医学のあゆみ

Volume 290, Issue 2, 2024
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特集 フェロトーシス(鉄依存性細胞死)─ そのメカニズムの解明と,治療への応用
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酸化脂質とフェロトーシス惹起
290巻2号(2024);View Description
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脂質過酸化反応に起因する細胞死機序であるフェロトーシスは,がんや神経変性疾患の新たな治療標的として注目されており,近年,急速に研究が進展している.なかでも,脂質過酸化反応の惹起や抑制メカニズムについては活発に研究が行われ,現在までに遊離二価鉄量の調節,膜リン脂質の不飽和度の制御,還元酵素による脂質過酸化反応の抑制がフェロトーシス制御に関わることが明らかにされてきた.さらに,フェロトーシスの最終過程において形質膜で細孔が形成され,浸透圧の膨張を引き起こすこともわかってきている.しかし,細胞内のどの部位で脂質過酸化反応が惹起され細胞死へと至るのか,またフェロトーシスの実行分子が何かについてはいまだ解明されていない.本稿ではフェロトーシス惹起メカニズムとして,まず脂質過酸化反応の誘導メカニズムをまとめ,細胞死実行因子としての酸化脂質研究の現状と課題点について概説したい. -
フェロトーシスとセレン代謝
290巻2号(2024);View Description
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セレンは酸素,硫黄と同じ周期表の16 族に属する,われわれの生命の維持に必須な微量元素である.セレンは21 番目のアミノ酸として知られるセレノシステインとして特殊な翻訳系を介してタンパク質へと組み込まれ,その反応性の高さから主に酸化物の除去を行い,細胞のレドックス環境の維持に働く.フェロトーシスのマスターレギュレーターであるGPX4(glutathione peroxidase 4)もセレノシステイン含有タンパク質(セレンタンパク質)であり,活性中心のセレノシステインで過酸化脂質の除去に関与する.近年,フェロトーシスとの関連からセレンタンパク質合成系の解析が精力的に行われ,新たな局面を迎えつつある.本稿では,セレノシステイン,セレンタンパク質について概説した後,フェロトーシスとの関連について最新の知見を交えて紹介する. -
二価鉄検出プローブを使ったフェロトーシス研究
290巻2号(2024);View Description
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フェロトーシスにおける脂質過酸化反応は,フェントン反応の類似反応であり,二価鉄が触媒すると考えられている.フェロトーシスが鉄依存的であるという事実から,細胞死に至る過程において鉄が関与していることは間違いなく,フェントン反応性の鉄(二価鉄)イオンの挙動を知ることがフェロトーシス研究を進めるうえでも重要である.蛍光プローブは細胞内で起こる現象を可視化することのできる有用なツールであり,二価鉄検出蛍光プローブを使ったイメージング研究により,フェロトーシス誘導時には二価鉄濃度が上昇することが明らかになった.本稿では,これまでに開発された二価鉄蛍光プローブに加え,ヘム蛍光プローブ,およびそれらを使ったフェロトーシス研究について,筆者らの成果を中心に紹介する. -
GPx4研究からみた脂質酸化を介する細胞死─ フェロトーシスとリポキシトーシス
290巻2号(2024);View Description
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グルタチオンペルオキシダーゼ4(GPx4)は酸化リン脂質をグルタチオン依存的に還元する酵素であり,2003 年に筆者らはGPx4 ノックアウト(KO)マウスが胚致死となることを発見し,脂質酸化依存的細胞死の研究を進めてきた.筆者らは単にGPx4 を欠損しただけでは,鉄非依存的な脂質酸化を介した細胞死リポキシトーシスが起こることを報告した.一方で2012 年にStockwell らは,Ras 変異がん細胞を選択的に殺す抗がん剤RSL(Ras Selective Lethal)を見出し,その細胞死誘導機構から二価鉄依存的な脂質酸化(フェントン反応)を介した細胞死フェロトーシスを提唱した.RSL3 がGPx4 に直接結合し,活性を阻害することから,GPx4 がフェロトーシス制御の中心分子として脚光を浴びることになった.フェロトーシス発見から10 年がたち,その制御因子や病態との関連が次々と明らかになっている.特に最近,GPx4 タンパク質の分解制御もフェロトーシスの感受性変化や実行に寄与することが明らかになってきている.本稿では筆者らのGPx4 研究を中心に,脂質酸化依存的な細胞死におけるGPx4 の役割とGPx4 タンパク質の分解制御に絞って概説したい. -
フェロトーシスの細胞間拡散とフェロトーシス細胞由来抗老化シグナルモデル─ フェロトーシス細胞からの分泌シグナルの多様な機能
290巻2号(2024);View Description
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死細胞は情報発信体である.フェロトーシスの概念が確立される以前から,死細胞からはダメージ関連分子パターン(DAMPs)とよばれるさまざまな物質が分泌されており,他の細胞の増殖,炎症,再生などに影響を与えることが知られていた.フェロトーシスに関しても近年,研究が急速に進み,フェロトーシス細胞から脂質過酸化関連物質が分泌されることでフェロトーシスが周囲の細胞へ拡散していくことがわかっている.この現象はフェロトーシス関連疾患の病変の拡大にも関与する一方で,フェロトーシス細胞を用いた抗がん療法に利用できる可能性もある.さらに筆者らは,フェロトーシス細胞が周囲への拡散のみならず,抗老化因子であるFGF21 を分泌することで他細胞の老化を抑制することを発見した.本稿では,フェロトーシス細胞からの多彩な分泌シグナルについて,現時点での知見を概括する. -
フェロトーシスの制御によるがん治療への応用
290巻2号(2024);View Description
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フェロトーシスは鉄による多価不飽和脂肪酸(PUFA)の過酸化に依存的な細胞死様式である.がんの微小環境下や治療抵抗性のがんでは,細胞がフェロトーシスに対して脆弱になっていることが報告され,がん治療の新たな標的として近年注目を集めている.細胞内における過酸化脂質に対する防御機構として,主にグルタチオンペルオキシダーゼ4(GPX4)とフェロトーシスサプレッサータンパク1(FSP1)の2 つの酵素が存在する.GPX4 はグルタチオン(GSH)を用いて過酸化脂質を直接還元することで,FSP1 はNAD(P)H を用いてキノン(コエンザイムQ あるいはビタミンK)を還元し,還元型キノンが脂質ラジカルを消去することでフェロトーシスを抑制する.がんの治療戦略としては,がん細胞のフェロトーシスを誘導または感受性を増強させること,あるいは抗がん作用を発揮する抗腫瘍免疫細胞のフェロトーシスを抑制することが考えられる.本稿では,①近年解明が進むフェロトーシスの制御機構,②がん細胞におけるフェロトーシス感受性,および③フェロトーシス制御を利用したがん治療への可能性と今後の期待について概説する. -
虚血再灌流障害とフェロトーシス
290巻2号(2024);View Description
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虚血再灌流障害は急性心筋梗塞,心臓を止めて行う心臓外科手術,心臓移植では不可避であり,循環器にとって最も重要な領域であるにもかかわらず,Bench からBedside へのtranslational study はすべて失敗し,1 つとして臨床に定着した治療法はない.筆者らは,心筋虚血再灌流後にフェロトーシスが誘導される分子機序を明らかにした.そこにはグルタチオン(GSH)を細胞外に放出するという自己破壊的な細胞応答が関与していた.これらの実験結果に加えて,抗酸化作用を示す水素ガスの虚血再灌流障害に対する治療効果を検証した臨床試験の結果から,これまでほとんど注目されてこなかった,再灌流後数時間経過したあとでもフェロトーシスを抑制して臓器予後を改善する可能性を秘めたtherapeutic windowが存在することを見出した. -
フェロトーシス抵抗性と発がん
290巻2号(2024);View Description
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鉄は生体内で必須の金属元素である一方で,過剰な鉄はDNA の酸化ストレス傷害を介して発がんに関与することが知られている.フェロトーシスは鉄による脂質過酸化を起点とした制御性壊死であり,発がんの文脈においてはがん化に至るDNA 変異を回避する防御的な役割を有していると考えられる.鉄発がんのプロセスでは,細胞は鉄によるフェロトーシスを回避するフェロトーシス抵抗性を獲得し,細胞死を免れることでDNA 変異が蓄積し,がん化に至る.フェロトーシス制御系に関する研究はめざましく,さまざまな機序が明らかとなっているが,発がんの際に正常細胞はいずれかの抑制系の作用を亢進させ,フェロトーシス抵抗性を獲得していると考えられる.フェロトーシス抵抗性獲得を基軸とした発がんメカニズムの解明は新規予防法の確立につながる可能性を有しており,重要な研究テーマである. -
アントラサイクリン心毒性におけるフェロトーシス
290巻2号(2024);View Description
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アントラサイクリン抗がん剤はその高い抗がん作用から,現在でも卵巣がん,乳がん,悪性リンパ腫など多くの悪性腫瘍に対する標準治療薬である.しかし,アントラサイクリンは用量依存性に心毒性を引き起こすことから,その総投与量は厳密に制限されており,また,いったん発症したアントラサイクリン心筋症は予後不良である.筆者らは,アントラサイクリンによる心毒性において鉄依存性の細胞死であるフェロトーシスが重要な病態基盤であることを明らかにし,アントラサイクリンによりフェロトーシスが誘導される分子機序の解明に取り組んできた.アントラサイクリンはアミノレブリン酸合成酵素(ALAS1)の発現を低下させることでヘムの合成障害とミトコンドリアの鉄代謝異常を引き起こし,その結果として生じるミトコンドリアでの余剰鉄がフェロトーシスの契機となっていること,さらにALAS1 が合成するアミノレブリン酸を補充することでアントラサイクリンによるフェロトーシスに起因する心毒性を抑制することを見出し,現在,アントラサイクリン心筋障害に対する抑制薬としてのアミノレブリン酸塩酸塩の研究開発を進めている.
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- 泌尿器科学
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- 環境衛生
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連載
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- 臨床医のための微生物学講座 17
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EBウイルス
290巻2号(2024);View Description
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◎Epstein—Barr ウイルス(EBV)は感染したリンパ球を増殖させる性質を持っており,もしそれを抑制する免疫系が的確に働かないとリンパ増殖性疾患(LPD)から悪性リンパ腫をきたす.しかしその一方で,それを抑制しようとする際の免疫応答自体が免疫病態を引き起こす.初感染における反応性病態である伝染性単核症(IM)から,免疫応答が制御不能に陥る血球貪食性リンパ組織球症,宿主の免疫抑制状態(たとえば移植後)に乗じて感染B 細胞が増殖するB 細胞リンパ増殖性疾患,EBV がT 細胞やNK 細胞に感染し増殖する慢性活動性EBV 病など,非常に多彩な臨床像を呈する.また,古くからEBV に関連する悪性腫瘍(Burkitt リンパ腫,上咽頭癌など)も知られている.これらのEBV 関連疾患の発症には地域性があり,宿主側の何らかの遺伝的背景や環境因子が発症に影響していると考えられる. - 緩和医療のアップデート 12
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緩和ケア研究アップデート─ 同領域の研究手法の工夫と今後の課題
290巻2号(2024);View Description
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◎緩和ケア領域の臨床研究は,患者の状態が不安定であるため,研究の実施にあたってさまざまな段階で問題がある.近年の緩和ケア臨床研究で用いられているクラスターランダム化試験/ステップウェッジ試験,ウエイトリストコントロール試験,クロスオーバーデザイン/N-of-1 試験,実施可能性研究,レジストリ研究/リアルワールド研究,混合研究法,実装研究について,それぞれの使用例をあげてメリット・デメリットを概説した.加えて,研究デザイン以外の留意点として,研究体制の構築,適格・除外基準の設定,アウトカム,同意取得方法,介入の標準化,脱落・欠測の取り扱いについて述べ,最後に緩和ケア臨床研究の課題と今後のエビデンス発信基盤の構築に向けた方策について展望した. - 自己指向性免疫学の新展開 ─ 生体防御における自己認識の功罪 4
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薬物により自己への認識様態を変化するHLAとそれが持つ特徴的な細胞内挙動
290巻2号(2024);View Description
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ヒト白血球抗原(HLA)は,臓器移植などの際に問題となる多様性に富んだ分子であり,非自己を選別し,T細胞に免疫活性化シグナルを送るものとして広く知られている.2000 年以降,特定のHLA 分子が薬物服用時の重篤な副作用にかかわることが示唆されだし,自己への認識様態が変化した結果と捉えられている.その副作用は,T 細胞依存性のアレルギー反応と考えられ,マウスモデルを用いた発症機序の解明が進められている.さらに,T 細胞にシグナルを送る役割を担うHLA が,細胞内で特徴的な翻訳後修飾・輸送を受けていることも近年見出されてきた.つまり,HLA の役割は,細胞表面上でのT 細胞への抗原提示にとどまらず,細胞のなかから発する自然免疫様反応にまで広がる可能性がある.動物レベル・分子レベルの研究成果を統合的に解釈することで,HLA がどのように自他を識別し,副作用や病態につながっていくのか考えたい.
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FORUM
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- 死を看取る ─ 死因究明の場にて 18
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死因究明の実践①
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死とは生命の終焉であり,誰もが最後には必ず経験するものである.この過程で起こる身体上の変化と,死に関わる社会制度について,長年日常業務として人体解剖を行ってきた著者が法医学の立場から説明する.