臨床精神薬理

Volume 25, Issue 7, 2022
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【展望】
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性差を意識した精神科薬物療法
25巻7号(2022);View Description
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近年,患者の個別性に配慮したテーラーメイド医療の必要性が指摘されている。精神科薬物療法においても,ゲノム情報を参考にしたテーラーメイド医療の可能性が注目されている。ゲノム情報に基づいて,特定の薬に対してどのような反応をするかを予測し,最大の効果性と最小限の副作用のための投与方法や用量設定を最適化することは理想的な精密医療(precision medicine)といえるが,まだ施設やシステムが不十分である。ここでは,患者を疾患群,年齢,性別,体重,体質,病状などでカテゴライズし治療法を検討する広義のテーラーメイドの手法の一つとして,性別による疾患の疫学,症候,病態を通して,性差による治療の違いや考慮すべき点,工夫可能な点を論じていく。特に,うつ病や不安症などの女性が多い精神疾患,女性精神医学の典型である,月経前症候群,月経前不快気分障害と更年期のうつ病に関しても概説する。 臨床精神薬理 25:747-755, 2022 Key words : sex differences, gender differences, psychopharmacology, depression, estrogen
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【特集】 性差を意識した精神科薬物療法
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統合失調症の性差と薬物療法
25巻7号(2022);View Description
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統合失調症は,陽性症状,陰性症状,認知機能の低下を主体とした有病率約 1%のありふれた疾患(コモンディジーズ)である。統合失調症には性差が存在することが知られている。男女で発症年齢に差異があることはよく知られているが,その他にも症状,重症度,治療回数,自殺率などにも性差が存在する。統合失調症の治療をする上で重要な性差項目として,性差に基づく抗精神病薬の薬物動態,副作用(代謝異常,心血管疾患,QT延長,性腺機能不全),妊娠・授乳中の安全性などがある。抗精神病薬の副作用の性差については十分に検討されていないが,いくつかの副作用は女性にとって,特に問題となることが報告されている。本稿では薬物動態,副作用(代謝異常,心血管疾患,QT 延長,性腺機能不全),妊娠・授乳における性差に注目し,各々の抗精神病薬の注意点について概説する。 臨床精神薬理 25:757-762, 2022 Key words : Schizophrenia, sex differences, antipsychotics, pharmacokinetics, side effects -
うつ病の性差と薬物療法
25巻7号(2022);View Description
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うつ病は男性よりも女性のほうが多く,約 2 倍とされている。重症度も高く,また他の精神疾患を併存する割合も高い。背景には社会的要因が想定されるが,否定的な報告も少なくない。一方,症候学的な側面や生物学的な要因も性差に影響している可能性が示唆されている。特に不安との関係,性ホルモンや,ノルエピネフリン,セロトニンといった神経伝達物質との関係,思春期や周産期との関係も性差の発現に寄与していると考えられる。年代によっても異なり,10 歳代前半で性差が最も大きい。薬物療法への反応については結果が一致していないが,SSRI の効果は女性のほうが高いという報告もある。また増強療法において,甲状腺ホルモンや治療抵抗性に対する気分安定薬あるいは抗精神病薬の併用は,女性のほうが治療反応は高い。性差を考慮した治療というものも意識していく必要がある。 臨床精神薬理 25:763-769, 2022 Key words : gender difference, life course, sex hormone, menopause -
双極性障害の性差と薬物療法
25巻7号(2022);View Description
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双極性障害は男女の生涯有病率はほぼ同一であるにもかかわらず,その臨床的特徴や経過は女性の方が抑うつエピソードの期間が長いことや,急速交代型や混合状態を呈しやすいなど男性とは異なる点が多い。双極性障害全体における薬物治療反応性に関して明らかな性差は認めないが,女性に焦点を当てた薬物療法は日常診療で日々行われている。周産期・産褥期の薬物療法はその最たる例である。催奇形成や神経発達の遅れを心配し薬物療法の中止を申し出る女性は多いが,この時期こそ病状悪化のリスクが高く,結果的に児の早産など悪い結果につながることが多い。一方で確かに児の催奇形成のリスクや神経発達の遅れにつながる薬剤もあるため,プレコンセプションケアを丁寧に行う必要がある。また,女性は甲状腺機能低下症の有病率が高く,lithium 誘発性の甲状腺機能低下症も生じやすいが,逆に甲状腺機能低下症を生じると治療反応性も悪くなることも報告されている。このため,特に女性では甲状腺機能低下に留意する必要がある。また,ほとんどの双極性障害は維持薬物療法が必要となることからアドヒアランスを高めることが必要となる。治療アドヒアランスに関わる要因の男女間の違いも報告されているため,これらの点に留意した治療計画も必要であろう。以上から,双極性障害に対して周産期に伴う心身の状態の変化や甲状腺機能低下症など生物学的性差(sex difference)とアドヒアランスに関わる要因などの社会的性差(gender difference)に留意しつつ,最終的には共同意思決定を実践していくことが必要であると考えられる。 臨床精神薬理 25:771-776, 2022 Key words : bipolar disorder, sex/gender difference, preconception care, adhearence, shared decision making -
てんかんにおける性差と薬物療法
25巻7号(2022);View Description
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てんかんは単一疾患ではなく,様々な原因や病態を含んだ神経疾患である。てんかんの発症にはわずかに性差があるとされ,てんかん全体としては男性にやや多いことが報告されている。性ホルモンは発作に影響を及ぼし,プロゲステロンおよびテストステロンは抗てんかん作用をもち,エストロゲンは発作をおこしやすくする。一方,てんかん性放電が視床下部 - 下垂体 - 性腺系に影響して,ホルモンシステムの機能不全をおこすことも考えられている。女性のてんかん患者の薬物療法においては,催奇形性,出生後の児の神経発達,母乳への移行などを考慮し,薬剤選択を行うとともに 0.4~0.6mg/ 日の葉酸補充を推奨する。また,男女ともにてんかんや抗てんかん薬による性機能障害が出現する可能性があり,注意を要する。 臨床精神薬理 25:777-780, 2022 Key words : sex hormones, progesterone, estrogen, catamenial epilepsy, teratogenicity -
不眠症およびその他の睡眠・覚醒障害の性差と薬物療法
25巻7号(2022);View Description
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世界的な調査でも不眠症状および不眠症の有症率,有病率は男性より女性で高いとされ,国内の調査では有症率は 2 割前後,有病率は 1 割強でいずれも女性に多いと報告されている。中年期以降の女性では,更年期という特徴もあり,不眠症状に対する治療は難渋することも少なくない。また,閉塞性睡眠時無呼吸は男性に多いと思われがちだが,女性においても更年期以降は有病率が増加し,長期的には身体疾患にもつながるため見逃せない疾患である。むずむず脚症候群は男性に比して女性に多くみられやすく,特に周産期は有病率が高い。女性では月経や出産に伴い鉄欠乏を呈しやすく,その点のスクリーニングが重要である。日本において,女性は家事や子育ての担い手となることが多く,睡眠不足に陥りやすいことも忘れてはならない。これら疾患別の性差および女性に特有の月経・周産期にみられやすい睡眠・覚醒の問題について概説する。臨床精神薬理 25:781-789, 2022 Key words : insomnia, obstructive sleep apnea, restless legs syndrome, estrogen, progesterone -
ASD/ADHD における性差
25巻7号(2022);View Description
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自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder : ASD)と注意欠如多動症(attention deficit hyperactivity disorder : ADHD)は,有病率に男女差を顕著に認める神経発達症であり,いずれも男児において高い。また診断時期も男児の方が早い。最近の研究から ASD,ADHD ともに臨床像は男女で異なることが指摘されている。ASD 女児では易刺激性による興奮やかんしゃくなどの外在化症状より,抑うつや不安といった内在化症状が前景化する。ADHD 女児では多動や衝動性よりも不注意症状が目立つ。ASD の女児は男児よりも両親から社会性の問題を重視され,学校などの集団生活の場への過剰適応の後,対人様式のありかたが複雑になり自立が必要になって初めて適応が破綻し,内在化症状が顕在化して受診するパターンが多い。女児の学童期後期頃からの,誘因の不明確な精神的不調の背景に発達障害特性が存在する可能性を考慮して診療に当たることも,適切な診断や支援方針の決定に際しては有用であろう。 臨床精神薬理 25:791-795, 2022 Key words : autism spectrum disorder, attention deficit hyperactivity disorder, sex differences -
PMS/PMDD の薬物治療
25巻7号(2022);View Description
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月経前症候群(PMS)および月経前不快気分障害(PMDD)の正確な診断と治療には,女性ホルモンの動態と診断基準の変遷を把握する必要がある。DSM-Ⅲ-R に黄体期後期の不快気分障害として登場し,月経前の精神症状により重きが置かれた。さらにはDSM-5 になると,「(診断基準に合致する症状は)先行する 1 年間のほとんどの月経周期で満たさなければならない」と注釈が記載された。これは併存疾患や鑑別疾患を考えるうえで重要である。PMS/PMDD の症状はうつ病や双極性障害,パーソナリティ障害などと類似点もあり,注釈点を含めた疾病の十分な理解が鑑別に有用となる。治療に関しては,症状が強いほど,薬物療法が治療の中心的な位置を占める。精神科では SSRI の間欠療法(黄体期のみの服用)が推奨されるが,月経が不規則である場合や,間欠療法で効果が不十分の場合には,継続療法を行う。 臨床精神薬理 25:797-803, 2022Key words : PMS, PMDD, PME, SSRI, intermittent treatment -
女性更年期の薬物療法
25巻7号(2022);View Description
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女性の更年期には,卵巣からの女性ホルモンの減少と視床下部へのフィードバックにより様々な心身の不調がみられる。ホットフラッシュやのぼせ,発汗などの血管運動症状や自律神経症状が代表であるが,不眠,抑うつ,イライラ感,倦怠感,肩こり,頭痛など精神的な症状もしばしば出現する。これらの心身の症状は多彩であり,しばしば「不定愁訴」とも呼ばれる。これらの病態の背景にあるホルモン変化や婦人科でのホルモン補充療法の適応について振り返り,心理社会的背景にも注目しつつ精神科領域で行われている更年期の女性の不眠,不安,抑うつなどの精神症状に対する薬物療法について,最近の知見もふまえて解説する。 臨床精神薬理 25:805-809, 2022 Key words : menopause, estrogen, depression, anxiety, pharmacotherapy -
男性更年期障害の症状と診断・治療
25巻7号(2022);View Description
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男性ホルモンの 95%を占めるテストステロンは加齢とともに低下する。テストステロンは様々な臓器に対する作用を有しているため,低テストステロン血症に起因する様々な症状が出現する。主な症状は,筋肉量の低下や内臓脂肪の増加などの身体症状,勃起障害をはじめとする性機能症状,うつ,不安,パニック障害などの精神・心理症状である。身体症状については,内臓脂肪の増加を介したメタボリック症候群との関連性や骨密度の低下が注目されている。性機能症状は最も男性更年期障害の症状を代表するものと理解されている。最も頻度が高いのが精神・心理症状であり,血中テストステロン値の低下とうつ症状や気分変調症の関連性が指摘されている。逆にテストステロン補充療法によるうつ症状の改善も報告されている。すべてのうつ症状がテストステロン補充療法で改善するわけでもなく,精神科,心療内科との連携が重要である。 臨床精神薬理 25:811-817, 2022 Key words : testosterone, late onset hypogonadism, Aging Males Symptom rating scale, depres sion, sexual dysfunction
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シリーズ
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【原著論文】
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急性期統合失調症の薬物治療における asenapine 舌下錠の有用性
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Asenapine は 2016 年に国内で承認された抗精神病薬であり,唯一の舌下錠である。今回,2016 年 5 月より 1 年間に当院へ入院した急性期統合失調症患者 286 例の中で初期治療として本剤が選択された 26 例について,入院後 8 週間の経過を診療録に基づいて調査した。PANSS 合計スコアは開始 2 週後より有意な減少を認め,CGI-I においても 65%の患者で中等度以上の改善が認められた。8 週間まで本剤が継続されていた患者は 19 例(73%)で,その時点で 26 例中 17 例が外来治療に移行していた。本剤投与が中止されたのは 7 例であり,中止理由は効果不十分が 4 例(他の抗精神病薬へ変更),眠気が 1 例,服薬方法を理解できず継続できなかったのが 1 例,退院後の治療中断が 1 例であった。体重,血糖値,中性脂肪値,プロラクチン値は有意な変化を認めなかった。これらの結果から,舌下錠である本剤は急性期統合失調症患者への治療選択肢の一つになり得ると考えられた。臨床精神薬理 25:821-828, 2022 Key words : asenapine, acute-phase schizophrenia, metabolic side effects, hyperprolactinemia, brain uptake ratio -
思春期発症の初回エピソード精神病に対する抗精神病薬治療:1 年間の臨床経過と抗精神病薬の治療継続に関する調査
25巻7号(2022);View Description
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18 歳以下で発症し,山梨県立北病院にて初回エピソード精神病と診断され,抗精神病薬を初回投与開始した 17 例の抗精神病薬治療について検討した。抗精神病薬初回投与開始から 1 年後(以下,1 年後)の継続率(薬剤変更含む)は 88.2%(15/17 例)であり,抗精神病薬単剤治療や非定型抗精神病薬投与など適切な薬物治療を遵守していた。1 年後に治療継続していた抗精神病薬(15 例)の中で aripiprazole(9 例)が最も多く,忍容性を重視した薬物治療が施行されていた。統合失調症と診断された割合は,初診時 23.5%(4/17例),1 年後 64.7%(11/17 例)であり,7 例は統合失調症の再診断を受けた。初診時,暫定的に統合失調症様障害や特定不能の精神病性障害と診断した症例に対して,抗精神病薬治療継続の要否を丁寧に評価し,経過を観察することが重要である。抗精神病薬による維持治療の有用性と必要性が示唆された。 臨床精神薬理 25:829-836, 2022 Key words : adolescence, first episode psychosis, treatment continuation rate, recurrence rate -
当院クロザピン治療病棟で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)クラスターにおける casirivimab/imdevimab と remdesivir による治療経験
25巻7号(2022);View Description
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琉球病院の clozapine(CLZ)治療の専門病棟で 57 人の入院患者のうち,最終的に40 人が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)陽性となるクラスターが発生した。有症状で重症化リスクを有する 19 人には casirivimab/imdevimab を投与し,肺炎を合併した 2人には remdesivir を投与した結果,死亡などの重症例はなかった。有症状で重症化リスクを有する場合は精神科病院内でも速やかに中和抗体薬の投与が重要だと考えられた。ワクチン接種済みの患者は陽性率が有意に低いことから,ワクチンの有効性が再確認できた。隔離などの行動制限中の患者は陽性率が有意に低いことから,多動・多弁などの精神症状が感染拡大のリスクとなることが示唆された。病棟内では CLZ 治療中の定期的な血液モニタリングが必須で,多職種チーム医療も手厚く展開されている。患者と職員との濃厚な関係性も感染拡大に影響したかもしれない。 臨床精神薬理 25:837-846, 2022 Key words : COVID-19 cluster, casirivimab/imdevimab, remdesivir, clozapine, treatment-re sistant schizophreni
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