓機能の低下につながり,心不全を発症する.心臓は自らにも冠動脈を経由して血液を届けているが,その冠動脈の血流が途絶えると心筋梗塞を発症して急激な心臓機能の低下につながる.心臓では電気的活動によって心筋細胞の収縮が制御されているが,それに異常が生じると心房細動などの不整脈を発症する.これらの循環器疾患がどのようにして発症するかに関してさまざまな研究が行われてきたが,心臓という臓器を一括にして解析してきたこれまでの研究では,細胞レベルの本質的な分子挙動を明らかにすることは難しかった.心臓には,ポンプ作用の中心である心筋細胞に加えて,線維芽細胞,内皮細胞,平滑筋細胞,免疫細胞などが存在しており,それらが互いに相互作用を形成している.近年になって発展してきたシングルセル解析技術によって,循環器疾患におけるこれらの細胞の分子挙動をシングルセルレベルで詳細に解析することが可能になってきた.本稿では,シングルセル解析によって明らかとなった循環器疾患の分子病態をレビューするとともに,今後の将来展望について議論したい. -
がん領域におけるシングルセル解析
288巻13号(2024);View Description Hide Descriptionがんに対する治療法として最近注目されているがん免疫療法は,多数のがん種で有効性が示されている一方で,治療効果予測の難しさなどさまざまな課題が存在し,効果予測バイオマーカーやより有効性の高い新規治療法の開発が望まれている.この治療法は腫瘍微小環境におけるT 細胞の活性化が重要であるが,腫瘍微小環境にはがん細胞やT 細胞だけでなく多様な細胞種が存在し,相互作用などさまざまな因子が複雑に関与しており,バルクでの解析だけでは不十分である.この問題を解決するために,シングルセル解析はここ数年で急速に発展し,DNA,RNA,タンパク質,代謝物などのシングルセルレベルでの解析が可能になってきた.また,病理検体を用いて組織の位置情報を保持したまま解析が可能な技術も登場するなど,腫瘍微小環境の詳細に迫れるようになってきた.それらの解析手法を組み合わせることによって,新たな知見が明らかになってきている. -
リウマチ・膠原病疾患におけるシングルセル解析
288巻13号(2024);View Description Hide DescriptionシングルセルRNA シークエンス(scRNAseq)に代表されるシングルセル解析は,単一細胞ごとの遺伝子発現や表面分子の多様性を明らかにすることで新たな機能性細胞群や治療標的の発見に結びつく技術である.2010 年代後半以降,患者検体を用いた大規模なシングルセル解析により疾患の発症メカニズムに関する重要な洞察が得られている.本稿では,代表的な自己免疫疾患である関節リウマチ(RA),全身性エリテマトーデス(SLE),全身性硬化症,血管炎症候群を中心に,患者検体を用いたシングルセル解析研究によって得られた知見を総括する.研究結果の提示にとどまらず,個々の病態や疾患ごとのアンメットニーズを満たす将来の治療戦略への示唆を各報告から抽出し包括的に論じることで,これらの疾患群にシングルセル解析を用いる意義と,未来の患者を救う個別化治療に向けた戦略に焦点を当てる. -
新型コロナウイルス感染症におけるシングルセル解析
288巻13号(2024);View Description Hide Description筆者らは,日本人新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者と健常人由来の末梢血単核細胞(PBMC)を用いたシングルセル解析とともに,宿主ゲノム情報との統合解析を実施した.網羅的なシングルセルトランスクリプトーム解析により,単球中の希少細胞種であるCD14+CD16++単球がCOVID-19 重症化に深く関与していることを見出した.また,COVID-19 ゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果とシングルセルデータを統合解析することにより,COVID-19 重症化のゲノムワイドな宿主遺伝的リスクは自然免疫細胞に集約されていることが明らかとなった.さらに,GWAS で同定されたCOVID-19 関連遺伝子多型のexpression quantitative trait loc(i eQTL)解析により,Ⅰ型インターフェロンに関わる遺伝子である IFNAR2 遺伝子多型(rs13050728)が,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染状況下かつ単球特異的にeQTL 効果を有することがわかった.シングルセルデータと宿主ゲノム情報の統合解析が,病態解明への強力な手法であることが示されたとともに,創薬や遺伝子多型に基づく個別化医療に貢献する可能性が示唆された. -
自然免疫応答の遺伝的多様性を単一細胞分解能で理解する
288巻13号(2024);View Description Hide Description感染症や自己免疫疾患のゲノムワイド関連解析(GWAS)において同定された感受性遺伝子座の一部は,細胞の免疫応答の遺伝的多様性に寄与していることが示唆されている.本研究では,細胞の異なる環境下における遺伝子発現の遺伝的多様性を解析するGASPACHO(GAuSsian Processes for Association mapping leveraging Cell HeterOgeneity)という新たな統計手法を提案し,自然免疫応答下にある20,000 以上のヒト皮膚線維芽細胞の遺伝子発現を解析した.その結果,ゲノムワイドに1,000 カ所以上の発現量・量的形質座位(eQTL)を同定し,その3 割が免疫に関係するGWAS で同定された感受性座位との間に共局在化を認めた(事後確率50%以上).一例として,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との関連が認められたOAS 座位の詳細なin silico 機能解析を行い,OAS1 遺伝子のスプライシング変異がCOVID-19 のリスクを上昇させていることを突き止めた. -
脂肪組織のシングルセル解析はインスリン抵抗性の概念をどうアップデートするか
288巻13号(2024);View Description Hide Description近年のシングルセル解析の進歩により,従来の脂肪細胞のインスリン抵抗性の概念が転換期を迎えている.ヒト脂肪組織の細胞ランドスケープを捉えることができるようになり,脂肪前駆細胞のみならず脂肪細胞の多様性とその脂肪部位特異性が明らかになってきている.さらに,これまで焦点の当たっていなかった細胞間ネットワークの推定と脂肪組織の空間解析による細胞分布から,細胞サブタイプに特異な微小環境の存在をうかがい知ることができるようになってきた.また,シングルセル解析データセットをこれまでに集積されたバルクRNA-seq やゲノムワイド関連解析(GWAS)などのヒトコホートデータと統合することで,肥満・2 型糖尿病のバイオマーカーが同定されている.特に,脂肪細胞の特定の細胞サブタイプがインスリン感受性に関連するという知見は,シングルセル解析がもたらした重要な発見である.肥満関連疾患の発症をより早期(未病)の段階で予測することが求められるなか,シングルセル解析の臨床応用に向けた展開が期待される. -
Human Cell Atlasプロジェクトの軌跡と今後の展望
288巻13号(2024);View Description Hide DescriptionHuman Cell Atlas(HCA)は,ヒトを構成するすべての細胞種の包括的なリファレンスマップを,生命の基本単位である“1 細胞”のレベルで作成することを目的とした国際共同研究コンソーシアムである.2016 年10 月に,英国のWellcome Sanger Institute のSarah Teichmann 博士と,米国のBroad Institute のAvivRegev 博士が中心となって発足され,現在,99 カ国の1,716 の大学・研究機関から3,200 人以上のさまざまな分野の専門家が参画している.作成されるヒトの全細胞のリファレンスマップ“ヒト細胞アトラス”は,誰でも自由に利用可能な大規模なリソースとして段階的に構築され,将来的には性別,年齢の違いだけでなく,さまざまな人種のデータもカバーする予定である.これにより人種特異的な特定細胞種の遺伝子変異による病気のリスクの解明など,医療分野での利用も期待される. - 遺伝統計学とゲノム創薬
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大規模オミクス解析時代のゲノム創薬
288巻13号(2024);View Description Hide Description薬剤開発の成功率を向上させて創薬を加速するため,ゲノム解析の結果を創薬に活用する“ゲノム創薬”が期待されている.ゲノム創薬は薬剤候補のスクリーニングに有効であり,薬剤転用による開発期間および費用の短縮も期待できる.ゲノム創薬の手法として,疾患関連遺伝子の同定,メンデルランダム化,発現量制御の相関解析といった複数の手法が提案されている.いずれの手法も疾患ゲノミクス解析をオミクス情報と統合することで適切な治療薬候補を探索できる.一方で,個々の手法は同一パスウェイを標的とする治療薬候補を相補的に検出しており,複数の手法を組み合わせて用いることが網羅的な創薬スクリーニングに重要である.オミクス情報は急速に大規模化しており,複数の人種集団を対象とするようになってきていることから,ゲノム創薬のリソースはますます充実すると考えられる. -
人工知能を活用した創薬研究
288巻13号(2024);View Description Hide Description1 つの薬を上市するには10 年以上の歳月と数百億円の費用がかかるといわれてきた.ここを大きく加速させる可能性を秘めているとして,近年おおいに注目を集めているのが人工知能(AI)創薬である.ゲノムワイド関連解析(GWAS)に代表されるオミクス解析で見出された疾患の治療標的分子に対して,創薬のさまざまな段階において研究開発をブーストすることができる.また近年,次世代の創薬モダリティとして注目を集める中分子医薬品の開発においてもAI が使われるようになってきた.そこで本稿では,創薬におけるAI 活用の現状と展望を紹介したい. -
製薬業界におけるゲノム創薬の活用
288巻13号(2024);View Description Hide Description画期的な新薬は世界中の患者を救うことにつながり,その社会貢献度は極めて高い.一方で,臨床試験におけるヒトの反応は予測がつかないことが多く,薬剤として承認されるのは臨床入りした全体の10%にすぎない.近年,ヒトゲノム情報の活用によって創薬の成功確率を向上できることが報告され,打開策として注目されている.がんや希少疾患では,病態と結びつきの強い遺伝子や変異が明らかになることで,これらを狙った薬剤が多数成功している.Common disease においては,適応疾患に近しい臨床フェノタイプやタンパク質相互作用(PPI)でつながっている標的に目を向けることで,ヒトゲノム情報を役立てることができる.製薬企業の活動も活発であり,バイオバンクを中心としたヒトゲノム情報へのアクセスやヒトゲノム情報を解釈するためのシングルセルeQTL(expression quantitative trait locus)やpQTL pQTL(protein quantitative trait locus)研究が報告されている.
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