医学のあゆみ
Volume 291, Issue 3, 2024
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特集 好酸球細胞外トラップと疾患─“ エフェクタ-細胞”の新しい視点
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好酸球の細胞死と細胞外トラップ総論
291巻3号(2024);View Description Hide Descriptionアレルギ-は免疫の過剰反応であり,多くの疾患で局所に多量の好酸球が浸潤する.好酸球が組織で細胞内の顆粒タンパクを放出するメカニズムのひとつとして,2013 年にプログラム細胞死であるETosis(extracellular DNA trap cell death)が報告され,過剰なETosis は病態の悪化に寄与していることが示された.本稿では,従来までのアレルギ-反応の理解と好酸球の炎症反応への関与,好酸球ETosis について,これまでわかってきたことについて概説する. -
好酸球細胞外トラップと慢性重症アレルギ-性角結膜炎
291巻3号(2024);View Description Hide Descriptionアトピ-性角結膜炎(AKC)と春季カタル(VKC)といった慢性重症アレルギ-性角結膜炎において,眼表面と上皮下に好酸球細胞外トラップが形成されることで,組織障害性の強い好酸球由来の顆粒が長期にわたって眼表面に滞留することによって角膜上皮が障害され,特徴的な潰瘍(シ-ルド潰瘍)を形成する一因となっている.また,好酸球細胞外トラップ形成部位にガレクチン-10(Gal-10)陽性のシャルコ-・ライデン結晶の析出が認められたことは,慢性重症アレルギ-性角結膜炎患者涙液にシャルコ-・ライデンタンパクが高濃度に存在するとの報告と矛盾しない結果であり,Gal-10 が慢性重症アレルギ-性角結膜炎における角膜障害の治療タ-ゲットとなりうる可能性が示唆された. -
好酸球性中耳炎 ─ これまでとこれから
291巻3号(2024);View Description Hide Description好酸球性中耳炎は,2011 年に診断基準が提唱された日本発の疾患である.本疾患は,中耳粘膜での顕著な好酸球浸潤と膠状の耳漏を特徴とする難治性の慢性中耳炎で,気管支喘息や好酸球性副鼻腔炎を合併することが多い2 型炎症疾患である.適切な治療をしないと進行して聾に至ることがあり,早期診断と治療が重要である.診断基準の大項目は中耳貯留液や中耳粘膜からの好酸球の証明であり,小項目は気管支喘息や鼻茸の合併,治療抵抗性,膠状の中耳貯留液である.本症例の中耳貯留液には好酸球性炎症の指標であるECP やIL-5,RANTES などの好酸球遊走・活性化因子が多量に含まれる.中耳貯留液で豊富に検出された好酸球細胞外トラップ(EETs)は,網状のDNA 線維やヒストンを放出し,病原体を不動化する凝集体を形成して過剰産生されたムチンとともに特徴的な膠状耳漏形成の原因となる.好酸球性中耳炎患者の中耳貯留液にEETsが認められたことにより,本疾患の特徴である膠状貯留液の原因が解明され,治療法が見出されてきた. -
慢性副鼻腔炎における好酸球の役割
291巻3号(2024);View Description Hide Description慢性副鼻腔炎のうち,1990 年代以前に大半を占めていた好中球性副鼻腔炎は抗菌薬治療や内視鏡下手術の発展により減少傾向となり,一方で好酸球性副鼻腔炎(ECRS)が増加している.鼻副鼻腔に多発する鼻茸や粘稠度の高い分泌物(好酸球性ムチン)の貯留は鼻閉・嗅覚障害をきたし,患者のQOL を著しく害する.保存的加療に抵抗性でしばしば外科的介入を要し,易再発性・難治性であることから,厚生労働省が定める指定難病に指定されている.鼻茸組織や好酸球性ムチンには多数の好酸球が遊走・集積し,一部はETosis を生じ,崩壊好酸球や遊離顆粒,核由来の細胞外トラップ(ETs),細胞質タンパクが沈着する.好酸球ETs はその形態学的特徴から病原体捕捉に有効である一方で,粘液の構造的安定性を支持し,好酸球性ムチンの高い粘性に寄与する.現在,慢性副鼻腔炎の治療としてETosis に関与する2 型サイトカインを標的とした抗体薬が実用化されており,今後はさらに多方面からの新規治療薬の開発が期待される. -
好酸球性唾液管炎(線維素性唾液管炎)─ 疾患概念と新たに明らかになった機序,そして今後の展望
291巻3号(2024);View Description Hide Description好酸球性唾液管炎(線維素性唾液管炎,ES)は,発作性反復性に唾液腺が腫脹し,唾液および唾液管開口部から放出される線維素塊に多くの好酸球を含むことが特徴である.線維素塊の形成には,好酸球細胞外トラップ細胞死(EETosis)経路を経て,好酸球の細胞質に多く存在するガレクチン-10 の結晶化が関与することが報告されている.しかし,ES におけるEETosis 経路の活性化機序は未解明であった.そこで筆者らは,ES 患者が症状出現以前から喘息やアレルギ-性鼻炎などの慢性好酸球性疾患を有している例が多く,まれに蕁麻疹を伴う症例があることに注目した.ES 患者の唾液腺を健常人と比較することにより,ES の病態がTh2 型炎症性疾患の慢性経過によるペリオスチン産生に基づく好酸球の誘導,それに伴うEETosis 経路の活性化によるものであることが示唆された. -
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症─ 好酸球細胞外トラップと免疫血栓
291巻3号(2024);View Description Hide Description好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)は,抗好中球細胞質抗体(ANCA)が出現する自己免疫性の全身性血管炎のひとつで,細動脈~細静脈の病変を主体とする.気管支喘息や好酸球性副鼻腔炎などのアレルギ-疾患が先行し,多臓器に好酸球が浸潤し血管炎を発症する.アレルギ-病態から血管炎へ移行する機序は不明であるが,好酸球が病態の形成に重要な役割を果たしている.近年,IL-5 を標的とした治療が保険適用となり,好酸球をタ-ゲットとした治療の重要性が認識されてきた.さらに,これまでEGPA において好酸球が炎症を起こす機序は不明であったが,EGPA のさまざまな組織内で好酸球がETosis という細胞死を起こしていることが確認され,好酸球顆粒タンパクによる炎症を起こしていることが報告された.また,微小血栓内にも多数の好酸球ETosis が同定され,これが免疫血栓とよばれる血栓病態を惹起していることが示唆された.好酸球ETosis の除去がEGPA の治療につながる可能性に期待が寄せられている. -
喘息と好酸球性炎症
291巻3号(2024);View Description Hide Descriptionアレルギ-性疾患のひとつである喘息は,さまざまな免疫細胞が複雑に関与し,気道過敏性や気流閉塞を起こしている.なかでも好酸球は治療タ-ゲットとして,あるいは診断や病態評価として重要である.吸入ステロイド(ICS)により多くはコントロ-ルされるようになった喘息であるが,難治性喘息やステロイドに伴う健康寿命など問題はまだまだ多い.好酸球性炎症の評価は喘息診断および治療計画に重要であるが,たとえば簡便で頻用される血中好酸球は喀痰中好酸球などと比べ正確性を欠き,このため簡便かつ正確な評価機構の開発が急務である.好酸球による免疫応答のひとつであるEETosis は好酸球性炎症を反映するとされ,喘息を含むさまざまな好酸球増多疾患で関与が報告される.本稿では,喘息におけるEETosis の病態への関与や好酸球性炎症定量の可能性など,喘息診療に今後役立ちうるトピックについて述べる. -
ETosis/EETsの視点から考えるアレルギ-性気管支肺アスペルギルス症/真菌症の病態と治療
291巻3号(2024);View Description Hide Descriptionアレルギ-性気管支肺アスペルギルス症/真菌症(ABPA/M)は,気道に腐生した真菌によって引き起こされる呼吸器疾患である.原因真菌としてはAspergillus fumigatus による頻度が最も高いが,スエヒロタケなど他の真菌による発症例も報告されている.喘息合併例が大半であり,血液検査では血中好酸球増多と総IgE値高値が認められる.ABPA/M の気道では粘液栓が特徴的な所見であり,局所に多数集積した好酸球がETosis(extracellular trap cell death)を介して粘液栓を形成する.Aspergillus fumigatus の菌体あるいはその構成成分,IL-5,IFN-γなどのサイトカイン,真菌特異的IgG による架橋は好酸球を協調的に活性化し,Etosis を誘導しうる.治療における第一選択薬として副腎皮質ステロイド薬が使用されるが,漸減後の再燃率は非常に高い.抗真菌薬と生物学的製剤を組み合わせた薬物療法と環境整備などの対策を取り入れた“好酸球性ETosis と好酸球細胞外トラップ(EETs)の制御を目標とした治療戦略”が今後期待される. -
水疱性類天疱瘡における好酸球特異タンパク質 ガレクチン-10の役割
291巻3号(2024);View Description Hide Description水疱性類天疱瘡(BP)は高齢者に好発し,強い瘙痒を伴う水疱を生じる皮膚自己免疫疾患のひとつである.BP 患者の皮膚病理組織では,表皮下に好酸球や好中球が多数浸潤する像を確認できる.活性化された好酸球から放出される細胞傷害性タンパク質が水疱形成に関連していることが知られているが,詳細はこれまで不明であった.細胞死を伴う好酸球の脱顆粒様式は好酸球細胞外トラップ細胞死(EETosis)とよばれ,多くの好酸球性疾患で報告されている.そこで筆者らは,BP 病変部において好酸球が好酸球特異タンパク質であるガレクチン-10(G10)を放出し,そのG10 がマトリックスメタロプロテア-ゼ(MMP)の産生を誘導して水疱形成するという仮説を立て,検討した.
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TOPICS
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- 薬理学・毒性学
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- 神経内科学
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- 臨床医のための微生物学講座 26
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牛海綿状脳症(BSE) ─ 無視できるリスクまでの道のり
291巻3号(2024);View Description Hide Description◎牛海綿状脳症(BSE)は,1986 年英国で確認されたプリオンに起因する致死性の牛の疾病である.当初,狂牛病(mad cow disease)ともよばれたが,病気の特徴からBSE が一般的な名称となっている.BSE は畜産廃棄物である肉骨粉の利用により蔓延した,いわば人間が作り出した疾病といえる.BSE は世界中で19万頭以上の発生が確認され,わが国内でも2001~2009 年にかけて36 頭の感染牛が確認された.2003 年以降には,老齢牛に非定型BSE とよばれる病型も認められている.1996 年には,BSE に起因するヒトの変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)が発生し,本病は人獣共通感染症に分類された.各種対策の効果により,多くの国においてBSE リスクは無視できるレベルに達し,本病は過去の病気と考えられつつある.これまでの対策の努力を無にしないためにも,BSE の再興防止のための対策の継続と新興プリオン病への警戒が重要である.
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連載
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- 緩和医療のアップデ-ト 21
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認知機能障害を抱える虚弱高齢者とケアパ-トナ-に対する緩和ケアの実践
291巻3号(2024);View Description Hide Description◎日本において,認知機能が低下し自立した生活が困難な状態にある認知症患者が増加している.また同時に,身体機能が低下し,多くの慢性疾患が併存する虚弱高齢者であることもまれではない.このような患者は多様な緩和ケアニ-ズがあるにもかかわらず,それが十分に認知されず,適切な対応がされていない場合が多い.また,患者だけでなく,周囲の家族や同居者,介護者〔ケアパ-トナ-(CP)〕の緩和ケアニ-ズにも対応されていない場合がある.多職種緩和ケアチ-ムや緩和ケアのエッセンスを導入した医療システムは,虚弱・認知症高齢者とCP の多層的で複雑な緩和ケアニ-ズを認知し,適切なケアやサポ-トを届ける可能性がある.緩和ケアを実践するフィ-ルドとして,虚弱認知症高齢者とそのCP への緩和ケア実践導入について,米国での例を紹介する. - 自己指向性免疫学の新展開 ─ 生体防御における自己認識の功罪 13
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遺伝性炎症性疾患から紐解く自己タンパク過剰蓄積を感知する分子機構の解明─ 免疫プロテアソ-ム機能異常によりもたらされる自己炎症性疾患の病態解明に向けて
291巻3号(2024);View Description Hide Description自己炎症症候群(autoinflammatory syndrome)は,感染を伴わない自然免疫細胞を主体とする炎症性疾患として1999 年にKastner らによって提唱された.多くは遺伝性で臨床的にさまざまな疾患を含んでおり,近年のゲノム解析の発展により原因遺伝子の特定が進みつつある.そのなかで免疫プロテアソ-ム構成タンパク質の遺伝子バリアントを原因とする自己炎症症候群は,プロテアソ-ム関連自己炎症症候群(PRAAS)とよばれている.筆者らは,日本で1930 年代より報告されている中條-西村症候群の原因遺伝子として,免疫プロテアソ-ムβ5i サブユニットをコ-ドするPSMB8 遺伝子を見出し,その発見がPRAAS の疾患概念の基盤となった.プロテアソ-ムは細胞内で不要になったタンパク質の選択的分解を担うことで細胞の恒常性維持に寄与しているが,プロテアソ-ム機能異常からPRAAS の各種病態に至る分子機構の詳細は不明であり,有効な治療法が確立されていないのが現状である.本稿ではPRAAS の病態解明に向けた最新知見について概説する.
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FORUM
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- 書評
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- 戦争と医学・医療 2
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- 数理で理解する発がん16
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モランモデル
291巻3号(2024);View Description Hide Description日本人の3 人に1 人はがんで亡くなると推計されている.治療法も増えてきたとはいえ,まだ克服するには至っていない.われわれの体内でがん細胞がどのように出現してくるのかを理解することは,がんに対する有効な治療法を見出すための最初の一歩と言える.発がんのプロセスを理解するのに,一見何の関係もなさそうな“ コイン投げ” を学ぶ必要があると言われると驚くかもしれない.本連載では確率過程の観点から,発がんに至るプロセスを紐解いていく.