医学のあゆみ
Volume 291, Issue 5, 2024
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【11月第1土曜特集】 腸内フロ-ラの研究進展と臨床応用
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- 基礎研究の進展
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口腸臓器連関から紐解く炎症性腸疾患─口腔細菌の腸管定着戦略
291巻5号(2024);View Description Hide Descriptionこれまで相関関係でしか語られてこなかった口腸臓器連関において,近年,腸炎惹起性の口腔由来の細菌と免疫細胞が介在する複雑な因果関係が存在することが明らかとなった.これは,従来の炎症性腸疾患(IBD)の診断や治療法開発の標的とされていた一部の腸炎惹起性の腸内細菌や細胞の起源が口腔にあることを示しており,今後のIBD の臨床介入法開発の標的が“腸管だけでなく腸管外臓器,および腸管へ至る経路にまで拡大する”ことを意味している.このような背景のなか,筆者らはごく最近,口腸臓器連関の鍵となる腸炎惹起性口腔細菌が,ある特殊な新規接着分子を含む炎症腸管定着遺伝子座LIG を有することを見出し,腸管外も標的にした腸疾患治療法開発の足がかりを得た.本稿では,最新の研究を交え,IBD における口腸臓器連関の研究動向と臨床応用への可能性を概説する. -
腸脳相関における腸内細菌の役割
291巻5号(2024);View Description Hide Description腸と脳は双方向性のコミュニケ-ションネットワ-クを構築し,相互に影響を及ぼしあう.この関係は腸脳相関とよばれ,最近10 年間の独創的な研究により,腸脳相関が消化管や脳だけでなく,さまざまな臓器に影響を与えることが広く認識されつつある.一方で,腸内に生息する細菌(腸内細菌)は,バラエティに富んだ代謝物を産生することで宿主の免疫・代謝を含む生理機能に深く関与することが知られているが,これら代謝物は腸脳相関を介して脳に作用することが近年示されている.つまり,腸脳相関における腸内細菌の役割を明確にすることは,免疫難病,代謝疾患,精神・神経疾患など多くの疾患に対して有効な治療法を提案するきっかけとなりうる. -
腸肝軸を介した腸内細菌関連因子が関わる肝臓のホメオスタシスと病態
291巻5号(2024);View Description Hide Descriptionヒトの腸内には500~1,000 種類ほど,数にして100 兆以上の細菌,真菌,ウイルス,古細菌を含む微生物が存在するといわれている.腸内細菌と哺乳動物宿主は通常,互いによい共生関係を共有しており,腸内細菌は宿主が消化できない栄養素を消化し,それを宿主が利用する,いわゆる“エコシステム”を形成している.腸内細菌は腸へは直接影響を及ぼすが,肝臓に対しても門脈などを介して菌体成分や代謝物を肝臓に送り込み,影響を及ぼす.たとえば,腸内細菌によって食物繊維の発酵により生成される短鎖脂肪酸は,エピジェネティックなメカニズムを介して,制御性T 細胞(Treg)の誘導を通じて炎症を抑制する.さらに,腸内細菌によって一次胆汁酸の7α-脱水酸化反応によって生成される二次胆汁酸は,転写因子の活性化リガンドとして働くほか,DNA 損傷を誘発し,組織微小環境のリモデリングにも関与すると考えられている.肝機能に影響を与えるとされる他の腸内細菌由来因子物質には,リポ多糖(LPS;グラム陰性細菌の外膜成分)やリポタイコ酸(LTA;グラム陽性細菌の細胞壁成分)がある.これらは,それぞれ自然免疫受容体であるToll様受容体(TLR)4 およびTLR2 のリガンドであり,自然免疫シグナルが惹起されるものと考えられる.本稿では,腸内細菌関連因子の肝臓組織微小環境への影響に焦点を当て,最近のトピックスも含め,腸内細菌関連因子による肝病態(肝がんを含む)への作用について紹介する. -
短鎖脂肪酸と腸内細菌叢
291巻5号(2024);View Description Hide Description腸内細菌叢が産生する短鎖脂肪酸は,主として酢酸(acetate),プロピオン酸(propionate),酪酸(butyrate)である.これら短鎖脂肪酸は生体防御や免疫系の制御を介して,宿主の生理や病理に大きな影響を与えている.本稿では筆者らの成果を中心に,腸内で産生される短鎖脂肪酸の役割について概説する. -
上皮バリアと腸内細菌
291巻5号(2024);View Description Hide Description腸管は腸内細菌をはじめとする無数の外来抗原に曝される特殊な組織である.その腸管では,単層の上皮細胞が物理的・化学的な防御バリアとして外部環境と体内を分け隔てている.腸管上皮細胞は,腸内細菌の構成成分や代謝産物により,増殖や機能が正または負に制御されているだけでなく,免疫細胞が腸内細菌からシグナルを受け,IL-22 やIL-17 に代表されるサイトカインを介して上皮細胞の増殖を促し,腸管上皮バリアの恒常性に深く寄与している.腸管上皮細胞が内的あるいは外的要因でダメ-ジを受ける,つまり上皮バリアが破綻すると,腸内細菌をはじめとする外来抗原が体内に侵入し,炎症反応が惹起される.このように,腸管における上皮バリアは上皮細胞のみで構成されているわけではなく,腸内微生物や免疫細胞と協調的に相互作用することで成立している.上皮バリアは腸管の恒常性維持に極めて重要であり,腸内微生物や免疫細胞も含めた総合的な上皮バリアの制御が,感染症や炎症性腸疾患に代表される腸疾患の新規治療法開発につながることが期待される. -
バクテリオファ-ジと腸内細菌
291巻5号(2024);View Description Hide Description次世代シ-クエンサ-を用いたゲノム解析技術の向上により,腸内細菌叢の構成異常が多くの疾患で明らかとなってきた.また,疾患の発症や重症化に直接関与する腸内共生病原菌が多くの疾患で同定され,その特異的な制御が強く望まれている.しかし,抗菌薬は有益な細菌まで殺傷してしまう可能性があるため,腸内共生病原菌の制御には適していない.ヒト腸管には多くのウイルスが常在し共生しているが,そのほとんどはヒト細胞に感染するウイルスではなく,腸内細菌に感染するバクテリオファ-ジ(ファ-ジ)である.ファ-ジは宿主細菌に対する特異性が非常に高いため,ファ-ジ療法は腸内共生病原菌の制御に有用であると考えられている.しかし,腸管は特殊な嫌気性環境であり,宿主細菌を単離・培養できなければその細菌に感染するファ-ジを単離することはできない.本稿では,メタゲノムデ-タを活用した腸内ファ-ジ解析の重要性をまとめ,ファ-ジが持つ溶菌酵素を用いた新しい腸内細菌の制御法について,筆者らの最新の知見を含めて概説する. -
マイクロバイオ-ムによる消化管感染の制御
291巻5号(2024);View Description Hide Descriptionヒトの消化管(大腸)には,密で多種多様な腸内細菌(腸内細菌叢)が共生し,病原細菌による消化管感染に対する防御力が備わっている.これは定着抵抗性(CR)とよばれ,病原細菌と腸内細菌・宿主のダイナミックな相互作用であり,代謝,免疫,そして腸内環境など多くの因子が関わっている.CR は大きく2 つの様式,すなわち栄養源競合と干渉競合により,病原細菌の腸管内定着を阻止する.また,CR 活性には多くの因子が関わっており,感染防御に寄与する.一方,腸内細菌バランスが崩れ,CR 活性が減弱した場合は,病原細菌による感染を許してしまう.病原細菌は巧みな感染戦略により,CR に拮抗する.さらに,マイクロバイオ-ムには病原細菌の感染性を高める因子もある.抗菌薬は病原細菌の一時的な排除には有効であるが,その広域な抗菌スペクトルは常在する腸内細菌をも殺菌し,腸内細菌バランスを崩す結果,CR 活性が減弱し,日和見感染や再感染,二次感染の引き金になってしまう.したがって,消化管感染症の制御には腸内細菌を中心としたCR を理解し,新たな方策を考えることが必要である. -
代謝性疾患と腸内細菌
291巻5号(2024);View Description Hide Description腸内細菌は宿主の代謝機能に大きく影響を与える.これは,腸内細菌により生み出される代謝産物が直接的に,またはシグナル伝達分子として宿主の生体機能を変化させることによる.これまで,宿主代謝機能に影響を与える代謝産物として,短鎖脂肪酸やトランス脂肪酸,二次胆汁酸などが知られており,これら代謝産物による宿主代謝機能制御の分子機序の解明が精力的に行われている.腸管内には多種多様な腸内細菌が生息しており,腸内細菌叢とよばれる微生物群集を形成している.腸内細菌叢はさまざまな代謝産物を生み出す場であり,細菌叢の菌数や菌種が偏った状態は,代謝産物の産生量や種類を変化させ,2 型糖尿病をはじめとする代謝性疾患の発症原因ともなる.このことから,細菌叢の乱れを改善することで代謝性疾患を治療しようという試みがなされている.本稿では,腸内細菌とその代謝産物が宿主の代謝機能に与える影響を,代謝性疾患との関連から近年得られた知見を交え概説する. -
プロバイオティクス研究の最新動向
291巻5号(2024);View Description Hide Descriptionヒトの腸内には多種多様な微生物が定着し,常在細菌叢を形成している.この常在細菌叢は宿主との共生関係を保ちながらヒトの健康維持に深く関わっている.腸内細菌叢の乱れ(dysbiosis)は消化器系疾患や代謝性疾患,アレルギ-疾患などに関わっている.プロバイオティクスは古くから食品として利用されており,宿主の腸内細菌叢のバランスを改善することで,このような疾患の予防や治療に役立つ.近年,プロバイオティクスは食品だけではなく,医薬品としても多く利用されている.本稿では,プロバイオティクスの定義や生理機能を紹介し,近年注目を浴びている次世代プロバイオティクスについて概説する.最後に,プロバイオティクスを生きたまま腸に届けるための技術について,筆者らの研究成果も交えながら紹介したい. -
IgA抗体と腸内フロ-ラ─有用菌/病因菌識別と臨床応用
291巻5号(2024);View Description Hide Description元来,自己と非自己の識別機構である免疫系において,粘膜免疫系は非自己(細菌)との共生をつかさどる特殊な機構である.腸内細菌叢で,自己(宿主)にとって有益な細菌(有用菌,善玉菌)を残し,有害・不利益な菌(病因菌,悪玉菌)を抑制することが,疾患予防と健康維持に不可欠である1).分泌型IgA 抗体は生体に最も豊富に存在するアイソタイプで,腸内細菌叢を制御する主要な因子のひとつである.健常な個体では,有用菌に結合しない一方で病因菌に結合するIgA 抗体クロ-ンが存在する.これらは病因菌のなかでも幅広い系統のものに結合するpoly-reactivity を有し,腸内細菌叢制御に重要な役割を担っている.一方で,病的な個体では有用菌/病因菌の識別能が失われている.本稿では,腸内細菌叢制御における分泌型IgA 抗体の役割について,当研究室の研究成果を含め文献的考察を交えながら概説する.さらに,このIgA 抗体の医薬品としての臨床応用性―菌製剤や便移植(FMT)に続く新しい腸内細菌叢制御戦略―を提示する. -
腸内細菌由来代謝物の機能
291巻5号(2024);View Description Hide Description腸内細菌は代謝物の産生を介して,宿主の代謝機能や免疫機能の維持に重要な役割を果たしている.腸内細菌代謝物の合成経路はそれぞれの腸内細菌が持つ酵素によって異なり,また,合成された代謝物は宿主細胞が発現する受容体のリガンドとして供給されることで多岐にわたって作用するため,さまざまな疾患の予防や治療の標的となりうる.近年の研究により,腸内細菌代謝物のさまざまな合成経路や作用点が明らかになってきたが,宿主細胞との相互作用に関してはいまだ多くの不明点が残されている.本稿では,腸内細菌代謝物が宿主の細胞に与える影響について,最新の知見をもとに代謝物別に概説する. - 治療への応用
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循環器疾患と腸内細菌叢ならびに腸内細菌関連代謝物
291巻5号(2024);View Description Hide Description臨床・基礎研究によって,腸内細菌叢が免疫や代謝機能を介して宿主の生体機能の維持から疾患の発症にまで関与していることが明らかになってきた.筆者らは,循環器疾患と腸内細菌叢の関連調査を実施し,臨床エビデンスのなかから新たな腸内細菌への介入方法を探索する基礎研究も進めている.Bacteroides vulgatus とBacteroides dorei の2 菌種は冠動脈疾患患者で減少しており,その菌をマウスに経口投与すると動脈硬化や肥満が抑制されたため,抗炎症作用が想定できた.循環器領域では,腸内細菌代謝物としてトリメチルアミンN-オキシド(TMAO)やフェニルアセチルグルタミン(PAGln)の心血管イベント増加への関与が想定され,治療標的としても注目されている.本稿では,心不全を含む循環器疾患と腸内細菌叢ならびに腸内細菌関連代謝物との関係について,これまでの報告を紹介しながら概説したい. -
新しいステ-ジに入った多発性硬化症の細菌叢研究
291巻5号(2024);View Description Hide Description自己免疫性中枢神経疾患である多発性硬化症(MS)では,腸内細菌叢の構造異常(dysbiosis)や短鎖脂肪酸(SCFA)産生菌の減少が確認され,それらを矯正する予防・治療の戦略が議論されている.研究手法としては,初期の16S 配列解析(16S rRNA 解析)を経て分子ネットワ-クの異常に迫るマルチオミクス解析が普及し,得られる情報は膨大なものになった.しかし,最近の長鎖型メタゲノム解析技術(long-read metagenomics)は,腸内細菌の株(strain)レベルの解析まで可能にし,研究は新しいステ-ジに突入した.筆者らは最近,この技術の進歩に支えられ,二次進行型MS(SPMS)の発症に関連する新たな菌株(Tyzzerella nexilis B 株)の発見に至った. -
過敏性腸症候群と腸内細菌
291巻5号(2024);View Description Hide Description過敏性腸症候群(IBS)は現在,腸脳相関病(DGBI)に分類され,中枢神経と消化管のシグナル伝達,すなわち脳腸相関が病因・病態の中心を占めると考えられている.IBS はこの過程に腸内細菌が重要な役割を果たしている代表的な症候群である.そのなかで,一般人が感染性腸炎に罹患した後で新規に発症するIBS は感染性腸炎後IBS とよばれており,IBS における腸内細菌の役割を証明している.IBS 患者では腸内細菌そのものの構成が健常人とは異なっている.IBS 患者の腸内細菌の異常と神経伝達物質の異常が相互に関係する報告が増加している.また腸内細菌は代謝,粘膜透過性,炎症,免疫,神経伝達を介して脳機能に影響すると考えられる.IBS に対して,腸内細菌の変容を図る介入研究が試みられており,IBS における腸内細菌のさらなる研究が期待される. -
生活習慣病と腸内細菌─予防と治療の展望
291巻5号(2024);View Description Hide Description日本人の腸内細菌叢は特徴的であり,筆者らは,性差の存在,高血圧症,高脂血症,2 型糖尿病などの生活習慣病における共通な変化を明らかにした.京丹後長寿研究に参加した地域在住高齢者を対象にした解析では,非フレイル群に比較してフレイル群で摂取が有意に少ない栄養素として植物性たんぱく質,食物繊維が,食品群として大豆,大豆製品が抽出された.食・栄養素と腸内細菌叢との相関に関するクラスタ-解析からは,Eubacterium eligens,Christensenellaceae R-7,UCG-002 などが抽出された.運動における生活習慣病予防では,腸内細菌叢とその代謝物である胆汁酸(BA)の関わりが示唆された. -
炎症性腸疾患に関係する腸内細菌についての知見
291巻5号(2024);View Description Hide Description炎症性腸疾患(IBD)は,狭義には潰瘍性大腸炎(UC)とクロ-ン病(CD)に大別される.UC は大腸に限局した炎症所見を有し,CD は口から肛門までに非連続性に認める炎症所見を有する点が異なる特徴であるが,両疾患とも好発年齢が若年期であり,再燃と寛解を繰り返し,完治する薬剤が存在しない慢性疾患である.現在,わが国ではUC は約22 万人,CD は約7 万人が罹患しているといわれ,若年期に発症することもあり,社会生活に影響を及ぼすことが問題となっている.IBD の発症原因は家庭内発症や多数の遺伝因子から遺伝子的素因,また食事や栄養,ストレスなどの環境因子が複合的に影響し,免疫異常から腸管の炎症として発症する多因子疾患として考えられているが,明確な発症原因は不明である.IBD への腸内細菌の関与として,免疫関連遺伝子のノックアウトマウス(IL-2 欠損マウス,IL-10 欠損マウスなど)はCD 類似の大腸炎を自然発症するが,無菌環境で飼育すると発症しない.しかし,無菌下で飼育されたこれらのマウスを通常の飼育に戻すと腸炎を発症する.このことは,腸炎の発症に腸内細菌が何らかの重要な役割を果たすと考えられている根拠となる.近年では,遺伝子解析により,ヒトと腸内細菌の共生の破綻,腸内細菌叢の菌種構成や菌種数・菌数の異常(dysbiosis)がIBD の発症に関係していることが明らかとなってきた. -
実装化に向けた腸内細菌叢移植療法の現状と展開
291巻5号(2024);View Description Hide Description腸内細菌叢の乱れ(dysbiosis)の改善を目的とした腸内細菌叢移植療法(FMT)がdysbiosis に関わるさまざまな疾患に対する根本的治療方法として注目され,幅広く研究が行われている.わが国においても,潰瘍性大腸炎(UC)患者への新しい治療選択肢として期待が高まっている状況であり,2023 年1 月から先進医療Bとして開始となった.本稿ではFMT の有効性や安全性について,既報と当施設での臨床研究の結果をあわせて報告し,FMT のマイクロバイオ-ム創薬起点としての役割,消化器疾患への実装化,他領域への応用拡大など,今後の展開について最新の知見を概説する.
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