医学のあゆみ

Volume 290, Issue 6, 2024
Volumes & issues:
-
特集 特集新規がん免疫療法としてのT-cell engagerの進歩と可能性
-
-
-
T-cell engagerの作用機序および耐性機序
290巻6・7号(2024);View Description
Hide Description
T-cell engager はがん細胞とT 細胞に結合可能な二重特異性抗体であり,がん細胞とT 細胞を接合させることで抗腫瘍効果を発揮する新たながん免疫療法のひとつである.すでに複数の血液がん,小細胞肺がんでは臨床応用されているほか,前立腺がんなどの複数の固形がんにおいても有効性が期待されている.T-cellengager は,腫瘍局所に存在するT 細胞を再活性化する免疫チェックポイント阻害薬(ICI)とは異なる作用機序を有するため,ICI の効果が乏しいがん種においても効果が得られる可能性がある.一方で,いまだにTcellengager の効果が得られない患者も多く存在する.そのため,T-cell engager に対する耐性機序の解明とその克服は,がん免疫治療における新たな課題である.本稿では,T-cell engager の作用機序と治療耐性機序の解明に関する最新の知見を紹介する. -
造血器腫瘍(白血病・悪性リンパ腫)に対するT-cell engagerの位置づけ
290巻6・7号(2024);View Description
Hide Description
造血器腫瘍は固形腫瘍と比較して化学療法に対する感受性が高いがん種であるが,ひとたび治療抵抗性となった後の予後は著しく不良である.化学療法抵抗性の白血病や悪性リンパ腫に対する同種造血幹細胞移植は根治を期待しうる究極の免疫療法であるが,治療関連死亡割合の高さや移植片対宿主病に関連する生活の質の低下などが臨床上の課題となる.CD19 を標的としたキメラ抗原受容体(CAR)-T 細胞療法は,同種免疫に伴う有害事象が生じることのない画期的な新規免疫療法であり,化学療法抵抗性の悪性リンパ腫や急性リンパ性白血病の診療に昨今導入されている.しかし,製造失敗の可能性,製造に要する時間の長さ,実施可能施設の少なさなどの課題が存在し,広く実施可能な治療とは言い難い.Off-the-shelf 製剤である二重特異性抗体(BsAb)は速やかに,かつ多くの施設で実施可能な免疫療法として近年大きく注目されている. -
多発性骨髄腫治療における二重特異性抗体
290巻6・7号(2024);View Description
Hide Description
多発性骨髄腫(MM)の予後は,プロテアソ-ム阻害薬,免疫調節薬と抗体薬の導入によって著しく改善した.しかし,それら3 種の薬剤に抵抗性(TCR)となった患者の生命予後は1 年あまりにすぎない.B 細胞成熟抗原(BCMA)を標的とした二重特異性抗体(bispecific antibody)は,TCR となった再発・難治性骨髄腫(RRMM)患者の2/3 で奏効し,その半数は完全奏効以上の効果を達成し,長期の奏効につながる画期的な治療である.一方,T 細胞活性化に伴うサイトカイン放出症候群(CRS)と,T 細胞疲弊と低ガンマグロブリン血症による長期にわたる易感染状態の管理が重要になる.しかし,至適な投与継続期間について検討を要すること,1/3 の患者は非奏効であること,高腫瘍量や髄外腫瘤(EMD)を有する患者には効果が不十分であること,さらにantigen escape による獲得耐性の問題など,解決すべき課題は多い. -
肺がん(特に小細胞肺がん)におけるT-cell engagerの可能性
290巻6・7号(2024);View Description
Hide Description
小細胞肺がん(SCLC)は免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の導入後も依然として予後不良な疾患のひとつである.近年,新規免疫治療として二重特異抗体の一種であるBispecific T-cell engage(r BiTE)に注目が集まっている.SCLC におけるBiTE はCD3 とDLL3(delta-like protein 3)を標的とした薬剤開発が進んでいる.先行するtarlatamab は第Ⅱ相試験の結果を受けて米国で承認を受け,わが国でも近い将来の承認が期待されている.ICI ではそれほど認められない長期の有効性が特徴的であり,有害事象についてはサイトカイン放出症候群(CRS)のような薬剤独自のものが報告されているもののおおむね忍容性は高い.本稿では,SCLC に対するBiTE の現状について概説する. -
固形腫瘍におけるT-cell engagerの開発状況
290巻6・7号(2024);View Description
Hide Description
固形がんの治療における新たな展開として,T-cell engage(r T細胞誘導抗体)の開発が注目されている.免疫細胞を誘導して腫瘍に対する免疫反応を活性化させる医薬品であり,固形がん領域ではその成功例として,2022 年にアメリカ食品医薬品局(FDA)が承認したtebentafusp がある.この薬剤はgp100 ペプチドとCD3を標的とした二重特異抗体であり,未治療の転移性ぶどう膜悪性黒色腫に対して全生存期間の延長を示すランダム化比較試験で有効性が示され,米国における薬事承認を取得した.2024 年4 月時点で,既治療の小細胞肺がんに対するtarlatamab の承認申請も進行中である.固形がんにおけるT-cell engager の開発にはいくつかの課題があり,そのひとつは腫瘍選択的な医薬品活性を持たせることであり,正常組織を攻撃するリスクを避けながら,腫瘍細胞を効果的に攻撃することが求められる.また,有害事象の克服も重要であり,特にサイトカイン放出症候群(CRS)などの副作用に対処する必要がある.これに対応するため,薬剤機序の工夫や適切な標的の選定が行われており,他にも誘導する免疫細胞の工夫〔キメラ抗原受容体(CAR)-NK 細胞療法やNK cell engager〕の研究も進んでおり,併用療法の検討も将来的な展望として期待されている. -
T-cell engagerに特徴的な副作用および毒性マネジメント
290巻6・7号(2024);View Description
Hide Description
本稿では,主に二重特異性抗体(BsAb)の臨床開発とその免疫学的有害事象に焦点を当て,がん免疫療法の最新の発展について述べる.BsAb は2 つの抗原特異性を持つ抗体で,腫瘍細胞とT 細胞を架橋することでT 細胞を活性化し,抗腫瘍効果を発揮する.いくつかのBsAb 製剤が血液がんの治療薬として承認されており,さらに新規BsAb 製剤の開発が進められている.CAR-T 細胞療法は,患者のT 細胞に人工的な抗原受容体(CAR)を導入し,腫瘍細胞を特異的に攻撃する治療法である.両療法において,サイトカイン放出症候群(CRS)と免疫エフェクタ-細胞関連脳症症候群(ICANS)が共通する免疫学的有害事象として知られている.CRS はIL-6 を主体とした炎症性サイトカインの過剰放出による全身性の炎症反応で,ICANS も炎症性サイトカイン上昇を背景とした中枢神経系の有害事象である.CRS,ICANS ともに正確な診断とグレ-ドに応じて迅速な治療介入が必要となる.これらの副作用の管理には,医師だけでなく看護師や薬剤師を含む多職種チ-ムの協力が不可欠で,患者およびcare giver への教育が重要である. -
次世代T-cell engagerの可能性および開発の方向性
290巻6・7号(2024);View Description
Hide Description
1970 年代にハイブリド-マ技術の開拓によって,人為的に大量の抗体が産生できるようになった.その後,遺伝子組換え技術の進歩により,現在は100%ヒト遺伝子から構成される完全ヒト型抗体も製造できるようになった.さらに,人為的に抗原認識部位を複数有する多重特異性抗体も製造可能となり,現在,多数の薬剤が臨床開発されている.臨床開発の成功例では,T-cell engager としてCD3 とCD19 が結合するブリナツモマブがB 細胞性急性リンパ性白血病(B-ALL)に対して国内承認され,二重特異性抗体として上皮成長因子受容体(EGFR)とc-Met が結合するamivantamab が非小細胞肺がん(NSCLC)に対して海外で承認され,現在,国内承認申請中である.本稿では,人工抗体製造の技術的進歩,T-cell engager の作用機序,開発中の次世代T-cell engager および二重(三重)特異性抗体,今後の課題について概説する.
-
-
TOPICS
-
- 免疫学
-
- 生化学・分子生物学
-
-
連載
-
- 臨床医のための微生物学講座 20
-
リステリア菌とリステリア症
290巻6・7号(2024);View Description
Hide Description
◎リステリア菌はグラム陽性小桿菌の細胞内寄生菌である.巧みな細胞内生存戦略を持ち,食細胞をはじめとした免疫反応を逃れる.リステリア菌は主に免疫不全者,高齢者,妊婦に侵襲性感染症(リステリア症)を引き起こす.周産期感染,中枢神経感染症,菌血症/敗血症の3 つがリステリア症の主な病態で,胎児,新生児,免疫不全者,高齢者での死亡率は20~30%と高い.近年の研究により,病原性の高いクロ-ンの存在が明らかになってきているが,その分子疫学は地域によって異なる.治療についてはアンピシリンなどのペニシリン系抗菌薬が中心となるが,重症例でのアミノグリコシド併用の是非を含め,十分にわかっていないことも多い.日本においては適切なサ-ベイランス体制がなく,リステリア症の疾患負荷やリステリア菌の分子疫学に不明な点が多く,サ-ベイランス体制の構築を含めたさらなる研究が必要である. - 緩和医療のアップデ-ト 15
-
がん患者における泌尿器症状の緩和ケア:エビデンスアップデ-ト
290巻6・7号(2024);View Description
Hide Description
◎がん患者はその終末期になると泌尿器症状を訴えて問題となることが少なくない.「がん患者の泌尿器症状の緩和に関するガイドライン」1)が2016 年に上梓され,筆者もガイドラインの作成委員の一人して参画した.2016 年の作成時には4 つの臨床疑問を設定し推奨を作成した.系統的文献検索を行ったものの多くの論文は症例報告や症例集積研究であり,その内容は経験的なものが多く,質の高いエビデンスのある論文はほとんど認めなかった.この結果を踏まえて専門家の意見を追加して推奨を作成したが,その作成にあたっては作成委員の先生方と大変苦労した. 緩和ケアを受ける患者に対する報告は多くないものの,そのなかでもがん患者の泌尿器症状のうち肉眼的血尿,下部尿路症状,上部尿路閉塞・腎後性腎不全に焦点を当てた介入のエビデンスに着目し,病態生理や対応方法について概説したい. - 自己指向性免疫学の新展開 ─ 生体防御における自己認識の功罪 7
-
腸内細菌を自己として認識するγδT17細胞による宿主‒腸内細菌共生関係構築
290巻6・7号(2024);View Description
Hide Description
宿主と腸内細菌の共生関係において,宿主は腸内細菌を“自己”の一部と認識し,個体ごとに異なる腸内細菌叢を維持している.共生関係を構築するうえで,CD4+T 細胞によるMHC クラスⅡ―ペプチド抗原の認識が重要であり,“自己”である腸内細菌を排除しないように免疫応答を調整する.しかし,この調整機構の破綻は腸内細菌に対する炎症応答を誘導する.腸内細菌抗原と宿主抗原が類似している場合,この炎症は自己免疫応答のリスクを含む危険なものになると考えられる.したがって,宿主はCD4+T 細胞によるペプチド抗原の認識以外にも,共生関係を担保する仕組みを発達させてきたと想定できる.その候補として,本稿ではγδT 細胞による腸内細菌抗原の認識に着目する.γδT 細胞が腸内細菌を“自己”の一部と認識して維持するうえでどのように貢献しているのかは未解明な点が多いが,一部の腸内細菌応答性のγδT17 細胞が,宿主と腸内細菌の共生関係構築に寄与している可能性がある.
-
FORUM
-
- 死を看取る ─ 死因究明の場にて 21
-
死因究明の実践④
290巻6・7号(2024);View Description
Hide Description
死とは生命の終焉であり,誰もが最後には必ず経験するものである.この過程で起こる身体上の変化と,死に関わる社会制度について,長年日常業務として人体解剖を行ってきた著者が法医学の立場から説明する.