臨床精神薬理
Volume 27, Issue 7, 2024
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【展望】
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生物学的な病態生理仮説を活かしたうつ病治療の可能性
27巻7号(2024);View Description Hide Descriptionうつ病は最も一般的な精神疾患の一つである。うつ病の病態生理には多くの病態仮説が提唱されている。セロトニン,ドーパミン,ノルエピネフリンの不足や不均衡を原因とする古典的モノアミン仮説は有名である。多くの抗うつ薬はこの理論に基づいている。しかし,この仮説では抗うつ薬の即時効果と遅延した臨床効果のギャップを説明できない。最新の研究では,遺伝子発現の変化やエピジェネティクスなど,より複雑なメカニズムがうつ病の発症に関与していることが示唆されている。エピジェネティック修飾の変化は,新たな診断方法や治療標的の開発につながる可能性があり,DNA メチル化,ヒストン修飾などが治療に応用される日も近いであろう。本論文は,うつ病の多様な病態仮説に基づく,新たな治療法の開発に関して展望した。 臨床精神薬理 27:639-645, 2024 Key words : major depression, pathophysiology, new treatment
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【特集】 病態生理仮説が切り開くうつ病治療の未来
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抗うつ薬の開発とその作用機序解明から生まれた新規抗うつ薬の開発の輪廻
27巻7号(2024);View Description Hide Description近代的抗うつ薬の開発は,1948 年のimipramine の合成に始まり,多くの三環系抗うつ薬が続いた。同じころ,抗結核薬のiproniazid の呈する副作用からMAO 阻害薬が誕生した。三環系抗うつ薬ではnoradrenaline やserotonin の再取り込み阻害作用が1960 年代早々に証明されて,MAO 阻害薬とともにmonoamine 仮説が誕生した。Monamine の活性を高める方向の抗うつ薬の開発が進み,四環系抗うつ薬やtrazodone が続き,さらには安全性を求めて,脳内各種受容体に作用しないSSRI やSNRIが誕生し,vortioxetine でほぼ出揃った。1990 年代に,うつ病患者の海馬の体積減少の報告とともに,成人での海馬での神経新生が知られ,これが抗うつ薬の長期投与で促進され,その際,脳由来神経栄養因子(BDNF)の増量が重要な役割を演じるとして神経新生仮説が生まれた。さらに,2000年に解離性麻酔薬のketamine の即効性抗うつ効果が発見され,2019 年に米国と欧州で治療抵抗性うつ病への上乗せ薬として承認されたが,その作用機序解明に多くのエネルギーが注がれ,脱抑制仮説を中心に多くの仮説が誕生しており,多数の研究報告がなされている。ここでもBDNF が鍵となっている。そして,その作用機序解明の中からさらに安全性の高い即効性の新規抗うつ薬を目指した開発が始まっており,目が離せない。臨床精神薬理 27:647-661, 2024 Key words : antidepressants, MA hypothesis, neurogenesis, ketamine, spine formation -
うつ病におけるミトコンドリア機能異常
27巻7号(2024);View Description Hide Descriptionうつ病患者の脳や末梢血におけるミトコンドリアの機能異常が示されてきた。うつ病モデルマウスにおいても同様に多くの脳領域におけるミトコンドリア機能異常が示されてきた。脳におけるミトコンドリアの機能異常の改善によってうつ病モデルマウスのうつ様行動が改善したことが複数報告されており,ミトコンドリア機能異常はうつ病の原因・増悪因子である可能性が示されている。一方,うつ病患者のミトコンドリアの機能異常を改善させる治療介入は報告されていない。本稿ではヒトとマウス・ラットのうつ病におけるミトコンドリアの変化についてこれまでの知見を整理し,ミトコンドリアを標的とした治療アプローチの可能性について論じる。 臨床精神薬理 27:663-672, 2024 Key words : depression, mitochondria, magnetic field, extremely low-frequency electromagnetic field (ELF-EMF), extremely low-frequency extremely low magnetic environment (ELF-ELME) -
うつ病・自殺のミクログリア仮説:リバーストランスレーショナル研究による解明
27巻7号(2024);View Description Hide Descriptionうつ病は主要な精神疾患の一つであり,自殺行動はうつ病をはじめとする精神疾患で最も留意すべき症候である。うつ病と自殺の根本的な生物学的メカニズムは,十分には解明されていない。中枢神経系に存在する免疫細胞ミクログリアが精神疾患の病態に関与する可能性が近年示唆されている。死後脳の病理研究とPET 画像解析研究は,ヒト脳のミクログリア活性化を計測する2 大評価法であり,こうした手法を用いて,うつ病患者,特に自殺念慮のある患者の脳におけるミクログリア過剰活性化が示唆されている。他方,上記方法ではミクログリア活性化の限られた側面しか測定できないという限界があり,筆者の研究室(九州大学精神科分子細胞研究室)では,患者由来血液サンプルを用いたミクログリアに焦点を当てたリバーストランスレーショナル研究を推進している。筆者らは,iPS細胞作製技術を用いずに新鮮なヒト血液単球からGM-CSF とIL-34 を2 週間添加し直接的に誘導ミクログリア様(induced microglia-like: iMG)細胞を作製する技術を開発した。iMG 細胞により貪食やサイトカイン放出など動的な分子生物学的解析が可能である。本稿では,気分障害患者を対象としたiMG 細胞を用いた最新の知見を紹介する。加えて,最近筆者らは,メタボローム解析を用いてうつ病患者の血中代謝物を測定しており,ミクログリアにおいて重要な役割を果たすトリプトファン- キヌレニン経路の代謝物が,うつ病の重症度や自殺念慮と有意に相関していることを明らかにした。将来的には,従来の脳評価法と患者血液を用いた間接的なミクログリア評価法を組み合わせることで,うつ病や自殺におけるミクログリアのダイナミックな分子病態の解明が進むことが期待される。臨床精神薬理 27:673-683, 2024 Key words : microglia, depression, suicide, brain inflammation, tryptophan-kynurenine pathway -
ECT の作用機序へのアストロサイトの関与とその背景に存在する分子メカニズムの検討
27巻7号(2024);View Description Hide Description電気けいれん療法(ECT)は精神科医療において最も有効な治療法であり,難治性・薬物抵抗性の症例や早急な治療効果が求められる急性期症例などに対して必要不可欠である。このようなECT の優れた速効性・有効性のメカニズムを解明すべく多くの基礎研究が行われてきているが,未だにECT の作用機序は解明されていない。ECT の作用機序解明は,ECT の優れた速効性・有効性を模倣可能な新規治療薬の開発につながる可能性が期待される。そこで,筆者たちはECT の作用機序解明には従来の研究と異なる視点が必要であると考え,アストロサイトに着目したECT の作用機序研究を行い,ECT の作用機序に関与する候補分子の同定に成功した。本稿では,筆者たちが行ったアストロサイトに着目したECT の作用機序研究を紹介し,その結果に基づいて,ECT の優れた速効性・有効性を模倣可能な新規治療薬開発の可能性について議論を行う。臨床精神薬理 27:685-690, 2024 Key words : electroconvulsive therapy, major depression, hippocampus, neurogenesis, astrocyte -
rTMS 療法の未来
27巻7号(2024);View Description Hide Description神経可塑性仮説はうつ病の病態仮説の一つであり,神経系が経験に基づいてその構造や機能を変化させ,特定のシナプスを選択的に強化する性質のことである。神経可塑性は複雑な分子学的メカニズムで制御されており,その障害はうつ病の発症に関連しているとされている。反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)療法は治療抵抗性うつ病に対して神経可塑性を調節して抗うつ効果をもたらし,ベンゾジアゼピン系薬剤やN- メチル-D- アスパラギン酸受容体部分作動薬などの薬剤との併用によって抗うつ効果が変化することが臨床試験で示されている。また,rTMS 療法は治療時間の長さが課題となっていたが,間欠的シータバースト刺激(iTBS),加速iTBS,Stanford Neuromodulation Therapy などの治療時間を大幅に短縮し,高い治療効果をもたらす新規プロトコルが開発されている。臨床精神薬理 27:691-698, 2024 Key words : neuromodulation, repetitive transcranial magnetic stimulation (rTMS), major depressive disorder -
気分障害の生体リズム異常と時間生物学的治療
27巻7号(2024);View Description Hide Description古くから,うつ病や双極性障害については,生体リズム異常の病態的関与が指摘されてきた。研究が開始された当初,抑うつ状態においては概日リズム位相は前進すると考えられていた。しかしその後,後退している場合も多く,特に季節性うつ病や双極性うつ病ではその傾向が強いと考えられるようになった。抑うつ状態においては,概日リズムの振幅も低下することが知られており,これは抑うつ症状の改善に伴って改善する。近年,気分障害の病態に体内時計の異常が深く関与している可能性が示されるのに伴い,生体リズム操作による治療(時間生物学的治療)への期待が高まっている。抑うつ状態に対する時間生物学的治療としては,高照度光療法や断眠療法があるが,近年は両者を組み合わせた複合的治療プロトコルも開発されている。 臨床精神薬理 27:699-705, 2024 Key words : mood disorders, biological rhythm, blight light therapy, wake therapy -
脳腸相関から見たうつ病
27巻7号(2024);View Description Hide Description脳と腸は相互に影響を及ぼしあっており,この関係を脳腸相関と呼ぶ。近年,この過程に腸内細菌が重要な役割を果たしていることが明らかにされている。腸内細菌はストレス応答や行動特性に影響を及ぼすばかりでなく,精神疾患の病態形成における役割が示唆されている。うつ病の病態における腸内細菌の直接的な関与は証明されていないが,うつ病患者の腸内細菌叢は健常者と異なることが示されている。腸内細菌が神経機能に影響するメカニズムとして,神経系経路,グリア細胞,生理活性アミンなどの関与が明らかにされている。本稿では,以上の知見を基に,腸内細菌とうつ病の関連について概説した。臨床精神薬理 27:707-714, 2024 Key words : behavior, depression, glial cell, microbiota, stress -
うつ病の病態における神経炎症仮説
27巻7号(2024);View Description Hide Descriptionここ数十年の間に社会・経済的な負荷が劇的に増大した結果,ストレスレベルが強まり,うつ病の有病率は急速に上昇した。うつ病の病態は未だ明確ではないが,基盤にはスパイン・シナプスを中心とした神経構造の可塑的な変化の存在が示唆されている。ストレスは,脳内の免疫システムにより感知されて「炎症」という形に変換され,神経障害を引き起こす。その中心となるのはNLRP3 と呼ばれる細胞内パターン認識受容体であり,物質ではない「ストレス」までも認識して炎症を惹起する。これまで精神疾患の診断は,症状に基づいたカテゴリー的(categorical)な分類手法をとってきたが,薬物治療による効果は限定的であることから,おそらく精神疾患は単一の病態から成り立つものではない。最近では,Research Domain Criteria(RDoC)という新しいコンセプトに基づき,バイオタイプに基づいた治療の方がより有益であろうと考えられている。本稿では,ストレス- 炎症系を基盤とする「炎症性うつ病」という考え方に基づき,病態に呼応した新しい治療戦略について考察する。 臨床精神薬理 27:715-724, 2024 Key words : depression, stress, inflammation, RDoC, biomarker -
うつ病の病態生理――ゲノム医科学の視点から
27巻7号(2024);View Description Hide Descriptionうつ病は極めて複雑なメカニズムで発症することが想定される。その大きな理由としては,遺伝要因だけでなく,環境要因も重要であるがゆえに,単純な遺伝要因- 表現型というモデルでは説明がつかないことが大きな理由であろう。本稿では,最近のうつ病のゲノム研究,特にゲノムワイド関連解析や,遺伝環境相互作用の成果を概説することで,その複雑性を理解し,どのような工夫を加えることでゲノム研究の成果を臨床に活かせるのかを考察する。 臨床精神薬理 27:725-730, 2024 Key words : depression, genome-wide association study, polygenic risk, gene-environment interaction, pharmacogenomics -
うつ病の脳由来神経栄養因子(BDNF)機能障害仮説
27巻7号(2024);View Description Hide DescriptionBrain-derived neurotrophic factor(BDNF)はニューロンの保護,突起伸長,シナプス形成,ニューロン新生などにおいて重要な役割を果たす。うつ病患者やモデル動物において海馬や前頭葉におけるBDNF の発現が低下している一方,抗うつ薬など抗うつ作用をもつ介入は,cAMP response element binding protein(CREB)を活性化しBDNF の発現を高めるという結果が蓄積されてきた。うつ病はストレスによるグルココルチコイドの上昇や炎症による炎症性サイトカインの上昇が病因的役割を果たすが,これらはBDNF の発現や機能を低下させ,それによって脳が傷害される。治療ではストレスの軽減や炎症となる要因を取り除くと共に,抗うつ薬などの介入によってBDNF 機能を高める。それによって傷害された脳が修復されうつ病からの回復に至ると考えられる。臨床精神薬理 27:731-737, 2024 Key words : brain-derived neurotrophic factor (BDNF), cAMP response element binding protein (CREB), depression, glucocorticoid, neuroplasticity
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シリーズ
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症例報告
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他院処方薬の併用によって好中球減少症になりclozapine を中止した治療抵抗性統合失調症の1 症例
27巻7号(2024);View Description Hide DescriptionClozapine(以下CLZ)は,治療抵抗性統合失調症に適応のある唯一の治療薬であるが,好中球減少症などの重篤な副作用を持つ薬剤である。症例は60 代女性で,3 年ほどCLZ での治療をしていた。しかし他院処方薬を併用後に,好中球減少症をきたしたため,CLZ の投与が中止となった。CLZ は,様々な肝臓薬物代謝酵素が関連しており,他剤の併用によって容易に血中濃度が変動する。また,CLZ を投与できる患者は少ないため,医療者も経験がないことが多く,好中球減少症のリスクを認識せず,他剤を併用される可能性が高い。CLZ は,治療抵抗性統合失調症における唯一の治療薬であり,中止した場合には代替することができない。そのため受診時には,他科受診や併用薬の有無について,確認することが必須である。 臨床精神薬理 27:741-744, 2024 Key words : clozapine, neutropenia, doxycycline, treatment-resistant schizophrenia
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