医学のあゆみ
Volume 291, Issue 6, 2024
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特集 ミトコンドリア─ 種々の疾患との関連と新規治療法のタ-ゲットとしての可能性
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ミトコンドリアの構造,生合成,品質管理
291巻6号(2024);View Description Hide Descriptionミトコンドリアの正常な構造と機能を維持するためには,常にミトコンドリアを新たに作り出し,不良ミトコンドリアを除去する必要がある.ミトコンドリアを作るには,約1,000 種類のタンパク質と数百種類の脂質を既存ミトコンドリアに送り込み,ミトコンドリアを拡大,分裂,分配しなければならない.そしてミトコンドリアの機能を常に監視し,ミトコンドリア構成タンパク質や脂質の品質管理を適切に行うことが必要である.さらにミトコンドリアの分裂・融合による構造制御,ミトコンドリア内の膜構造の維持,他のオルガネラとのコンタクトの維持も重要である.機能欠損ミトコンドリアは細胞にとって脅威となるので,必要に応じて選択的オ-トファジ-により除去する.細胞にはこうしたミトコンドリアの生合成と品質管理による機能維持のためのシステムが備わっている. -
動的ミトコンドリアが担う個体機能─ 複雑な形態制御と分子レベルからの洞察
291巻6号(2024);View Description Hide Descriptionミトコンドリアは酸素呼吸のみならず代謝や細胞機能制御などの多彩な機能を持つオルガネラである.ミトコンドリアは二重膜からなり,内部にある自身のDNA(mtDNA)の機能発現が酸素呼吸に必須である.哺乳動物細胞の生細胞観察を行うと,ミトコンドリアの膜構造および内部のmtDNA からなる核様体構造がダイナミックに動き変化する様子を観察することができる.ミトコンドリアの二重膜の融合と分裂の分子機構が理解され,その個体・組織における意義の分子レベルでの解析が進められている.また近年,mtDNA の核様体構造とその動態を制御する分子機構の理解も進められつつある.細胞機能に合わせてミトコンドリア構造を変動させ,ミトコンドリア機能の活性化を目指す研究が進むことで,さまざまなミトコンドリア機能低下の関わる病態治療の新たなタ-ゲットとなる可能性が考えられている. -
ミトコンドリアと疾患・老化─ ミトコンドリアを標的にした抗加齢創薬の開発と展望
291巻6号(2024);View Description Hide Descriptionこれまでの多くの報告から,ミトコンドリアの機能異常が神経変性疾患や心疾患などさまざまな加齢性疾患の病態を増悪させていることは疑いの余地がない.近年,ミトコンドリアの機能維持には小胞体との連携が極めて重要であることがわかってきた.特にMAM(mitochondria-associated endoplasmic reticulum membrane)とよばれる両オルガネラ間の接触場は,ミトコンドリアの機能を調節する足場となっており,その破綻と疾患との関連が注目されている.筆者らは,ミトコンドリア外膜に局在するE3 ユビキチンリガ-ゼMITOL(mitochondrial ubiquitin ligase)を同定し,MITOL がMAM を調節していること,MITOL の異常が加齢性疾患を引き起こすことなどを明らかにしてきた.本稿では,MITOL の役割とその異常,および加齢性疾患との関連を概説するとともに,最近明らかとなったMAM の新たな役割を紹介する.さらに,MITOL とMAM を標的とした創薬スクリ-ニングシステムの開発とその研究成果の一端を紹介したい. -
ミトコンドリアを治療するナノカプセルの創製を目指して
291巻6号(2024);View Description Hide DescriptionミトコンドリアDNA(mtDNA)の変異・欠損が原因となるミトコンドリア病は難病であり1),現在は対症療法が主流で,根本治療として遺伝子治療の実現が期待されている.この治療を実現するために,ミトコンドリアへ遺伝子・核酸などを送達するDDS(drug delivery system)が必要となるが,核,細胞質を標的とした研究と比較してその報告は少ない.本稿では,ミトコンドリアを標的とした遺伝子治療戦略に関して概説するとともに,筆者らが創製したミトコンドリア標的型ナノカプセル“MITO-Porter”を基盤とした“ミトコンドリアを標的とする核酸送達療法”の研究成果も紹介する.また,近年注目を集めているミトコンドリア移植(治療用ミトコンドリアを疾患部位へ移植する治療法)についても紹介する. -
標的細胞へのミトコンドリア導入技術
291巻6号(2024);View Description Hide Description細菌の共生が起源であるとされるミトコンドリアは,細胞にエネルギ-を供給する重要なオルガネラである.近年,ミトコンドリアが細胞間を移動することが明らかにされ,細胞間情報伝達に関わる新たな物質として注目されている.この現象に基づき,細胞のミトコンドリア機能障害を改善する目的で,健康なミトコンドリアを細胞に導入する試みが進められており,生体へのミトコンドリア移植がさまざまな疾患治療において有用であることが報告されている.ミトコンドリア移植の効果を高めるには標的細胞への効率的な導入が重要であり,さまざまな技術が開発されている.また,有効かつ安全なミトコンドリア移植を実現するためには,生体に移植したミトコンドリアが炎症を惹起しないことが重要である.ミトコンドリアの低免疫原性が報告されている一方で,mtDAMPs が炎症を惹起する可能性が懸念されている. -
ミトコンドリア病の遺伝基盤の解明と新規治療法の開発
291巻6号(2024);View Description Hide Descriptionミトコンドリア病の原因遺伝子は現時点で400 個程度報告されており,核遺伝子とmtDNA 上のどちらの異常でも生じる.mtDNA 異常の場合は罹患臓器における変異率(ヘテロプラスミ-率)も考慮する必要がある.さらに発症年齢や罹患臓器,重症度など臨床症状が多岐にわたることが,ミトコンドリア病の診断を困難にしている.本稿では,ミトコンドリア病の遺伝的背景,遺伝子診断を含めた診断の実際,さらに最新の治療薬開発に関する動向について概説する. -
ミトコンドリア置換法によるミトコンドリア病の治療法と日本の現状
291巻6号(2024);View Description Hide Descriptionミトコンドリアは細胞内のエネルギ-産生器官として重要な役割を担っている.その異常により発症する疾患を総称してミトコンドリア病とよぶが,神経や筋肉,心臓などに影響する重篤な病態も存在する.そこで母系遺伝というミトコンドリアの特徴を利用し,卵子や受精卵の段階で健常人のものと入れ替える“ミトコンドリア置換法(MRT)”が開発された.この方法には世代を超えた安全性という技術的な課題や,“3 人の親”などの倫理的な課題があるが,長年の議論のうえ,イギリスやオ-ストラリアでは人での臨床試験が認められた.日本でも核置換技術を用いたミトコンドリア病研究の一部において,新規受精胚の作成が容認され指針が改定されるなど,徐々に規制は緩和されつつあるものの,基礎的研究領域にとどまっている.本稿では,MRT やそれを取り巻く日本の現状について概説する. -
ミトコンドリア移植による新規治療開発の試み
291巻6号(2024);View Description Hide Descriptionミトコンドリアは生命活動に必要なエネルギ-(ATP)を酸素呼吸によって産生するほか,さまざまな物質の代謝や細胞内シグナル伝達に関与して細胞機能維持に関わるとともに,アポト-シス制御についても中心的な役割を果たしている1).近年,中枢神経,肺,心臓などの組織障害に対して間葉系幹細胞からミトコンドリア供給が起こり,これが組織修復や機能回復に重要な役割を果たしていることが報告されている2).また,健常ミトコンドリア供給が癌細胞に起こると,腫瘍内でのATP 産生が増え,腫瘍増殖とともに化学療法に対する抵抗性が獲得されることも示されている2).ミトコンドリアには,ATP 産生を行い,自身の細胞にエネルギ-供給を行うものと,褐色脂肪細胞内に存在し,脱共役タンパク質(UCP-1)を発現してエネルギ-を熱に変換するものが存在する3).前述の障害組織に対して供給されるミトコンドリアはATP 産生を行うミトコンドリアであり,このようなミトコンドリアの移植は加齢によりミトコンドリア機能が低下した病態に対して有効である可能性がある.また,UCP-1 発現ミトコンドリアの移植を癌細胞に行うと,癌細胞内でのATP量を低下させて,腫瘍増殖抑制がみられるかもしれない.本稿では,これら2 種類のミトコンドリアを移植した基礎的検討デ-タを示す.In vitro のみの結果ではあるが,これまでにない機序を介した新規治療法の開発に貢献できる可能性があると期待している.
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TOPICS
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- 消化器内科学
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- 神経精神医学
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連載
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- 緩和医療のアップデ-ト23 (最終回)
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がん患者のサポ-ティブケアとサバイバ-シップ― 最近の国内外の動向について
291巻6号(2024);View Description Hide Description◎がん患者とその家族は,がんと診断されたときから治療中,そして治療後も継続してさまざまな苦痛や困難を体験する.がん医療におけるサポ-ティブケアは,抗がん治療により生じる合併症の予防と軽減を目的とした治療やケアをはじめ,幅広い領域にわたって提供されるケアである.本稿では,そのなかでも特に,化学療法誘発性悪心・嘔吐(CINV),化学療法誘発性末梢神経障害(CIPN),皮膚障害,免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象(irAE),運動療法,妊孕性,経済的支援・就労支援について解説する.サポ-ティブケアには,多職種協働によるチ-ムアプロ-チが欠かせないとともに,個々の医療者が俯瞰的な視点を持って患者とその家族に積極的にアプロ-チすることが重要である. - 自己指向性免疫学の新展開 ― 生体防御における自己認識の功罪 15
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自己成分変動に伴う自然免疫細胞産生経路の変化とその生理的意義
291巻6号(2024);View Description Hide Description自然免疫系は病原体などの非自己に応答し急性炎症を惹起するが,自己由来成分にも反応し,自己免疫疾患や慢性炎症の原因となる.この反応は,自己を非自己と誤認した過程で生じる有害な副作用とみなされてきたが,最近では,アポト-シス細胞を貪食したマクロファ-ジが免疫寛容を誘導するなど,自己認識が有利に働く場面もあることがわかってきた.しかし,生体における抑制型自然免疫細胞の実体や誘導機構の詳細はよくわかっていなかった.制御性単球は,炎症促進に作用する古典的単球と異なり,炎症回復期に増加し,炎症収束や組織修復を促進する.定常状態のマウス骨髄では,MDP からcMoP を経由して古典的単球が作られるのに対し,炎症後期には,MDP‒cMoP 経路の単球産生が縮小し,好中球系前駆細胞から自己保護作用を備えた制御性単球が増産される.今後,制御性単球の増産を刺激する因子やセンサ-機構を明らかにすることで,自然免疫系による恒常性回復機構の全容解明が期待される. - 細胞を用いた再生医療の現状と今後の展望 ― 臨床への展開 1
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自己骨髄間葉系幹細胞を用いた脳脊髄疾患などの治療
291巻6号(2024);View Description Hide Description過去数十年にわたり,脳脊髄疾患に対する細胞移植療法は大きく進歩してきた.ドナ-細胞の候補として,さまざまな細胞が検討されているなかで,筆者らは自己骨髄に含まれる間葉系幹細胞(MSC)に注目し,MSC の経静脈的投与(MSC 治療)の有用性を報告してきた.本稿では,MSC の治療メカニズム,臨床応用,および最新の研究成果を概説する.MSC の治療メカニズムは多彩であり,時間的・空間的に多層的に展開される.臨床への展開として,特に脊髄損傷に対しては条件および期限付承認を受け,保険診療としての使用が進んでいる.また,MSCを用いた基礎研究ではさまざまな脳脊髄疾患に対する有効性が明らかになっており,新たな治療法としての可能性が期待される.さらに,リハビリテ-ションとの併用効果や寿命延伸効果もMSC 治療の今後の重要な展望として注目される.
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FORUM
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- 戦争と医学・医療 4
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紛争と医療支援
291巻6号(2024);View Description Hide Description筆者は市中病院で非常勤医師として勤務しながら,国境なき医師団(Médecins Sans Frontières:MSF)の外科医師としても活動している.MSF は医療へのアクセスが困難な人々に医療を届ける活動を行う民間・非営利の人道・医療援助団体である.活動地の例として「難民キャンプ」「紛争地」「自然災害発生地」「感染症流行地」「病院・薬がない地域」などがあるが,紛争地1)では外傷治療の医療ニ-ズが大きいため,外科系医師や麻酔科医,救急医,手術室看護師が支援に赴くことが多い.筆者もこれまで派遣された5 カ国6 カ所(ナイジェリア,イエメン2 回,カメル-ン,パレスチナ・ヨルダン川西岸地区)のすべてが紛争地であった.派遣者はどの職種であっても医療支援が必要である理由を歴史や政治的・文化的背景を含めて詳しく説明され,理解したうえで派遣地に赴く.現地では活動を通して人々が直面するさまざまな困難を実感する.